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卒業パーティは始めこそギルバート達を見てひそひそする者もいたのだが、ギルバートの幼馴染たちとその婚約者達が明るい声で
「厄介な女がようやく自分から消えてくれたわね」
「本当だよ、妄想話ばかりでギルバートも困っていたもんな」
「何度言っても言葉が通じないなんて別の国から来たんじゃないかな?って思ったことあるよ」
「俺もそう思ったことある!」
「クロエ様にも横柄な態度で」
「本当に、クロエ様が優しいから何も言われないのをいいことにね」
「あれで学園を卒業してどうするつもりだったのかしら?」
「さあ?話が通じないからな、通じるところにでも行くんじゃないかな」
「それよりも!今日はあのパティスリー・パピヨンのスイーツがあるのよ!!」
「クロエ様が頼んでくださったんでしょ?」
「楽しみにしてたのよ~」
「ギルバート、公爵邸の専属料理人をつれてきてくれているんだろう?」
「ああ」
「うわ~俺楽しみにしてたんだ~」
「俺も」「僕もさ、王宮料理人の弟子だったんだろう?」
今までライラに困らせられていた事をうまく会話に盛り込み、更に料理やスイーツの話で周囲の興味を引いた。
低位貴族や平民出身の生徒は高級スイーツ店や公爵邸お抱え料理人の料理やスイーツがあることを知り、もう二度とお目にかかれないだろう料理やスイーツを堪能し、それを用意してくれたギルバートやクロエに感謝をした。
もちろん、他の生徒達も喜んで料理を楽しみ、令嬢達は店では出されないスイーツに目を輝かせ、パーティは最初の騒動などなかったかのように盛り上がったのだった。
ライラのことは話題に上ることもなかった。
騎士団本部に連れていかれたライラは簡素なワンピースに着替えさせられた。
「私も卒業パーティに行かなきゃいけないんだけど」
そう言ってみたのだが、付き添っている女性騎士たちは返事もしない。
「何なのよ、ハイアット侯爵ってクロエの父親でしょう?なんであそこにいたのよ」
ブツブツとつぶやいていると、ガチャリと扉が開き、騎士が入ってきた。
「第1室に移動」
短くそう告げると、女性騎士たちは素早くライラの両側に回り、ライラの腕をつかんで歩き出した。
「なになになに?なんなの?どこに行くの?」
ズルズルと引きずられながらも廊下をどんどん進んでいく。
連れていかれたのは木製の机と椅子が置かれただけの簡素な部屋だった。
「そこに座れ」
座って待っていた騎士がそう告げると、ライラは騎士の対面に置かれた椅子に座らせられた。
「あのう「黙れ、聞くのはこちらだ」」
ライラがしゃべろうとすると目の前の騎士がかぶせるように遮った。
「さて、ライラさん、貴女は何故一人であそこにいたのですか?」
「何故って・・・クロエが意地悪をするから居た堪れなくなって・・・」
「クロエ、とは?」
「ハイアット侯爵家の娘とか」
「あなたは準男爵令嬢であるのに侯爵令嬢を呼び捨てですか?」
「あの、あたし、ギルと幼馴染で」
「ギルとは?」
「クロエが無理やり婚約した公爵家の息子よ」
「それで?」
「だから、ギルの幼馴染だから私がクロエを呼び捨てにしてもいいのよ」
「なんだ?その理屈は?まあいい、その点については侯爵令嬢と公爵令息に確認する」
そう言うと、部屋にいた騎士の一人が部屋を出ていった。
「それで、ドレスのあった場所にいた理由は?」
「ぐ、偶然よ」
「あなたがつぶやいていた言葉は学園の警備隊と騎士団の者が聞いている。
偶然ではないだろう」
「でもどうして騎士団が・・・」
「学園に所属している警備隊から緊急連絡をもらった。
侯爵家の令嬢が拉致監禁され、ドレスも強奪された事件の捜索に当たっていたのだ」
「拉致監禁・」
「ただの令嬢があそこまでの力仕事ができるとはな、今後何か事件があったら先入観なしに捜査しなければならんと思い知らされたよ。
その点だけは感謝しなければな」
「私、そんなひどい事してないわ」
「少なくともドレスの強奪は我々が証人だから、言い逃れはできないぞ。
それに、御令嬢からの証言もある」
「そんなのクロエが嘘をついてるのよ」
「わざわざ嘘をつく理由は?」
「え?」
「侯爵令嬢が襲われ、ドレスを脱がされた状態で発見されたのに、わざわざ犯人について嘘をつく必要がどこにあるんだ?」
「それは・・・そうよ、ギルが私にとられないように嘘をついて私を陥れようとしてるのよ。
ギルが本当は私の事が好きだから嫉妬して嘘をついたのよ」
「その様なくだらない言い訳が通用するとでも?
今、お前の家の家宅捜索もしている、いつまでも下らん事ばかりベラベラしゃべるな」
その後、ライラの着替えた控室からはライラの着ていた侍女服が発見された。
またライラが学園の洗濯室から籠を持ち出すところを庭師が見ていた事もわかった。
庭師いわく、学園の使用人の間でもライラの事は噂になっており、ほとんどの使用人はライラの顔を見知っているそうだ。
ライラが侍女服を着ていたので、どこかの侍女に就職したと思っていたそうだ。
爵位の低い者が卒業を待たずに就職することはたまにあり、庭師もそう思っていたため特に不審に思うことがなかったため、騎士団からの調査があるまでそのことを忘れていたくらいだった。
また、ギルバートの幼馴染達が情報収集をしてくれていたため、証人となる人物の特定も早くできた。
着替えの際にライラを見かけた令嬢は一人もいなかったこと、
会場に入場してくるのが一番最後だったこと
騎士団はそうやって状況証拠をどんどんと積み重ねていった。
また、ハイアット侯爵からは以前の湖の事件の調査も依頼されたため、ライラの家の家宅捜索は2つの事件についての調査となった。
ライラは連日尋問を受けることで、次第に元気をなくしていった。
当然だがライラの証言は二転三転し、たまにポロッと失言をしてしまうため、ライラの容疑は固まった。
そんなある日、ライラの父親が面会に訪れた。
「お父様!よかった、迎えに来てくれたのね。これでやっとうちに帰れるわ」
勘違いしたライラがそう言って喜んでいたが、父親は深いため息をついてライラの顔を見た。
「今日はお前を迎えに来たのではない」
「どうして?」
「お前のしたことは犯罪だ。今から裁かれるんだ。
呑気に家に帰れるだなんてどうして思えるんだ?反省はしてないのか?」
「どうして?私そんなに悪いことしてないわ!
ちょっとクロエが邪魔だっただけで、たいしたことじゃないでしょ?
実際クロエはパーティに参加してたし、何も問題ないでしょ?」
ライラの言葉に父親は気分が悪くなった。
「俺はお前という娘がわからないよ。
自分のしたことがたいしたことじゃないだなんて・・・、よくそんな風に思えるな。
もうだめだ、俺にはお前が悪魔に見えるよ。
頼むからもう俺の娘をやめてくれ」
そう言って父親はライラの除籍処分の書類を渡した。
ライラが少しでも反省して自分の行いを恥じていれば、書類を持ち帰って廃棄しようと思っていたのだが、ライラの独りよがりな言葉に除籍を決意したのだった。
「なに・・・これ、除籍って・・私貴族じゃなくなるの?
嫌よ、貴族じゃなくなったらギルの奥さんになれないじゃない!」
そうライラは叫んだが、父親は立ち上がると何も言わずに面会室を出ていった。




