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第二十二幕 そして死神と魔女は


 大きな町でマルティーノを見掛けてから一ヶ月が経った。その間、特に変わったこともなく、日常は平穏に流れていった。


 相変わらず俺とナザリーは交代で狩猟と家の仕事をこなし、相変わらず愛娘のシェナーナは元気いっぱいで可愛かった。


 マルティーノの件は気懸かりではあったものの、あれから何の話も伝わってこなかった。おそらくコーングレイスの使者として訪れたのであろうが、彼の用事は俺たち下々の者には直接関係ないものだったということだろう。万が一の可能性として、「死神」や「魔女」の噂でも聞きつけてきたのかと警戒したのだが、どうやら杞憂で済んだようである。


 しかし──ホッとしたのも束の間だった。

 我がアシュール家の生活は、別のところから崩れはじめたのである。



 愛娘シェナーナが流行り病に倒れたのだった。



 最初の症状は微熱が出る程度であり、俺もナザリーも心配はしたが慌てはしなかった。いつものように近くの森で解熱効果のある薬草を採ってきて、それを煎じて愛娘に飲ませた。


 その解熱薬が苦いことを知っているシェナーナは、最後まで「んー」と固く口を閉ざして抵抗を示したが──逆に言えば、まだまだそれだけしっかりしていたのである。


 三日経っても、愛娘の熱は下がらなかった。

 むしろ上がってしまった。シェナーナ本人も、まるで花が萎れていくように弱りはじめた。


 これはいつもの風邪などとは違うと判断した俺たちは、村の薬売りの元へとシェナーナを抱えていった。


 この村に正式な学問を修めた医者はおらず、村人の健康問題はこの薬売りに相談するのが通例となっていた。彼は薬を売るだけではなく、その製造や効能にも造詣が深く、下手な医者よりも頼りになる存在であったのだ。


「シェナーナちゃんもだね……」

 白を基調とした店内で、四十過ぎの温和な顔をした男──薬売りが痛ましげに呟いた。すでに診察を終えた愛娘は、彼の助手に付き添われて別室で休んでいる。


「『も』ということは、シェナーナの他にも似たような症状の人が?」

 俺とナザリーは薬売りの前の丸椅子に腰掛けて、これから診察の結果を聞こうとしていた。


「ああ。症状としては普通の風邪とほぼ同じ──熱、咳、悪寒、関節の痛みなどだが、薬を飲んで休んでいるのにいっこうによくならず、それどころかだんだん酷くなるという……。最初はかなり遠くの村のほうで流行っていたんだが、ついにこの村にも来てしまったらしい。この数日で、その症状を訴えてここを訪ねる村人たちの数が増えてきたからね」


「──つまり、うちのシェナーナもその流行り病に罹ったと?」


「おそらく、そうだろう」


「……」

 目を見開いたまま、俺はしばらく固まってしまった。


 すると、薬売りが寄せていた眉をさらに寄せて口を開いた。

「非常に言いづらいんだけどね、ちゃんと伝えておかないとあとあと困るだろうから……。この流行り病はかなり厄介だ。結局その症状が治まらずに、一、二ヶ月ほどで亡くなってしまう例が多いらしい。ここより先に流行った村のほうでは、いまも死者が出つづけていると聞いた」


「!!」

 死に至る流行り病……。丸椅子に座っているはずなのに、足下がぐらぐらするような感覚に襲われた。隣を見てみれば、ナザリーがすっかり色をなくした表情をしている。


「な、何か、薬はないのですか」

 俺は声が震えないようにしながら訊いた。


 薬売りがゆっくりと首を左右に振った。

「残念ながら、いまのところこれといったものはないね。原因は不明だし、感染経路も解っていない。老若男女を問わずに罹患するが、かといって誰も彼もが罹患するわけでもない。私のように何人もの患者に関わっていても平気な者もいるし、君たちのように家族内でも罹患する者としない者に分かれるしね」


