神の種
スキルの種を生み出せる様になって1週間、俺は日課であるダンジョンと並行して本格的にスキルについて検証する事にした。新たな治験者としてボネさんに続いてやはり犯罪奴隷のゲンイさんを加え、個人差も見る。
「ふぅーん、成程成程」
命の危険が無いと解ってからは俺の中の遠慮は消え、躊躇なく投薬ならぬ投種を行っている。その結果はかなり難儀なものだった。
「追加で発現出来るスキルは数に制限があるのは間違いないですね」
二人とも3つ目までスキルを獲得出来たが、それ以降は種を食べてもスキルが発現しなかったのだ。そして3つまでのスキルは変わらなかったのでスキルの上書きも無い。そしてもう一つ重要なのが、発現するスキルのレアリティは取得数に一切影響されないという事だ。考えてみれば当然で、スキルのレアリティはあくまで人間側が自分達に有益かどうかで分けたものなのだ。恐らく神様的にはどれも大差ないのだろう。
「尤も、人間にすればとんでもない差なんですけどね」
その辺りは種の生産に掛かる魔力量に反映されているようだ。現在俺の魔力量は割と人類上位勢並みなのだが、枯渇ギリギリまで使い込んで出来るのが無難な当りスキルまでである。シアちゃんの魔力放出強化やバレッタの鷹の目みたいな解り易く強力なスキルは相変わらずピーナッツ化してしまう。
「そうなると、暫くは僕自身の強化ですか」
「つまり当面は魔力量の強化を優先する訳ね?」
定例となった夜の作戦会議で今後の方針を提案すると、皆素直に頷いてくれた。
「並行してレベルアップですね、そろそろ頭打ちなので」
「私が種生産を覚えられれば良いのだけれど…」
「いえ、スキルの保有量は有限ですから、出来れば皆には戦闘系のスキルを優先して欲しいですね」
スキルスロットが全員一律で3個なら、それぞれ手に入れられるスキルは残り2個になる。そもそもこの種生産はこの世界の住人では満足に使いこなせないと思う。なにせこの世に無い物をあると思い込んで生み出すなんてスキルなんだ、俺だって前世の記憶なんてチートが無ければ使いこなせる気がしない。
「ツマリ、種の供給以外ハ今まで通り、デスね?」
「良いんじゃないかしら?あの山羊も安定して討伐出来ているし、寧ろ種で強化されることに慣れすぎるのもそろそろ危険だわ」
「ああ、確かに」
ティアナの発言に俺は頷く。身体強化系に加えて知力関連も上げているのに加え、種による強化だと理解している俺達はともかく、ここに居ないメンバーは身体能力の強化しか行っていない。だから遭遇した魔物を倒せる実力はあるが、本来その水準で身に着けているだろう探査や戦術などが十分に備わっていないのだ。スタンピードの様な状況には十分だろうが、ダンジョンの攻略となるとそれではリスクが高すぎる。
「…やはり賢さも供給すべきでは?」
「「「それはダメ」」」
お嫁さん達が口をそろえて否定する。ほな駄目かぁ…。
「因みに現状はどの程度のスキルが付与出来るの?」
「大体コモンくらいが精一杯ですね、レアクラスが作れる様になるにはどの位なのかも解りません」
「…作れはするのね?」
「消費魔力量以外の制限はありませんね、恐らく獲得した際に埋まる数もレアリティに関わらず1つです」
「じゃあ暫くはスキルの取得も無いわね」
現状生み出せるスキルで強力なスキルは無いのだからそうなるだろう。
「取り敢えずそんな所ですかね?」
「うん、じゃあ今日の話し合いはおしまいだね」
そう明るくシアちゃんが宣言すると、全員が一様に息を吐く。魔法で防音をしていてもそれなりに緊張するのは仕方がないだろう。俺も体を伸ばし、種生産の準備にかかろうとしたところで違和感に漸く気付いた。
「…シアちゃん、何故防音魔法を解除しないのですか?」
「んー?」
「バレッタ?ティアナ?話し合いは終わりましたよね?」
「ええ、そうね」
「話し合いハ、終わりマシタね」
そう言いながら三人は笑顔でこちらへ寄ってくる。自然と後ずさりをしてしまった俺は、そのままベッドへ追い詰められた。
「…あの」
「この一週間お疲れ様、アルス君。けどね?」
「婚約者達を放置するのは如何なものかしら?」
「イケナイ婚約者にハ、お仕置きデスね?」
とても良い笑顔で三人は俺の体に触れた瞬間、俺は驚愕する事になる。馬鹿な、体が動かんだと!?
