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第三幕 魔女の襲来


 居間の椅子から立ち上がると、床に倒れた大鎌を拾った。果実酒を飲みながら何となく昔を思い出していた俺だったが、そのまま武器の手入れをすることにした。

 戦場に出るようになって早八年、これが三振りめの大鎌となるが少しくたびれてきていた。できれば新調したいのだが……。


「金がない」

 独り言つ。


 我がリッカー家はすでに没落しているので領地からの収入はほとんどない。その生計は俺の戦働きによって保たれていた。


 幸いと言っていいのかどうか──稼ぐ機会には恵まれていた。我が領地を含むこの周辺の地域はアルフェド王国の西部に位置し、すぐ近くにある国境線の向こう側は宿敵コーングレイス王国であるからだ。両国は年がら年中争っているので、戦場を求めるのには困らなかった。


 ただし戦働きというのは、命懸けのわりにそれほど稼げるものではない。月に何度か戦場に赴いていても、生活費や騎士には欠かせない馬の維持費などを差し引くと、手元にはたいして残らなかった。ちょっと贅沢でもしようものならあっという間に苦しくなってしまう。特に俺には、両親が相次いで病死した際の高額な治療費がいまだに借金として残っているので貴族らしい生活は遠かった。


「惜しいことをしたな、昨日は……」

 読み違えたばかりに、貰えたはずのお礼をみすみす逃してしまったのである。俺は作業の手を止めて天井を仰いだ。


「せめて懸賞金が手に入っていたならなぁ」


 戦場において特定の敵を──懸賞金一覧に名前が載っている人物を打ち倒すと、通常の報酬とは別に国から特別な手当が支給される。それが懸賞金という制度だ。一覧に名前が載っているのはもちろん屈強な戦士たちばかりであり、その勇名が高いほどに懸賞金の額も高くなる仕組みだ。


 戦意高揚のため、何処の国でも大なり小なり採用していると思われるが、もともと尚武の国であるアルフェドとコーングレイスの両国ではかなり盛んにおこなわれていた。


 二日前の小競り合いの中で俺はその懸賞金を狙っていたのだが、運悪く巡り合うことはなかった。むしろ、こちらが狙われた。八年前からコーングレイス王国を相手に暴れ回ってきたので、かの国の懸賞金一覧には俺の名前が載っているのだ。そのため、俺のことを「死神」と恐れるのではなく、「金貨の詰まった袋」とみなして襲い掛かってくるやつはそこそこ湧いてくる。


 しかし、どいつもこいつも威勢ばかりで実力が伴っていなかった。全員漏れなく返り討ちにしてやったが、俺はかなりくすぶっていた。


 そんな時に見つけたのが、甲冑の上に黒いマントをまとった女騎士だった。

 コーングレイスの魔女。


「ナザリー・ロッシュ……」

 はじめて彼女と出会ったのは三年前。二日前と似たような国境線の小競り合いの中だった。少し前からその強さが噂となり、ついに懸賞金一覧にも名前が載った彼女が敵軍にいると聞いて、俺は舌なめずりした。


 しかもちょうどいいことに、俺の所属していた部隊と彼女の所属していた部隊が正面からぶつかり合った。

 コーングレイスの兵たちを次々と薙ぎ払いながら、俺は魔女へと迫った。攻撃範囲に捉えた瞬間、渾身の一撃を放った。


 見事に弾き返されていた。ほっそりとした身体からは思いも寄らぬ速さと威力で。──それは、魔術めいてさえいた。あと少し見入っていたら、鋭く翻った穂先に貫かれていたことだろう。


 結局その日の戦いも、二日前のものと同様に中途半端な形で終わってしまったのだが……それでも俺は、かつてないほどの興奮を味わっていた。懸賞金を逃したことも戦場ではじめて殺された掛けたことも、その時はどうでもよかった。全身全霊を尽くしてもなお倒せなかった魔女の存在に、ただひたすら驚きと感動を覚えていた。


 去っていく黒いマントを見送りながら、また会いたい、また殺し合いたいという渇望が獣のように胸の奥で唸っていた。


 そして出会ってから三年後の今日もまた同じような想いを抱きつつ、俺は武器の手入れに戻ったのである。


「ナザリー・ロッシュ……」

 ふと気づくと、再びその名前を口にしてしまっていた。



 □ □ □



 それから二週間後、俺はまたアルフェド王国西側の国境線沿いにいた。広い大地を風が吹き抜けていく。我がリッカー家からは北西に四日ほどの距離である。先日とは別のアルフェド貴族とコーングレイス貴族が揉めごとを起こしたためだった。


 揉めごとの理由は説明されたが聞き流した。興味がなかったからだ。そんなことよりも俺の関心を引いたのは、この平原に展開された兵の多さだった。両軍共に二千人近くを動員している。先日の小競り合いよりも本格的な戦いだ。