「いったい、どうすれば……」

 ナザリーがかすれたような声で呟いた。


「通常のものより強い解熱効果と鎮痛効果を持つ薬があるから、それをお勧めする。一応その薬で、ここを訪れた村人たちの症状は抑えられているようだ。悪くなっていないだけで、よくなったという知らせはまだ聞いていないんだが……。あとはそうだね、とにかくシェナーナちゃんの身体を温かくしてあげることだ」


 俺とナザリーは不安で鈍く軋みながらも、視線で相談した。互いに頷く。他に選択の余地はなかった。


「では、その薬を頂けますか」


「ああ、解った。すぐに用意しよう。少し負けてあげるね」


「ありがとうございます」


 夫婦で頭を下げると、薬売りは席を立って店の奥に向かった。


 ふと、その足が止まる。


「そうだ。ついさっき仕入れの時に聞いたんだが、町の同業者の話によると……ああ、いや、これは──」

 何かを思い出したように言葉を発した薬売りだったが、すぐに曖昧に口籠もった。


「構いません。この流行り病に関することでしたら、何でも遠慮なく言ってください」


 俺が促すと、薬売りは少しためらったあと、あらためて口を開いた。


「どうやらこの流行り病に、私たちの領主様のご家族も罹患していたらしい。領主様のお膝元のほうが先に流行り病に襲われていたそうだから、いまから一ヶ月くらい前のことだね」


「ああ……その話なら何処で聞きました」

 確か一ヶ月前に町へといった時、そのような噂を耳したのだ。あれは単なる噂などではなく、れっきとした事実であったということか。あの時は、まさかシェナーナもその流行り病に罹ってしまうとは考えもしなかったが。


「それで、領主様のご家族はここ一ヶ月ほどずっと臥せっていたらしいんだが……つい最近、快癒したそうだ。とある薬を服用して」


「!?」

 夫婦揃ってガタッと丸椅子を鳴らして立ち上がった。


「快癒ということは、流行り病が治ったということですよね!? 先ほどはこれといった薬はないって──」


 俺が驚きと混乱で詰め寄るように言うと、薬売りは本当に申しわけなさそうに顔全体を歪めた。


「その薬というのはね、誰にでも手に入れられるような代物ではないんだよ。超が付くくらい高額でね、とても庶民が買えるようなものではないんだ。貴族である領主様でさえ、ありとあらゆる財宝を売り払ってようやく手に入れたそうだ。私も二十年以上薬売りをしているが取り扱ったことがない、超高額の万能薬。体内に入った病原菌だけを殺せるという奇跡の薬。その素材も製法もごく一部の者しか知らず、一般には謎とされている──。名前は確か……えーっと、あれ? 何と言ったか。あまりにも身近なものではなさすぎてね、えーっと……」


 立ち上がったまま俺とナザリーは目と目を見交わしていた。


 知っていた。


 薬売りが思い出すまでもなく、二人ともその名前を知っていた。

 むしろ、どうしていままで失念していたのだろうか。



 パナケイア。



 超高額の万能薬の、それが名前だった。



 □ □ □ 

 


 我が家へと帰った俺たちは、台所の机で向かい合って座っていた。


 シェナーナはすでに自室で休ませている。先ほど買った薬が効いているらしく、今朝に比べてはるかに穏やかな寝息を立てて眠ってくれていた。

 俺もナザリーもひとまずホッとしたが……それはあくまでも、ひとまずでしかなかった。


 我が愛娘は、死に至る流行り病に罹ってしまったのだ。ここより先に流行った村のほうでは、いまも死者が出つづけていると言っていた。


「どうする……?」

 机に両肘をつき、まるで祈るかのように組んだ両手に額を押しつけたまま呟いた。それは妻に向けたものなのか、それとも俺自身に向けたものなのか、よく解らない問い掛けであった。


