強化イベントは日常に
「思ったよりも手間ですね」
「最下層まで潜る必要もあるからね、そこは仕方ないよ」
ダンジョンキーパーの間へと続く扉の前で座り込んだ俺達は、そんな世間話をしながら休憩していた。魔物除けの結界魔法を使用しつつ、俺は取りだした携帯食を全員に配る。
「レベル優先だもの、多少の手間は妥協しましょう」
受け取ったエネルギーバーを囓りつつティアナが応じた。深層へと潜った初日でダンジョンキーパーまで到達すると言うやんちゃをしでかした俺達はその日の夕食で作戦会議を開いた。議題は深層の攻略について、言ってしまえばダンジョンで得られる資金を重視するか、レベル上げを優先するかである。そしてその結果はレベル上げを優先するだった。
「ある程度レベルが上がれバ、パーティーを分けられマス」
決め手はバレッタの言葉と現在の経営状態が黒字であったことだ。深層で得られる素材はかなりの高値で売れるし、地味に中層を攻略しているキースさんの存在が大きい。ぶっちゃけ今の稼ぎ頭は彼等だったりする。
「俺は今後が心配だよ。ここのやり方に慣れちまったら、もう元には戻れねえわ」
早々に手渡した物を胃袋へと納めたカシュさんが溜息交じりにそう口にする。まあ文字通り英雄級の魔術師とそれに近い能力を持っている魔術師を複数人擁する冒険者パーティーなんて普通無いからな。おまけに拠点にはエンチャントが行える錬金術師まで抱えているときたものだ。手前味噌になるけれど、ハンターのパーティーでここまで充実しているのは一握りいれば良い方だろう。
「普通のハンターは真似出来ないわよ」
ハルバートの刃を確かめながらそうティアナが突っ込んだ。曰くハンターになるのは大多数が軍へ入隊出来なかった人間であるが、能力よりも人格面の問題が多いらしい。元々地元や同年代ではヒエラルキーの上位にいたのが突然一番の下っ端になるものだから、その扱いに耐えられない人間の多くがハンターになる道を選び、大抵は稼ぎに目が眩んでダンジョン都市を目指すのだそうな。
「そもそも集団に向いてないって人間もそれなりに居るしね」
まあハンターは自分勝手な人間も居るからな。
「中々難しいですねぇ」
全員の準備が整ったのを見て俺はそう口にしつつ結界を消す。深層を10層程降りているが、全員疲労した様子は無い。こうして定期的に休憩と補給を挟んでいるし、何よりウチのパーティーは俺が索敵に専念しているから魔物との遭遇を自分達のペースに調整出来るのだ。おかげでツインヘッドシープと連戦するなんて他の連中が聞いたら卒倒しそうな荒技も実行出来る。因みに実際にいつもの調子で素材を持ち帰ったら副ギルド長――ブリザードベアで便宜を図ってくれたおっさんだ――は腰を抜かした。いやあ、英雄のシアちゃんマジすげーって言っておいたけど、あれは騙せてないな、うん。
「取り敢えず今日は3匹程行っておきましょうか、アグリーシュにも頼まれていますしね」
剣を抜き放ちながら、俺は気楽にそう言い放つのだった。
「ほうほうっ!これがそうかい!」
工房に運び込んだ馬鹿でかい鎌を前にアグリーシュが喜色に富んだ声を上げる。こいつはツインヘッドシープが武器として使っているものだ。一見すると只の鉄に見えるが、信じられない量の魔力を含んでいる。
「うーん、相変わらずどんな原理で成り立っているのか見当も付かないねぇ」
「前にも見た事が?」
「学園で欠片をね。研究用に少し取っておいていいかい?」
「必要な装備分さえ手を付けなければ後は構いませんよ」
どうせまた取ってくるしな。
「あっはっは、君達と組んだのは正解だった様だね。武器の方は任せたまえ、王都の専門店にも負けない武器を用意しようじゃないか!」
ご機嫌なアグリーシュを置いて裏庭に移動する。そこには幾人かの男性が畑を耕していた。
「ご主人様?あの、何か…」
「ええ、ちょっとボネさんに用事がありまして」
「アタシですか?」
俺の言葉に驚いた表情でボネさんが声を上げた。彼女も犯罪奴隷の一人であり、植物成長という微妙なスキルの持ち主だ。農家とか林業とかですげえ活躍しそうだと思ったんだが、成長を促進するだけなので使用すると土地が一気に痩せてしまったり、乾燥してしまうのだそうな。ついでに対象を限定出来ないので畑で使うと雑草も一緒に成長させて白い目で見られるとか何とか言っていた。かなり不遇なスキルな彼女だが、だからこそ連れて来て貰った。
