貴族令嬢の結論
「色々と考えたのだけど」
木剣で軽く打ち合っているとティアナ嬢が唐突に口を開いた。
「はあ、と言いますと?」
森での一件から一週間ほど過ぎた。今のところ俺の生活で起きた変化と言えば薪の値段が少し上がったこと位だろう。森の浅い場所にオウルベアが出たことで一時的に民間人の出入りが禁止されたからだ。ティアナ嬢曰く調査の為にハンターが投入されてるとのこと。木剣を下ろしてそう聞き返す。オウルベアの討伐は護衛の皆さんがしたことになった。危ないところだったがティアナ嬢が支援したことで辛くも勝利したという筋書きである。虚偽の報告に最初は難色を示していたが、状況を客観的に伝えたら納得してくれた。そりゃそうだろう、魔物の奇襲を受けて全滅しかけた上に護衛対象の子供に救われたなんて、クビを言い渡されてもおかしくない。彼等からすればオウルベアを討伐出来る子供が異常なのだが、世間的には子供でも倒せるような魔物に負けたパーティーと認識されるだろう事は想像に難くない。そんな利害の一致から今回の結末となった訳だが、どうやらティアナ嬢は何やら思うところがあったらしい。
「最終的に必要なのはやはり暴力ね?」
「何いってんだオメエ」
あ、やべ素が出た。咳払いをしてもう一度口を開く。
「ええと、一体どうしてそんな結論に?」
「森の一件で痛感したのよ。魔法は強力だけれどその分隙も大きいわ、だから魔法に頼った戦い方は危険だと思うの」
確かにそうとも言える。魔法に求められるのは威力であって汎用性ではない。魔法使いは大砲と同じなので用兵における扱いも似たようなものだ。問題があるとすればハンターにおける運用もそれに準ずる事だろう。軍隊と違って少数でパーティーを組むハンターは必然的に一人当たりでやることが増える。そうなると一点豪華主義よりも全部が無難に戦える方が有り難かったりする。けどなぁ。
「ティアナ様は男爵家の次期当主でしょう」
戦いに出るとしても軍を率いる指揮官としてになる。つまり部隊の中で一番安全な場所に居る筈だ。ならば先制で相手に打撃を加えられる大砲役の方が合っていると思うんだが。
「言いたいことは解るわ、勿論魔法もこのまま覚えるつもり。でもどんな状況になるか解らないのも戦場でしょう?手札は多い方が絶対に良いわ」
それはそうだけど。
「全部中途半端になるかもしれませんよ?」
今彼女に渡しているのは賢さと魔力の種だ。それぞれ3粒ずつだが、これに他の種が混ざっても増やす予定はない。レベルが上がったことで俺自身に使う量が増えているからだ。まあこれで魔力が増えるだろうから追々増やすのは問題ないが、その頃までこんな付き合いが出来るのかという問題もある。だからそう告げると、彼女は顔を背けて口を開いた。
「…悔しかったのよ、魔物に襲われたとき私は怖くて動けなかった」
そのまま視線を地面に落として彼女は続ける。
「でもね、悔しかったのは怖かったことじゃない。私は弱いから動けなくても仕方ないって諦めた自分が悔しいのよ」
そして彼女は真剣な表情でこちらを見ると願いを口にした。
「だから私は言い訳出来ない力が欲しい、諦めずに最後まで足掻き続ける為の力が。それは例え誰かを指揮する立場になっても必要なものだから。勿論ただでなんて言わないわ。私に出来ることなら何でもする」
その言葉に俺は溜息を吐く。おかしいよなぁ、チート主人公が仲間に力を分け与えるシチュエーションなのに、現状どう見ても覚悟を決めた主人公が悪魔と契約するシーンである。勿論悪魔役は俺だ。
(イヤイヤ。待て待て、まだ慌てる時間じゃない)
あれこれと言ってはいるものの、ティアナ嬢が俺を頼っている事は間違いないのだ。まだ挽回の余地はある。
「淑女が軽々しく何でもするなんて言っちゃ駄目ですよ」
俺はそう言って苦笑しながら返事をする。
「これからも定期的にレベル上げに連れて行って下さい。それでどうですか?」
すると彼女は驚いた表情でこちらを見る。なんだよ?
「構わないけれど、それだけでいいの?」
「投資ってやつですね。英雄候補かはたまたこのままご当主になるにしても、ティアナ様なら皆のために力を振るってくれそうですし」
嘘である。ここで甘い顔をして好感度を稼ごうとしているだけだ。だってティアナ嬢めっちゃ俺好みなんだもの。シアちゃんも可愛い系の美少女だが、ティアナ嬢は綺麗系でまた違った良さがある。そして異世界のお約束と言うべきか、この国では重婚が認められている。後は解るな?
「有り難う、アルス」
「まあそれにほら、よく言うじゃないですか。拾ったら最後までちゃんと面倒みなさいって」
「な!?」
「まあ僕はティアナ様が初めてですけどね」
そう茶化すと彼女は引きつった笑みを浮かべつつ、ゆっくりと木剣を構える。
「男爵家の令嬢を犬猫呼ばわりとは良い度胸じゃない!」
叫ぶやいなや彼女は一気に距離を詰め、振りかぶった木剣を躊躇無く振り下ろす。しかし残念、レベルが上がった俺を捉えることは出来ない!
