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第七幕 二人きりの宴


「探したぞ、アルフェドの死神よ」

 篝火の明かりとそれが届かぬ闇との狭間で、コーングレイスの魔女──ナザリー・ロッシュが薄く笑った。


「お、おまえ、どうして……!?」

 咄嗟にそう訊いたが、あまりのことにそれ以上言葉が出てこなかった。ややあって、ハッとする。いつもように雑な口調で話し掛けてしまったが、いまは互いに敵ではなく味方同士だ。であれば、相手をコーングレイス貴族として扱わなくてはならない。


「……貴卿は、どうしてこのようなところに来られたのか?」


「フッ」

 魔女が鼻で笑った。


「何だ、その話し方は。似合わないな」


「一応、礼儀を守ろうと思ったのだが」


 俺が不服そうに言うと、魔女が軽く肩をすくめる。


「堅苦しいのは好きではない。いつもどおりでいいさ」


「……解った」

 貴族の中には礼儀にうるさい者も多いが、魔女はそうではないということか。俺もうるさいほうではないので、正直助かる。


「それで、どうしてこんなところに?」


「言っただろう? 探したと」


「俺をか?」


「ああ。今回の援軍に参加していると聞いたのでな、せっかくの機会ゆえに一度会っておきたいと思ったのだ」


「そうか……」

 確かにいまここは両軍の交流の場となっている。なので、魔女が俺のところに来てもおかしくはない。おかしくはないのだが……結局アルフェドはアルフェド、コーングレイスはコーングレイスと別々に過ごしているのが現状だ。例外は上層部だけだろう。やはりみな、そう簡単には日頃の関係性から逃れられないのだ。


 そんなことは何処吹く風と、魔女は当たり前のように話し掛けてくる。

「座っても構わないか?」


「──ああ、もちろんだ」

 さんざん殺し合っただけでなく、人の顔を野蛮だとか見飽きたとか言っていたはずなのに、こうしてわざわざ会いにくる魔女の意図がいま一つ読めなかった。しかし相手が平然としている以上、こちらだけ動揺したり警戒したりするわけにはいかない。俺は半端に余っていた木材を尻に敷いていたのだが、それを魔女のほうへと差し出した。自分は地べたに座る。


「悪いな」

 魔女がその双眸をやわらかく細めたような気がしたが、頼りない篝火の明かりでははっきりとは見えなかった。彼女は変に遠慮することなく腰を下ろしたあと、手の中の酒瓶を軽く振った。


「一杯やろうではないか」


「ああ、いいな」


 それから二人して魔女が持ってきた酒を飲んだ。


「──む、これは」

 思わず呟く。先ほどまで飲んでいたものも我が家の果実酒に比べれば十分に上等だったのだが、これはまた一段と上等だった。


「美味いな」


「だろう? 実は上層部用の酒を分けてもらった」


「それはそれは。ありがたいことだ」

 さらに一口含んだあと、俺は取ってきていた料理を魔女へと勧める。


「まあ、食ってくれ。と言っても、用意したのはそちらの軍だがな」


「気にするな。こういうのは気持ちが大事なのだ」

 そう言うと、魔女は早速手を伸ばした。結構ガツガツと食べる。冷々たる美貌とは裏腹に、あまり淑女らしくはなかった。しかし変に上品ぶったやつらに比べたら、はるかに好ましい。


「なかなかいい食べっぷりだ。──しかし、このままだと料理が足りないな。少し待っててくれ。新しいものを取ってこよう。ついでに酒も」


 俺が腰を浮かせると、魔女もつづいた。


「いや、それなら私も一緒にいこう。そのほうがたくさん持ってこられるからな」


 かくして、俺たちは肩を並べて歩くことになった。

 二人で座っていた場所には人がいなかったが、さすがに料理や酒が並んでいる卓子まで来るとそうはいかない。同胞たちの好奇の視線が注がれる。


「おいおいおい、どうなってるんだ……」


「魔女が我らの陣地に来ただけでも驚きだったというのに……」


「まさか、死神と一緒とは」


 周囲からざわめきが聞こえてくる。


 しかし魔女は気にしたふうもなく、卓子の前に立つと品定めをはじめた。

 俺も知らん顔をして、料理と酒を選びはじめる。周囲に対してわざわざ説明したり言いわけしたりするもおかしな話だし、第一、どうして魔女と一緒にいるのかは俺もよく解ってはいなかった。


