4
「どうして?この前までは入れてくれたじゃない!」
公爵邸の門の前で騒いでいるのはライラだった。
門番は何も言わずに黙って立っている。
『今後ライラが来ても勝手に公爵邸に入れてはいけない』という事が公爵家に仕える使用人全員に通達されたのだ。
いきなりの通達に驚いた使用人たちだが、家令や侍女長から説明を受け、全員が納得したのだ。
ライラが準男爵家の令嬢だという事を知らない者もいたが、その身分を知り、ハリエット侯爵家の令嬢がギルバート様の婚約者になったのだから距離を置くのは当然だ、という事も理解した。
ライラは勝手に公爵邸に来ては好き勝手に侍女たちに命令をするので彼女たちからの評判は悪かった。
従僕たちも必要以上にベタベタしてくるライラをうっとうしいと思っていたため、今回の処置は使用人たちに歓迎された。
門の前でライラが騒いでいると、外から馬車が戻ってきた。
「あ、おばさま!おば様~私です、ライラです~」
そう言って門が開くのを待つ馬車へ近づいていく。
「ライラ様、お約束もないのに勝手に奥様に近づかれては困ります」
大声で公爵夫人を呼びながら近寄っていくライラの前に執事が現れ、素早く前に立ちふさがった。
「何言ってるの?私は幼馴染なのよ?」
「今までは自由にお話できたじゃない!」
「あんた執事のくせに私に逆らうの!」
などと騒ぎまくったのだが、誰も反応せず、馬車は門の中に吸い込まれていき、いつの間にか執事もいなくなっていた。
ライラはイライラしながら自宅に戻った。
公爵邸に比べれば小さい屋敷、屋敷というより平民よりも大きめな家というだけ。
使用人も通いのメイドとコックがいる。
公爵邸に行けば、たくさんの使用人がおり、ライラの家では買うこともできない高級なお茶やお菓子があった。
自分の事を受け入れているのはギルバートの婚約者候補だからだ、とライラは思っていた。
そしてそれを両親にも話していた。
両親はライラの話を信じ、公爵家との縁ができることをとても喜んでいた、のだが。
「ライラ!!」
父親が握り潰した手紙を持ってライラの部屋に入ってきた。
「ヤダ、お父様、勝手に入ってこないで!」
「お前はギルバート様の婚約者になるんじゃなかったのか!!」
父親の怒りの意味が分からず、ライラは
「そうよ、だってギルは私の事が好きなのだもの。だからいつも公爵家に自由に出入りしてるでしょ」
「だったら何故ギルバート様に婚約者ができた!!!」
そう言えばこの間見た地味な女の事を婚約者だとか言っていた気がするが、冗談だろうと思っていた。
「きっと冗談よ。私に嫉妬してほしかったのかしらね」
そうクスクス笑うライラを父親は、婚約者になるつもりだったのは娘だけだったのだ、と気が付いた。
「これを読んでみろ」
そう言って握り潰した手紙をライラに投げつけてきた。
「なによ・・・これ」
手紙には
今までは幼い頃からの隣人という事で令嬢の行動を見逃してきていたが、嫡男の婚約にあたり、身辺をきちんと整理する事にした。
公爵邸には約束がない限り出入りをしない事。
公爵家への約束は当主がおこなう事。
学園在籍中は今まで通りの付き合いをするが、ギルバートには婚約者がいるため、ライラは適切な距離をとる事。
学園卒業後は身分をわきまえた付き合いにする事。
公爵家との取引については今まで通り行う。
そんな事が書かれていた。
準男爵としては、格上の公爵家と取引が続けられるだけでもましだと思った。
過ぎたる野望はあっさりと捨てるしかなかった。
「お前の言葉を信じた私がばかだった・・・」
「お父様!」
「今後公爵家とは適切に付き合え、決して公爵家を怒らせるな」
「でも、ギルは幼馴染で・・・」
「この手紙が来たのだ、もうそんな関係ではないと思っておけ」
「そんな」
「お前の嫁ぎ先を探さねば、くそ、出遅れたな」
ブツブツと言いながら父親が出ていった部屋に残されたライラは、
(ギルは私の事が好きなのよ。
婚約だってあの地味女が無理やりねだったのよ!学園で問い詰めてやるわ!)
そう思って手にした手紙をくしゃくしゃにした。