男爵家当主の割と平凡なお悩み
「久しいな」
執務室に入るなり男爵様がそう声をかけてくる。これまでとは異なり手元に書類などはなく、しっかりとこちらを見ている。まあ俺が英雄候補になっちゃったからな。因みにハンター上がりは余程素行に問題がない限りそのまま英雄に採用される。そして英雄は世襲こそ出来ないが貴族並みの立場を王家が保証しているのだ。つまるところ上から目線で命令なんて出来ないという事だ。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「構わん、…英雄になったそうだな」
「まだ候補ですが」
「解っている、貴様なら英雄への採用が流れるような事はあるまい。それよりも話があるのだろう?」
温める程の旧交を持たない男爵様は早速用件を聞いてくる。俺としても話が早いのは助かるので素直に口を開いた。
「男爵家の今後についてお願いがあって参りました。お抱えの部隊を鍛えさせて欲しいのです」
「鍛えろ、ではなく鍛えさせろ、か?」
「その辺りについては一定の信頼と頂けていると自負しておりますが」
なんせ男爵家のお子さん二人は俺が鍛えた事になっているからな。実際には種を食わせただけだけど。
「あれらと同じ鍛え方をすると?急な話だな、あの時は随分と渋っていたと記憶しているが」
「あの時とは状況が変わりましたので。家臣が優秀であるのは男爵家にとっても悪い話ではないかと思われますが」
隷下の戦力が優秀になれば少数で魔物の討伐を行ったり、これまで軍へ依頼せざるを得なかった案件を独力で解決出来るようになる。特に軍を派遣してもらう場合はかなりの費用が必要になる上に、強力な魔物のせいで経済的損害を受ける事になるからだ。そして無視できないのが力を示せば貴族間での地位向上も見込めるのである。家臣や子飼いのハンターを貸し出すなんて事もできるから、優秀な戦力を有しているというだけで繋がりを持ちたがるようになるのである。ゴルプ男爵家は武門であるし、治めている領地も少ない。となれば助っ人業に手を出せるのは非常に大きな商機になる。
「大変結構!」
派手な音とともに執務室の扉が開きそんな声が飛び込んできた。思わず振り返るとそこには見目麗しいご婦人が腕を組んで仁王立ちしていた。
「…スティ、まだ私が話しているんだが」
「あら、聞いていた限り我が家に全く損はありません。それに我が家が強くなるという事は王国が安んじられるという事。貴方の考えとも反するものではないでしょう」
男爵様が苦々しい顔でそう口にすれば、何が愉快なのか満面の笑みでそうご婦人が応じる。その名を聞いて俺は慌てて首を垂れた。スティーリナ・ゴルプ男爵夫人、ゴルプ男爵家の本当の後継者にしてあのティアナのかーちゃんだ。前線に立ち続ける為に旦那へ爵位を譲ったという破天荒な御仁にしてティアナの思考面における師匠、即ち力こそパワー(がっつり脳筋)という思想の持主であらせられる。ティアナと同じ銀髪だがたれ目や丸顔のおかげで少し年の離れた姉妹と言われても納得してしまいそうな容姿である。
「そう簡単な話ではないだろう、家族と違い家臣となれば働きに対して相応に報いる必要がある」
王国における貴族と家臣の関係は結構厳格な御恩と奉公だったりする。まあ貴族社会すら実力主義的な部分が大きいからある意味自然な環境だ。だから有能な家臣を抱えると当然ながら相応の報酬が要求されるわけだが。
「そこは彼とティアナがどうにかするでしょう。ね?」
丸投げかよ、いやするけども。
「最善を尽くさせて頂きます」
「あら?そんな必要はありませんわよ、結果さえ出すのなら幾ら手を抜いてもかまいません」
つまり全力だろうが精一杯だろうが結果が出なきゃ許さねえって事ですね。畜生お貴族様め!
「…話は分かった。以前貴様の面倒を見ていたハンターがそろそろ契約更新になる。手始めに連中を連れていけ。その成果次第で次を決める」
以前のハンターと言うとキースさん達か、ダンジョン探索の後も契約を更新していたらしい。
「あら、それっぽっちですの?」
俺が頷くとスティーリナ様がそう混ぜ返して来た。うん、あの顔は完全に面白がっているな?
「ゴルプ男爵家の采配は私が行う、代わりに君は君の好きな様にする。そういう約束だったと思うが?」
「そうでしたわね、では私の好きな様に致しましょう。アルス、一緒にティアナを連れて行きなさい」
「…はい?」
なんですと?