「「「覚悟しなさい♡」」」
「ぬ、ぬわーー!!!」
感想、三倍相手は一周まわって寧ろ地獄。
「僕は真理に辿り着きました」
「おい、いきなりどうした?」
翌日、ダンジョン内で合流した皆の前で俺は口を開いた。そう真理だ。ちょっとカシュさんが引き攣った顔で聞いてくるが華麗に聞き流して話を続ける。
「そう真理です。戦いは数だよ」
「…おう、そうだな?」
俺の言葉にカシュさんが律儀に合いの手を入れてくれる。中々付き合いの良い男だ。明日から種の量を増やそうと決めながら、ポケットから昨夜生み出した最新作を取り出して皆の前に掲げる。
「その回答が、これです!」
そう言って俺はその場にしゃがむと、指で地面に窪みを作って種を放り込む。更に土をかけて上から水を垂らせば準備完了だ。後は形式美としてこの台詞を言わねばなるまい。
「くっくっく、ここは魔力に溢れていますからねぇ。良い戦士が育つでしょう」
「「は?」」
皆が疑問符を浮かべた瞬間、足元で変化が訪れる。種を植えた地面が盛り上がったかと思うと、突然腕が飛び出したのだ。
「うぉっ!?」
「何!?」
「魔物!?」
慌てて距離を取る皆を眺めながら、俺はその場から動かずに不敵に笑う。ふふふ、その反応が見たかった!
「安心してください。これは僕が新しく作った種、名付けて栽培戦士の種です!」
そう紹介している間に土を払いのけて、産まれた栽培戦士が現れる。全身を覆うサボテンのごとき鋭利な棘、鋭く突き出た鼻はさぞ敏感に敵を発見してくれるだろう。手足は細いがしなやかで素早い動きが期待できる。そして周囲を伺う円らな瞳は戦士とは思えない愛らしい顔を作り出していた。
「わぁ、可愛い!」
ひくひくと鼻を動かしている栽培戦士にシアちゃんが近づいて手を伸ばす。栽培戦士はその手に鼻を近づけると臭いを嗅いで、直ぐに針の無い頭を擦り付けた。
「緑色だし、大きいけれど…これハリネズミよね?」
目を逸らしていた真実をティアナが突き付けてくる。ち、ちがう、コイツは栽培戦士なんじゃ。多分サボテンベースの栽培戦士なんじゃ!
「わ、丸まった、可愛いっ」
「餌はナニを食べルンでショウ?」
最早完全にペット扱いでシアちゃんとバレッタが突いている。その指に栽培戦士も嬉しそうにじゃれつき始めた。
「完全に愛玩動物だな」
「ネズミ…」
サリサだけはなんか違う目で見ながら激しく尻尾を振っている。一応言っとくがそいつは食べても多分美味くないぞ?
「で、これが新戦力か?」
半眼でそう聞いてくるカシュさんに俺も首を傾げながら答える。
「おかしいですね。予定だとこう、強力な戦力になる筈なんですが」
魔力の消費量的に言えばスキルの種とほぼ同等。そう単純な話ではないのだろうが、少なくとも上級魔法数発ではきかない魔力量を内包している筈なのだ。
「いや、どう見てもありゃ風変りなペット…」
そうカシュさんが鼻を鳴らした瞬間、先程まで女性陣に媚びを売っていた栽培戦士が顔を明後日に向けて鼻を動かす。そして突然飛び跳ねると走り出す。視線を送ればその先は不自然に盛り上がった壁だった。
「アサシンスタチュー!?」
アサシンスタチューはリビングスタチューの亜種みたいなモンスターだ。リビングスタチューはある程度周囲に溶け込んで獲物を待つが、こいつは更に狡猾で、周囲と同化する事が出来る。但しリビングスタチューなどよりは遥かに小型で攻撃力も低いから、それなりに装備を整えていれば後衛職でも即死する事は極稀だ。栽培戦士の接近に気が付いたのか、同化を解いてアサシンスタチューが姿を現す。その姿からは想像出来ない程素早い動きで手を伸ばすが、それより先に栽培戦士が動いた。
「ジッ」
短く鳴いた栽培戦士は空中で丸くなると、棘のある背をスタチューへ向ける。そして次の瞬間、その棘が伸びた。
「へ?」
金属が石にぶつかる様な音が響いたかと思えば、栽培戦士の伸ばした棘がアサシンスタチューを貫いた。どうやらその幾つかがコアを直撃したらしく、アサシンスタチューは一度体を痙攣させると脱力し、ただの石くれへと変わった。…うん、まあ、なんだ。
「わぁっ、凄いねアルス!」
「え、アッハイ」
再び棘を短く戻した栽培戦士は転がってこちらへ戻ってくると、再びシアちゃんへ愛想を振りまき始める。おかしい、目論見通り優秀な戦力の量産が可能になったのに全くと言って良い程釈然としない。
「栽培戦士だったかしら。言いにくいから別の名前にしない?」
「そうだねー、あっ!折角だから私の使い魔にしちゃおうか?」
「シアちゃん、そんナ魔法いつの間ニ覚えたんデスか?」
俺の気持ちなどお構いなしに女性陣の話は盛り上がり、いつの間にか栽培戦士はシアちゃんの使い魔になる事が決定してしまう。まあ、本人達が納得しているならそれでいいか、いいのか?
「よーし、緑色で丸いから、マルタ!今日から君はマルタだよ!」
「じゅいっ!」
緑どこ行った。内心でそう突っ込みつつ、俺は嬉しそうにじゃれ合うシアちゃんとマルタを生暖かく見守るのだった。




