深層へ
「今の所異常と思える事は無いね、他のハンターの反応を見てもそうした素振りは無かったし」
夕食の場でシアちゃんがそう口にする。何故こんな事を報告しているかと言えば、いよいよ深層の探索制限が解除されるからだ。因みにシアちゃん達は特例として一足先に深層の探索に参加している。英雄候補でありながら二つ名持ちのネームバリューは伊達では無いのである。
「魔物の種類も事前に聞いていたものと凡そ同じね。何種類かまだ遭遇していないけれど」
スープを口に運びながらティアナがそう付け足す。シアちゃんのパーティーメンバーとして彼女も既に深層を経験しており、自慢のハルバートで今日も元気に魔物を血祭りに上げている。先日目出度くレベルも上がったらしく、おかげで腕力だけ見れば種マシマシな俺と互角である。因みに俺の記憶が確かなら彼女は男爵家令嬢の筈である。
「油断は出来んが、概ね俺達なら、問題ない」
丁寧に骨から外した肉を食べながらモンドさんもそう追従する。うん、彼等が大丈夫ならこちらのパーティーでも大丈夫だろう。
「…深層ですかぃ」
「いい加減慣れよう、兄貴」
横のテーブルで聞いていたダミアがそう青い顔で呟き、それを聞いたカーマが覚悟を決めた声音でそう励ます。まあ半年前は低層ですらひーひー言ってた二人だからね、けどブリザードベアを連携とは言え二人で倒せるんだからもっと自信を持って良いと思います。
「前衛はサリサとお二人になりますからね、よろしくお願いします」
深層に潜るための条件である魔法職の確保を、俺達の班は俺がコンバートすることで解決した。ゴルプ家から送ってもらうという事も考えたのだが、残念ながら向こうも魔法使いは貴重なため単独での貸し出しは無理だと断られてしまったのだ。そんな訳で中級魔法が使えるのを良いことに俺が名乗る訳である。
「努力の範疇じゃねえと思うんだが」
ギルドに申請に行ったら胡乱な目で見られたので、練習場で魔法をぶっ放してやった。その話を聞いたカシュさんがどうやって覚えたのかと聞いてきたので、適当に頑張ったと答えたら未だに納得のいかない表情でそう不満を口に出す。
「要はやる気と何処まで人生をつぎ込むかですね」
俺の物言いにしたり顔でシアちゃんとティアナが頷くと、それを見てカシュは顔を引きつらせた。俺達は賢さブーストがかかっているから明らかに習熟までの時間が短いからね、天才の異常な発言に聞こえても仕方がないだろう。
「あ、そうだ。今後の探索なんだけど、出来ればアルスの班と合流出来ないかな?」
そんな話をしていたら、そもそもの根底を覆す提案をシアちゃんがしてくる。ふむ、聞こうか。
「こっちの班はシアの探査魔法にモンドの索敵が主体だろ?正直手が足りねえ」
魔法の並列起動はそこそこ高等な技術だ。英雄候補ならまず使える技術だが、それでも若干の威力低下や起動時間の遅延が起きる。
「探査や索敵は専属でやらせた方が良いわ。万一に備える意味でもね」
ティアナの言葉にカシュが神妙に頷く。なんせ階層主に奇襲を受けるなんて滅茶苦茶を受けたからな、今日まで昨日と同じだったなんて何の保証にもなりゃしない。
「解りました。こちらとしてもその方が気持ちに余裕も出来ますし良い案だと思います」
「俺達の方は引き続き中層を探索、余裕がありそうなら下層を目指すよ」
「わ、私たちは中層を目指します!」
そんな俺達を見てキースさんがそう言うと、慌てたようにアリコさんも後に続く。
「気持ちは嬉しいですが無理は禁物です。オーガもブリザードベアも気楽に挑める相手じゃありませんよ」
正直攻略よりも訓練に集中してほしいのが本音である。資金の方ははっきり言って下層や深層に潜っているこちらで十分補填できるのだ。
「し、しかしあのような武具までお貸し頂いて…」
あー。
「あれはパーティーの支給品ですから気にしないで下さい」
それからスープを飲み干して言葉を続ける。
「いいですか、確かに僕は貴方達に投資しています。だからこそ無理をして欲しくないんですよ。考えてみてください、僕達で治せないような大けがを負ったり、最悪死んでしまったらそれこそ投資した全てが無駄になってしまいます。だから安全には十分注意して、決してダンジョンで無理をする様な事はしないで下さい」
「……」
いかん、なんか良い事言った風になってる。皆優しい表情でこっち見てるし、奴隷組は感動したのか涙目になりかけていやがる。
「ああ、でも元気があるのは大変良い事です。なので訓練はどれだけ無茶してもかまいませんよ。腕の一本くらいなら僕でも治せますから安心して自分を苛め抜いて下さい」
