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レベルを上げて物理で殴れ

風切り音を発しながら弧を描いた木剣が木の盾を叩いた。俺の放った一撃が受け止められた瞬間、下からすくい上げるような攻撃が襲ってくる。あ、これは当たるな。


「よっ」


競り合っていた剣に力を込めて相手の体勢を崩しつつその反動で後ろへ飛ぶ。姿勢が乱れたことで鈍った相手の切っ先は俺に届くこと無く空を切った。距離が開いたことで相手の顔がよく見えるようになった。防具に身を固めたティアナ嬢が不服そうに口をとがらせてこちらへ文句を言ってくる。


「本当にインチキみたいな奴ね」


「そう言われましても」


事の発端は3日程前のことだ。全属性の中級魔法を本当に習得して凱旋した筈のティアナ嬢が大荷物を持って再び教会に訪れたのだ。そして開口一番俺に向かって言い放ったのが、


「稽古を付けてあげるわ!」


だったのである。いやアンタ後衛じゃないんかい?と伺えば、武術は貴族の嗜みだとか言ってくる。そういや種で問答したときも普通に関節技きめようとしてきてたっけ。


「僕素人ですよ?」


「誰でも最初はそうだわ、だから稽古をするんでしょ」


そんなド正論になにも言い返せず今日に至る訳である。いずれ武器による戦い方は学ぶ予定だったので都合が良かったというのもあるが。ただその稽古というのがなんというか実に野蛮だった。ぼんやりと剣道的な練習で、素振りとか走り込みとかを想像していたら、いきなり防具を着けての打ち合いである。もうちょっと、段階というか、手心は無いんですかと聞いたら、


「痛くないと覚えないわよ?」


と、なに言ってんだオメエ的な返答を頂いた。おのれ異世界。


まあそんな訳でティアナ嬢に稽古を付けて貰っている訳だが、ここでも賢さの種が良い仕事をしてくれた。何せティアナ嬢の動きを見ればそれがどう言う意味を持つのか、更にはどうすればそれが出来るのかが解るのだ。その結果ティアナ嬢が技術を見せる、俺がそれをコピー、それを打開するための技をティアナ嬢が生み出す、更にそれを俺がコピーという悪魔的な循環が生まれた。元々真面目でストイックなところのあるティアナ嬢は武術に関する稽古も真面目に受けていたから基礎がしっかりと出来ている。そこに賢さの種チートが加わることで技の精度だけで無く駆け引きのタイミング、更には技術を組み合わせて独自の技とでも言うべきものまで生み出している。現状良い勝負になっているのは俺の方が他の種で身体能力を底上げしているからだ。問題はここのところ上がりにくくなっている気がすることだ。元々飲んだ際の能力上昇は幅があったからあまり気にしていなかったんだが、最近は上がっても以前の最低くらいな気がする。


「どうしたのよ、深刻そうな顔をして?」


休憩中にそう悩んでいたらティアナ嬢が声を掛けてきた。なので素直に打ち明けてみることにする。


「いや、己の才能の限界を感じまして」


チートスキルを持っていても所詮パンピーはパンピーと言うことなのか?そう思い悩んでいるとティアナ嬢は不思議そうに首を傾げる。


「レベルアップしていなければこんなものじゃないかしら?むしろレベル1でこの身体能力は反則の域だと思うけれど」


ぬ?


「レベルアップ、ですか?」


レベルアップ自体は勿論知っている。その方法も至ってシンプルで経験値を持っている相手を殺害すれば良い。恐ろしいのはこの経験値を持っている相手が別に魔物だけでは無いと言うことだ。盗賊なんかの中には手頃な経験値として人を襲うなんて奴も居ると聞く。まあ大抵は魔物の方が実入りが良く、積極的にそれらを狩っている軍や貴族の私兵なんかの方が強いので本人達も同じ扱いだったりするのだが。


「レベルと才能に関係が?」


レベルが上がれば能力が上がるのはお約束である。だがそれと才能にどんな関係が?あ、もしかして?


「気がついたみたいね?」


彼女の言葉で俺は確信する。ちょっと文献を漁れば、英雄がドラゴンやグリフォンなんて化け物を討伐した記録が結構出てくる。興味深いのは彼等の少なくない数が単独でそれを成し遂げていることだ。ここで疑問、もし英雄と呼ばれる人々が飛び抜けて優秀だとしても人間は人間だ。レベルを上げて能力が上がるだけなら俺と同じように限界が来る訳で、到底ドラゴンなんて理不尽を一人で相手取るなんて出来る訳が無い。だが、レベルアップで限界値も上昇するならば?


「レベルアップは魂の強化。それを満たす器である肉体も相応しい物に強化されるのよ」


成る程ね、あれ?でも待てよ。つまりこれ以上の成長を望むならレベル上げ必須って事?当然と言うべきか子供、それも一般家庭の人間である俺に魔物討伐なんて許される訳がない。そうなると最短でもハンターギルドに登録出来る12までこれ以上の能力向上は見込めないと言うことだ。なんだよもー、種の数は制限あるしレベルでステータス上限キャップまであるって、神様サービス悪過ぎね?もっとこう目覚めて三日で世界最強とか、寝てるだけで最強とかがチート主人公ってもんだろうに。


「これは、困りましたね」


戦う事自体は多分問題ない。今の俺で通用しないならもうとっくに人間は滅んでいるだろう。ただ魔物と戦うには街の外に出る必要があって、当然ながら子供一人で勝手に出られるほど適当な警備ではない。今の身体能力なら防壁を突破するくらい出来るが、そっちは侵入探知の魔法が掛かっているから、出るのは良いが入る際に確実に大騒ぎになる。さてどうしたものかと唸っていると、ティアナ嬢がドヤ顔で聞いてくる。