「──どうするもこうするも」

 わずかな時を経て、ナザリーが口を開いた。その声は鎖でも引きずっているかのように重かった。


「所詮、いまの薬は一時凌ぎに過ぎないのだろう? 楽観は許されない。薬屋も『悪くなっていないだけで、よくなったという知らせはまだ聞いていない』と言っていたからな。もちろんシェナが、その最初のよくなったという知らせになる可能性はあるが……どちらかと言えばシェナはまだ幼いから──」

 そこで彼女の言葉は途切れた。


 ただ、俺にはそのつづきが予想できた。



 そう長くは持たないのではないか。



 二人の間にしばしの沈黙が降り──それから、かつて戦場で呼吸が合った時のように、同じ言葉を発した。



「万能薬パナケイアだ」



「それを手に入れるしかない」

 ナザリーが思い詰めたような、しかし決然とした口調で告げた。


「ああ」

 俺も強く頷いた。


「──ただ、我が家にそのような金はないぞ。領地経営を上手くやっていた我らが領主様でさえ、ありとあらゆる財宝を売り払うような額だからな」


「そうだな……」


「村のみんなにいくらか借金できたとしても、それでどうにかなるはずもない。そもそも、この村にも流行り病が来た以上は借金すること自体が難しいだろう」


「……このようなことになるのなら、食べてばかりおらず、しっかりと貯蓄しておけばよかった」


 天を仰いで嘆息したナザリーに対し、俺は静かに首を振った。


「いや、この村に来てからの六年間、たとえこつこつと貯蓄しておいたとしても、万能薬パナケイアを買える額にはほど遠かっただろう。それに、食べてばかりいたからこそ幸せなこともあったはずだ。ぱくぱくと頬張るシェナーナの姿は、おまえも好きだろう?」


「ああ……そのとおりだな」

 悲しむように、慈しむようにナザリーは目を細めた。ややあって、取り敢えずというふうに口を開いた。


「では……この前言ったように、私たちで森に住む獣を狩り尽くして、金を用意するか」


「……」

 狩猟はそれなりに稼げる仕事だ。ゆえに、これから毎日必死になって──それこそ森の獣を狩り尽くす勢いでつづければ、数年後には庶民の俺たちでも万能薬パナケイアを買えるかもしれない。


 しかしもちろん、それでは遅すぎるのだ。


 薬売りの話によれば、この流行り病は一、二ヶ月ほどで亡くなってしまう例が多いということだった。逆に言えば、一、二ヶ月ほどの猶予はあるということになるが……馬鹿正直にそれを当てにするわけにもいかなかった。いまは今日買ってきた薬が効いているようだが、それがいつまでつづくかは不透明である。シェナーナはまだ幼く、それにあの薬屋の渋すぎる表情を踏まえると──猶予は長くても二、三週間ほどといったところではないのだろうか。


「ナザリー、解っていると思うが──」


「ああ……解っている。とてもではないが、時間が足りないな。言ってみただけだ」


 そして再び、夫婦の上に沈黙が降りた。


 俺は必死で──それこそ脳みそを絞るようにして考えた。大金を、それも短期間で手に入れられる方法を。


 しかし……そのように都合のいいものが簡単に見つかるはずもなかった。当然だ。ここで簡単に見つかるようなら、世の中は金持ちで溢れ返っているだろう。


「…………」

 ──否。たった一つだけ、脳裡によぎる考えがあった。


 それは、狩人のジェイド・アシュールには不可能なことであったが、()()()()()()()()()()()()()()可能なことであった。


「ナザリー……」

 静かに沈黙を破り、俺はまっすぐに妻を見た。


「何だ──?」

 妻もこちらをまっすぐに見返してきた。


 その双眸を美しいと思いながら、ゆっくりと口を開く。


 

「俺の首を取れ、ナザリー」


 

