悪い奴らは天使の笑顔で寄ってくる
「良いじゃねぇか!」
空気を突き破る音と共に突き出されたカシュの槍がリビングスタチューの核を貫いた。うむ、リビングスタチュー討伐も大分安定してきたな。
「さて、じゃあ回収といきましょう」
あの一件以降も相変わらず15階の階層主はこのリビングスタチューである。勿論あの巫山戯た性能のものではなく、一般的なやつだ。腰に付けた小さいポーチを取り外し、俺はリビングスタチューの死骸である砂の山へ向ける。
「“飲み込め”」
俺の言葉に反応した小型版魔法の鞄が砂を吸い込む。倒すのは面倒臭いがリビングスタチューの砂は付与魔法の触媒や耐魔煉瓦など需要は幅広い。その上持ち帰るのが大変なので中々良い買い取り価格をしている。
「じゃ、カーマ」
「うっす」
気合いを入れたカーマの背嚢に吸い込み終えた鞄を載せた。小さめのサイドポーチくらいの大きさだが、これだけで100キロ近い重さになる。カーマは少し呻き声を上げつつもしっかりとした姿勢で重さに耐えた。その間も俺は別の鞄で砂を吸い込ませる。
「こんなものですかね」
凡そ半分程吸い取った所で砂山がダンジョンと同化を始めた。いつ見ても不自然な現象で、ここが俺達の理外にある場所なのだと痛感する。
「今日はこんな所か?」
「そうですね」
槍で肩を叩きながら聞いてくるカシュにそう返事をする。深層の攻略は一応開放されているのだが、スタンピード直後と言う事でギルドから許可の出たパーティー以外立ち入りが許可されていない。ただ今後は探索の条件が緩和されるらしい、なんでも積極的に魔物を狩る事でスタンピードを防ごうという方針だそうだ。…正直このままだと上手くいきそうに無いけどな。
「しかし本当に強くなるもんなんだなぁ」
食生活を変更して1週間、カーマやカシュ達は目に見えて力や体力が向上している。まあ種で強化している上に訓練までしているのだから当然の結果だ。因みに事が露見しないように賢さの種は食べさせていないから、俺達に比べると少し力任せな動きになっているし魔法も使えるようになっていない。
「装備の質が向上したのも大きいでしょう」
教会から宿舎を借りた事で嬉しい誤算があった、それが教会の利用している工房がそのまま残されていた事である。流石に最新とはいかないが十分第一線で利用されているものと遜色ないそれを占領したアグリーシュに、折角だからと手当たり次第装備の製作を頼んだのだ。無論英雄や軍の精鋭が使用している物には及ばないが、それでも正規軍並の装備に更新出来たのは大きい。
「それもあるな。装備の善し悪しに拘るなんて三流のやることだと思ってたが大間違いだったぜ」
以前の世界にもそんなニュアンスの諺があったが大間違いだ。確かに一流ともなれば粗悪な装備でもそこそこの成果は出せてしまうが、彼等が能力を出し切るにはやはりそれに応えられる装備が必要なのである。
「しかし本当に大したもんだ、まさか槍で奴を狩れる日がこんなに早く来るとはな!」
興奮を隠せない声音でカシュがそう続けた。まあそれはそうだろう、彼等はリビングスタチューを攻略出来ずに下層で燻っていたのだから。
「水を差すのは心苦しいですが、今の僕達は奴特化の編成ですから」
「解ってるって、でも喜ぶくらいは良いだろう?」
武器は硬質化一点強化の上に消耗前提の使い捨てだし、防具も衝撃緩和と動きやすさを重視して軽装だ。それも全員が役割を完全に分担しての戦闘である。それこそ階層主の間でリビングスタチューを倒す為だけの編成に近い。だがまあ魔法職を組み込まずに奴を安定して狩れるのはこのロサイスでも俺達だけだろう。正にチート主人公に相応しい振る舞いだ。
「今日も稼いだな」
ギルド会館に戻ると早速いつもの倉庫へと通され、そこで待っていた偉そうなおっさんこと支店長が嬉しそうにそう声を掛けてきた。買い取り価格が良いと言う事は、つまりギルドもこれで儲けていると言う事である。
「こんにちは、支店長。状況はどうでしょう?」
鞄から木箱へリビングスタチューの砂を移しつつそう尋ねると、支店長は顎髭を扱きながら難しい顔になった。
「正直に言うとあまり探索が進んでいないな。潜っているパーティーも慎重になっているんだろう」
「成る程」
スタンピードの後だからそういうのもあるだろう。けれど探索が進んでいないのはそれだけじゃないだろう。何せ安全が確認されるまでは許可されたパーティーで深層を独占出来るのだ、口裏を合わせて極力調査時間を延ばしていてもおかしくない。とは思うがそれを指摘しても俺達に良い事は無いだろう。最悪ダンジョン内でモンスター以外に襲撃されるかもしれない、人の恨みとはモンスターより怖いのだ。
