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「ギルってば遅いわね」
会場内をウロウロしながらライラはギルバートの姿を探していた。
ライラの頭の中では会場でギルバートを見つけたら、ダンスのパートナーとして卒業の記念ダンスを踊るつもりでいた。
ふと中心の方を見ると、背の高いギルバートの姿が見えた。
(やっと来たのね。待たせすぎだわ。その分優しくしてもらわなきゃ)
ライラは人込みをかきわけるようにしてギルバートの方へ進んでいく。
あまりの強引さに「痛い!」「なんだ?」「令嬢のくせにマナーも知らないのか?」
「あれは誰だ?」「準男爵家の令嬢らしいぞ?」「例の勘違い女か?」
「それにしてもあんな風に人を押しのけていくなど、準男爵に抗議せねばならんな」
などと不満などの声もしたのだが、ギルバートしか目に入っていないライラには聞こえていない。
「ギルぅ~遅かったわね~、私ずっと待ってたのよ~」
そう言ってギルバートの腕をとろうとした時、すっとギルバートがライラを避けた。
「ギル?どうしたの?恥ずかしがらなくてもいいのよ?
ここにはギルバートを縛り付けるあの女はいないんだから」
そう言って再び腕をとろうと手を伸ばした時、ギルバートの後ろからクロエがひょっこりと顔を出した。
「!!!ななななんでクロエがここにいるの~!!!」
驚きすぎたライラは思わず大声で叫んでしまった。
「どうやってあそこから出てきたの?それにそのドレスは?あんたの着てたドレスはちゃんと隠しておいたはずなのに・・・、どうして他のドレスを着ているの?本当に本物のクロエなの??」
そのままライラは矢継ぎ早にクロエに質問をしていく。
「黙ってないで何とか言いなさいよ!あんたが出られないようにすごく頑張ったのに、どうしてギルと一緒にここにいるのよ~~~~~~~」
返事を返してこないクロエに苛立ち、ライラは大声でそう叫ぶとクロエに掴み掛かろうと近寄った。
だが、その手はクロエに届く前にギルバートによって強く振り払われた。
「いたっ!何するの?ギル。どうしてこの女をかばうのよ」
ライラがそう言ったのだが、ギルバートは何も言わず、クロエをかばうように前に立った。
「ギル?」
「愛称で呼ぶなと何度言ったらわかるんだ、いい加減にしてくれ」
「どうして?私達幼馴染じゃない」
「幼い頃から交流があったというだけだ。
今日で学園も卒業だ、今後は身分をわきまえて行動するように」
「そんな!クロエ!!あんたね!あんたがギルに言わせているんでしょう?
なんてひどい女なの?ギル、そんな女の言う事なんて信じないで!」
先ほどのライラの大声で周囲は静まり返り、ギルバート達3人を注視している。
ギルバートの友達たちはそんな観衆に気がつかれないように素早く3人の周囲に集まった。
「先ほどの発言だが、どうしてクロエがここにいることにあんなに驚いていた?」
「え?えっと・・・・」
「僕たちは婚約者同士だ、一緒に居ても何も不思議じゃないだろう?」
「でも、それは政略的なもので本当は私と」
「お前と、なんだ」
「結婚するのは私とでしょ?わかってるのよ、私」
ライラはそう言ってうっとりとギルバートを見つめた。
周囲がざわざわとしている。
侯爵家の令嬢と婚約を発表しておきながら準男爵の令嬢と結婚するなどと、普通であればありえない事だからだ。
公爵令息が浮気をしているのか?と邪推する者までいた。
ギルバートははぁ~っと大きくため息をついた。
「何度も言っているように、僕とクロエは婚約している。
それは政略的なものではない、僕がクロエを望んで婚約してもらったんだ。
お前と結婚など妄想話もたいがいにしてくれ!」
「そんな、だって・・・」
「それよりも先ほどの話だ、何を頑張ったんだって?」
「あの、それは・・・」
ライラが口ごもっていると、
「あの方先ほどクロエ様のドレスが違うとおっしゃっていたわ」
「私も聞いたわ」
「どういうことなのかしら?本来は別のドレスだったって事?」
「出られないように頑張ったって言ってたけどクロエ様に何かしたって事?」
「クロエ様のドレスが違うだなんて、一体何をしたのかしら?」
「そう言えばあの子、会場に来るのものすごく遅かったな」
「確かに、下位貴族の令嬢はほとんど同じくらいに来たのにあの子だけ遅かった」
「あの方を着替えの最中、私見かけなかったわ」
「私も」
「大勢いたといってもお互いに着付けやメイクを手伝いあうのだから見ていてもおかしくないわ」
「あなたは見た?」
「いいえ?貴女は?」
「見てないわ」
「もしかして、クロエ様に何かしたんじゃ・・・」
周囲のざわめきが大きくなっていく。
「わ、私何もしてないわ、ひどい!」
ライラがそう言い捨てて会場から出ていく。
ライラに関わりたくないのか、皆がすかさず道を空ける。
思ったよりも早くライラは会場の扉から外へ飛び出した。
「何よ何よ、みんなして!
クロエの奴なんてギルにかばってもらったりして腹立つわ。
ギルも皆の前だからってクロエの味方のふりなんかして」
そうぷりぷりしながらクロエのドレスを隠していた場所へとやってきた。
「あのドレスは本当は私が着るべきなのよ。
ゆっくり見てなかったけど、宝石がついていたし、生地も今まで触った事がない手触りだったわ。
ひとりで着替えられるかしら?」
そうブツブツとつぶやきながらドレスを出した手を、誰かがガシッと掴んだ。
「え?なに?」
ライラがふり返ると、警備隊と騎士団がそこにいた。
ライラの手を掴んだのは女性騎士だった。
「これでようやく証拠を掴めたよ」
そう言って騎士団の後ろからはハリエット侯爵が現れた。
「だ、誰よ、あんた」
「私はハリエット侯爵だよ、お嬢さん。
私の娘を二度にわたって恐ろしい目に遭わせてくれた礼をしなければ、と思っていたんだよ。
君がわざわざ証拠を出してくれて感謝するよ」
ハリエット侯爵は恐ろしいほどの笑顔をライラに向けていた。
ライラは恐怖に怯え、声も出なかった。
そのまま彼女は騎士団に引き渡され、騎士団本部へと連行されていった。




