移動中の個室とか悪巧みに最適だよな!
「さて、今後についてですが」
「基本的にはロサイスを拠点にダンジョン攻略かな?」
馬車でロサイスへ戻る道中、シアちゃんと今後について話すべく口を開く。基本的な行動はそうなるだろうが、これからを考慮して、俺はもう一段計画を進める事にした。
「そうですね、表向きの活動はそれでいいと思います」
「……」
俺の言葉にシアちゃんは黙って馬車に障壁の魔法をかける。御者に聞かれないようにするためだ。
「裏で動くってどういう事?」
「今から滅茶苦茶怪しい事を言いますよ」
そう言って俺はポケットからあの銀時計を取り出した。不思議そうに時計を見るシアちゃんに向かって俺は説明を始めた。
「これは滅びの銀時計だそうです。自称神様から貰いました。この針が70を超えたら世界は滅びるそうです」
正確に言えば不可逆な変質を迎えるだが、まあ認識的にはこの世界の終わりと考えて問題あるまい。
「このままだと凡そ20年程でそこに到達すると自称神様は言っていました。そしてそれを防ぐには原因を排除しなければならないと」
目を見開くシアちゃんに俺は言葉を続ける。
「恐らくですが、頻発しているスタンピードやダンジョンの発生はこれが原因ではないかと考えています。これらを排除するなら…」
「今の私達では力が足りない?」
「人手もです。今後頻度が上昇した場合、同時多発的にこれらが発生することも十分考えられます。その時に僕らだけで対応しきれるとは思えません」
「国に報告する…のは時期尚早かな」
子供の与太話として一蹴されればまだ良いが、徒に世間を混乱させたなんて拘束されたら最悪だ。また大真面目に信じられたとして急速に軍拡なんかされれば周辺国との軋轢が発生し、最悪人類同士の戦争なんかに発展しかねない。そんな状況を一方的に終息させられるだけの戦力を王国は用意できないだろうし、俺たちにもまだ無理だ。
「はい、なので準備を進めたいと思います。差し当たっては種の量産体制の確立です」
「いいの?」
俺の宣言に驚いた表情となるシアちゃん。まあ今まで隠していたからね。
「良いというか、他に方法がありません。ある程度軌道に乗ったら情報開示もしてしまおうと思います」
安定して種を供給できる人間が増えれば俺の価値は下がる。そうなれば俺自身に固執する奴は激減するだろう。尤も、最初にその種を生み出した人間がどういう人間なのかを正確に推し量れる人間からは更に注目されるだろうが、そうした頭の回る奴ならば寧ろ積極的に仲間へ引き込んだほうが良い。
「確かに現状私達に採れる手段はそのくらいかな」
「あー、その。ここまで言ってなんですけれど、シアちゃんは疑わないんですか?」
口元に拳をあててそう結論付けるシアちゃんに、思わずそう聞いてしまう。けれど彼女は不思議そうに首を傾げた後、笑いながら口を開いた。
「アルスが私に嘘なんてつかないって信じてるもの」
サラッとすげえ重たい信頼を見せるシアちゃん。おかしいな、人に信頼されるのって普通嬉しいはずじゃない?
「…御期待を裏切らないよう善処します」
「それで話を戻すけれど、広める種は決めているの?」
「最初は魔力の種ですね。生産力の増加もですが、単純に戦力の底上げが速いですから」
スタンピードやダンジョンの攻略において魔法の使用回数は極めて大きな要素になる。攻撃魔法が1発多く撃てる、回復が1回増えるだけでも難易度が変わってくるだろう。何しろこの世界にはどこぞのエーテル的な魔力回復アイテムが存在しないのだ。まあしっかりと休息すればダンジョン内だろうと微量には回復してくれるし、一度眠れば完全回復してくれるからそこそこ優しい仕様だろう。まあ寝てしまうと魔力が回復しきるまで起きられないという問題もあるのだが。
「当面は身内に回しますが、準備が整い次第周辺にも流したいと思っています」
「具体的には?」
「先ずはカフィさんの宿ですね、そこの料理に忍ばせます。それからアグリーシュの販路がありますからそこの携帯食で売るつもりです」
俺の言葉にシアちゃんは難しい顔になる。そして少し考える素振りを見せると表情を変えぬまま言ってきた。
「それだとちょっと性急過ぎると思うよ。準備が整うをどの程度に考えているかによるけれど、不特定多数にばらまくのは最終段階だと思う」
「しかしそれだと広まる速度が遅くありませんか?」
「そうだね、だから先ずは身内を増やすことだと思う」
つまり奴隷をもっと買うって事か?まあ経済的には不可能じゃないが。
「うん、そっちもだけれど。アルス、自分の立場を忘れていない?」
は?立場?俺が首を傾げると、シアちゃんは半眼になって口を尖らせる。そしてしょうがねえな此奴といった声音で言葉を続けた。
「あのね、君は次期ハパル男爵の許婚なんだよ?」
「で、久しぶりに顔を見せたと。しかも幼馴染同伴で。いい度胸ね?」
そんな訳で俺とシアちゃんはロサイスへ向かう途中で急遽里帰りをする事となる。英雄候補になった事を許婚に報告するという名目で久方ぶりにティアナと会うと、開口一番半眼でそう告げられた。まあハンターになってから連絡してなかったし、いきなり女連れだもんな。文句を言われても仕方ないか。
「私は彼の監視役だからねー、アルスが行くところなら何所にでも付いていくよ」
出された紅茶を飲みながら笑顔でそんな事をシアちゃんが宣えば、ティアナの目は更に険しさを増す。
「落ち着いてくださいティアナ、シアちゃんも煽らないでください」
「何を言っているのかしら、私は冷静よ」
「私も事実を述べているだけなんだけどなー?」
本当ぅ?二人から少年漫画的な背景と効果音が幻視出来るんですけど。後シアちゃん、それ煽っている事の否定になってないからね?