「……」

 一瞬、妻の表情が揺らいだものの、それが狼狽に変わることはなかった。おそらく彼女も似たような考えに至っていたのではないだろうか。


「憶えているだろう? 俺の首には──いや、アルフェドの死神の首には懸賞金が付けられている。万能薬パナケイアが買えるくらいの額がな。マドゥーカ盆地で俺は行方不明扱いになったと思われるが、その名前はコーングレイス王国の懸賞金一覧に載ったままになっているはずだ。アルフェドでもそうだが、一覧に載ったらば最後、その死亡がしっかりと確認されるまではおいそれと削除されるものではないからな。ただ、あれから六年も経っている。一度調べたほうがいいのは──」


 さらに言葉をつづけようとした俺に、軽く片手を上げてナザリーが制した。


「まったく以てそのとおりだな。ただしそれを言うのならば、私の首にも──コーングレイスの魔女の首にも懸賞金が付けられているぞ。万能薬パナケイアが買えるくらいの額がな」


「……」

 二人とも、あらためて見つめ合った。それは火花が散るようでもあり、悲しみが零れるようでもあった。やるせない──とは、たぶんこういうことを言うのだろう。


「──少し話は変わるが」

 ややあって、ナザリーがふと視線を逸らしながら言葉を発した。


「おまえには黙っていたが、実は先日、私は一人で町にいってきた」


「町に──?」

 いつの間にと思ったが、そういえば、狩猟に出掛けたナザリーが一匹も獲物を捕らえてこない日があった。珍しいこともあるものだと首を傾げたものだが、そうか、あれは狩猟にはいかずに町へといっていたせいか。


「何のために? あそこにはいま、おまえの昔馴染みが来ているからしばらく近づかないほういいという話だっただろう」


「その昔馴染み──マルティーノに会いにいってきたのだよ」


「は──!?」

 俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。


「いや……この間はあまりにも突然だったので、驚いて逃げ隠れしてしまったが、よくよく考えてみれば、マルティーノは悪いやつではないからな。むしろ信用できるやつだ。ゆえに、どうしてあいつが町に来たのかとここでモヤモヤしているよりも、いっそ直接訊いてしまったほうが早いと思ってな、会いにいってきた。コーングレイスの使者が滞在するような場所など、あの町では限られているしな」


「……」

 急に話が変わった上に、その話がなかなか無茶なものだったので、俺はすぐには言葉を発せなかった。


「もちろん、十分に警戒はした。誰かに会うところを見られるのはマズいしな。それに、マルティーノに会うこと自体が六年振りだ。その間にあいつが変わってしまった可能性も捨てきれなかった。実際、私が知っていた頃のあいつは、他国への使者を任されるような地位にはいなかったからな」


「……」


「しかし結果から言えば、どちらも杞憂で済んだ。人目のないところで会えたし、あいつも特に変わってはいなかった。多少は出世したらしいがな。いまはサシュナータだけではなく、アルフェドにも使者として赴くことがあるそうだ。あいつは昔から人付き合いの上手いところがあったからな。ゆえに、私もよく副官を頼んだものだった」


「……」


「ともあれマルティーノは、私が生きていたことを諸手を挙げて喜んでくれたよ。宿敵の男と一緒になって、子供までもうけていると知った時にはさすがに目の玉が飛び出していたがな」


 ナザリーはそこで少し笑ったが、俺は警戒心を抱かざるを得なかった。


「俺たちのことを話してしまって大丈夫だったのか?」


「ああ、大丈夫だろう。誰にも喋らないと約束してくれた。実際、あれからしばらく経つが、私たちには何ごとも起こってはいない」


「それは、まあ……確かに」


「そしてここからが本題だ。──久しぶりに会った私たちは、当然のことながら昔話に花を咲かせた。その中には私とおまえの懸賞金がいまどうなっているのかという話もあったのだよ」