「次期当主などと言って最近弛みがちですからね、あの子もこの辺りで一度鍛えなおすべきですわ!」
「待ちなさいスティ、ティアナには当主として領地経営を覚えさせねばならん」
「そんなものはどうとでもなります。最悪ティアナが使い物にならなければエリクに相応しい嫁を娶らせればよいのです。英雄の妻になるのですもの、貴族としての体裁は十分取り繕えるでしょう?」
あっさりととんでもねえ発言をするティアナママ。下から数えたほうが早い爵位と言っても領地持ちだぞ?その当主の座をぽんぽん挿げ替えていいのか?お家騒動とか超止めて欲しいんですけど。
「お前、男爵家の当主を焼き菓子か何かと勘違いしていないか?」
頭痛を堪える様な表情で男爵様が反論するが、ティアナママは涼しい顔で言い返した。
「ゴルプは家名で王国を支えるのではありません、刃で王国を支えるのです。その妨げとなるのなら領地も地位も不要です」
清々しい程バーサーカーな発言をするティアナママにドン引きしつつ、俺と男爵様はスティーリナ様の提案を受け入れるのだった。
「と言う訳で、シア・ハパルさんとティアナ・ゴルプさんです。皆仲良くして下さいね」
「いやどういう訳だよ」
キースさん達と旧交を温める暇も無く俺たちはロサイスへと戻った。そして早々に増えた仲間をパーティーの皆に紹介すると、半眼でカシュさんが突っ込んできた。まあそりゃそうだよな。
「聞きたいですか?巻き込みますよ?」
「…さて、槍の手入れでもするか」
英雄候補と貴族絡み、しかも両方を娶る婚約者を添えて。そこに巻き込まれる危険性を正確に察知したカシュさんは即座に撤退し、他の面々もそれに倣う。そんな中で奴隷組は青い顔でこちらを見ていて、サリサは隠れてしまっていた。
「軍隊でも組織するつもり?」
武装している奴隷組を見てティアナがそんな事を聞いてくる。おい馬鹿やめろ、反乱企ててるとか噂されたらどうすんだ。
「まさか。組織を大きくすればダンジョンや辺境でもお抱えハンターの真似事が出来そうだと思っただけです」
今後を見据えた場合、現在のダンジョンハンターのやり方は少々問題がある。それは深く潜っているハンター程技術を秘匿する傾向がある事だ。考えてみれば当然のことで、ダンジョンにおいて他のハンターは全てライバルだからだ。ギルドから報酬が出る地図情報や魔物の目撃情報こそ報告するが、技術は教えても自分の首を絞める結果にしかならない。だがこれだと俺が大いに困る、何故ならダンジョンの攻略は滅亡回避の重要課題だからだ。今後増え続けるだろう新ダンジョンを早急に潰せる戦力を整えるにはそうした技術をしっかりと共有し、尚且つ実行出来る人員を揃えている組織が必要だ。今現在それを担っているのが学園と英雄候補なわけであるが、20年後に滅びると神が明言している事を鑑みるに早晩破綻すると考えて良いだろう。
「ふぅん…、まあ戦力が多くて困る事は無いわね!」
嘘みたいだろ、この子次期男爵家当主として教育されていたんだぜ?まああのお母様だとそっちより筋トレを優先させていそうだが。
「そんで、ご令嬢と英雄候補様はどこのパーティーに入れるんだ?」
うん、問題はそこだ。俺のパーティーに入れてしまうのが一番手っ取り早いのだが、現状の6人に加えてダミアさんが戻ってくれば9人になってしまう。ダンジョンを探索するには少々人数が多くなってしまうのだ。
「ティアナちゃんはダンジョンの経験が浅いから出来ればベテランの方と組んだほうがいいよ」
「ならシアさんも一緒にお願いしたいわ。優秀な魔法職と組めれば心強いし、何よりシアさんはダンジョン踏破者だもの」
「いや、待ってくれ。もしかしてそのベテランってのは俺たちの事か!?」
こちらが何かを言うまでもなく検討し始めた二人の言葉にカシュさんが慌てた様子で口を挟む。優秀なのは間違いないが、同時に万一があれば大問題になるであろう相手に逆指名なんぞされればそうもなるか。
「戦力的に考えればそれが妥当ですかね?勿論本人達の気持ちが優先ですけれど」
「こちらは、問題、無い」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね!」
「若輩者ですが精一杯務めさせて頂くわ!」
矢じりを確認していたモンドさんがぽつりと了承し、カシュさんが止めるより先に二人が笑顔で返事をした。これはあれだな、もう逃げ道は無い感じだな。
「…よろしく頼む」
色々な感情を強引に飲み込んだ声音でカシュさんはそう答えたのだった。