俺の言葉に幼馴染達を除く皆が顔を引きつらせたのだった。
「よし、では行きましょうか」
最後のチェックを終えて俺はそう声を掛ける。ダミアさんとカーマは緊張した面持ちで、他の皆は気負いない表情で頷いたのを確認しポータルをくぐる。視界が光に包まれて、その光量が落ち着くとその先は簡素な部屋になっていた。
「深層は部屋になっているんですね」
下層より上のポータルは開けた場所になっているから結構新鮮な気持ちだが、これは案外と厄介かもしれない。
「出入口はあの扉だけ、しかも人一人が丁度くらいだからね、万一の場合は結構怖いかも」
「しかもダンジョンキーパーはここから10層下だ」
「ツインヘッドシープでしたっけ?」
「ああ、しかも報告通りなら召喚を使いやがる」
ツインヘッドシープ。名前は大したことがなさそうであるが、これは完全に名前詐欺である。なにせ双頭四腕のバフォメットだからだ。ブリザードベアより小柄だがその耐久力は互角、更に複数の属性魔法を操るわ携えた2本の大鎌を振り回すわと個体としても厄介この上ないのだが、この上カシュさんが言ったように召喚魔法まで使ってくる。流石に呼び出されるのは通常のバフォメットなのだが、厄介なことにこの召喚された個体は階層主のルールに縛られない。おかげで呼び出されたら契約時間一杯、ダンジョンの中をどこまでも追い回される事になるのだ。過去に討伐は幾度かされているものの、現状は殆ど放置されている。というのもこのツインヘッドシープがダンジョンキーパー、つまりはロサイスダンジョンの主であり、此奴より先に待っているのはダンジョンコアだけだからだ。因みにロサイスのダンジョンは資源地帯として国から保護されているためダンジョンコアの破壊は普通に国家反逆罪が適用される。
「せめてもう少しツインヘッドシープの攻略が容易なら討伐数も上がるのでしょうけど」
「現状だと素材の殆どが国に持ってかれちゃうからね」
そうなんだよなー。討伐個体が少ないせいでツインヘッドシープの素材は大変貴重なのである。なんでもエンチャント武器の素材として大変優秀だかなんだかで、入手出来たら即座に国が買い上げて魔法職系の英雄やら騎士団に下賜されてるそうな。…ふむ。
「思いつきました。僕にいい考えがあります」
「でかいの行きます!」
シアちゃんの宣言にツインヘッドシープと切り合っていたティアナとカシュさんが飛び退く。すかさずバレッタとモンドさんが矢を放ち、奴の両足を縫い留める。
「BUOAAAA!?」
「トールハンマー!」
瞬間ダンジョンキーパーの部屋を白い閃光が塗りつぶし、一瞬遅れて空気を引き裂く衝撃波と轟音が俺達を叩いた。
「BUO・HU・BUOA!!」
「まだ生きていやがる!?」
「っ!」
身体のいたるところから煙を上げつつも未だ立ち続けるツインヘッドシープに向かってカシュさんが悪態を吐き、その次の瞬間にはティアナが奴の眼前へと跳躍する。至近距離に現れた敵にツインヘッドシープはあらゆる手段をもって迎撃を試みた。しかしその同時に複数を実行出来るという強みがここに来て足かせとなる。呪文の詠唱と武器による迎撃。もしこの時奴が完璧な状態ならば結果は違ったかもしれない。だが勝利の天秤は俺達へと傾いた。金属製の矢を通して伝わった雷撃は奴の脚部を満足に動かせない程に破壊していたし、それまでの攻防を支えていた4本の腕も疲弊していた。雷撃による衝撃は神経にも影響を及ぼしたのだろう、唯一間に合いそうだった魔法の詠唱も僅かに届かない。
「死んでおきなさい!!」
気合と共に振り下ろされたハルバートが右の頭を真っ二つにかち割り、その勢いのまま股間まで切り裂いていく。振り抜かれたそれが地面へと突き刺さると同時、カシュさんが突き出した槍が残った左の頭の喉を貫いた。
「GOBU・BO・GU」
泡の混じった血を口から垂らしながら、ツインヘッドシープが膝をつく。
「終わリですネ」
一歩後退し油断なくその姿を視界に収めていた二人が、バレッタの言葉で構えを解いた。彼女の言葉を裏付けるように、召喚されたバフォメットの死体が光の粒になって透けていく。召喚者を失って強制帰還させられているのだ。その様子に全員が大きく息を吐いた。俺も手にしていた剣の血糊を払い、鞘へと納めた。うん。
「あまり美味しくないですね、この討伐」
「「そりゃな!?」」
俺の素直な感想は、何故か全員からの唱和で迎えられたのだった。