「死神よ。酒はそれだな、赤い色のやつだ。あと、料理はやはり肉だな」


「野菜の煮物や魚もあるぞ」


「肉だな」

 魔女がきっぱりと言い、自分の皿にどんどん肉料理を盛っていく。


「そうか」

 別に異論はないので、俺も同じようにした。


 二人して大量の酒と肉料理を確保したあと、先ほどの場所へと戻った。途中、「はしたない」「貴族らしくない」などという囁きも聞こえたが、まったく以てそのとおりだったので特に言い返すことはしなかった。


「それでは、あらためて」


 魔女が杯をかざしたので、俺も杯をかざした。


 そのまましばらく俺たちは、差し障りのない世間話や身の上話をしながら酒と料理を味わった。

 実のところ、戦場で何度も顔を合わせてはいるものの、互いに相手のことはよく知らなかった。もちろん噂程度ならいくらでも耳にしていたが、正確な情報は今夜がはじめてである。まあ本来、敵国同士なので、当然といえば当然だ。ちなみに魔女は俺より二つ年下だった。「女性に年齢を訊くな」と睨まれたものの、一応教えてくれたのである。


 ……それにしても、奇妙なことだ。


 少し酔いが回ってきた頭で、俺はそう思った。

 もう何年にもわたり殺し合っている好敵手と、まさかこうして語らう日が来ようとは──

 いつもと状況が違いすぎるせいで、魔女と聞けばすぐに湧いてきた殺意もいまは完全に迷子になってしまっている。


「……」

 篝火に揺らめくナザリー・ロッシュの横顔を、そっと窺う。彼女は長い髪を結い、それを後頭部でまとめていた。明かりに照らされているのではっきりとはしないが、色は黒だろう。アルフェドとコーングレイスでは一般的である。


 ──はじめて見た。彼女と会うのは戦場と決まっており、その時はかならず冑を被っていたからだ。

 どうしてだろうか……。髪型や色など知ったところでたいしたことではないはずなのに、胸の奥で何かが切なく疼いた。


「何だ?」

 俺の視線を感じたらしく、魔女が小首を傾げた。


「ああ、いや──その……」

 目を奪われていた──などとはもちろん言えず、慌ててごまかす。


「あれだ、先日の不意打ちだ。あれにはまんまとしてやられたなと思ってな」

 いきなりの話題であったが、頭に浮かんだのがそれだけだったので仕方がない。


 幸い、魔女は怪しむことなくすぐに乗ってきた。

「確かにあの不意打ちは、我ながら見事に決まった。元を正せば偶然の産物にすぎないのだがな」


「偶然──ということは、やはり戦場に遅れてきたのは作戦ではなかったのか」


「ああ。崖崩れで途中の道が使えなくなってしまってな、それで合流が遅れただけの話だ」


「なるほどな。しかしそのおかげで、こちらは優勢から一転、大敗走となったわけだが」


「勝負は時の運、そういうこともあるだろうよ」


「確かにな」

 俺は素直に頷いた。実際、それほど悔しくはなかった。もちろん負けたのは残念であるが、どんな形であれ戦いの結果を尊重するのがアルフェドとコーングレイスである。ネチネチするものではない。


