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追放されるのお前かよ

授業が終わりそろそろ正午という時間。教室は太陽が真上に来ているせいで薄暗い。今日も最後まで黙って座っていた彼女はそのままの姿勢で俺の呼びかけに応じる。


「何?」


厳しい表情とは裏腹にその声はとても平淡だった。そんなティアナ嬢に俺はつい余計なお節介を焼いてしまう。


「シスターは嘘を吐いていません」


だからここに居ても貴女の望むような結果は得られない、俺は言外にそう告げる。すると彼女は表情を変えぬまま口を開いた。


「知ってるわ」


そうだよな。余程察しが悪くても、流石に一週間も見ていれば解るだろう。


「でしたら…」


もっと有意義に時間を使うべきでは。そう言いかけた言葉は最後まで俺の口から出ることは無かった。それよりも先にティアナ嬢が俺を見たからだ。淡いアメジスト色の瞳がまっすぐに俺を見つめる。相変わらず表情は険しいがそれもまた綺麗だと思えてしまう。美少女って得だな。なんて不謹慎な事を考えていたら、彼女の口角が持ち上がる。


「貴方が言いたいことはこうでしょう?ここに居ても時間の無駄、こんな嫌がらせをしているくらいならとっとと魔物でも討伐して実績でも作ったらどうか、でしょう?」


彼女の言葉に俺は頷く。どう取り繕おうと、俺の言いたい本質は彼女の言葉通りだったからだ。


「ティアナ様の年齢なら、実績が伴えば来年度の英雄候補に選ばれる事だって十分あり得るのではないですか?」


そんな彼女もとっくに気付いているであろう事を敢えて口にする。彼女の言葉になんとなく罪悪感を感じたからだ。だって俺は、理屈を並べ立てて彼女をここから追い出そうとしている。


「そうね、お抱えの冒険者とパーティーを組んで実績を積めば、もしかしたら英雄候補になれるかもしれないわね。貴方、私のスキルは知っているかしら?」


「いえ」


「魔力量増加、もう中級魔法を行使可能な量なのよ?凄いでしょ」


中級というのは集団戦闘で十分有効な能力を持っている魔法の事だ。その為実戦魔法なんて呼ばれることもある。その分魔力の消費は激しくなるから、大人でも使える者の方が少ない。俺達の年齢でそれだけの魔力量となれば、成人すれば更に上の上級や特級を使えるようになるかもしれない。ん?ちょっとまて。


「中級魔法が使える魔力量、ですか?」


そう聞き返せば彼女は自嘲気味に笑った。


「流石に気が付いた?そう、魔力量はあるけれど使えるのは初級が精一杯。特に火系は壊滅よ、トーチすら使えないもの」


トーチとは初級よりも更に下位の初歩とされる火の魔法だ。その名のごとく指先に小さな火が灯る魔法なのだが、はっきり言ってこれは子供が安全に魔法を覚える為にある魔法なのだ。これが使えないとなると正直魔法の才能が無いと言うべきだろう。


「お笑いよね?このスキルを授かった時、家族は皆喜んだの。お前は男爵家の誇りだなんて」


そこで遂に我慢の限界が来たのだろう。彼女は机に突っ伏すと諦観の籠もった声音で続ける。


「今年弟がスキルを授かったの。“斬撃強化”だったわ、それを聞いてお父様がなんて言ったと思う?」


攻撃スキルの中で“斬撃強化”は割と平凡なスキルだ。前衛なんて呼ばれる職業に就いて言いる人間の半数以上がこのスキルだと言われるくらいにはありふれているとも言える。魔力量増加に比べたら希少価値は遙かに劣る。


「平凡だろうと出来損ないよりはずっと良いですって。出来損ないに使わせる部屋も無いと言っていたわ。追い出されない条件はね、1ヶ月以内に中級魔法を使えるようになる事よ」


英雄候補になった神童は中級魔法が使えた、ならばお前も同等の力量を示せ。それが男爵様の言葉だったらしい。聞けば聞くほど嫌な汗が背中を伝う。我が儘令嬢だと思ったら悲劇の追放令嬢だったでござる。しかも原因の一端は俺ときたもんだ。


「因みに、達成出来なかったら?」


「良くて修道院に放り込まれるか、悪ければそのまま追い出されるわね」


何でもそうした訳ありを受け入れる代わりに多額の献金を受けている自称修道院があるらしい。大抵は見目麗しい元貴族子弟をそういう悪趣味に利用するための施設なのだそうだ。


「弄ばれて死ぬか、野垂れ死ぬか。だからシスターバレッタは私の最後の希望だったの」


重い重い重い!なんなの?俺の周りに来る女の子はなんでこんなんばっかなの?幾ら美少女でも胃もたれ必至だわ!一頻り神様をそう罵ったところで俺の紫色の脳細胞が唐突に閃いた。


(ん?待てよ?)


死の淵にあった幼なじみ、追放されそうな男爵令嬢。まるで登場人物のテンプレのような彼女達は本当に偶然俺の前に現れたのだろうか?


