5
「ギルっ!!」
学園に着いたギルバートは後ろから来たライラに突然抱きつかれた。
「!!!」
「ギルぅ、どうして公爵邸に入れてくれないの?
せっかく遊びに行ったのに・・・。おばさまにもあわせてもらえなかったし・・・」
そう悲しそうに言ってライラはギルバートに抱きつく手を強めた。
「離してくれ」
ギルバートは冷たくそう言うと、ライラの手を振りほどき、ライラの方に向き直った。
「ギル・・・?」
「ライラ嬢、手紙は読んでいないのか?」
「読んだわ、でもあれは冗談でしょ?私をからかっているだけなのはわかっているのよ」
「・・・何を言っているのかわからないな」
ギルバートは近寄ってくるライラから距離をとる。
「ギル!あの・・・」
手をのばすライラをじっと見ながらギルバートは冷たい声で告げた。
「今後は僕の事は愛称で呼ばないでくれ」
「な・・なにを?」
「僕には婚約者がいるんだ、誤解されたくない」
「でも私達幼馴染でしょ?」
「ああ、だから身分差のない学園内では今までのように仲間としてお付き合いするよ。
本来なら家名で呼ぶところだが、他の幼馴染と同様に名前で呼ぶのは許そう。
だが、学園を出たらきちんと距離をわきまえてくれ」
「ひどい、ひどいわ!ギルと私、ずっと仲良くしてたじゃない!あの女ね、あの地味女がそう言わせているのね。なんて嫌な女なの!!」
ライラが大声でそう叫ぶと、
「彼女は僕の婚約者でもあり、侯爵令嬢でもある。わきまえてくれ」
ギルバートはそう言い放ってくるっと踵を返して立ち去って行った。
(権力を使ってギルを婚約者に縛り付けたのね、絶対あの女からギルを取り返してやるんだから)
ギリッとライラは歯をくいしばった。
それからもギルバートの宣言通りに、学園内では今までのように仲間たちとご飯を食べたりお茶をするときはライラも同席できた。
だが、「ギル」と呼ぶと「ギルバート様だろう?」と周囲から突っ込みが入るようになったのだ。
そして、今までならギルバートの隣に座っていたのが、必ず離れた席に座らせられた。
しかも、
「ライラ嬢もそろそろ同性の友達と一緒に居た方がいいんじゃないか?」
などと言われるようになってきた。
「今までみたいにライラって呼んでよ、どうしてライラ嬢なんて他人行儀に呼ぶのよ?」
ライラの疑問に幼馴染たちは答えた。
「俺たちも婚約者ができてさ、今までみたいには呼べないよ」
「あんたたちも婚約者が!?」
「当たり前だろう、俺たちは貴族なんだから。
当然婚約者がいなくても、自分の将来を考えてるから、今までのように馴れ馴れしく呼べないことくらい分かるだろう?
それにライラ嬢もそろそろ将来の為に同性の情報を得ていかないと今後困るんじゃないのか?」
「私が・・困る?どうして?」
「どうしてって、ライラ嬢はまだ婚約者もいないし、身分的には働きに出る可能性もあるだろう?
学園で縁を作っておかなきゃ困るだろうが」
「だって私はギルと・・」
「ギルバートと?ああ、そうか、公爵家で働くのか」
「違うわ、私はずっとギルの側にいて・・・あの・・」
「そんな事はありえない、ライラ嬢、僕を愛称で呼ぶのはやめてくれ」
ギルバートのきっぱりとした物言いに、周囲はライラは早く職を見つけないと困るぞ、と騒ぎ立てる。
ライラはイライラした。
(ギルの婚約者になって公爵夫人になるはずだったのに、どうして私が働かないといけないのよ!!
お父様からギルの婚約者になるって言うなって言われちゃってるし・・・)
以前、幼馴染たちとの会話で、自分がギルバートの婚約者になる予定だと話したところ、公爵家から抗議の手紙が届いたのだ。
父親から叱責され、ライラは自分が婚約者になるはずだ、という事を言えなくなった。
そして、最近では幼馴染の婚約者達が時々一緒にお茶をしたりするようになり、ライラの立場はどんどん隅に追いやられていくのだった。
(なによ!婚約者なんて連れてきて、あの女達もどうして堂々と来るのよ!うっとうしい!!)
ライラのイライラは募るばかりだった。
そしてそのイライラは婚約者の令嬢達に向かい、令嬢達の知らない幼い頃の話をしてみたり、
「あら、それは○○が嫌いなのよ。婚約者なのにそんな事も知らないの?」と言ったりして、令嬢達にマウントをとった。
そして、令嬢達が一人でいるところを見つけると、「あんたなんて○○の事何も知らないでしょ?○○の婚約者にふさわしくないのよ」と暴言を吐いたり、わざとぶつかって制服を踏んだりなど、細かい嫌がらせを繰り返した。
婚約者達は波風を立てれば婚約者に迷惑がかかる、と思い、それぞれ我慢しながら、なるべく一人にならないようにそれぞれで協力するようになっていった。
とうとうクロエが参加するようになった。
「クロエ、ようこそ、でも私たちの話になじめるかしら?わからないことがあったら私に聞いてね。私、昔から皆と一緒に居たから何でも知ってるのよ」
初日にライラはクロエにそう言った。
そして、ギルバートと二人にさせないようにいつも何かを計画すれば、
「私も一緒にしたいわ~いいでしょ?クロエ。
私クロエと仲良くなりたいのよね~」
そう言ってクロエが断りにくい状況を巧妙に作り上げていく。
クロエも場の空気を壊したくないため了承することが多かった。
始めライラのクロエ呼びについてもギルバートたちが注意したのだが、
「学園の間だけでも友達として仲良くしたい」
そう言うライラに対して、クロエはあいまいに微笑んでやり過ごすことにしたのだ。