やっぱり駄目だったよ
部屋は相変わらず薄暗く時折呻き声が聞こえてくる。けれど前回の様に直ぐにヤバそうなのは居ない、獣人よりも多少扱いが良いようだ。
「どうぞ」
勧められるまま椅子に座ると奴隷商人は何人かの奴隷に声を掛ける。最初に目の前に立ったのは4人で全員女性、大体バレッタと同じかそれより少し年上だろうか?血色が悪いし肌も汚れていて良く解らん。
「では右端から」
そう奴隷商人が言うと端の奴隷が口を開く。
「ゼイラです。家事が出来ます、縫い物が得意です」
「ケールです。家事が出来ます、以前の奉公先では主に料理を作っていました」
「ルプシナです。家事が出来ます、同じく料理が得意です。酒場に奉公していました」
「アナンタです。家事が出来ます、鉱山で家事奴隷をしていました」
「女性ばかりですね?」
「家事をしていたとなりますと、どうしても」
男の奴隷は優先して肉体労働に回されてしまうので、必然炊事や洗濯といった作業は女性に回されるらしい。なのでそっちに慣れた奴隷となるとどうしても偏るとのことだった。因みに全員購入しても予定していた予算の半分程度、傷病奴隷がどれだけ価値がないと見なされているか実に解りやすい。
「外傷が少ないね?」
アグリーシュの指摘に奴隷商人は苦笑すると頷いて奴隷達に答えさせる。まあつまるところ彼女達の内3人は病気持ちと言う事だった。更に不運だったのは前の主人が奴隷を雑に扱う奴だったそうで、病気になったらあっさり売り払われてしまったのだという。まあそこにつけ込んで安く買い叩こうと考えている俺も似たようなものだが。
「うーん、男の奴隷がいいねぇ」
「男で家事が出来るとなりますと傷病奴隷でご用意するのは難しいですね」
しかしアグリーシュの言う通りでもある。魔法による補助があってもこの世界の家事は重労働だ。ん?待てよ?
「因みに傷病奴隷の男性はどの様な方が多いのですか?」
「大半が鉱山奴隷ですね、運悪く崩落に巻き込まれた者や大半は鉱山病です」
鉱山病と言うのは所謂粉塵によるじん肺の事だ。軽症の内なら簡単に治療出来るのだが、環境が環境である。直ぐに再発するから大抵はギリギリまで使って弱ってきたら売り払うというのが一般的らしい。これは閃いたかもしれん。
「どうでしょう、そちらの4人を全て買い取ります。そのオマケで男の傷病奴隷を何人か付けて貰えませんか?」
「ふむ?」
「付けて頂いた1人につき2人、傷病奴隷を治療させて頂きます。勿論症状の重さにかかわらずです」
傷病奴隷の使い道なんて限定されているし買い手だって少ない。だからここで無償で治せるなら商人にとっても悪い話じゃないはずだ。
「魅力的なご提案ですが、我が商館にそこまで多くの傷病奴隷はおりません」
待て、コイツ一体何人付けるつもりだ?だが言った以上このアルス引きはせぬ!
「ではこうしましょう。1人につき2人、今後仕入れる奴隷についても治療させて頂きます」
「ほう!ですがアルス様はハンター、自由の身です。契約を交わしても明日にはこの街を発っている可能性もございましょう?」
そんな不義理はするつもりは無い…と言っても何も保証出来るものは無いんだよな。ぐぬぬ、手強い。
「アルス、残念だが諦めよう」
どう交渉しようか悩んでいるとアグリーシュが溜息交じりに口を開いた。そして極めて残念そうに続ける。
「ここ以外にも奴隷を扱っている商館はある。取り敢えずそっちにも聞いてみようじゃないか」
「お言葉ですが、他所では当館程の質は望めませんよ?」
「なぁに多少の質は数で誤魔化せるさ。何せアルスは慈悲深いからねぇ、でなければ傷病奴隷を態々選ばないよ」
いや、安く仕入れたいだけなんですけど?奴隷商人は暫し顎に手を当てて黙考すると、変わらぬ笑顔で俺に告げてくる。
「1人につき3人では如何でしょう?それに先程の条件を付けて頂けるならお受けします」
アグリーシュの方を見れば彼女は肩を竦めてみせる。決断は俺がしろって事ね。
「解りました、その条件でお願いします」
「畏まりました、ではこちらへ」
そうして俺達は初めて訪れた際に通された部屋へと案内される。傷病奴隷も程度によって分けられているんだろう、こっちは先程より酷い状態の者が多かった。