「完全に理解したわ」


「なんですって?」


点と点が繋がった瞬間、思わずそう呟いてしまう。そう、この出会いは偶然なんかじゃない。仕組まれた出会いなのだ、それも神様による仕込みである。つまり俺という物語を彩るヒロインとして彼女達は遣わされたに違いない。その証拠に彼女達の問題はどれも俺のスキルで解決出来るものばかりじゃないか。


「いえ、こちらの話です」


問題はどう種を食わせるかだ。ティアナ嬢は男爵令嬢、貴族である。それも追放一歩手前だから家の中での立場は弱いと思っていい。そんな彼女にシアちゃんと同じように全てを打ち明けてしまえばどうなるか?男爵様は当然娘が急に成長した原因を探るはずだ。その時ティアナ嬢は俺を庇うだろうか?うろ覚えだが男爵という爵位は貴族の中では下の方だった気がする。俺の力を利用すれば容易に戦力を強化出来る事くらい直ぐに気付くだろうし、そうすれば最強の軍団を生み出す事も夢じゃ無い。そしてそれを男爵家が抱えたなら、その影響力は絶大な物になるだろう。貴族が個々の繋がりよりも家を重視するのは使えないティアナ嬢を追放しようとしている点からも明白だ。その価値観の中で生きてきた彼女も同様であると考えた方が良い。これは難問だな。


「はぁ、吐き出したら少し気が晴れたわ」


そう言って彼女は体を伸ばすと席を立つ。


「期限はいつなのですか?」


「言ったでしょ、一ヶ月以内。今月の終わりまでよ」


彼女は俺への興味を失ったように振り返ることも無く部屋を出て行く。さてどうしたもんかね?





なんて悩んでみたものの結局冴えた答えなんてものは思いつかなかった。おかしいなぁ、俺もシアちゃんと同じだけ賢さの種食った筈なんだけど。そんな訳でまた俺は神様のせいにする事にした。授業終わりに渡しているクッキーに普段よりも賢さの種をたっぷり混ぜてティアナ嬢に食わせようという作戦である。神父様の胃がまた痛くなってしまうかもしれないが、コラテラルダメージと目をつぶることにする。ゴメンネ神父様、大きくなったら恩返しするから許して欲しい。


「どうぞ」


「なによ突然?」


俺が差し出したクッキーを訝しげに眺めるティアナ嬢。うむ、唐突すぎたか。


「要らないですか?」


「知らない人から食べ物を貰うななんて常識じゃないかしら?」


それもそうだな。


「大変失礼しました。僕はアルスと言います、この街で平凡に暮らしている只の子供ですね」


そう自己紹介をして再度クッキーを差し出す。それを見てティアナ嬢は変な物を見る目でこちらを見た。


「?」


「いや、なに解らないって顔してるのよ?」


「え?名乗りましたからもう知らない人じゃないですよね?」


だからさあ、このクッキーを食らうのだ。


「貴方って頭が良さそうに見えたけれど、馬鹿なのかしら?」


「まあそう言わず聞いて下さい。このクッキーは特別なクッキーなんです」


ドヤ顔でそう言ってやると、ティアナ嬢は益々胡散臭い者を見る目になった。だがその程度で引くようなメンタルはしていない。俺は適当に思いついた言い訳を語ってみせる。


「これはシスターが学問の神であらせられるラワガース神に祈りながら作った有り難いクッキーなのです。これを食べるようになって以来子供が賢くなったとご近所でも評判ですよ」


「それで賢くなれるなら世の中天才だらけになってるわよ」


そら真っ赤な嘘だからな。でもさぁ。


「なら諦めて死にますか?」


そう聞いてやれば彼女は露骨に顔を顰めた。そらそうだ、死にたくないからこんな所で必死に考えているのだから。


「気分転換ですよ、疲れているときは甘いものです。案外そういうちょっとしたことで道が開けるかもですよ?」


ティアナ嬢は暫し悩んだ素振りをしていたが、結局クッキーを受け取った。さて、後は上手く釘を刺すだけだ。と言ってもそれはもう少し後になるだろう。多分彼女の適性は俺と同じで肉体系である。今日渡した分では多分魔力の流れなんかを理解するまでには至れない筈だ。彼女はシアちゃんと違うから恩とかで口止めは難しい。だから解りやすい契約をする必要がある。


「それじゃあ失礼しますね」


打算を悟られぬように、俺は笑顔でそう言うと教室を後にした。

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[一言] これ呪文書のような種も作れるのでは? それこそ『ステータスオープン(自分しか見えない)ができるようになる種』とかさ。 あとは『食べれば魔力回復するミニトマトのような実を1日5個つける植物の…
[気になる点] なんでも作れるならそれこそ超能力の種とか作れそう。
[良い点] 先ず隗より始めよと言いますし、最初は男爵令嬢と言うことで随分控えめだなと思いまして、作者様の謙虚さを感じさせますね!
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