英雄候補様が見てる
大変遅くなりまして申し訳ありません。
「やるじゃねえかアルス!」
「ええ本当に。想定以上でした」
テンション高くライナスがエールのジョッキを片手に俺の背中を叩き、その隣でコップに注がれた葡萄酒を舐めるように飲みながらフォビオが頷いた。
「タイミングの問題でしたよ。そもそもライナスさんの拘束と、シアちゃんとフォビオさんの上級魔法が直撃していなければコアを狙うなんて芸当も出来ませんでしたし」
果実水の入ったコップを零さないようにしながらそう言い返す。事実動きが極端に制限されていたから飛び乗って悠長に弱点を狙うなんて芸当は無理だったし、そもそも想定よりもリビングスタチューが硬すぎたから単独討伐なんて絶対に不可能だ。なのでこう言っておけば酔いも手伝ってはぐらかせるかと思ったが、流石にそこまで間抜けではなかった。
「そりゃ全くもってその通りだがよ?問題はそこじゃねえだろ」
「リビングスタチューを切ったあの技、あれは魔法でしょうか?中級のキーンエッジに似ていたように見受けましたが」
似ているも何もありゃキーンエッジそのものだからな。
「勘弁して下さい。あれは取って置きなんですよ」
ハンターの間じゃ自分なりの切り札を隠すなんてのは良くある話だ。国に保障されている英雄や軍人と違ってハンターの家業は悪い意味での実力主義である。辺境では互助の考えが優先されるからそれ程でもないけれど、ダンジョン都市では技が広まって周辺の能力が上がればそれだけ自分の稼ぎが圧迫されるという考えから秘匿する傾向が強い。まあ中にはそれなりに使える技術をギルドに売り込んで不労所得先を確保する頭の良い奴も居るが。
「成る程、ハンターにとって切り札は大事な収入源。そう簡単には明かせませんか」
そう言ってフォビオは視線をシアちゃんへ送る。それは狡くねえ?出された肉を上品に口へ送り込んでいたシアちゃんは視線に気付くと笑いながら俺の説得にかかる。
「教えてあげなよアルス君。どうせあんなの普通じゃ真似出来ないよ」
「いや、幾ら幼馴染みの頼みでもただというのは…」
そう言い返すとシアちゃんはドヤ顔でフォビオへ話を振る。
「だって、フォビオ」
言われたフォビオも悪い笑顔で懐からタグを取り出す。
「これは英雄候補の有力な協力者にお渡しするタグです。国内なら大抵の店で優遇を受けることが出来ます。これと交換というのは如何でしょう?」
「…優遇内容の具体的な内容は?」
「一部の宿屋や道具店での割引、それに鍛冶屋や交通機関の優先使用権ですね。加えて会員制店舗の利用パスにもなります。実績が無い新人冒険者にはかなり魅力的ではないですか?」
本当ならかなり魅力的な内容だ。会員制の店舗ならエンチャント済みの装備なんかも取り扱っているらしいし、希少な素材なんかも手に入れられたりする。少なくとも貰っておいて損は無いだろう。まあ向こうとしても懐が痛むわけでもなく技術が手に入るのだから良い取引だろうか。
「へー」
俺が手を伸ばすとフォビオはさっとそれを引っ込める。なんだよ、別に盗ったりしねえよ。
「ソイツは候補生に3個までしか支給されねえ代物なんだよ。あんま軽く考えてくれるなよ?」
おっと、そいつは失敬。ならば真面目に答えるとしますか。
「構いませんけれど、後でやっぱり無しとか言わないで下さいよ?」
「少しは信用頂きたいですね。これでも私は英雄候補ですよ?」
でしたね。俺は一度小さく息を吐くとタグを受け取って口を開く。勿論貰ったタグはすぐ首に付けた。
「ご推察の通り、あれはキーンエッジですよ」
キーンエッジは中級の補助魔法だ。微細な粒子の混じった振動する空気の層を武器に纏わせる、高周波ブレードモドキに武器を変える魔法である。元々この魔法自体が強固な装甲を持っている相手を切るために開発されたものだが、用途の関係上使い手が少ない魔法でもある。それというのもこの魔法は補助魔法の中では難易度が高いのに効果が武器の切れ味を上げるだけだからだ。はっきり言って余程攻撃魔法と相性が悪いとかがなければ、これよりも他の攻撃魔法で戦った方が遙かに効率が良い。
「成る程、でもそれだけではありませんよね?」
まあ、はい。
「思いついたのはシアちゃんのスキルを聞いたときです。魔力の消費が増えると魔法の威力が上がる。なら魔力を多く込めれば魔法の威力は上げられるんじゃないかな、と」
つまりいつもの力業である。案の定フォビオは気の毒なものを見る目で口を開く。
「因みにどの位ですか?」
「そうですね、大体10倍位でしょうか?」
俺の回答にフォビオの目は気の毒なものから馬鹿を見る目に変わった。まあ10倍となれば上級魔法並の消費量だからな。当然威力は上級魔法の方が強い。
