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クロエが再び眠った事を確認して、侯爵夫妻は応接室に案内された。
応接室には公爵夫妻とギルバートが待っていた。
入ってきた侯爵夫妻に、ギルバートは深々と頭を下げた。
公爵夫妻も立ち上がり、そろって頭を下げた。
「頭をあげてください」
侯爵にそう言われ、公爵家の面々は頭をあげた。
「とりあえず、状況を教えてください」
そう言われ、席に着いたところでギルバートが話を始めた。
とはいえ、目の前で見ていたわけではないため、他の令嬢達の話を聞き、推測できたことを話すしかなかった。
ライラにも話を聞いたのだが、
「クロエは帰るといった、その後は知らない」
そう言い張っていたため、クロエが目を覚ましてから詳しく聞き取りをすることになっていた。
「クロエ嬢を守れなくて本当に申し訳ありません」
ギルバートがそう言って頭を下げた。
「我が家の習慣がこんなことになるだなんて・・。
本当にクロエ嬢にはどれだけ謝罪してもし足りないくらいだ。申し訳ない」
公爵夫妻もそろって頭を下げた。
「許すかどうかは娘の気持ち次第ですな」
「ええ、あんな目に遭わされて、その原因が娘の婚約者にあるだなんて娘がどういう結論を出すかわかりませんわね」
侯爵夫妻は固い表情を崩すことなくそう返した。
「今日の所は帰ります。明日娘を迎えに来ます。
娘から話を聞き、どうしたいのかを確認したらまた連絡いたします」
侯爵夫妻が帰った後、三人ともこわばった顔をしていた。
「ギルバート、婚約はなくなるかもしれない、その覚悟をしておきなさい」
「そんな!」
「ライラを野放しにしてきた我が家の責任だ、慰謝料も用意しておかなければ」
「わたくしがもっと早くに出入りを禁止していればこんな事には・・・」
そう言って公爵夫人は両手で顔を覆って泣いた。
「今さら言っても仕方がない、出入りを禁止しても学園内だけは今まで通りなど、甘い対応をとってきた私の決断にすべての責任がある」
「ううぅ、クロエ・・・」
ギルバートは両手を握り締め、爪がその手のひらを傷つけてもその手を開くことはなかった。
次の日、クロエは目を覚ました。
侯爵家からの迎えに来た両親と共に馬車で自宅へと戻って行った。
侯爵家のお抱え医師からの診察を受け、しばらくは様子を見た方がいいという判断で3日ほどは安静にして過ごした。
3日目になり、クロエはようやくベットから起き上がることを許可され、両親に何があったのかを話した。
「なんだと!準男爵の娘ごときがそんな事を!」
「護衛や侍女はどうしていたの!」
「せっかく友人となれた令嬢達とのんびりしたかったので、少し離れた場所にいてもらったのです。
他の方も皆そうしていらして、わたくしもゆっくりと話をしたかったのもあったので」
侍女や護衛達はなるべく近くにいたのだが、ライラに会った後、木の陰に入ってしまい、散策に行くことを聞かされていたため、2人で散策しているのだと思い込んでしまったのだった。
「ねえ、クロエ、今までもそのライラとかいう令嬢に何かされていたのでしょう?」
「ええ、わたくしの事をクロエと敬称無しで呼んでいました」
「まあ、なんて無礼な」
「何故その時に注意をしなかったのだ」
確かに本来であれば高位貴族の令嬢であるクロエが注意するべきだったのだろう。
だが、クロエは場の雰囲気を壊したくなく、自分の方が後から仲間に加わった引け目もあり、注意することができなかったのだ。
そのことを話すと、両親はうーんと何か考えるようにしていた。
そして
「クロエ、この婚約は解消した方がいいと思うのだが、お前はどう思う?」
父からの問いかけにクロエは驚いた。
「婚約解消ですか?」
「ああ、そんな女が付きまとっている令息などクロエの迷惑にしかならん。
またいつクロエが被害を受けるかもわからんからな」
「そうね、家を出入り禁止にしただけでは足りないわね。
クロエの事を呼び捨てにしているその女を注意しない婚約者なんて、あなたをきちんと守れるとは思えないわ」
二人からそう言われ、クロエはあわてて首を横に振った。
「名前呼びについては皆様の雰囲気を壊したくなくてわたくしが黙っていました。
注意されるとあの方は大声でわめき、皆と争いになってしまうのが嫌だったのです。
ギルバート様は自分は鈍いから、言葉できちんと伝えてもらえれば対応すると約束してくださいました。
ギルバート様とわたくしの邪魔をしなければそれで十分ですから、とわたくしが言ったのです。
それに、わたくしの話を聞き届けてくださって、ライラさんにちゃんと意見を言っておりましたの。
まさか、ライラさんがあんなことをするだなんて、ギルバート様だってわかりませんわ。
ですから婚約を解消するなんて、わたくしは嫌です」
必死で話すクロエを見て、両親は顔を見合わせた。
「クロエ、あなた、ギルバート様をお慕いしているの?」
母からそう聞かれ、クロエは顔を真っ赤にして頷いた。
母は少し驚きながらもあらあら、と笑い、父は複雑そうな顔でクロエを見ていた。
普段おとなしくておっとりしたクロエが、ここまではっきりと自分の意思を告げるのは珍しい事だったのだ。
侯爵夫妻は娘の気持ちを理解したうえで、今後の公爵家の行動次第で婚約の継続か解消かを決めることにした。




