第三話 計画的な土下座
信じがたい。こんな小娘が魔法使い?おまけに怪盗。不思議、では方付けられない。それこそ魔法のような話である。
「ジャン大佐!あのものは何者なのでしょうか。常人ではないと言うのは私でも理解できますが・・・」
一人の軍人が土煙に咳をしながら男に尋ねる。どうやら、そのまだ子供のような顔つきから新人兵だと推測できる。
その言葉をヴァードは聞き逃さなかった。その表情は驚き、としか言いようが無い。さすがにソルマーとあの男が兄妹だと言うのは驚愕である。口をぽっかりとあけて、兄のほうをずっと見ていた。
「ジャンってことはソルマーとあいつは兄妹?」
ソルマーはこちらを向いてこっくりとうなずいた。その目は真実だと語っている。こんな化け物兄妹があろうか。兄は軍の大佐。妹は怪盗。どうにも対極的な兄妹である。
「そんなことはどうでもいい。俺が軍人でお前らが犯罪者であるならば兄妹など関係は無い」
煙の目くらましも効果をなさなくなり、じりじりと周りを軍服で囲められた。軍人は銃をあからさまに見せ付けるように突き出している。三人は背中をぴったりと合わせ、ちょうどその隙間は三角形のようであり人が囲むには都合の良い形だった。ヴァードが全速力で飛ぼうと思えば逃げられないことも―いや、この人数ならば打ち落とされるのが落ちである。(別にかけている訳ではない)実際ヴァードは今は人間の状態であった。古城の門はいまや硬く閉じられている。ルイズは自分の力ならあの門を壊せる、と考えていた。幸い敵は自分たちのことを本気で殺そうとはしていない。おそらく情報を聞きだすつもりであろう。鳥人間に魔法使いに自分はさしずめ破壊の魔王とでも言うところか。こんな連中になぜそんなことができるのかと、自分が軍人ならぜひ尋ねてみたいものだ。
そしてソルマーの魔法。これは不確定因子である。想定外のことを引き起こせるこの魔法と言う切り札を逃すわけには行かない。さてどうしたものか・・・
「私なら、炎上網や壁を作ったりして隙を作ることができるわよ」
ソルマーが小声でルイズにつぶやいた。火を出せる、ということは水も出せるかもしれない。やはりソルマーの魔法はかぎを握るかもしれない。が、壁を作っても自分たちも動けない。ヴァードが変身するには多少なりとも時間はかかる。その間に逃げ出すのは難しい。
「おい、さっさと手錠を出せ。こいつらが逃げない前にな」
あの新人兵は大きなリュックから手錠を三人分取り出した。もう考える暇は無い。当たって砕けろだ。
「ヴァード、俺が油断させるからその間にお前はソルマーをつれて逃げろ!」
ヴァードはルイズがあせっているのを見て自分の役割を果たすのみ、と考えたようである。すぐにソルマーにその旨を伝えた。
「お前はどうするんだ?ルイズ」
「俺もそのうち門から逃げる。早く、やるんだ!」
ヴァードは両手を上に上げ変身の体勢をとった。そしてヴァードはだんだんと体を大きくしていった。腕も太く、背中も羽で包まれ、青き鷲となった。その姿に新人兵は一瞬たじろいだ。
大佐がその有様を見ておれず、新人兵から手錠を奪い取りルイズたちに向かって走る。もう間に合わない。誰もがそう思った。
「ごめんなさい」
ルイズがとった行動。それは―土下座。
「お前・・・この俺をおちょくっているのか!」
その隙にヴァードはソルマーの腕をつかみ、天井に向かって最大限のスピードで羽ばたいた。大佐はそれを見逃さず、全員に向かってあの鳥を撃て、と号令をかけた。
「ちょっと!助けなくて良いの?鳥君!」
ヴァードにソルマーはたずねた。無茶だ、と目で伝えている。その赤い目で。
しかしヴァードはあせるそぶりは無かった。いや、隠していただけだったのかもしれない。だがそれをソルマーは見破ることはできなかった。ヴァードの両羽に両腕を乗せ、直角に上に上るソルマーに対しヴァードは安心したような声で言った。
「お前とあいつは始めてあった人同士だ。信用できないのも無理は無い」
上昇しながらの言葉でで多少ぶれているような声だ。だけどしっかりと耳の鼓膜に伝わる。
「あいつはお前のことを助けようとしている。なら、次はお前がルイズを信じる番だ」
ソルマーはその言葉にはっと何かを強く感じたようだった。助けるだけ助けてもらって、自分は何をしていたのだろうか。ソルマーはヴァードの羽に乗せている腕の手のひらに力を入れた。ヴァードはそれを見て何も言わず速度を上げた。
地上では銃を構え引き金を今にも引きそうな軍人でルイズの周りを囲めていた。その焦点はヴァードとソルマーに集められている。二つの羽を狙い引き金を―
引くことはできなかった。
何人もの軍人が体制を崩し、後ろに仰向けに倒れていく。大佐も例外ではない。その勢いで引き金を引いたものたちも少なからず居り、天井に穴をあけていた。
「なんだこれは!」
大佐の視線の先には亀裂の走った地面があった。それは不規則に割れており、軍人の足元を一人残らず割っていた。これでは立っていることができない。両手を地面に置いていたのはこのことだったようだ。あの土下座は計画的な土下座だったのである。
上をふとルイズは向いた。大きな鈍い音がしてヴァードは天井を貫いた。どうやらヴァードは無事逃げられたようである。一安心であるがこちらは長くは持たない。おそらく一瞬の戦いとなる。
ルイズは門に向かって一目散に走り出した。それを追うことができたのは大佐のみである。門にはルイズのほうが近く、大佐は追いつくことは難しかった。なにしろ不安定な足場である。ルイズにとって有利なことばかりである。
門に付いた。門はルイスの身長の二倍ほどもある。当たり前だが鍵はかけられている。しかしそんなこと破壊の魔王には関係ない。両手を門にあて、力を注ぐ。黒い雷のようなものがその手から放たれすさまじい音を立てて門を粉とし、ルイズの体の分だけ穴を開けた。粉は大佐にとっての目くらましとなった。
古城の外に出た途端、ルイズの体は浮いた。右腕を上に力強く引っ張られるような感覚である。上を向くとそこにいたのはヴァードであった。ずっと門の上にいたのである。
「サンキュー」
青い鷲はにっこりと笑って上昇していった。だんだんソルマーの顔も見えてきた。自分たちは逃げ切ったのだ。空中で思わず踊りだしたくなった。発散したくなった。叫びたくなった。
「ありがとう」
その少女の言葉で全てが報われた気がした。