「で、用件は何?」
最後の書類にサインを終えたティアナが不機嫌な声音でそう聞いてくる。周囲に気配がないのを確認して俺は本来の用件を告げた。
「実は今後に向けて男爵家の戦力を強化したいと考えまして」
「ちょっと待ちなさい」
そう言ってティアナは一度深呼吸をすると、腕を組んで口を開く。
「ちゃんと最初から説明しなさい」
「良いですけど戻れなくなりますよ?」
「あのね、アルス。貴方忘れているのかしら?こんな体にされた時点でもう私は後戻りなんて出来ないのだけど?」
お腹の少し上あたりを指さしながらティアナが意地悪そうな表情を浮かべ、言葉を続ける。
「こんなものを刻んだ時点で私は普通の貴族令嬢としては終わっているのよ。後は生涯独身を貫くか、貴方と添い遂げるしかないの。だから全部話しなさい」
前略、過去の俺。とんでもない事をしてくれたな!なんて後悔しても今更遅い。だがまあこっちに来てくれると言うならやりやすくもなるのだし全てゲロッてしまおう。
「解りました。では、落ち着いて聞いてください。後20年程で世界が滅びます」
「…はい?」
「最近増えているスタンピードやダンジョンの発生はその前兆だそうです。これを押し返す、あるいは攻略することが滅亡を防ぐ手段だと神様が言っていました」
「待って待って待って」
「けれど現状の僕達では明らかに戦力が足りません、なので僕と同じスキルを持つ人を集めつつ、既存の騎士やハンター、英雄を強化していこうと思います。手始めにゴルプ男爵家の抱えている戦力を強化しようという事になりまして」
「情報が多い!!」
そんな叫び声と共にティアナは机を叩く、中々派手な音がして品の良い応接机には罅が入った。これ後で弁償しろとか言われないよな?
「全部言えって言ったんだからちゃんと聞かなきゃだめだよ、ティアナちゃん」
笑いながら窘めるシアちゃんを恨めしそうにティアナが睨む。うん、この二人相性最悪だな。今後は気を付けよう。
「…つまり世界を救うために手を貸せと言う事ね?」
「要約するとそうなりますね」
「こちらが矢面に立つとしても、アルスのスキルを隠し続けるのは難しいわよ、いいのかしら?」
「露見するまでにティアナちゃんと結婚して、そこから昇爵してもらうのがいいかな。出来れば王国が簡単に手を出せない程度が理想だね」
実績を出せなければ王国では結構簡単に爵位が取り上げられる。だが逆に言えば無視できない実績を出してしまえば手出しが難しくなるという事でもある。考えれば考える程脳筋だな、我が王国。
「弱小男爵家へ簡単に言ってくれるじゃない」
「普通ならそうだけれど、アルスが居れば話は違うでしょ?」
「戦力を強化してもこの辺りじゃロメーヌの森くらいしか討伐できる場所が無いわね…。アルス、今はロサイスに居るのよね?」
その通りでございます。
「ならダンジョン戦の訓練って名目なら、貴方が居れば大丈夫かしら」
ロサイスは別の貴族が管理している領地だから男爵家の戦力が理由もなく入ると問題になる。だが表向きは訓練で、本命が許婚の護衛となれば貴族社会ならそれ程問題にならないだろうとの事だ。うーんこの面倒くささよ。
「そうだね。当面は交代でアルスの所で訓練をしつつ、男爵家で出される食事の改善かな?後は…」
「種生産スキル保持者の捜索と雇用ね、こちらは一般人も雇えるからこちらで引き受けるわ」
そんな具合で話がとんとん拍子で纏まっていく。うん、発言する隙が微塵もねえ。
「うん、それで良いと思う。後は…」
「ちゃんと男爵家の当主に話を通す事ね、頑張りなさいアルス」
そんな訳で最後に厄介な仕事を振られることになる俺だった。




