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あれから、卒業式までライラはおとなしくしていた。
不気味なほど静かに教室で過ごしており、周囲の人々はようやく理解してくれたのか、と思っていた。
卒業式は制服で参加するが、その後の卒業パーティでは盛装をすることになる。
ドレスが用意できない者は、学園の貸し出し用のドレスを借りて参加する。
そして、学園が用意した部屋でそれぞれが着替えをすることになっていた。
もちろん、高位貴族であれば自分の侍女を連れてくるため大きめの個室を使うことになる。
下位貴族は大きな広間でお互いに着付けをするのが恒例であった。
下位貴族でも侍女として働く者はその着付けで自分の技術を高位貴族にアピールできる場になっていた。
「美しいですわ、クロエお嬢様」
「ありがとう、皆のおかげね」
「いいえ、お嬢様が美しいからですわ」
そう言って侍女たちは道具を片付けた。
コンコン、とノックの音がして誰かがやってきた。
そして、その対応をしていた侍女が申し訳なさそうにクロエに言った。
「クロエお嬢様、私ども使用人はもう控室に移動しなければならないそうなのです」
「もう?随分と早いのね」
「こちらは学園ですから、普通のパーティとは違うのかもしれませんね。
ここからは学園の方がお嬢様のお側にいらっしゃるそうですからご安心ください」
「そう、わかったわ」
侍女たちはクロエに挨拶をすると部屋から出ていった。
入れ替わりに女性が一人入ってきた。
(一人だけなのね)
クロエがそう思っていると、その女性が近寄ってきて、いきなりクロエを突き飛ばした。
ドレスを着ていたため、背もたれのない椅子に座っていたクロエはそのまま倒れこんだ。
「何をなさるの!」
クロエが思わずそう言いながら顔をあげるとライラがいた。
「らいら・・・さん?何を・・」
「クロエ、あんたのせいで私はギルからドレスも贈ってもらえなかったわ。
ずっとギルから遠ざけられて、全部あんたのせいよ」
「ライラさん、こんなことをして無事に済むと思っていらっしゃるの?
私たちがいないと皆すぐに気づきますわ」
クロエの言葉にライラはクスクスと笑い出した。
「卒業パーティは準備できた者から入るの。
男爵や子爵の者からね。それから伯爵家、辺境伯家、あんたの侯爵家が入るのはもっと後。
それまでにあんたをどうにかすれば、ばれないわよ」
なんて杜撰な計画だろう、とクロエは思った。
ライラ一人でクロエをどうにかできるわけがない、とも思っていた。
だが、そんなクロエの思いなど関係なしに、ライラはクロエのドレスを脱がし始めた。
「何をするの!」
「うるさいわ!!」
そう言ってライラはクロエを殴りつけた。
その手にはクロエ用に用意された水のグラスが握られていた。
クロエは殴られたショックで意識が薄れていった。
そしてクロエのドレスを脱がし終えたライラは、部屋の外に用意していた洗濯用の籠にクロエを入れた。
意識のないクロエを籠に入れるのは一苦労だったが、横にも穴があり、何とかクロエをしまった。
もちろんクロエの両手両足を縛り、猿轡もした。
そのままライラは洗濯籠を押しながら部屋から出て、学園の裏口まで移動した。
ライラは学園の使用人の服を着ていたため、全く怪しまれることなく簡単に移動できてしまった。
卒業パーティで入場者や使用人、護衛、教師などがわらわらとしており、混雑していたのもライラに幸いしてしまったのだろう。
学園の裏口に着いたライラは、学園の裏にある使われていない小屋に籠を運んでいった。
それはライラが偶然見つけた場所で、卒業課題の連中から逃げ回っていた時に見つけたのだった。
小屋の中にある崩れた棚や家具の間に籠を隠し、ライラはそっと戻って行った。
その後、ライラは人気のなくなった広間でゆっくりドレスを着て支度を整えると、パーティ会場へと向かった。
この日の為に一人で着られるドレスを選んでいたのだ。
会場は人でごった返しており、ライラがかなり遅れてきたことも気づかれていないようだった。
(これでギルのパートナーは私よ)
ライラはそう思ってクスクスと笑っていた。
後はギルバート達が来るのを待つだけだ。
その頃、ギルバートはクロエに与えられた待機室に向かっていた。
本来はそれぞれが入場するのだが、数年前、当時の王太子が婚約者を迎えに行き二人で入場したことから、最近は婚約者を迎えに行き、二人で入場するのが流行になっていた。
コンコン、とノックしたが、返事はない。
「クロエ?」
声をかけるが、中に人の気配がしない。
慌てて扉を開けると、クロエはいなかった。
室内は椅子が倒れ、グラスが割れていた。
ギルバートは慌てて部屋から飛び出すと、学園長室へと向かった。
「学園長!」
ノックもなしに飛び込んできたギルバートを見て、学園長は眉を顰めた。
「ギルバート君、卒業式を済ませたとはいえ・・「クロエが、クロエがいないのです」」
「クロエさんが?」
学園長はギルバートとクロエの家からそれぞれ相談を受けていた。
ギルバートの幼馴染、その婚約者達の家からもそれぞれ相談を受けていたため、ライラの行動をしっかり監視するように通達を出していた。
「ギルバート君このことは他に誰が知っている?」
「誰も、僕が一人でクロエを迎えにいきましたから」
「ふむ、まずはあまり大騒ぎにしてクロエさんの醜聞にならないようにしなければならんな」
そう言って、秘密裏にギルバートとクロエの両親を学園長室に連れてくるように控えていた秘書に命令した。
「くれぐれも何かあったとわからないようにうまく誘導してくれ」
「はい」
そう言って別の秘書に警備主任を呼ぶように言った。
先に来たのは警備主任だった。
学園長から話を聞き、大急ぎで学園から誰も出られないように手配をした。
「学園長、何か御用があるとか?」
そう言って二人の両親が入ってきた。
学園長は4人を座らせると、素早く状況を説明した。
「「「「なんてこと!」」」」
4人は顔色を無くし、侯爵は立ち上がって部屋から出ていこうとした。
「ハイアット侯爵、あなたが動いては目立ってしまう」
「しかし、娘が・・・」
「ハイアット侯爵、私が探します。
友達も信用できるものばかりですから、決してクロエの醜聞にはしません」
ギルバートはそう言って立ち上がった。
「ハイアット侯爵、息子を信じてくれないか?」
ハイアット侯爵はしばらく考えていたが、「我が家の従者と護衛も連れて行ってくれ。
娘を、娘を頼む」
ギルバートは大急ぎでパーティ会場に戻ると、自分の幼馴染を見つけ、助けを求めた。
当然、皆は快く協力をしてくれることになり、すぐに全員で移動しようとした時、彼らの婚約者達がそれを止めた。
「ギルバート様、今回の事はライラが関与しているかもしれませんわ」
「・・・」
そう言われ、ギルバートもその可能性に気がついた。
「皆で動けばライラが大騒ぎしてクロエ様にご迷惑がかかってしまいますわ」
「ここは人数を半分にして、会場に残る私達とでライラを見張りましょう」
「半分か・・」
「我が家の護衛侍女をつけますわ。
先に使用人の待機所から呼んで連れていってください。
婚約者が知っておりますから、ね」
「ああ、よく知っている、ギルバート、先に呼びに行くからおれは出るぞ」
「わかった、助かる」
「集合場所は食堂で」
ギルバート達は人の増え始めた会場を後にした。
残された仲間たちは入り口付近に散らばり、ライラが来るのを待っていた。




