ハンター育成計画(仮)
「まさかこうなるとは…」
「欲をかいた罰かしらね」
ダンジョンの入り口を見てキースさんが呟き、それに対してネアさんが溜息交じりに応じる。ダンジョン調査の後雇用金額が上乗せされた事で契約を継続したのだそうだ。男爵家の所領は狭いから、またダンジョンに潜る事態は起きないだろうと考えたらしい。
「ロメーヌみたいな危険性はありませんから安心して下さい。それに十分に余裕を取ってもらって大丈夫ですから」
そもそもキースさん達はランク2~3なのでロサイスなら中層までは問題なく潜れる実力である。更に言えばロメーヌの森での一件はダンジョンであっても異例な事なのでそこまで緊張する必要はないんだが。
「ははは、了解だ。しかしすっかり立場が逆転してしまったな」
そう言ってキースさんは俺の肩を叩く。英雄候補で男爵の許婚だもんね、そこらのガキから随分変わってしまった事は否めない。
「まあ肩書は変わりましたが中身は僕ですから。今後も頼りにさせていただきます」
キースさん達は元辺境組だけあって交流とか情報交換が大変上手い。正直教官として新人を任せるにはうってつけの人だろう。後は自分の技量に自信を持ってもらえば完璧だ。
「その辺は追々だな、先ずは俺たちがダンジョンに慣れないとな」
そう言って笑いながらケネスさんがダンジョンへと入っていく。そんな彼の発言に苦笑しつつキースさん達もそれに続いた。うん、変な緊張はしていないな。
「一先ずは成功かな?じゃあ私達も行くね」
他のパーティーが全員ダンジョンへ入ったのを見送ったところでシアちゃんがそう言ってポータルへと消える。キースさん達が緊張していなかったのは彼女が提案してくれた模擬戦の影響が大きいだろう。既に低層を探索しているウチの奴隷上がり組に余裕をもって勝てたという実績は確かな自信になっているようだ。
「では僕達も出発しましょう」
そう皆に声を掛け、俺もポータルへと進むのだった。
「そろそろ賢さだと思うんですが」
「駄目ね」
「駄目だと思う」
「駄目デスねー」
「うーん、私は反対かなぁ」
そして夜、旧交を温めるという名目で俺の部屋に集まったメンバーに向かって今後の育成方針について話したところ、盛大に駄目出しをくらった。流石に全員とかちょっと凹む。見る限り奴隷組の忠誠心は高そうだし人数も増えたから、そろそろいけると思ったんだが。
「効率は確かに賢さが一番良いわね、でもまだ彼等は無条件で信用出来る程の忠誠心は持っていないと思うわ」
「私モティアナちゃんと同意見デス」
「忠誠心、足りていませんか?」
「全然足りていないわよ」
俺がそう聞き返すとティアナは溜息と共に口を開く。
「彼等に言ったそうね?人生を買い戻してみないかって。アルスは独立を認めるってつもりで言ったのかもしれないけれど、彼等にしてみれば最後まで面倒を見てくれないと感じているでしょうね」
えぇ?
「勿論アルスは良くしてくれているから恩は感じているだろうし、他所の奴隷より忠誠心はあると思うよ?でもティアナちゃんが言っている通り、その居心地の良い場所からいずれ追い出すつもりだとアルスは言っちゃったから」
「待ってください、彼等は望んで奴隷になった訳じゃないでしょう?なら自由になりたいんじゃないんですか?」
「自由にハ責任が付帯スルものでスよ、アルス」
「自由って耳心地は良いけれど、同時に全ての責任を自分が取らなきゃいけないって事でもあるわ。そしてその責任を取った結果彼等は奴隷になっている」
「獣人の皆は違うと思う。けど待遇に差を付けられない以上全員が大丈夫と思える段階まで様子は見るべき」
購入している獣人奴隷二人は悪徳商人に騙されて奴隷に落とされたらしい。そしてその他は全員が借金奴隷である。極端な話彼等は自活するだけの生活能力が無いと言うことらしい。
「いや、でもハンターとしてやっていけるだけの技術が身につけば…」
「思考が逸れているわよアルス。私達の目的は彼等を真人間として自立させることじゃない、優秀な手駒にする事でしょ?」
「賢さに善悪は無い、つまりそれは賢くなったときそれを悪用しない保証は何処にも無いって事」
「ティアナちゃんの言葉は厳しいけれど間違ってないと思う。当面は賢くなってもここに居たいと思える環境を整えて、最終的にアルスのためなら死ねるって思える様になれば完璧かな」
「そんな、僕のために死ぬとか」
「アンタねえ、自分を安く見過ぎよ?神託を受けたアンタの生存より優先される命なんて王国中探しても無いわよ」
「…神託?」
あまりにも重い発言にドン引きしていたら、呆れた口調でティアナがそう突っ込んで来たかと思えば、固まった表情でバレッタが聞いてくる。あ、ヤベ、言ってなかった。
「あー、その。神様からちょっと世界が滅びると告げられまして」
「詳しク、話して下サイ。私ハ今、冷静さヲ欠こうとしてマス」
怖い怖い怖い!