「以前から準備していたものが漸く形になりまして。ボネさんに協力して欲しいのです」
「はあ?」
そう言って俺は彼女を連れ出して自室へと戻ってくる。そこで用意していた種を取り出した。
「あの、ご主人様。これは?」
「ボネさん。僕は今から貴女に酷いことをします」
「え?」
俺は机の上に出した種を手に取ってこれが何なのかを教えるべく口を開いた。
「これは、スキルの種です。これを飲めば貴女は新しいスキルを得られる…筈です」
「え?え?」
「命の危険はありませんがそれ以外は保証出来ません。そしてこの話をしている意味は解りますね?」
犯罪奴隷は主人に生殺与奪の権利が与えられている。そして犯罪奴隷は二度と一般人に戻る事は無い。つまり俺は彼女に断ったら殺すと暗に脅したのだ。当然意味が理解出来たボネさんは青い顔で唾を飲み込んだ。
「一応言っておきますが、拒否権はありません。但しこの実験で如何なる不利益が発生しても貴女の面倒を最後まで私が見ます」
既に動物実験は済ませて死ぬ事が無いのは確認済みだ。けれどそれ以外でどんな副作用が出るのかは確認出来ていないし、肝心のスキルがどうなるのかはスキルを持った人で試さなければ解らない。
「……」
ボナさんは震える手で種を摘まむ。スキルは一人に一つ、神様から与えられるギフトだ。ここに新しいスキルを加えたらどうなるのか。単純に増える?それとも上書き?はたまた混ざり合って強化だろうか?もしかしたら反発し合って対消滅なんてしてしまうかもしれないと考えたら、安易に自分で試す訳にはいかなくなってしまった。善行をしろなんて言われているのに人体実験とか、来世は期待出来そうにない。そんな事を考えている内に、浅い呼吸を繰り返していたボナさんが意を決した表情で種を口に運ぶ。そして音が聞こえてきそうな動きで飲み込むと、その場にへたり込んでしまう。
「の、みました」
「具合はどうですか?痛みや不快感は?」
「特に何も…え?」
彼女がそう言いかけた矢先、体から光がキラキラと立ち昇る。それは明らかにレベルアップとは違う現象だ。
「な、何!?」
「落ち着いて、種の効果が表れているのです」
言いながら俺もすぐに回復魔法が使えるように準備する。動物に食わせた時にはこんな光は出なかったからだ。幸いと言うべきか直ぐに光は収まり、ボナさんも体調を崩した様子はない。
「…ええと」
「改めて確認します。気持ち悪さや痛みはありますか?ほかにも何か普段と違う感じはありますか?」
「あ、はい。特にない、かな?」
「成る程」
俺はそう言って近くにあった鉢植えを彼女の前に差し出す。意図が解らなかったのか首を傾げるボナさんに向かってスキルを使う様指示をする。
「はぁ」
気の抜けた声と共にボナさんが手を翳すと、鉢植えからはスピードカメラの映像のように草が生え始める。うん、既存のスキルを上書きしてしまう事も無いみたいだな。
「では次です」
言いながら俺はボロボロの鎌を渡す。真面に整備もされていない上に、刃だって欠けてしまっている。どう見ても農作業に耐えられない代物だ。そんな物を渡されて益々困惑するボナさんへ俺は真剣な表情で告げる。
「ボナさん。今貴女はスキルの種によって新たなスキルに目覚めました。あの光がその証拠です」
“農具強化”ハズレスキルの中では比較的マシとされる装備強化系のスキルで、効果は読んで字のごとく対象の道具が強化されるものだ。恐る恐るといった様子でボナさんが手に取ると、鎌へ魔力が流れていくのが見えた。
「これ…」
彼女自身もそれが解ったのだろう、驚きに目を丸くしながら鎌を見つめる。黙って鉢植えに視線を送れば意味を察したボナさんはボロボロの鎌で今し方生えたばかりの草を刈った。その切れ味は普通の農具と遜色ないように見える。うん、成功だ。
「有り難うございました、ボナさん。実験は成功です」
笑顔で俺がそう告げた瞬間、彼女は一瞬安堵の表情を浮かべたが直ぐに顔を蒼くした。ん?どした?
「こ、殺さないで…」
「なんでそうなる?」
必死に懇願する彼女に納得して貰う頃には、日が暮れるまでの時間が必要になったのだった。