「これだけいるのなら、魔女も来ているか」

 そう期待して情報を集めてみたが、どうやらナザリー・ロッシュは不参加らしい。正直ガッカリしたが、あちらにはあちらの事情があるのだろう。


 両軍共に手勢を中央、右翼、左翼の三部隊に分けて布陣した。俺は右翼の騎兵部隊に配属された。


 昼過ぎ、平原の空を埋めるかのような激しい矢の応酬がはじまった。アルフェド軍とコーングレイス軍の弓兵たちによって戦端が開かれたのだ。


 とはいえ、距離が離れている上に、どちらの軍も盾と甲冑で防御しているので大きく崩れることはない。ただ、動き出すにはいいきっかけであった。


「おーっ!!」

 最初に平原を駆け出したのは、アルフェド軍右翼の騎兵部隊だった。すなわち、俺の所属する部隊である。


 数百の同胞に囲まれながら俺が馬を疾駆させていると、真向いの──コーングレイス軍左翼の騎兵部隊も、こちらに呼応して騎乗突撃をはじめた。

 互いに馬蹄を轟かせながら、激突する。


「せいやっ」

 俺はすれ違いざま、騎馬の勢いをそのまま大鎌に乗せて突き出した。金属で覆った柄の先端が、甲冑を着こんで重いはずの敵騎兵をあっけなく吹き飛ばした。

 周囲に視線を走らせる。こちらのほうが先に十分に加速していたため、同胞の剣や槍が次々とコーングレイス騎兵を落馬させていた。


 中にはすれ違わずに、正面から馬と馬を激突させている者たちもいた。勢いで勝っていたアルフェド騎兵がコーングレイス騎兵を馬ごと倒している。ただし、どちらの人馬も激突に耐えきれず地面へと転がって悲惨なことになっている場合もあった。


 ともあれ、一部でそういうことが起こりつつも、全体的には先に仕掛けた俺たちのほうが優勢であった。すでに突撃の勢いは失われ、両軍のぶつかり合いは白兵戦へと移行しているが、平原に倒れ伏しているのは敵のほうが多かったのだ。


「押せ押せ! コーングレイス軍をこの左翼から崩してしまえっ」

 俺たちの部隊の指揮官がそう叫んだ。


 そのとおりだなと思っていると、不意に横合いから呼び掛けられた。


「我が名はマウテア! 栄えあるコーングレイス王国の男爵だ。その大鎌とその紋章、アルフェドの死神とお見受けした。尋常に勝負されたし!」


 馬首を巡らせてみれば、そこには高そうな甲冑の、如何にも良家の坊ちゃんといった感じの男が剣を構えていた。聞いたことのない名前である。少なくとも懸賞金一覧には載っていない。興味が湧かなかった。しかし、こうも正々堂々と勝負を挑まれてしまったら、こちらも騎士として無下にはできない。


「アルフェド王国の騎士、ジェイド・リッカーだ。俺でよければ相手になろう」


「参る!」

 マウテア男爵がこちらに向かって馬を駆った。剣をくり出す。


 遅かった。──魔女ならば三回は攻撃がすんでいるだろうと思われる時間の中で、マウテア男爵はたった一回の攻撃しか放ってこなかった。


 難なくかわしたあと、俺は馬ごと踏み込んだ。魔女と違って甲冑の隙間がよく見えた。そこに大鎌を叩き込む。


「んがっ」

 貴族の優雅さとはほど遠い声を残してマウテア男爵は地面に転げ落ちた。そのまま動かなくなった。


 俺はあらためて周囲を見回す。何処からも強者の匂いは嗅ぎ取れない。なので、敢えて大仰な動作で血濡れた大鎌を肩に担いでみせた。そして告げる。


「掛かってくるがいい。命を刈り取られたいやつからな」

 これで本当に、恐いもの知らずどもにうじゃうじゃとたかられていたらそれこそ目も当てられなかったが──


「やつら怯んだぞ、いまだ!」

 近くにいた同胞の誰かが剣をかざして敵に突っ込んでいった。


 見込みどおり、俺の言動はしっかりと威嚇の役割を果たしてくれたのだった。

 他の同胞たちも呼応し、敵に襲い掛かっていく。


 もともとコーングレイス軍左翼は全体的に押されていた。そこに、明らかに臆した者たちが出てしまってはもう戦線を維持できなかった。ほどもなく、大きく崩れた。


「進め進め進め!」

 勢いづいたアルフェド軍右翼は雄叫びを上げながら、逃げ出したコーングレイス軍左翼に再突撃する。もちろん俺もその流れに加わった。


 このままいけば目の前の敵を蹴散らして、コーングレイス軍中央の脇腹を襲うのも時間の問題──俺だけではなく、おそらくアルフェド軍右翼の全員がそう思った時のことだった。


「うわぁあっ」

 突如として、いくつもの悲鳴と驚愕の叫びが上がった。俺たちの部隊の一番右端からである。


「何だ──?」

 思わずそちらへと視線を向けるが、同胞の人馬に遮られてよく見えなかった。俺は部隊の反対側にいたためである。


 しかし、原因はすぐに解った。


 血の喧騒にまみれた戦場の中でなお、その声は凛として響いた。


「コーングレイス王国のナザリー・ロッシュ、遅ればせながら加勢に参った!」



 魔女の襲来だった。


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