ぱわー!
「で、出来た。出来ました!!」
興奮した様子で顔に特徴的な刺青を入れられた男がそう叫んだ。バレッタに事情を話してから凡そ2週間、僅か3日というとんでもねえ速さで送られてきた贖罪奴隷のおじさんの手には、ついに見慣れた力の種が乗っていた。
「素晴らしい、ようこそこちら側へ」
Congratulation…っ!congratulationっ!不穏な表情でそう拍手を送ると、おじさんことゾーイさんは引き攣った笑みで会釈をする。そんな彼に向って俺は今後の日程を伝えることにした。
「当面は畑仕事を行いつつ、寝る前に種の生産を行って頂きます」
「は、はい」
相談の結果、最初に量産する種は力の種に決まった。これは先ず種生産スキルの保持者に身体能力を向上させる種が実在するのだという事を認識させるのに、効果が解りやすい方が良いという話になったからだ。因みに贖罪奴隷は彼を含めて3人だが、残りは別の農業系スキル持ちだ。ゾーイさんには美味しい野菜の種を教えるという名目で連れ出していたりする。
「因みに幾つくらい作れそうですか?」
「はい、この感じなら2~3個かなと」
「解りました、くれぐれも無理のない様にお願いします」
俺がそう言うとゾーイさんはお辞儀をして部屋から出ていく。それを見送って俺は小さく溜息を吐いた。
「これ絶対目を付けられているよな」
どう考えても教会の動きが良すぎる。バレッタを疑いたくはないけれど、少なくとも本人が言うようなただのシスターだなんてことは無いだろう。となれば俺の語った内容は全て教会に知られていると考えて間違いない。
「今のところ向こうからの反応は好意的なものばかりだけど」
まあこのままいくと世界が滅びます、魔族の世界になっちゃいますとか教会的には絶対許容出来ない内容だからな。ただそれを吹聴する俺の事を、世界を惑わせる不心得者として神敵認定したりするかもしれない。なにせそんなことが起きないように精力的に活動しているのが教会なのだから。
「…まあ、現状は協調路線なのかな?」
契約の種を信じているならバレッタは種関連の事を話せていないはずだ。となれば精々信託を受けてしまった英雄の従者として最大限便宜を図るという方向なのだろう。
「あるいは教会も何かを掴んでいるとか?」
何せ全世界の兵器廠なのだ、消費や供給からだけでも見えてくるものがあるだろう。そうならば俺の行動を積極的に支援してくれたとしても不思議じゃない。…つまり、来ているな?俺の時代が!
「夜よ、アルス」
高笑いをしかけた瞬間、ノックもなくドアが開きそんな声が掛けられる。振り返ればそこには腕を組んだティアナが立っていた。
「ほら、さっさと湯浴みを済ませなさい。汗臭い体で私のベッドに入るなんて許さないわよ」
言いながら近寄ってきたティアナが俺の襟首を掴んで引きずり出す。うん、すげえ力。これ下手に暴れると危険だな。
「大丈夫です、自分で歩きますから放してください」
「あら、交渉になっていないわよ?何かを要求するなら対価を提示すべきじゃないかしら」
どうやら俺に根源的欲求を求める権利は無いらしい。基本的人権の実装を切に望む次第である。
「…何がご要望でしょうか?」
そう聞くとティアナは意地の悪い笑顔で俺を引き寄せると口を開く。
「一昨日、シアとお風呂で楽しんだそうじゃない?この二日間随分と自慢されたわよ、まるでお姫様になったみたいだったって」
誤解を招かないよう自己弁護させてもらうが、これは疚しい気持ちだけで行ったのではない。なにせこの世界にはボディーソープやボディタオルなんて素敵アイテムは存在しないから、昔ながらの石鹸をヘチマっぽい植物でもってガシガシやるのである。そして我がお嫁さん候補は皆様乙女でいらっしゃるから、当然そんな日は入念に汚れを落とす訳で。赤くなったシアちゃんの肌を見てこれは何とかしなければならぬと使命に燃えた結果なのである。断じて彼女の全身をまさぐりたいと言うだけで行った行為ではない、ないのである。
「謹んで洗わせて頂きます」
「大変結構」
襟から手が離れると、ティアナは上機嫌で風呂へのエスコートを促してくる。俺はそれに苦笑しながら歩きだすのだった。
「ちょっと人使いが荒くないかね!?」
目の前に積まれた武具を前にアグリーシュが悲鳴をあげた。だが残念だったな、貴様の手が今日から空くのはまるっとお見通しだ。
「装備の質はハンターの生存に直結する問題です。パーティーメンバーとして苦労とは思いますがどうかご協力下さい」
鉄製の槍にタワーシールド、おまけにグレートヘルムとプレートアーマーが4人分。因みに置き切れなかった分は魔法の鞄に詰め込まれて部屋の隅だ。俺の言葉に溜息を吐きつつ、アグリーシュはグレートヘルムをつつく。