「この部屋の4人をお付け致します」
見る限り全員獣人、年齢は結構高そうだが体つきはかなり大きい。うん、力仕事には向いていそうだな。
「ええ、早速治してしまっても?」
「構いませんよ」
種のおかげで今ならそれ程集中しなくても中級回復魔法も扱える。俺は一番怪我が酷い者から順に回復させていった。困惑した表情の獣人達は呼ばれてやって来た丁稚さん達に連れられて部屋の外へと出される。引渡し用に多少身なりを整えてくれるらしい。
「ではこちらの契約書にサインを」
奴隷がいない場所で契約というのはどうなんだと思ったが、そもそも奴隷は物であって人じゃない扱いだ。この契約も商人からちゃんと買いましたという証書に近い。人権団体とかが居れば発狂しそうだが、残念ながら頭中世なこの世界にそんなものは存在しない。内心その状況に引きながらも俺は契約書に粛々とサインを書き込んだ。
「はい、確認致しました」
にこやかにそう言って契約書をバインダーへと閉じる奴隷商人に料金分の金貨を支払う。受け取った彼は確認もせずにそれを懐へとしまい込んだ。
「それでは早速ですが治療をお願いします」
促されて連れて行かれた部屋はこれまでと違いかなり整えられていて、中に居た奴隷達は全員飛び切りの美人さんだった。
「見ての通りの状態でして」
なんでもド変態な金持ちの倒錯した遊びに付き合わされたとかなんとか。それで皆さん死んだ魚みたいな目をしてるんですね?
「治すのは吝かではありませんが、繰り返し治せなんて言わないですよね?」
壊されて治されての繰り返しとか地獄過ぎる。そんなのの片棒をかつぐのは御免だぞ?
「とんでもありません。その様な品の無い扱いは断じて致しませんのでご安心を」
そう言われてしまえば信じるしか無い訳で。まあギルド指定の店だし、最悪は何とかしてしまおう。…いかんな、考え方がティアナに似てきた気がする。
「では」
納得した事にして俺は治療を始める。結構状態の酷い人も居たので終わった頃には大分魔力を消費していた。…この調子だと伝えといた方がいいな。
「今日くらいの状態ですと1日に治せるのは4人という所ですね、それ以上は難しいです」
「承知しました、頭に留めておきます」
こうして俺は晴れて奴隷8人の所有者になったのだった。…いや多くね?
「多いデスね!?」
「お前って案外馬鹿なのか?」
「安かったから…」
奴隷をぞろぞろ引き連れて帰ったら案の定突っ込まれた。いや待て、これも深謀遠慮の結果なのだ。
「今後活動を続けていくのに、いずれはパーティーを複数に分けるのも良いかと思うんです。彼等にはその戦力になって貰おうかと」
現状は俺達白刃のメンバー5人にカシュとモンドさん――カシュパーティーの弓兵さんだ――が加わった7人、そこからダミアが一時的に抜けて6人である。
「今更奴隷を使うのか?」
奴隷をパーティーに組み込むのは大抵が仲間を確保出来なかったハンターが苦肉の策で取るものと考えられている。そもそもダンジョンで役に立つ実力がある人間はそうそう奴隷にならないし、強制的に参加させられる都合上モチベーションも低い。なのである程度実力があればそもそも奴隷を使う事自体を恥じる風潮もあるようだ。けどそんな常識は転生者である俺には通用しない。
「基礎を鍛えれば戦闘スキルが無くても十分戦力になるのは僕で証明済みです。それに言いたくありませんが奴隷なら逃げられません」
主人を見捨てて逃げた奴隷なんて誰も買わないし、そんな奴隷を養ってくれる奴も居ない。対してハンターの仲間はどうかと言えば、カシュのパーティーがそれを証明している。
「今僕達はそれなりに勢いがあります。この状況で声を掛けてくるハンターはそのお零れに預かりたい人が殆どでしょう。そうした人を鍛えるより確実に手元に残る人間を育てる方が堅実です」
どうせ種で強化するなら囲える方がいい。
「どちらにせよ先の話です。当面は今のまま、彼等には家事の補助をして貰う予定です」
笑顔でそう宣言すると、皆は何処か諦めた表情で納得してくれた。さて、本格的に動きだそう。