「く、この!ちょっと一発殴られなさい!」
「はっはっは、お断りします!」
急遽始まった鬼ごっこは、彼女の帰宅時間まで続いたのだった。
「ふう、よしっと」
魔力が切れる寸前まで種を出す。寝る前の日課になったこの作業は、今の自分が大体どの程度なのかを計る指標だ。
「いやー、ステータスウィンドウとかマジ欲しい」
あくびをかみ殺しつつ俺は種を数える。レベルアップによる効果で上限は緩和されたが、それでも途端に能力が倍になるみたいな都合の良い効果はないようだ。まあそこまで話が簡単なら今頃魔物を捕まえてきて養殖レベリングとかしているだろう。
「四十二。うん、間違いなく増えてるな」
レベルアップ後から今日まで、俺は自分の種は魔力の種だけにしてきた。大体一ヶ月前が二十粒だったから実に倍以上だ。しかも感覚的にはまだ成長余裕はあるように感じるから、一回のレベルアップが肉体を大きく作り替えているのは間違いないだろう。
「多分レベルアップの際に起きる能力上昇は、それ以前に蓄積した成果の残りみたいなものかな?んで、更に成長するために鍛錬すると」
本来なら鍛錬によって肉体を成長させ能力を上昇させる。この時の肉体側の成長分が作り替える際のおつりとして能力上昇として現れるのだろう。チートでパラメーターだけを弄っている俺がレベルアップで成長しない訳である。
「ま、俺は上限さえ解放されれば問題ないけどねー」
ティアナ嬢に渡す分を取り分けて残りをボリボリ咀嚼する。ステータスは種で上げれば良いとすれば、後は如何に効率よくレベルを上げるかだ。特に魔王が蘇るとかウン年後に世界が滅ぶからヨロシク的なお願いはされていないが、早めに強くなっておいても損はあるまい。
「いっそ抜け穴でも作るか?」
防壁に掛けられている侵入探知の魔法を観察してみたら、どうも基礎部分までは掛けられているがその下の地面にまでは及んでいないようなのだ。まあ地中数メートルの場所だから、物理的に掘っていれば出てくる土砂で容易に察知出来るし、魔法で掘ればとんでもない魔力量が必要になる。俺ならばどちらの方法でも実行可能だが、それならその魔力で種を作りティアナ嬢に取引を持ち掛ける方が効率的だ。
「ああ、そういえば武器も欲しいな…」
男爵家からお借りした装備は悪くなかったが如何せん強度が足りなかった。今後もっと硬い魔物と戦う事も考えれば更に高性能な武器が欲しい。
「けどそれには先立つものが必要か」
現在俺の主な収入源は家事手伝いである。当然子供に渡せる常識的な金額だから、焼き菓子でも買えばあっという間に吹き飛ぶ額だ。頑張って貯めても一月で皮むき用のナイフが買えれば御の字だ。
「やっぱり当面はティアナ嬢に頼るしかないかなあ」
まあそれも良いか。
「人生諦めも肝要」
早く強くなるにしても、チート主人公と露見するのは頂けない。国家認定英雄なんて強制徴兵制度のある世界だ。ばれればあらゆる手段で俺を戦わせようとするだろう。これでも俺は今の両親を好いているし、シスターバレッタやハパルさん、神父様に近所のがきんちょだって好きだ。彼等を人質にされて一人で逃げられるほど図太くないし、全員を守れる程の強さもまだ持っていない。誰かのために戦うのはやぶさかではないけれど、誰かの都合で戦わされるのはご免だ。だから今はまだ静かに力を貯える時だ。
そんな事考えてベッドに潜り込んだ翌朝、俺は父さんにたたき起こされる事になる。普段は割と物静かで優しい人だからびっくりして一発で目が覚めた。てか、父さんに起こされるなんて人生初めての出来事だぞ?
「な、なんですか?」
「だ、男爵様の使いの方がいらっしゃってるんだ。アルス、お前一体何をしたんだ?」
思わずそう聞くと父さんは理由を説明したうえで逆に問いただしてくる。何をしたと言えば、男爵家の令嬢と昨日も仲良く木剣でどつきあっておりましたが。あれ?そういえば…。
「ティアナ様が男爵様のところの娘さんだって、言ってませんでしたっけ?」
俺の言葉にムンクの叫びみたいな表情になる父さん。怪我しても魔法で治せるからって双方割とガチめにやり合っているからな。流血沙汰もそこそこあったし、仕事帰りの父さんに目撃された事もある。
「大丈夫ですよ、ティアナ様も気にしなくて良いって言ってたじゃないですか」
そう言って笑うと頭に思い切り拳骨を落とされた。解せぬ。そんな遣り取りをしている内に、困った顔で母さんが男の人を連れてくる。確か森に行った日に男爵様の従者として付いてきていた人だったと思う。
「ゴルプ男爵様がお待ちです。一緒に来て頂きたい」
貴族っていつもそうですね、平民の都合をなんだと思ってるんですか?考慮に値しない?デスヨネー。なんてことを言う暇も無く、俺は服を着替えさせられると馬車に放り込まれて男爵家へと向かうのだった。
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