第二幕 死神の誕生
「せいや」
軽く掛け声を上げると、俺は大鎌を振るった。
盗賊の首が一つ飛んだ。
刃を返しながらさらに一歩を踏み込んで、再び大鎌を振るう。
盗賊の首がもう一つ飛んだ。
すでに五、六人の盗賊が血溜りに沈んでいる。いまのが最後の一人だったのだが、まるで歯応えがなかった。
「あ、ありがとうございます、騎士様」
つまらない戦いだった、と思いながら大鎌の血糊を払っていると、道の端で小さくなっていた男たちの代表がおずおずと礼を言ってきた。たいした身なりもしていないし、たいした荷物も持っていない。ただの旅人の一団だろう。
ここは、アルフェド王国西側の国境線付近。魔女たちと干戈を交わした場所から東へ──つまり、アルフェド王国内に向けて馬で一日ほど進んだ林野であった。
この辺りはいつも不穏な国境線の影響を受けてか、あまり治安がよろしくない。表街道ならばまだ安全なのだが、裏街道はこのとおり犯罪に巻き込まれる可能性が一段と増えてくる。ただ、表街道は要所要所を経由していくので遠回りになりがちだ。先を急ぐ旅人や商人などはついつい近道となる裏街道を利用してしまうのである。俺は単に遠回りが面倒臭かっただけなのだが、この旅人の一団にとってはそれが命拾いになったというわけだ。
「先を急いでいたのだろうが……表街道に引き返したほうがいい。ここからならまだ半時も掛からずに戻れるだろう」
「はっ、はい! そうさせていただきます。我々が軽率でした」
俺の忠告に、男たちはみな何度も頷いた。
「と、ところで、助けていただいたお礼をしたいのですが……」
「お礼?」
代表の言葉に、悲しいかな、俺はちょっと期待した視線を向けてしまう。しかしあらためて見ても、男たちは裕福そうではなかった。お礼といってもたいしたものは出てこないだろう。ならば、ここは一つ恰好をつけることにしよう。
「民を助けるのは、貴族の務め。礼には及ばん」
俺はくるりと背を向けて、颯爽と去っていく。少し離れた場所で待っている自馬の元へと向かった。
「せ、せめてお名前だけでも」
「気にするな。それより早く表街道にいくといい」
肩越しにそれだけ言うと、俺は再び歩を進める。
「おお、なんと高潔な騎士様か……! ありがとうございます、ありがとうございます」
男たちはしばらく感動の視線をこちらに送っていたようだったが、やがて引き返す準備をはじめたらしい。しかし、ガタゴトとその音が妙に大きかったので、俺は馬の手綱を握ったところで振り向いてみた。
裏街道沿いの林の中から大型の馬車が三台も出てきた。
「……」
おそらく俺がここに通り掛かる前に、盗賊たちから守るべくそこに隠したのだろう。……何というか、金目のものをいっぱい積んでそうな雰囲気だった。ただの旅人の一団というのはどうやら間違いだったらしい。彼らがたいした身なりをしていなかったのは、自分たちよりも商品に力を入れる気質だったからだろうか。
いずれにせよ、いまさら「やっぱりお礼を……」などと口にできるはずもない。俺は澄ました顔をどうにか保ったまま馬に乗り、あらためて帰路に着いたのであった。
□ □ □
「おお、美しきかな、我が領地」
盗賊を退治した林野からさらに東へ一日──国境線からは二日──を進み、俺は自分の領地へと帰り着いた。
……少し芝居掛かった台詞を言ってみたものの、実のところ我がリッカー家の領地は狭く、見るべきものなど何もなかった。やや大きめの屋敷とそれに隣接する小さな畑が存在するだけである。
古くなって傷んだ扉を軋ませながら室内に入ると、俺は荷物を置いて居間の椅子に座った。
「……」
ただ、いくら待ったところで何も出てこないことは解り切っているので、少し休憩したあと自ら台所に向かう。