「リビングスタチューを安定して狩れるお前さん達なら特例で任せても良いと俺は思うんだが」
調査に選ばれているパーティーは実績があり、かつパーティーに魔法職を加えているのが条件だ。まあ魔法使いの有無はパーティーの戦闘力を大きく引き上げるから理解出来る話だ。対して俺達はと言えば全員見事に物理職、ちょっとパーティービルド間違ってませんかと言いたいだろうが、そもそもハンターとして使い物になる魔法使いが希少なのだ。実際ロサイスで魔法使いを抱えているパーティーはギルドから駐留報酬を貰ってここに留まっていたりする。
「気長に待たせて頂きます。無理はしたくありませんから」
こちらの準備も終わっていないしな。買い取り交渉を手早く済ませると、俺達は拠点へ戻る。鉄格子製の門まで来ると、庭の方から木がぶつかり合う音が聞こえてきた。
「やっていますね」
「お帰りなさい、ご主人」
声を掛けると訓練用の槍を振るっていた獣人奴隷達がこちらを見てそう返事をした。雑務に加えて戦闘訓練をさせているが、今の所彼等は真面目に取り組んでいる。まあ奴隷契約のせいで主人に危害を加えようとすると問答無用で死ぬし、周囲に危害を加えたら主人が命じて殺す事も出来るから基本的に奴隷は従順だ。だがやる気を持って働いてくれるかと言えば別問題である。
「言いつけ通りにやっていましたか?」
「はい」
訓練中怪我や問題が起きないように見て貰っていた女奴隷のアナンタに確認をとると彼女も素直に頷いた。うむ、重畳重畳。
「では体を拭いたら食堂へ、おやつにしましょう」
運動をしたらその分の栄養を取らせる、筋トレの基本である。特に彼等は元々が奴隷なので余分なものが付いていないどころか割と足りていないので1日5回食事を取らせている。
「お、美味いなこれ」
「結構簡単ですよ、コツは砂糖とバターをケチらない事ですね」
「成る程なぁ」
砕いたナッツと偽って各種強化の種を練り込んだクッキーを配る。結構甘めの味付けだが全員喜んで食べている所を見るに成功らしい。
「どうです、体に違和感はありませんか?」
男性奴隷のまとめ役にしている中年獣人のアリコさんにそう尋ねると慌てた様子でクッキーを飲み込み口を開く。
「はい、問題ありません。寧ろ調子が良いくらいです」
まあそうだろうね、普通に栄養を考慮した食事も十分取らせているし、何より種もしっかり食べさせている。見た感じこちらへ反抗する気もなさそうだ。うん、これなら今後の予定について話しても平気だろう。
「順調なようですので今後もう少し奴隷を買い足します。そちらの訓練も済んだら貴方達には交代でダンジョンに潜って貰おうと考えています」
俺の言葉に男性奴隷陣が表情を強ばらせる。うむ、だがその反応は想定の範囲内だ。
「まあ聞いて下さい。別に僕達と一緒に下層や深層に挑めと言っているんじゃないんです」
あくまで安全な範囲で、それを強調しつつ彼等に現状を話して聞かせる。
「下層や深層の素材もですが、上層や中層の素材だってかなりの需要があります。それに対して十分な供給が出来るハンターは多くありません」
勿論そんなのは建前だ。俺の本当の目的は人類側戦力の増強、だがその為にはまだまだ金も地位も必要だ。一個人の圧倒的暴力で解決する様な問題なら世界が20年後に滅びるなんて有り得ないのだから。
「勿論安全第一です。狩場は貴方達の実力に合わせて選んで下さい。訓練を続けていけば問題無いとは思いますが」
その点において奴隷パーティーの量産は都合が良い。契約で行動を縛れるし、何より俺が奴隷を多く買ってもそれ目的だと思わせる事が出来る。後は秘密裏に国家権力でも容易に手を出せない戦力を整えてしまえば完璧だ。彼等はその第一号と言う訳だ。まあ、後戻り出来ん所までは教えないけどね。
「これは貴方達にとっても悪い話ではありません。ハンターとして経験を積めば解放されても手に職が残るでしょう?」
俺の言葉に奴隷組が目を大きく見開いて手を止める。犯罪奴隷を除けば基本的に奴隷は自らを買い戻す事が出来る。とは言えそれは制度上出来ると言うだけで実際には殆ど起きない状況だ。何しろごく一部の技能奴隷以外は給金が発生しないからである。つまり鉱山奴隷になってしまったり、ハンターに買われた時点で解放されるなんて未来は閉ざされたも同義なのだ。
「当然それは簡単な道ではありません。僕は慈善家ではありませんから、しっかりと利益を上げさせて貰います。…ですが、労働に見合った報酬は支払われて然るべきだとも考えています」
神妙な顔でこちらを見ている奴隷達に胡散臭い笑顔で最後の一押しを口にする。
「どうでしょう、折角なら今からでも自分の人生を手に入れて見ませんか?」