「……!」


「結論から言えば、私たちの名前は互いの国の懸賞金一覧に載ったままになっているそうだ。つまり、超高額の万能薬が買えるほどの額が掛かったままだということだ」


「そうか、それはよかった……。偶然とはいえ、調べる手間が省けたな」

 俺は思わずホッとした声を出していた。とにかくこれで超高額な万能薬を手に入れられるめど立ったのだ。死に至る流行り病から愛娘を救い出せる方法が見つかったのだ。


「しかし……どうしてマルティーノに会ったことを黙っていた。あいつが問題ないと解っていたなら、さっさと教えて欲しかった」

 一呼吸置いて、俺は少し妻を睨んだ。


「それは悪かったと思っている。ただ、勝手に決めて勝手に行動してしまったのでな、言い出しづらかったのだよ」


「そうか……」


 俺は頷いたが、胸の中に小さなしこりのようなものを覚えていた。すると何かを察したらしく、ナザリーが身を屈めて下から俺の顔を覗き込んできた。そして、からかい口調で訊いてくる。


「もしかして嫉妬したのか? 安心しろ、やましいことは何一つない。私とあいつは仲のよかった昔馴染みにすぎないからな」


「いや別に、嫉妬など……」


「何だ、嫉妬してくれないのか」


「いや、そういうわけでは……」


「では、嫉妬してくれたのだな」


「……」

 ナザリーがどうしてだか勝ち誇ったような顔で言うのに対し、俺は無言でそっぽを向いた。


 それから二人して同時に吹き出し、そのまましばらく笑い合った。

 くすぐられるような、幸せな時間だった。


 しかし──


「話を戻そう」

 いつまでも、そうしているわけにはいかなかった。


「俺の首を取れ、ナザリー」


「……」


「この首の懸賞金がそのままだというのなら、もはや迷うことはない。シェナーナの命を救うために、この首を取って万能薬パナケイアを手に入れるんだ」


「……」


「シェナーナの病状がどうなるか解らない以上、早ければ早いほどいいだろう」


「……」


「ナザリー……」

 黙り込んだままの妻に対して、俺は少し語気を強めて呼び掛けた。


 ややあって、彼女はこちらをまっすぐに見た。その双眸は何処か底光りしているようだった。

「確かにシェナの命を救うためには、私たちのどちらかの懸賞金でパナケイアを手に入れるしかないだろう。そのことに異存はない。しかし──」


「どちらかではない」

 ナザリーの言葉にはまだつづきがあったようだが、俺は敢えて遮った。


「取るのは俺の首でいい。シェナーナはまだ幼い。それに女の子だ。男親より、女親のほうが何かと都合がいいはずだ」


「いいや、ジェイド」

 今度はナザリーが少し語気を強めて俺の名を呼んだ。その双眸は先ほどよりも底光りしているように見えた。


「違うだろう? そうではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「──?」

 妻が何を言っているのか咄嗟には解らず、俺は眉を寄せた。


「ジェイド、私は知っているぞ。私がシェナを連れて出掛けている間に、おまえがこっそりと大鎌を振るっていたことを」


「あ、あれは……」


「あれは、ただの運動というような域ではなかったな。明らかに戦場を想定した──殺し合いを想定したものだった」

 ナザリーの声は少し上擦っているようだった。


「……」


「そしてジェイド、おまえも知っているはずだ。私が森に狩りへと出掛けた際、時折こっそりと木の棒を振るっていたことを」


「……」


「あれは、ただの運動ではなかったぞ。しっかりと戦場を想定した──殺し合いを想定したものだった」


「……」


「私たちがそういう生きものであることを、よもやこの六年の平穏の中で忘れてしまったわけではあるまい。この血肉に染みついた尚武の気風はその程度ではないだろう?」


「……」


「ジェイドよ──いやさ、死神よ。あらためて訊くぞ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 冴えた月のような、冷々たる美貌。そこに浮かび上がっていたのは──


 妻のそれでもなく。

 母親のそれでもなく。


 魔女の妖艶な笑みだった。


「フッ」

 俺は唇の片端が吊り上がるのを抑えきれなかった。



「ああ、そうだな。──殺し合いで決着をつけようか」



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