「しかしあのアルフェド軍の敗走を受けて、こちらもかなりの追撃を仕掛けたはずなのだが──」

 魔女が俺の顔を覗き込むようにしながら、ニヤリと笑う。


「当たり前に無事でいるのだな、死神は」


「まあ、どうにかな」

 俺は肩をすくめたあと、ふと思い出す。


「そう言えば、左肩のケガはもう大丈夫なのか?」


「………何のことだ?」


「先日の一騎打ちの時、大鎌をまともに食らっていただろう?」


「ああ……、あんなものはすぐに治った。もう全然大丈夫だ」

 そう言った魔女の口調は珍しく歯切れが悪かった。


 察するに、まだ完治はしていないのだろう。


「まあ、大事にしてくれ。──ケガをさせた張本人が言うのもあれだが」


「まったくだ」

 一瞬きょとんとしたあと、魔女が思いきり噴き出した。アハハと笑い声を響かせる。いままで聞いてきたものの中で、一番耳に心地よかった。


 つられて俺も笑った。


 それからも二人で飲み食いをつづけ──大量の酒と料理が尽きはじめた頃、魔女が少しとろんとした目で南方を眺めた。この頂と違って、丘陵の裾は真っ暗闇である。


「ずいぶんとのろまだが、さすがにもう四、五日もすればサシュナータ軍も来るであろう。そうすれば決戦だ」

 酒のせいもあるだろうが、魔女の口調は嬉々としている。


 アルフェド・コーングレイス共同軍の基本戦術は、丘陵という地の利を活かしてサシュナータ軍を迎撃するというものだ。


「しかし、ただ待っているだけというのも芸がないな」


 俺が不満を漏らすと、魔女が肩をすくめた。


「サシュナータ軍は六万。対して、こちらは両軍合わせて二万八千だ。敵の兵力のほうが三万近くも上回っているのだから、こちらが守りに徹するのは当然のことだろう。それに時間を稼げば、我が王都からの援軍も期待できる」


「それは確かにそのとおりだが……サシュナータ軍は烏合の衆であるとも聞いたぞ」


「何が言いたい?」

 魔女の双眸が、戦士のそれに変わる。


「烏合の衆──つまり、付け入る隙はいくらでもあるということだ。にもかかわらず、ただ守りに徹するだけというのはどうなんだ」


「……」


「もちろん、大部隊を動かすのは軽率だろう。動かすのならば、機動力に優れた小部隊になるのだろうが──」


「少数精鋭による遊撃戦を仕掛けたらどうか、ということか」


「ああ。サシュナータ軍六万を、五体満足のままここに到着させてやる義理はないだろう?」


「……」


「途中で、刈り取れるだけ刈り取ってしまえばいいさ」


「……ふむ」

 細長い指を顎先に添えて少し考えたあと、魔女が一つ頷いた。


「一考の価値はあると思うぞ。そちらの上層部に提案してみたらどうだ」


「いや……。死神なんぞと呼ばれているが、俺は一介の騎士に過ぎないからな。発言力はそんなに高くない」


「そうか」


「だから、むしろおまえのほうだ。上層部から酒を分けてもらえるくらいだから直接的な繋がりがあるのだろう?」


「こちらの上層部に、私が提案をしろということか。できるにはできるが、それではおまえの考え出したことを私が盗むような形になってしまう」


「そんな細かいことは気にするな。この戦いが少しでも有利になるならそれでいい」


「……解った。私のほうで上層部に提案してみよう。ただ、さすがに今夜はもう遅い。上層部に赴くのは明日の朝だな」


 こうしてこの話が一段落ついたあと、何となく俺たちの会話も途切れてしまった。酒も料理ももう残っていなかった。


 おもむろに魔女が立ち上がる。

「そろそろ戻るとしよう。提案の件は任せておけ」


「ああ」


「──今夜は会えてよかった」


「俺もだ」


 薄く微笑むと、魔女は背中を向けて去っていた。篝火の明かりでは抗し得ない圧倒的な夜の中に、その姿はすぐに溶け込んでしまった。


 立ち上がってそれを見送っていた俺は、ややあってから頭を掻いた。


 普段は戦略や戦術に差し出がましいことは言わず、だいたい命令どおりに動くだけの俺なのだが……今夜はいったいどうしてしまったのだろうか。まるで誰かに頼もしいところを見せたかったようではないか。


 ──いや、酔って調子に乗っていただけだろう。

 そう結論付けると、俺はとっとと眠ることにした。


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