16
「ライラっ!!」
夕食前に部屋にいたライラの所に父親がノックもなしに飛び込んでいた。
「お前、性懲りもなく公爵令息様に無礼を働いたそうだな」
「ちょっと二人でお話していただけよ」
「ちょっと話していただけで何故抗議の手紙が届くんだ。
しかも今日の出来事について、とあるんだぞ?
何をしたかは手紙に詳細に記されている、言い訳をしても無駄だ」
抗議の手紙には、
学園内では今まで通りで対応するとしていたがライラの態度に我慢の限界がきたこと、
卒業まではギルバート達とは距離をとる事、
それが守られなければ公爵家としてしかるべき対応をとる事などが書かれていた。
「学園内でももう二度と公爵令息様には近寄るな。
その周囲の令息たちにもだ。
もちろん侯爵令嬢様たちにも決して近寄るな」
「そんな!あと少しで卒業だから、皆で思い出を作りたいのに・・・」
「いい加減にしてくれ。いつまで頭の中に花が咲いているんだ!!
お前は卒業後にこの家から外に出ていってもらうことにした。
侍女でもメイドでも仕事先を見つけてやる」
「いやよ!ここから追い出されたらギルの所に行きにくくなっちゃうじゃない。
ギルは照れているだけなんだってば」
ライラがそう言った時、パシンとライラの左頬に熱い痛みを感じた。
「もういい加減にしてちょうだい」
ライラと父親の話を聞いていた母親がライラの頬をぶったのだ。
「お母様!痛いわ」
「痛いのは私たちの頭よ。
あんたが学園でいろいろしでかしていることを先日わざわざ知らせに来てくれた方がいらっしゃるのよ。
あまりの恥ずかしさに居た堪れなかったわ」
「誰よ、そんな告げ口しに来たのは。
あっ、きっとクロエね、やっぱりあの女は腹黒い意地悪な女なのね」
ライラが怒りのままそう言うと、再びパシンと痛みが襲った。
「侯爵令嬢様の訳がないでしょう!!
我が家は準男爵なのよ?どこに接点があるというの?
あんたの悪行を知らせてくれたのは幼い頃から仲良くしてくださっていた子爵家や男爵家の奥様たちよ!」
ギルバートの幼馴染の令息たちの親は爵位こそ違っていても長い付き合いがある。
そんな親たちの中でも下位貴族の夫人たちがライラの母親に苦言を呈したのだ。
長い付き合いで、最後の情けをかけてくれたのだろう。
その後、二人からの説教が続き、ライラは学園ではギルバート達に近寄らないことを約束させられた。
だがライラはギルバートの事をあきらめる気はなかった。
クロエが婚約者になるまで自由に公爵邸に出入りして、公爵夫人やギルバートとも仲良くしてきたのだ。
いきなり後からやってきて、ライラの居場所を奪ったクロエが悪いとライラは思い込んでいた。
それがライラの真実であり、ライラの厄介な所だった。
次の日からの学園では、公爵家からの通達があったのか、ライラは休み時間も一人になることはできなかった。
クラスメート達の数名がいつもライラに付きまとっているようになったのだ。
そして、ギルバート達に近寄ろうとすれば、目の前に立ちふさがり、
「家がつぶれますよ?」
と恐ろしい事をつぶやかれるのだ。
家がつぶれてしまえばライラは平民だ。
平民ではギルバートの側にいられないだろう。
そう思うとライラはしぶしぶ引き下がるしかなかった。
そんな日々が続き、ライラは家の手伝いもせずにブラブラと街を歩いていた。
(全然ギルバートに近寄れないし、クロエの奴、私がいないからってギルバートに馴れ馴れしくして、本当にむかつく女だわ)
そして、どうしたら自分がギルバートの妻になれるのかを考えるのだった。
「素敵なデザインが決まってよかったですわ」
「ああ、布地も隣国から取り寄せる手はずになってるんだよ」
「ギルバート様の衣装も素敵なデザインでしたわね」
「そう、かな?まあ僕はクロエが素敵だったら何着てもでもいいんだけどね」
「まあ、ギル様ったら」
聞こえてきたのはクロエとギルバートの会話だ。
ライラのいる場所の近くの喫茶店に二人はいたようだ。
2階のテラス席を貸し切りにしているようで、他に客はいない。
ライラがいる場所はちょうど建物の間にあり、二人の声が偶然聞こえてきたらしい。
(ちょっと、どうして休日に2人きりでお茶してるの?)
2人は結婚式の衣装デザインと生地を決めるために『マダム・ラ・ファムリータ』に行った後だったようだ。
「そう言えば、披露宴での衣装も素敵なデザインだったね」
「そう言っていただけると嬉しいですわ。
オーナーが初めて試みたデザインなんですって、楽しみですわ」
「そうなのか、生地の色が僕の瞳の色でよかったのかな?
他に好きな色があればそちらでも」
「いいえ、ギル様の色がいいとお願いしたのです。
ふふふ、ギル様お顔が赤いですわよ」
「クロエ、君が嬉しい事を言ってくれるから」
そんな甘い会話が続いている。
ライラの表情は恐ろしいほど歪んでいた。