両親はすでに他界し、兄弟もいない。俺は今年で二十二歳になるが、未婚なので妻子もいない。あと金もなかった。なので使用人もいないのだ。
我がリッカー家は、アルフェド王国の貴族である。といっても、その末席──騎士階級だったので、もともとたいした領地を所有していなかった。
それでも祖父の代までは、そこそこ貴族らしい生活を送れていたらしい。しかし祖父から父に代替わりする際、飢饉が発生した。その混乱の中で我が家は呆気なく没落してしまったそうである。どうにか残ったのは、騎士の身分と大きめの屋敷と小さな畑だけ。俺が生まれた時にはもう、我がリッカー家は平民に毛が生えた程度の暮らしぶりで、正直貧しかった。
台所から戻り、あらためて居間の椅子に座る。木製の杯に注いだ果実酒を飲む。安物なので雑味が多かった。
両親が相次いで病死したのは、いまから八年前──俺が十四になった時だ。周囲のはからいで俺は何の問題もなく父の跡を継ぎ、晴れて領主と騎士の地位を手に入れることができた。しかし当然のことながら、我がリッカー家の経済的な状況には暗雲が立ち込めたままだった。
父は生前、農作業の傍ら近隣の貴族から書類仕事を請け負って生計を立てていた。俺は父に似ず、野っ原を駆け回って遊んでいるようなやつだったので、書類仕事は無理だった。別の収入源を見つけねばならなかった。
「さて、どうするか」
そんな時、近隣の貴族から戦の助勢を求められた。父の代にもそういうことは何度かあったが、温厚な父は何かと理由をつけて一度も出陣することはなかった。俺はすぐにその話に乗った。
落ちぶれたとはいえ、騎士としての修練はひと通り積んでいたし、何より近隣で俺に敵うやつは誰もいなかったからだ。同年代はもちろん、荒くれ者の大人たちでさえも。要するに、数少ない取柄が腕力だったのである。
ゴトン、とまるで主張するかのように、壁に立て掛けておいた大鎌が床に倒れた。
これとは違うものだが、八年前の初陣の日に俺が戦場に持っていったのも大鎌であった。
本来、大鎌は草を刈ったり作物を収穫したりするためのもの──農器具だ。この大陸の古い伝承には大鎌を振るう神が登場するが、実際の戦闘で使われることはめったにない。理由は単純。剣や槍のほうが使い勝手がいいからだ。仮にそれでも使う者がいるとしたら、金がなくて武器を用意できなかった農民とか、金がなくて先祖伝来の武器をとっくに売り払ってしまった貴族とかであろう。
ただ俺の場合、大鎌を選んだのは貧しさだけが理由ではなかった。
十歳の時、腰を痛めてしまった父に大鎌で畑の草を刈るよう頼まれた。
無論、子供用の大鎌などない。しかし俺はすでに十分な背丈があったので問題なかった。大鎌は長い柄の中央と後端に付いている取っ手を持って振るうのだが、これには独特なコツが必要である。そのため普段から使っている農民の中でも不得手な者が多いらしい。
俺は父の倍くらいの速さで草刈りを終えた。不思議と最初から上手く扱えたのである。性に合っていたのだろう。父に褒められた記憶はあまりなかったが、これだけは別だった。
ゆえに、はじめての戦場にも大鎌を担いでいったわけだが──やはり世間の反応は冷たかった。貴族はもちろん、彼らに雇われた平民からも軽蔑の視線を向けられたのである。
もっとも、戦闘が終わり、俺が誰よりも敵兵の命を刈り取って自軍に戻ってきた時にはもう、血染めの大鎌を軽んじる者は何処にもいなくなっていたが。
むしろこう呼ばれるようになっていた。
天上には、大鎌を振るい、弱き者と強き者を選別し、弱き者には死を賜る神がいるという。
その古い伝承になぞらえて──死神と。