予想外のことは起こるもの
長らく放置してしまい申し訳ありません。
「じゃあこれはダミアさんに」
状況が解決したことは早急に報告しなければならない。ついでに俺の事も伝えると言う事でシアちゃん達は王都に戻っていった。報酬であるユニコーンの角を貰った際に意味深な笑顔を向けられたので取り敢えず笑い返してお茶を濁しておいたが、アレで良かっただろうか?なんかバレッタが青い顔をしていた気がするし。
「旦那、その、あたしら…」
俺達と行動して自分が一端の戦力になったからだろうか?手渡されたユニコーンの角を見ながらダミアは言いよどむ。どうやら自分が何もしていないのに報酬を受け取る事に罪悪感を抱いているようだ。正直に言わせて貰えば最初に頼まれた内容だって大差ない条件だったと思うんだけど。
「良いから受け取って下さい。僕への負い目を気にするよりも、ダミアさんには先にしなければならない事があるでしょう?」
そうでなきゃいくらランクが上といってもガキに頭を下げるなんて中々出来ることじゃない。俺がそう告げるとダミアは一度目を見開いた後、真剣な表情で頷くと受け取ったユニコーンの角をしっかりと懐へとしまい込む。その様子を見ていたカーマが俺へ向けって口を開いた。
「なあ、アルスさん」
「はい、何でしょう?」
「ユニコーンの角を貰ったって事は、契約終了って事になるよな?」
うん?まあそうなるかな?本当は二人が深層に潜れるようになるまで面倒を見るつもりだったんだが、ちょっと状況がこんがらがっているからな。あの個体を討伐したことで一応ダンジョンの安全は確保された事になるらしい、と言っても暫く最下層の探索は国とギルドが許可を出した冒険者しか行えないとの布告が出ている。それに彼等の意志もあるだろう、今回みたいなイレギュラーに遭遇すれば腰が引けてしまっても不思議じゃないし、少なくとも普通の中層までは熟せるのだから、今のような状況にでもならない限り自分達でユニコーンの角を取りに行く必要も無いだろうからだ。
「そうですね、一応臨時パーティーはこれで解散でしょうか?」
俺がそう言うとカーマは真剣な表情で口を開く。
「ならお願いだ。改めて私をパーティーに入れて欲しい」
なんですと?俺が驚いたのを何か勘違いしたのかカーマは慌てて言葉を続ける。
「勿論一人前として扱ってくれなんて言わない!でもアルスさん達と一緒にいると自分が成長してるって実感できるんだ!私はもっと強くなって皆の役に立ちたいんだ!」
真面目か、真面目だったわ。まあそりゃ成長を実感できるでしょうよ、文字通り成長してるんだもの。問題は彼女とはあくまで行きずりの関係だと言う事である。本人の意志で付いてきてくれているバレッタや拾ってしまったサリサと違い、彼女とは依頼上の仲間というだけだ。はっきり言って秘密を打ち明ける気は無いし、彼女も言葉通り目的は力を付けることであって、それに対する最適解が俺達と行動を共にするというだけだ。それに俺は英雄候補に目を付けられた。つまり国の意向次第では最前線に連れて行かれる可能性だってあるんだ。パーティーに組み込んでしまったら彼女も強制的に参加させられるかもしれない。それは対価として重すぎる様に思える。
「ンー」
俺が返答に窮していると、横で可愛らしく首を傾げながらバレッタが指を頬に当て口を開いた。
「良いんじゃないデスカ?前衛ガ増えれバ探索はモット安定しまス」
「いや、しかし…」
「優秀ナ仲間は増やしておく方ガ賢い選択デスよ、アルス。特ニ恩を感じテ居る人なら最高デス」
バレッタは近くに寄ってきて小声でそう話す。
「力を使っタ相手を全て懐ニ入れる必要なんてありませんヨ?」
「…すみません、カーマ。少し相談しますので時間を頂けますか?」
俺はそう言うとバレッタを連れて自室へと移動する。サリサにも視線を送ったが、彼女は小さく欠伸をして我関せずといった様子だったので諦めてバレッタと二人きりで相談を始めた。
「彼女に秘密を打ち明けるつもりはありません。そうなると彼女が僕達と行動するのは危険なだけです。しかも僕は国から目を付けられ始めている。だとしたら彼女の望みに対して対価が重すぎる様に思えます」
そう自分の考えを口に出すとバレッタは苦笑しながら答えた。
「アルス、溺れていル犬の明日を心配するナラ、先ず川カラ拾わないトでスヨ」
「言いたい事は解りますよ?けれど助けたらこの先、彼女にもっと大きな不幸が降りかかるかもしれない」
考え無しに行動した結果を俺はもう知っている。普通の人として生を終える筈だったシアちゃんを、俺は英雄なんてものにしてしまったのだ。じゃあ力を与えない?それこそこの先俺達に付いてくるなら確実に命を落とすだろう。ならここで突き放す方がずっとお互いにとって幸せな結末というやつじゃないだろうか?
