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農業チートは難しい

ブックマーク1K突破しました。ありがとうございます。

「芽、出ませンね?」


「出ませんねえ」


教会の家庭菜園、俺が借りている小さな一角にしゃがみ込んで、シスターバレッタとそんな言葉を交わす。


「ンー、この間頂いたお野菜、トッテモ美味しかっタデスから、チョット残念デスね」


前回の野菜はトマトであるが、これはあくまでカモフラージュだ。本命は各種能力の種なのだが、どれも芽が出ない。一応できる限り条件を変えて試しているのだが、どれも掘り返せばそのまんま種で残っている。前世の園芸知識なんて朝顔の観察くらいしか経験が無く、今世も大して農業技術が発展していないこともあって残念ながら現状お手上げである。

栽培出来れば色々と問題解決するのだが、そう甘くは無いらしい。甘くないと言えばどうやら俺の能力はどんな種でも生み出せる能力という訳でもなかった。どう言う理屈かは解らないが、追加で特別な力を得られる種を生み出そうとすると絶対ピーナッツになってしまうのだ。折角サイキックな力とか手に入れてやろうと思ったのにがっかりである。スキルの種なんてのも試してみたが、やっぱりピーナッツになった。しかも魔力をごっそり持って行かれる。多分能力を新たに与えるのは神の領分だから、所詮与えられた能力であるスキルでは模倣出来ないのかもしれない。


「あるいは生み出す為の魔力が足りてない?んー?」


「どうしマシタか?」


「いえ、何でも無いです。次はなにを植えようかなと」


普通の野菜や果物は問題なく発芽する。しかも前世の俺の認識に引っ張られているのかどれも味が良い。最初の年に植えた林檎の木も後2~3年で実を付ける筈なので今から期待されている。そんな安息日の麗らかな午後は、突然の闖入者によって破られた。


「いた!」


肩で息をしながら俺に指を突きつけているのはご存じティアナ嬢である。落ち着いた色合いに最低限の装飾のブラウスとロングスカート。見た感じはちょっと裕福な町娘といった所であるが、顔面偏差値が高すぎてなにも隠せていない。


「こんにちは、ティアナ様」


「ええ、ご機嫌よう。アルス、ちょっと来なさい」


言うが早いか彼女は俺の手を掴み教会に連れ込む。そうして普段使っている教室に押し込むと後ろ手に鍵を閉めた。おっと随分行動的だな。いや考えてみれば最初に会ったときは馬で乗り付けていたっけ。あんまり普通の令嬢と思わん方がいいのか?


「いきなりなんですか、ティアナ様」


「あら、私なりに気を遣ったのだけれど?それとも大勢の前であのクッキーについて問い詰めた方が良かったかしら?」


ほほう、多少は交渉について理解があると見える。


「クッキーですか?」


「とぼけなくて良いわよ。どんな魔法か何か知らないけれど、アレが特別な物だという位すぐに解るわ」


そう言って彼女は目の前でトーチの魔法を使ってみせる。


「あれを食べてすぐにやり方が解るようになった。なんでこんなことが解らなかったんだろうって不思議なくらい。だからこれが異常だって事も良く解るわ」


言いながらティアナ嬢はゆっくりと近付いてきて俺を見下ろしてくる。真剣な表情の彼女に俺は嫌らしい笑みを浮かべながら問い返した。


「知ってどうします?」


「…どうもしないわ」


「ふむ?」


「ただアレは私に必要な物だわ。だから手に入るならどうもしない」


つまり手に入らない場合はどうにかするってこったな。


「その物言いで僕が頷くと思いますか?」


「あら、よく考えなさい。ここで私に恩を売ると言うことは、ゴルプ男爵家次期当主に恩を売ると言うことだわ」


「後ろ盾の為に使い潰されるのはごめんですよ」


「貴方は必要なくてもご家族はどうかしら?この教会とも懇意にしているようだけど、彼等も男爵家の庇護が要らないと言ってくれるかしら?」


つまり頷かなかった場合家族に不幸があっても知らないぞと。うーん、実に貴族思考。粋な人質ときたもんだ。


「その場合男爵家は僕の敵になりますね」


おっかしいなぁ。これってあれじゃないの?こう私のピンチを救ってくれた!素敵!結婚しよ!的なチョロインイベントじゃないの?なんでギスギスした腹の探り合いしてんの?


