最初からクライマックスとか
ポータルを潜った瞬間、俺達の計画が破綻したことを察した。
「これは、予想外だったね」
ポータルの周辺には防御用結界の極めて強力な魔法が施されていて魔物が入り込めない仕組みになっている。そして今その結界に向かってリビングスタチューは狂ったように拳を振り下ろしていた。拳が叩き付けられる度に虹色の光を放つ障壁を見上げながらシアちゃんが困ったように呟く。
「完全にこっちを認識してやがる」
同じ様にリビングスタチューを見上げながら忌々しげにライネスが吐き捨てる。この結界は極めて強力な反面内側からも攻撃が出来ないのだ。ポータルの使用許可証が出入りの許可証にもなっているから、出られない訳では無いのだが。
「厄介ですね」
暴れるリビングスタチューを遠巻きに眺める形で複数の魔物が結界を監視している。リビングスタチューを掻い潜って外に出ても即座に包囲されるだろう。その光景は酷く嫌な現実を俺達に突きつけている。
「おい、これってスタンピードじゃねえのか?」
戸惑いを含んだ声音でカシュがそう問いかける。ああ、やっぱりそう思うよね?
「…ダンジョンでのスタンピードとはどの様なものなのですか?」
「基本的には外のと変わらないよ。スタンピードが起きた階層から上へ向かって魔物が進んでくるの。…多分今回は上の階層へアレが行けないから留まって居るんだと思う」
シアちゃんがそう言ってリビングスタチューを見上げる。確かに14階へ上がる階段は奴が通るには小さすぎる。
「ですがこれは不味い状況ですね」
そう顔を顰めながらフォビオがそう口にする。
「奴が発見されたのが一週間前、浸食が何時始まっても不思議じゃありません」
彼の言葉に深刻な表情で頷くシアちゃんとライネス。浸食とやらが何かは解らんが、少なくとも起きると不味いものであることは解る。
「その浸食とやらはどうしたら止められるんです?」
「一つの階層に魔力が溜まりすぎているのが原因だよ」
俺の質問にシアちゃんがリビングスタチューから目を話さずに答えてくれた。OK、要は他の階層からもスタンピードで魔物が集まっちまってるのが原因だと。なら解決する方法は簡単だな。
「つまりコイツを倒せば解決するんですね?」
「そうだな、問題はそんな事が出来ねえってことだがな」
見る限り英雄候補は三人とも魔法職だ。当然普通のハンターなんかよりは近接戦闘もこなせるだろうが、身のこなしからして多分それなりに優秀、言ってしまえばカシュより劣るだろう。
「一度引いて増援を要請するのは?」
「出来なくはないけれど、多分必要な人員を揃えるのに一ヶ月はかかるよ。浸食が進めば進むほど手に負えなくなるから」
現状の戦力で討伐するのが理想。だが今の状況だと皆がまず結界の外に安全に出るためには魔物共の注意を引く囮が必要だ。ほぼ死ぬだろうそんな役を言い出すことも押しつける事も出来ずに思考が行き詰まっているのだろう。正常かつ好感の持てる倫理観だ。ただし世界の破滅が20年後に迫っているなんて情報を知らなければ。
「奴の左足、その横を突破します」
俺は小さく息を吐いて装備の調子をもう一度確かめるとそう宣言する。多分世界の破滅とやらはこういうのの積み重ねで起こるのだろう。ならば丁寧に潰していくしかない。
「正気か!?」
「こちらで注意を引き付けます。ちゃんと釣れたら皆さんで奴を仕留めて下さい。カシュさん達は可能な限り彼等の支援をお願いします」
「勝手に決めないで下さい。判断は我々が――」
「出来るんだね?アルス君」
苛立たしげに俺の指示に文句を言ってくるフォビオの言葉を遮るようにシアちゃんが確認してくる。はっはっは、出来るじゃねえ、やるんだよ。
「シアさん!?」
「こう見えて僕は臆病なんです。出来ない事を出来るなんて言いませんよ」
俺もフォビオの声を無視してシアちゃんにそう答える。するとライネスが犬歯をむき出しにして笑った。
「おもしれえ、ただのハンターがこんだけ言ってんだ。まさか英雄候補が引く訳にゃいかねえよな?」
「っ!引き付けられないと判断したら我々は撤退します。それでもやりますか?」
「勿論です」
フォビオの最後通牒にそう返してやれば、全員が覚悟を決めた表情になる。いいね、英雄譚に相応しい顔だ。身体強化の魔法を唱えつつ俺は背中から剣を抜いた。そんな俺に目もくれずリビングスタチューは相変わらず障壁を殴り続けている。前回無様に逃げただけだからな、雑魚は眼中に無いって所か?
「舐めないで下さいね。石ころ風情が」
更に魔法を詠唱し準備を整えた俺は、その言葉と同時に地面を蹴った。一瞬で障壁を越え、俺は狙い通り奴の左足の横へと身を躍らせる。そして振りかぶっていた剣を真上から襲ってくる奴の左手へと叩き付けた。その瞬間ダイヤモンドカッターが石を切るような不快な擦過音が響き渡り、奴の指を二本ほど切り飛ばした。
「切った!?」
誰かの放った驚愕の声に応じる事も無く俺はそのまま通り過ぎると目の前に居たアシッドスネークへ剣を投げつけた。剣は突き刺さると同時に刀身の半ばからボッキリと折れてしまう。畜生解っていたけれどやっぱり硬いな!?