「レベルを上げたいけれど隠れてこっそりする方法が無い、でしょ?」


俺が頷くと益々気分を良くした顔でティアナ嬢が続ける。楽しそうだな、オイ。


「そう、そうよね。優秀でも子供が勝手に街の外には出られないもの。けれど貴方は運が良い」


そして彼女は胸を反らして手を当てつつ提案してくる。


「貴族の子弟なら狩りに出られるわ。今度の狩りに連れて行ってあげる」


「それは有り難いですが、でも良いんですか?」


「ええ、代わりに頂く種の量を増やして頂戴。そうね、力のヤツが欲しいわ」


「ティアナ様は後衛職志望なのでは?」


つい聞き返すと涼しい顔で手をひらひらと振りながら彼女は口を開く。


「スキルに合わせて覚えたけれど、正直体を動かしている方が好きなのよね」


言いながら彼女は立てかけてある木剣に視線を送る。


「魔法が使えるようになったのは良いのだけれど、おかげで勉強の時間が増えて稽古の時間が減らされているのよ。私としても練習相手が成長してくれないのは困るのよね」


つまり利害は一致していると、それなら遠慮することもあるまい。


「ではお願いしても宜しいですか?」


「決まりね」


そう言って笑う彼女はとても愛らしかった。美少女って得だなぁ。





あっという間に時は過ぎ、狩りに同行させてもらえる日になった。予め渡されていた装備に身を包み、指定された場所で待っていると物々しい馬車がやってきて、如何にも偉そうなおっさんが降りてきた。大凡のことを察した俺は咄嗟にその場で傅くと、声が掛けられるのを待つ。まあ、掛けずに去ってくれても微塵も構わないのだが。


「貴様がアルスか?」


「はい」


当然そんな事は無く、偉そうなおっさんは想像通りに尊大な態度で聞いてくる。素直に答えるとおっさんは詰まらなそうに鼻を鳴らした。


「ティアナの慈悲を勘違いするなよ。万一の場合は己が身を盾にしてでもアレを守れ」


「はい」


やべえなこのおっさん。貴族が庶民を下に見るのはある程度仕方ないが、ここまで露骨なのはそうそう居ない。悪評というのは広まりやすいし、何より英雄候補の中には庶民出身の者も居るのだ。そうした人達から倦厭されれば色々と不都合が出るから、普通の貴族なら思っていても態度に出さない程度には取り繕うんだが。お供の人が連れて来ていた馬に乗り換え、さっさと帰って行くおっさんを見送りながら俺がそんな事を考えていると、馬車の中からティアナ嬢が手招きをしてくる。一瞬どうしたもんかと御者さんの横に座っている明らかに護衛っぽい兄ちゃんに視線を送ると、こっちは友好的な笑みを浮かべて馬車に入るよう促してくれた。


「父が悪かったわね」


「いえ」


馬車に入ってすぐにティアナ嬢が謝罪を口にする。外観に比べて馬車の中は少し狭く4人乗ればすし詰めという感じだった。幸い中に居るのは俺達二人でしかも子供だから割と余裕はある。どう返すべきか解らず取りあえず曖昧な回答をすると、ティアナ嬢は溜息を吐きながら言葉を続ける。


「父は才能のある庶民に劣等感を抱いているのよ」


ティアナ嬢は溜息交じりにそう説明してくれる。何でもティアナパパは伯爵家の三男だったらしい。それなりに才能もあったのだが英雄候補に選ばれなかったのだそうだ。その年英雄になったのが庶民出身者で、しかも懸想していた貴族令嬢がその英雄と結婚してしまった。挙げ句自分は格下の男爵家に婿入りになり落ちこぼれ扱いを受けたと思っているそうな。


「ああ、それで」


だからティアナ嬢が英雄候補から落ちて追放だなんて騒いだのね。ちょっと器が小さくね?


「母との結婚はこちらから懇願しての政略結婚だったからお爺さま達も強く言えないのよね」


なんて言うか貴族も大変なんだな、それと無礼な態度を許すかは別問題だが。


「お父様の事は大丈夫ですよ、怒ってなんて居ません。それより今日は何処に連れて行ってくれるんですか?」


正直スゴイシツレイなおっさんの身の上なんて聞いてても楽しくないしな。それなら狩り場の情報を聞いてる方がよっぽど建設的ってもんだ。


「なら良いのだけど。今日はロメーヌの森に行く予定よ」


ロメーヌの森は街から少し離れた場所にある森だ。普通に木こりの人や狩人も出入りする程度には安全が担保されている場所である。勿論生息している魔物も危険な種は少ない。


「狙いはイッカクオオカミかオオウサギね。出来ればオオウサギが良いわ」


「ウサギの方が狩りやすいんですか?」


「肉が美味しいのよ」


そんな話をしながら暫し馬車の旅を楽しむ。森でなにが待ち受けているかなど知りもしない俺達は、このとき無邪気に笑っていたのだった。

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[一言] 「ティアナの慈悲を勘違いするなよ。万一の場合は己が身を盾にしてでもアレを守れ」 ティアナの護衛を連れてきていないと言うことなのか、どうして連れてきていないのか不思議。
[一言] お嬢、武器使う方がいきいきしていらっしゃいますな。 前話、前々話読み返して気付いたけど、もらった才能コレジャナイ感がすごかったのね。 当座の悩みが解決して、随分スッキリしたご様子。 男爵っ…
[一言] 『経験値の種』は作れそうだな
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