「え、えっとですね」
若干後ずさりながら滅びの銀時計についてバレッタに説明する。その横では同じ様に初耳だったサリサが尻尾を振りながら聞き入っていた。まあ正直俺も知らされている事は少ないので説明自体はあっさりと終わり、証拠としてポケットから銀時計を出して見せる。それを暫く凝視していたバレッタは盛大な溜息を吐きつつこちらを半眼で睨んだ。
「最悪デス、何デこんな重大なコトを黙っていましたカ」
「いやあ、下手なこと言って異端者とかに認定されたくないなあと」
「アルスは教会ヲ何だト思っテいますカ」
世界最大の武装集団にして思想集団というヤベーヤツですかね?無論そんな事を言える訳がないので曖昧に笑って濁していると、額に手を当てたバレッタが提案してきた。
「…教会経由デ種生産スキルを持っていル犯罪奴隷を送っテ貰いマショウ」
犯罪奴隷、その名の通り重犯罪を犯して奴隷に落とされた連中だ。借金奴隷との違いは返済による身分の買戻しが不可能な事と、法的に主人による殺害が認められて居ることだ。だから犯罪奴隷の殆どは死ぬ前提の実験に使われる事が多い。但し中にはどうにもならない理由で犯罪奴隷になってしまったなんて人も居る。教会ではそうした犯罪奴隷を現世での贖罪を名目に集めて工房や荘園で働かせているらしい。
「本当ハ、本当ニ最後の手段だト考えテいましタが」
犯罪奴隷なら施設から出たら死ぬみたいなとんでもない呪具で縛り付けてもいいらしい。まあ元々逃亡したところで解りやすい場所に入れ墨をされてしまっているから、見つかると問答無用で殺されてしまうのだそうだが。
「そんな事出来るんですか?」
「言い方ハ悪いデスが、英雄候補ガ求めていルと言えバ出来るト思いマス。でも相応ニ借りハ出来てしまマスね」
「特定の権力に一方的な借りがあるのは問題じゃないかしら?後で何を要求されるか解らないわよ?」
「デスが後20年デ世界が滅びるト神託されタのデショウ?ならソレは事実デス、悠長ニ構えて居ル時間は無いト思いマス」
バレッタの言葉に皆が黙り込んで俺を見る。ああ、決めろって事ですねワカリマス。
「…バレッタの提案を受け入れましょう。教会に借りを作り過ぎたくありませんが、急いて事をし損じるよりはマシです。それにどちらにせよ種の生産者を増やすのは規定事項でしたし」
「一応聞いておくけれど、アルスは良いの?率直に言ってそれを広めるのは貴方の価値を下げる行為よ?」
まあそうだね。
「価値が下がったら婚約解消しますか?」
「笑えない冗談は嫌いよ」
「無理しなくても良いんだよ、ティアナちゃん?」
「はっ倒すわよシア」
いかん、失言だったな。
「まあつまり皆が受け入れてくれるなら僕の価値が多少下がったって良いんですよ。それで世界が救えるなら安いものでしょう?」
確かに能力向上系の種が広まれば、今の俺の価値は下がるだろう。けれど皆は重大な事を失念している、そもそもこの世界に存在しない種を正確にイメージし、生み出せるのは俺が転生したからだ。そして転生前の記憶には能力を伸ばす以外の特殊な種がまだまだ存在する。
「では今後も種の種類は変えず、取り敢えず教会の返事を待ちましょう」
そんな内心を口にすること無く、俺は今後の方針を示すのだった。