「次は足でも貰いましょうか?」
次の剣を引き抜きつつ俺はそう笑ってみせる。だがあまり悠長に構えてもいられない。殺気立った他の魔物が襲いかかってきたからだ。素早くそれを避けつつシールドで殴り飛ばす。頭を弾けさせながら吹き飛ぶ仲間の姿に激昂したのか、魔物達はすっかり俺に夢中だ。よしよし、計画通り。
「人気者は辛いですね!」
絶えず移動を続けながら飛びかかってくる魔物を切り伏せ、あるいは殴る。それこそ重なり合う程密集しているから魔法で吹き飛ばしてやりたい所だが、詠唱する余裕がない。うん、ちょっと大言壮語が過ぎたかもしれない。だがチート男子たるものこの程度で音を上げる訳にはいかんのだ。
敵の数は多いが一撃で対処可能、装備に不備も出ていない。体調も問題なし、スタミナも残っている。
「ならばこんなのはボーナスステージみたいなものです!」
叫びながら更にギアを上げる。それにしてもアレだな、この世界やっぱりバランス悪いわ。横薙ぎに振るった剣で纏めて2匹を切り裂きながらそう思う。魔法が簡単に範囲攻撃を行えるのに対して武器による攻撃は非常に効果範囲が限定される。そりゃそうだ、なんせ武器の長さという物理的な縛りがあるのだから。だからこそ斬撃拡張なんてスキルが持て囃されるし、遙かに攻撃範囲が広い魔法系のスキルはティアナみたいな特殊な例以外はまず英雄候補に声が掛かるスキルだ。
「まあ不公平だと嘆ける立場ではないですけどね」
非常識な速度で周辺の魔物を駆逐しながら俺は笑う。一撃で屠っているがこいつらはどれも中級以上、一対一で討伐出来れば精鋭扱いされるような魔物も含まれている。勿論ハンターとしての基準ではあるものの、それを同時に複数対処出来るとなれば英雄候補とも遜色ない実力だ。
「もう一度!」
理不尽な暴力に供給が追いつかなくなったのだろう、魔物達の攻勢が少しだけ緩む。だが呪文を詠唱するには十分な時間だ。呪文が完成すると同時に手にしていた剣から血糊が吹き飛び刀身が僅かに揺らめく。その剣を携えて未だに障壁の前に陣取っているリビングスタチューへと飛びかかった。
「その腕、貰った!!」
魔法生物系の魔物には一つとても良い美点がある。それは絶対に味方を攻撃しないという点だ。この性質は集団戦闘や乱戦においては非常に厄介になる一方、奴のような巨大な個体には大きな隙になる。なにせ誤って攻撃しないよう、攻撃範囲に他の魔物を寄せないからだ。断言しても良いがこいつを設計した奴は馬鹿である。隙のでかくなる大型ユニットに直掩が付けられねえとか懐に潜り込んで下さいと言っているようなものである。まあ普通の人間では潜り込んでも有効な打撃を与えられないから考慮しなかったのかもしれないが、この世界には英雄がいてその真似事が俺には出来る。迎撃しようとかがみ込んだ奴の膝を足がかりに飛び上がり、右肩の付け根に剣を思い切り振り下ろす。再びあの耳障りな音が鳴り響き、肩を半分程度まで断ち切った所で剣が根元から折れた。
「即興だとやはり一撃とはいきませんか。でもまだまだありますよ」
そう言いながら再び背中から剣を抜く。これで用意した剣は3本目、余裕ぶってみせたが既に持ってきた剣の半分を消費してしまった。そして問題の石像野郎はピンピンしていらっしゃる。出来ればティアナの剣は使いたくないんだよな、折ったら何言われるか解らんし。そう思いながら適度に飛んできたアシッドスネークの溶解液を飛んで躱していると、念願の動きが見て取れた。外に出て暴れている俺を石像野郎が漸く脅威と認識してこちらへ向かってきたのだ。それに安堵しつつ俺は障壁からゆっくりと、しかし確実に距離を取る。
「どうしました?怖いんですか?」
剣を振りながら挑発してやると石像野郎はこちらに向かって跳躍してきた。所詮魔法生物、脳みそが足りてない。
「っしゃぁ!ストレンジバインド!」
「「ロッド・オブ・ゴッド!!」」
着地した瞬間狙い澄ましていたライネスが拘束呪文を発動、瞬時に鈍色に輝く鎖が地面から飛び出しリビングスタチューに絡みつく。そしてもがく暇も与えずに放たれたシアちゃんとフォビオの上級魔法が奴を二方向から貫いた。
「やった!」
その光景を見てカシュが歓声を上げる。こいつ本当は戦士じゃなくて建築家なんじゃねぇの!?
「はぁぁぁ!!!」
背中からもう一本剣を引き抜き、左手にも剣を携えて動かなくなった石像野郎を駆け上がる。拘束しているライネスの表情からまだ奴が生きていることを察したからだ。体を貫かれても動いていると言うことはコアの位置は頭の可能性が高い。右手の剣を振るって石像野郎の首を半ばまで断ち切ると、そのタイミングで奴は体を激しく暴れさせた。
「そこですか!」
暴れた拍子に変な力が掛かったせいで折れた剣を手放しつつ、左手で持っていた剣を即座に両手で構えて首、人体で言えば頸椎へと突き立てる。それまでとは比べものにならない硬い感触を感じつつも強引に剣を押し込めばガラスが砕けるような音が響き渡り、奴は唐突に脱力して崩れ落ちる。そうして岩である事すら維持出来なくなって砂の山と化すリビングスタチューを見て俺は漸く息を吐き出した。大言を吐いたものの、文字通り命懸けだった役目を終えたことで緊張の糸が緩んだのだ。
だから、ライネスとフォビオが俺を険しい目で見ていることに俺は気付かなかった。
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