年上の男とは相性が悪い
王立特別高等学園。通称英雄学園は王国の首都、それも王城に隣接する形で建てられていた。ちょっとした開拓村なら丸ごと入ってしまうんじゃないかという広さの建物をフォビオに連れられてのこのこ歩いていけば、通された先は学園長室だった。どうやら相手はこちらの態勢が整う前に仕掛けるつもりのようだった。
「やあ初めまして、英雄の卵君!」
部屋に入るとそんな明るい声とともに両手を広げたナイスミドル…と呼ぶには少し若い男が笑顔で歓迎してきた。ルームプレートが間違っていなければ彼が学園長らしい。
「お招きに応じまして参りました」
返事をしつつ頭を下げる、それに対し返ってきたのは苦笑だった。
「報告書通りにくそ真面目だねえ。まあ楽にしなよ」
言いながら学園長は立ち上がってお茶を入れ始めた。それとなく周囲を探るが、どうやら本当に部下はいないようだ。
「そんなに警戒しなくても平気だよ、そもそも君くらいなら俺一人でどうとでもなるからね」
笑いながら物騒なことを口走る学園長。
「学園長なんてのは実のところ俺をここに置いておくための名誉職みたいなものでね」
王国最強の戦力を王城のそばに常駐させるための役職、それが英雄学園の学園長らしい。なるほどそれでかなり若いのか。俺は小さく息を吐くと勧められるまま応接セットへと座り茶を口にした。うわ、美味いなこれ。
「中々肝も据わっている、流石と言うべきかな?…さて、悪いが俺は回りくどいのは苦手でね、率直に用件を伝えよう。君には英雄候補になってもらう」
あ、勧誘とかじゃなくて決定なんすね。
「拒絶はしない方がいいよ、英雄候補なんてのは社会の鎖に繋がれてなきゃ厄介な魔物と大差ないと言うのが人々の本音だろう。そんなのを目溢しするほど為政者は寛容じゃない」
ですよねぇ。強級の魔物を単独で倒せる人間が勝手気まま振る舞うなら、それはもう魔物何が違うのかという話だ。
「拒否できないのは解りました。ならば最大限利益を引き出したいと考えます」
「それが良いだろうね」
溜息と共に学園長が肩を竦めた、そうして一口お茶を含むと言葉を続ける。
「我々は個として強力ではあるけれど眠りもすれば腹も減る。そして強大な相手を知恵と工夫で打倒するのは人間の得意分野だ」
学園長の言葉に俺は黙って頷く。一日中襲撃や暗殺を警戒しながら生活するなんて現実的じゃないし、狙いが俺だけに絞られるとは限らない。そして仮に撃退するにしても、国が諦めるまで、つまりは相手がこれ以上は耐えられないと判断するまで戦力を削り取る必要が出てくる。どう考えても徳を積める行動ではないだろう。
「それに恐れ怯えられるよりも崇め煽てられる方が気分もいい」
「同感です」
「話が早くて助かるよ。こちらとしての要求は君の英雄候補への登録とパーティーメンバーの従者登録だな。取り敢えず1年、その後は実績に合わせて正式に英雄へ昇格させる」
「英雄になるのは確定なのですか?」
「リビングスタチューを叩き切れる奴を落としたら英雄の半分は肩書を返上しなきゃならんよ」
つまり半分はチート無しにそんな芸当が出来ると。ええい、王国の英雄は化け物か。
「報酬関連は通常の依頼料に加えて国からの補助が入る。それと各種優遇措置は他の英雄候補と同様に受けられるが、これは身分を証明する必要がある、後で身分証を作るからなくさないように。後は…、ああそうだ、君達へ監視を付けさせてもらう事になるな」
「監視ですか?」
「ハンター上がりは国への忠誠心よりも報酬額の方が重要って奴も多くてね。他国の引き抜きなんかがあるんだよ。それに対する保険だな」
「そんなに不義理なつもりはありませんが」
「言いたいことは解るが、全員に付けないとつけられた奴が不満を溜めるだろ?」
まあつけられた時点でお前を信用してないと明言されたのと同義だからな。対して忠誠心が勝っている連中なら監視されていても問題ないから大きなトラブルにはならないのだろう。しかし監視ねえ?
「因みにどんな方でしょう?」
猜疑心の強い奴とかだと俺のスキルを報告されかねないし、そもそも最低限の実力がなければこちらのハンター業に支障も出る。なるだけ実力と人格が伴う人物が嬉しいのだが。
「ああ、そこは問題ない。君のよく知る者だよ」
そう言って学園長が机に据え付けられたボタンのようなものを押すと隣室から音が鳴った。ほどなくして部屋へとつながる扉から見慣れた人物が現れる。
「失礼致します。シア・ハパル英雄候補生、入ります」
式典なんかで見る礼をしながら英雄候補の制服に身を包んだシアちゃんが部屋へと入ってくる。そしてこちらを見てとても良い笑顔を浮かべた。
「とまあ人選はこの通りハパル候補生になる」
監視役が思いっきり身内だった件、それでいいんか?と視線を向けると、学園長は苦笑しつつ言葉を続けた。
「監視役なんてものを付けるんだからな、その人選くらいはちゃんと配慮させてもらうさ。一応誠意を見せているつもりだったりするので出来れば喜んで貰いたいな」
「なんて言っているけど、私が拒否された場合他の候補生を見繕わなきゃいけないのが面倒なだけだよ。尤も私としてもここは頷いて欲しいなぁ」
シアちゃんが上目遣いで仲間になりたそうにこちらを見ている!これ断れる奴とかいるんですかね?