「…なら、どうすればいいのかしら?」


「これを飲んで下さい」


言いながら俺はポケットから一粒の種を取り出した。


「これは?」


「僕のスキルで創った種です。そうですね、契約の種ってところでしょうか?」


シスターバレッタではなく俺を問い詰めた時点で、ティアナ嬢は効果の原因が俺だと解っていると言うことだ。その上で来るまでに時間が掛かったのは俺について調べていたのだろう。ならば俺のスキルが何であるかは知っている筈だ。


「…種生産。そんな事まで出来るの?」


「実際に体験済みだと思いますけど?」


俺の手から彼女は恐る恐る種を摘まんだ。


「それの効果は単純です。飲んだ相手は僕との契約を守らなければならなくなります」


「守らなければ?」


「死にます。契約が反故された時点でその種が体内で急速に生長しその人物を飲み込みます」


そう説明すると、彼女は短い悲鳴を上げて種を落としてしまう。俺は気にせず拾い上げると再び彼女へ差し出した。


「契約内容は僕のスキルを誰にも口外しないこと、そして自分以外に利用しない事です。この契約が守れるならばお渡ししましょう」


俺の言葉に彼女は再び手を伸ばし…、手首を掴んできた。即座に関節を決めようとするが、俺は腕力で強引に彼女を床へ押し倒した。


「見積もりが甘いですね。賢くなる種なんて創れるんですから、他の能力を伸ばす種だって創れるとは思わなかったんですか?」


特に力の種と俺は相性が良いからな、今の段階でも丸太を余裕で振り回せる。吸血鬼と何時戦闘になっても問題ないのだ。年下の、それも自分より小柄な相手に押さえつけられた事に彼女は驚愕していたが、やがて悔しそうに口を開いた。


「…解った、解ったわよ!貴方の条件を呑むわ!」


最初から素直にそう言っておけば良いものを。嫌そうに種を口に含む彼女に釘を刺す。


「ちゃんと飲み込まないと契約を結ぶ時点で守る気が無いって種が判断しますよ?」


注意してやると顔を青ざめさせて種を飲み込むティアナ嬢。やっぱ口の中に残して後で吐き出してやるとか考えてやがった、貴族様は強かでいらっしゃる。飲み込んだのを確認した俺は彼女のお腹に手を当てて魔力を発する。するとティアナ嬢のへそ上辺りがぼんやりと光り幾何学模様の痣が出来た。


「はい、終わりです」


恨めしそうに睨んでくるティアナ嬢に俺は賢さの種を差し出しながら付け加える。


「気をつけて下さいね。どこからが契約の反故と見なされるかは僕も試していないので」


だから行動に移さなければ平気かもしれないし、逆にちょっと考えただけでも駄目かもしれない。そう告げると彼女は血相を変えて詰め寄ってきた。


「ちょっと待ちなさい、そんな怪しい物を飲ませたの!?」


「仕方ないでしょう?こんなの必要なかったんですから」


言い返してやれば彼女は露骨に顔を顰める。


「シアって子には使っていないの?」


「シアちゃんは僕を利用しようなんて一度もしてませんからね」


「…ああそう」


なにが不満なのか苛立たしげに種を口に放り込み咀嚼するティアナ嬢。てかなんでシアちゃんが出てくる?状況が全く違うだろうに。


「それで、目標は月終わりまでに中級魔法の取得で良いですか?」


「それじゃ足りないわ」


なぬ?


「秘密を守るために私は命を懸けるのよ?もう少し強請っても罰は当たらないと思うのだけれど」


まあ確かにこちらの約束を飲んだしな、特に制限を設ける必要は無いか?


「具体的には?」


「月終わりまでに上級魔法を習得よ」


「少し欲張りすぎですよ」


上級魔法は限られた人間、それこそ英雄と呼ばれる人々や英雄候補でも優秀とされるような人物が習得している魔法だ。その上の特級ともなれば習得すれば英雄への選定が確実と言える程だ。魔力量的にも子供が使えるなど異常すぎるから目立つどころか最悪実験動物行きの可能性すらある。そう伝えると彼女は渋々諦める。


「なら全属性の中級魔法を習得ね!」


元気よく宣言し、意気揚々と教室を出て行くティアナ嬢。なんというか切り替えの早い御仁だ。


「根は良い子なんだろうなぁ」


そう言って俺は彼女に飲ませた契約の種と同じものをポケットから取り出すと口に放り込んだ。そう、契約の種なんてものは真っ赤な嘘である。彼女に飲ませたのは、俺の魔力に反応して紋様が刻まれる種だ。当然語った様な契約効果なんてものはない。というか何かを強制する類いも追加の能力と判断されるらしく、やはりピーナッツになってしまうのだ。


「これで将来の男爵様と縁が出来たということで今回は良しとしますか」


俺はそう呟き教室を出るのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 6話目にして淫紋の種(笑)
[一言] 自称男爵家次期当主に恩を売れる以外に報酬はなし? その辺交渉すらないのはなぁ…お人好し主人公ってことなのかなぁ。
[一言] 今回は自己強化の種の可否が分かったわけですが、『純粋に植物として規格外のもの』の種はどこまで可能なのか。 今回の話だと『死者蘇生を可能にする葉の生える植物』の種は無理そうだけど、ただひたすら…
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