「随分と物々しい装備だけれど、付けるのは軽量化かい?」
「いえ、全部強度向上でお願いします」
「一式でかなりの重さだ、大丈夫なのかい?」
アグリーシュの言う通りこれらを一式で使うハンターは殆どいない。というか軍隊でも殆ど見かけることがない重武装である。ハンターが好まない理由は単純で、重ければそれだけ行動が制限されるからだ。だから壁役なんかを担うハンターであっても大抵はタワーシールドにブリガンダインやスケイルアーマーなんかを組み合わせるのが定番だ。だがそれは普通のハンターならと但し書きがつく。
「問題ありませんよ、資金的に余裕があれば厚さを倍にした特注を用意したいくらいです」
力の種と素早さの種を主軸に与え続けた結果、全員が中々に愉快な状況になっている。特にカシュさんやカーマは先行していた事とレベルアップによる裕度のおかげか、全金属製の槍をとんでもねえ速度で投げたりクレイモアを片手で振り回したりしているのだ。奴隷組にしても以前はヒイヒイ言っていた訓練の倍近くをこなしているのに今では良い運動程度の態度である。
「しかしこの格好は目立つだろうねぇ」
装備を統一しているだけでも結構目を引くからな。
「あー、その辺りも少し考えないとですね」
世の中は善人ばかりじゃない。獲物を横取りするとかならまだ可愛い方で、最悪ダンジョンのせいにして有望なライバルを暗殺なんて事まであり得る。そんな連中が居ることを前提にするなら何かしらの対策が必要だ。
「解りやすい方法ならエンブレムだろうねぇ」
グレートヘルムを弄びながらアグリーシュがそんなことを口にする。ハンターであってもエンブレムを身に付けたりするのは特別に珍しい事ではない。高名なパーティーの一員であると誇示したり、万一の場合に身元を明らかにしやすいからだ。まあ大半のハンターは後者が理由だが。
「白刃はギルドに顔も効きますし、この辺りで用意してもいいかもですね」
今後も人員は拡充する予定なのだ。なら今のうちに準備してしまった方が手間もない。
「話は聞かせてもらったわ!」
勢いよく扉が開き、威勢の良い声が飛び込んでくる。振り返るとそこにはふんぞり返ったティアナと苦笑しているシアちゃんが居た。そしてこちらが何かを言い出す前にティアナが口を開く。
「こんなこともあろうかと、ウチの騎士達用のエンブレムを用意しておいたわ!」
まさかの準備済みとな?さては今の台詞が言いたくて今まで黙っておったな?ははは、こやつめ!
「いや、大丈夫なんですか、それ?」
ゴルプ男爵家の家紋が堂々と入ったバッジをドヤ顔で突き出して来たので一応聞き返すと、ティアナは鼻を鳴らして言い返してきた。
「問題ないどころかむしろ付けない方が問題よ。この件にはゴルプ家が正式に関わっているのよ?それこそ人員や資金だけ出したなんてなれば他の貴族に無礼られるわよ」
ああそうか、王国において英雄はその名に違わない人気を誇るが、立場としては貴族の方が上である。あくまで英雄は一代限りであるし様々な特例も英雄個人の権利だからだ。
「まあ貴族お抱えのハンターに手を出す馬鹿はそういないだろうからねぇ。良いんじゃないかい?」
その意見にアグリーシュも賛同する。まあそこそこ名の売れたハンターと貴族じゃ喧嘩の相手として格が違いすぎるからな、とんでもねえ馬鹿でない限りそちらの方がより安全なのは間違い無い。
「そうですね。ではティアナ、よろしくお願いします」
「ええ、任せなさい。けどその前に一つだけ」
「はい、なんでしょう?」
「亜人への物はともかく、今後受け入れる家の者にはもう少しマシな装備を用意なさい」
あん?
「それはパーティーの中で差を付けろと言う事ですか?」
「そう言う意味よ」
「言葉が足りないよティアナちゃん」
俺が目を細めると、ティアナの横にいたシアちゃんがそう口を挟んできた。
「ハンターは実力主義だからあまり気にしないかもしれないけれど、今後ゴルプ家から受け入れるのは普通の兵隊や騎士になるでしょ?そうした人達が奴隷と同じ装備で納得してくれると思う?」
「…思いませんね」
部下として雇い入れる以上、問題を起こされないように身元の確かな人間で貴族の戦力は揃えられている。つまり一般的な王国の価値観を持った人間が殆どになるだろう。獣人を下の存在だと認識している人々に彼等と同じ装備を渡せば、どちらに転んでも不満を抱くだろう。
「貴方の考えにはそぐわなくても、今は飲み込みなさい」
優先順位を履き違えるな。ティアナがそう言外に忠告してくる。それに対し俺は一度だけ小さく息を吐き頷いて肯定を示したのだった。