「ンー、チョット聞きたいデスが、明日ワタシがダンジョンで致命傷を負ったラ、アルスは見捨てマスか?」
は?いきなりなんだ?
「当然助けますよ」
「デモアルスと一緒に居るナラ、また何処かでそういう目に遭いマスね?多分、それも何度モ。それっテとっても不幸な事デショウ?」
「いや、けれどバレッタは僕の力を知っていて、それでも付いてくるって決めたから」
「関係ありまセンねー。ダッテアルスは、この先モット不幸ニなるなラここで別れタ方が良いんでショウ?」
「……」
「シアちゃんを助けタ事、後悔してマスか?」
「それはっ、…はい、軽率な行いだったと思っています」
本心を見透かす言葉に一瞬異を唱えかけるが、そうしたいと思うこと自体が肯定なのだと思えた俺は素直に頷いた。俺がもっと上手くやれていれば、彼女はあんな重荷を背負わなくて良かったのだから。けれどバレッタの意見は違うらしい。
「ウン、最初かラアルスは間違えてマス。シアちゃんガ泣けルのも悲しめルのモ、アルスが助けタからでしょウ?」
「はい、僕が助けてしまったからシアちゃんは泣いたり悲しまなきゃいけなくなりました」
「ソコが間違いでス。アルス、死は救いジャありませン。終わりでス」
真剣な表情でバレッタが言葉を続ける。
「死は誰ニでも訪れまス、そして今日よリ明日が幸せであるルなんて保証ハ誰も出来ませン。生きテみなければ解らなイのでス。アルスは不幸になルかもしれないかラ、明日なんテ要りませんカ?」
近付いてきたバレッタが、強く俺を抱きしめた。
「カーマちゃんモそうでス。アルスは自分ニ関わるト不幸ニなると言いましタね?では、貴方と共に行かなけれバ、カーマちゃんは不幸ニなりマセンか?」
「…それは」
解らないとしか答えようのない質問だ。否、俺と来ると不幸になるという悲観的推測に則れば、彼女はこのまま別れても不幸になるだろう。誰かの役に立ちたいと思うような真面目な彼女の事だ、多少力を付けてしまった今なら皆のためになんて無茶な冒険をするのは目に見えている。
「貴方が貴方を間違っていルと言うのなラ、ワタシが言ってあげましょウ。アルス、貴方は間違ってなんかいないデス。だって私達ハ、シアちゃんが生きていてくれテ幸せなんですカラ」
強く抱きしめられながらそう言われ俺は強い衝撃を受けた。いや、この場合蒙が開けたとでも言うべきだろうか?俺は物分かりの良いふりをして随分と世に拗ねてしまっていた様だ。しかし俺は思いだした、自らがチート主人公である事を!…決してバレッタの豊満な感触に籠絡された訳では無い、無いのである。
「…そうですね、シアちゃんの事とか辺境の事が続いて少し臆病になっていたみたいです。有り難うバレッタ、もう大丈夫です」
「ジャア、決まりデスね?」
「ええ、カーマさんをパーティーに入れましょう。と言ってもロサイス限定になりますが」
既に移動拒否を表明しているアグリーシュも居るし、ダミアが戻って来た時にカーマが合流出来ないのも問題だ。それに俺達も国から呼び出しが掛かるまでここに足止めだから案外丁度良いと思う。そう結論付けて部屋を出ると、それなりに時間が掛かったせいか不安気な表情でカーマがこちらを見てきた。
「お待たせしました。カーマさん、貴方をパーティーに迎えます、と言ってもロサイスに居る間限定ですが」
「それはっ」
「まあ聞いて下さい」
そう彼女の反論を制しつつ考えていた事を説明する。俺が話し終える頃には完全とは言わないがそれでもカーマの顔には納得の表情が浮かんでいた。
「妥当な話だと思うねぇ。そもそもカーマ君の目的は彼と冒険をする事じゃないんだろう?ならある程度妥協はすべきだよ」
コーヒー色をした砂糖の飽和水溶液を飲みながらアグリーシュがそう横から口を出してくる。利害関係優先の繋がりである彼女らしい発言だ。尤も邪推をすれば、ここでカーマを引き留めればパーティーとしてダンジョン産の材料を調達出来るからというのもありそうだ。
「ああ、そうだアルス君。折角だから例の槍のなんたら達も仲間に引き入れてはどうかな?聞けば彼等のパーティーは壊滅状態だそうだし、今から新入りを入れるよりもウチに合流した方が合理的だと思わないかい?」
徹頭徹尾自己中心的な提案をしてくるアグリーシュに少し引くが、その提案自体は悪くない。
「そうですね、明日辺り声を掛けてみましょうか」
「何から何まで、ありがとございます旦那!このご恩、い、一生忘れまぜん」
そう話していると感極まった声音でダミアが床に膝を突き男泣きを始めてしまう。こうしてロサイスのスタンンピードは一先ずの収束を迎えたのだった。