「こちらこそよろしくお願いします。けれど良いのですか?僕たちは当面ロサイスから動く気がありませんが」
「獣人の仲間を故郷に送るために連邦へ向かう予定だと聞いていたが?」
それなんだけどねぇ。
「本人がまだ十分に力を付けていないと固辞していまして」
これに関しては本人の意思を尊重すべきだと言うことで、サリサが納得するまでパーティーに残って貰う事になっている。
「そうなると出国の際に手続きが増える事になると思う。その点は留意しておいてくれ」
「…行くなとは言わないんですね?」
「言っても意味がないからな」
それもそうか、国境を警備している兵士は優秀でも英雄を止められる様な奴は居ないもんな。出さないなんて言ってそれこそ強引に突破されたり、それこそ亡命なんてされれば王国の損失だ。
「後は一応英雄候補になるに当たっての有難いお話をするんだが、まあそれはハパル候補生から聞いてくれ、ハパル候補生、後は任せてしまって構わないな?」
「はい、解りました」
そうシアちゃんが答えると学園長は手をひらひらと振り退出を促す。一礼して扉をくぐり、シアちゃんに先導されつつ通路の曲がり角を曲がったあたりで俺は大きく息を吐いた。いやあ、やってらんね。
「ふふふ、流石に緊張した?」
「ええ、とても。英雄と言うのは何方もあんな化け物なんですか?」
品の良い机にのんびりと座っていた学園長、彼の実力を俺は全く読めなかったのだ。更に言えばそんな相手だと言うのに俺は話している最中、緊張感を維持するのに苦労した。実力が解らない相手だというのに警戒心を抱けなかったからだ。
「あはは、あんな規格外は学園長と2~3人じゃないかな?」
「それでも2~3人は居るんですね…」
やだ、英雄怖い。
「学園長は特別なスキル持ちらしいからねー」
因みにスキルがどんなものなのかは秘密だそうだ。噂話で聞いていた国が秘匿しているレアスキルなんて本当にあったんだな。ご機嫌なシアちゃんに連れられて事務っぽい所へ行けば、あっさりと身分証が発行される。おお、ギルドのカードよりもなんというか高級感が溢れているな。
「無くしちゃ駄目だよ?」
「気を付けます」
鞄へしまい込むと一緒に渡された腕章を身に着ける、制服も支給されるが基本的にはこれで良いらしい。実力が認められたとは言うものの、生え抜きの候補達は同列に扱われるのを嫌がるため、トラブル防止を含む措置らしい。貴族ですら実力主義が横行している割には選民思想の強い連中である。
「後は装備品かな?」
学園内には英雄や候補生限定で利用できる装備品を取り扱う店があるそうだ。料金は取られるものの、一般では入手の難しいエンチャントが施された武具や装飾品を購入出来るようだ。現状武具はアグリーシュに簡単なエンチャントを施してもらっているが、全員分を揃えるとなると時間がかかる。防毒や睡眠抵抗なんかの護符は人数分揃えてしまってもいいかもしれない。そんなあれこれをシアちゃんと相談しつつ物色していたら、あっという間に日が傾いてしまった。いやあ流石の品揃え、資金に余裕が出来たらまた利用したい。恵比須顔で先導してくれるシアちゃんの後をほいほいとついていったら、最後に案内されたのは宿舎だった。
「はい、ここがアルス君の部屋だよ」
「部屋も用意して貰えるんですね」
「従者の人は無理だけどね」
あくまで王都に呼び出された際の宿泊場所と言う事らしい。間取りも気持ち広めのシングルルームと言った感じだ。ベッドも一つしかないから流石にパーティー全員で使うのは無理だろう。荷物を降ろしながらそんな事を考えていたら、入口のドアが閉じた。その音に振り返ると、シアちゃんがとても良い笑顔のまま後ろ手で鍵を閉めていた。え、なにこの既視感。
「…シアちゃん?」
「雑用を片付けるのに手間取っちゃった、でも漸く今日の本題に入れるね」
言いながらシアちゃんは部屋に例の魔法を掛ける。そして勝ち誇った笑みを浮かべつつ、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。そんな姿を見て彼女の口にした‶本題“を察せない程俺は馬鹿ではない。
「待って!ちょっと待って下さい!?」
「なんだとぅ?貴様ー、監視役様の機嫌が取れぬと申すかー?」
「え、いやその」
「んー?出来ないのかなー?いいのかなー?そんな態度だと拗ねちゃうぞー?」
ニヤニヤと笑いながらシアちゃんは更に距離を詰めてきて、俺はベッドへ倒れ込んでしまう。こ、これはすごく、すごく不味い気がします!
「あの、ほら、学園的にも生徒がここまでの交流を致すのは問題になるのでは?」
実力優先とは言っても相当数貴族の子女も在籍しているんだ。流石に婚前交渉はご法度過ぎるだろうと考えて翻意を促すが、シアちゃんはあっけらかんとそれを否定する。
「大丈夫だよ、私達の仲は学園長公認だから」
汚たねえぞ学園長!?囲い込む為にそこまでするか!?
「…ねえアルス、アルスは私とじゃ嫌?」
俺の腹へ馬乗りになりながら、シアちゃんはそんな事を言ってくる。もうさぁ。
「その言い方は狡いですよ」
好きな女にそんなこと言われて拒否出来る雄が居るわけないでしょうが。最後の抵抗とばかりにそう口にしつつ、俺はシアちゃんを抱き寄せた。