「効果は良くて3倍位ですかね?魔力の殆どは無駄になっていますし、制御も悪化していて刀身まで傷付けてしまうんですよね」
「…あれ、自分の魔法で折れてたのかよ?」
そうだよー。しかも低級とはいえ強度向上のエンチャント処理した剣でだ。燃費も費用対効果も最悪である。
「成る程、これは確かに真似出来ません」
本格的に呆れた表情でフォビオがそう溜息を吐く。だが続く言葉は予想していたものとは異なっていた。
「あの短時間で上級魔法と同等の魔力消費を複数回。そんな事が出来るのは英雄候補でも数えるほどです。ついでに言えばあの身のこなしからして身体強化の魔法も並列発動していますね?だとすれば君の実力は既に英雄の領域です」
本物に比べればまだまだですけどね。そう付け加えながらゆっくりと姿勢を整えるフォビオ。同じ様に視界の端では笑いながらライネスがジョッキを置いて手を空けている。なにこれ。ここからバトル漫画的な流れになるの?意味が解らん。二人の剣呑な雰囲気を察したサリサが表情を険しくし、バレッタは笑顔のまま服の下に手を伸ばす。おいまて、刃傷沙汰は不味い。
「二人ともそこまで」
一触即発というタイミングでシアちゃんが普段と変わらない声音でそう横やりを入れる。彼女は席に座ったまま果実水入りのコップを口に運びつつ言葉を続けた。
「今回の任務は異常発生した魔物の討伐だよね?討伐は成功、問題解決、めでたしめでたしって状況だと思うんだけど?」
「確かに任務は成功です。ですがその先で他の問題が発生しているのに対処しないというのは間違いでしょう」
「問題?何が問題なのかしら?」
「英雄と同等の力を持つ人間が国に把握もされずに野放しになっている。これが問題でないはずがないでしょう?」
厳しい表情でフォビオがそう口にする。うん、ぐうの音も出ねえ正論だね。国にしてみれば鎖に繫がれてない英雄なんて人の形をした災害と同じだ。なにせ街を滅ぼせる様な魔物を討伐出来るのが英雄なのだから。事実俺がその気になればダンジョン都市の半分くらいは氷漬けに出来るだろう。やらんけどね。俺がそんな事を考えているとシアちゃんがこちらを見て深々と溜息を吐き、そして改めてフォビオに忠告する。
「いいですか、フォビオ。本気で拘束しようと考えているのなら貴方は危機感が足りません。彼が本気ならここまでの会話中に貴方、三回は殺されてますよ」
驚いて振り返る彼に俺は肩を竦めてみせる。英雄候補は身体能力も高いからだろう、フォビオはこちらの身体強化魔法に注意を払っていた。魔法発動前なら押さえ込む自信があったのだと思う。けど残念、そんなものは無くても魔法使いの首を折るくらい朝飯前だ。勿論やらんけど。
「解りますか?一方的に魔物と同じだと言いがかりを付けた貴方に対し、アルス君は手を出さなかった。どっちが理性的かなんて考えるまでもないよね?それでもまだアルス君が魔物と一緒だなんていうなら…」
全く目の笑っていない笑顔でシアちゃんがフォビオに向かって告げる。
「私が相手になるけれど?」
宣言と同時に魔力を練り上げるシアちゃん。その密度は明らかに威嚇とか牽制ではなく、本気のものだ。おかげで多少でも魔法に覚えがある連中が驚愕した表情でこちらを見る。まあ、そうなるな。
「解りました!止めて、止めて下さい!」
耐えきれなくなった俺は思わずそう叫んでしまう。街中で英雄候補同士が戦闘とか冗談じゃねえよ。しかもその理由が俺の処遇を巡ってとか印象が悪すぎる。俺は小さく溜息を吐くと、三人に向かって告げる。
「僕のことは報告してもらって構いません、連絡頂ければ召喚にも応じます。ですがこの場で拘束されるのは困ります」
「逃げられなくなるからか?」
ライネスがそう挑発してくるので睨み付ける。空気読めよお前、もうシアちゃんキレてんだよ!
「果たさなければいけない約束があるからです。逆に聞きたいのですが、ここで簡単に約束を反故にする僕を信用出来ますか?」
「約束とは?」
正直これ以上悪目立ちしたくないんだけどな。俺が視線を向けるとサリサは小さく頷いてフードを取る。彼女の特徴的な耳がしっかりと寝ていることを見ながら再度口を開いた。
「彼女を故郷へ連れて行く約束をしています」
「亜人と約束?」
「例えどんな相手だろうと約束をすれば守らねばなりません。相手によって守る守らないがあっては約束とは言えないでしょう」
訝しげな表情となるフォビオに言い返しつつ、俺も最後通牒を突きつける。
「それでも納得頂けないと言うなら仕方ありません。お相手しますよ」
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