英雄候補のお仕事
「ええと、お久しぶりです」
笑顔でそう告げてきた幼馴染みに対して俺は実に凡庸な返事をした。シア・ハパル。俺のチートを他者に使った初めての相手であり、その結果神童として英雄候補になってしまった少女。記憶の中よりも成長した彼女は相変わらず笑顔のまま室内に入ってくると、視線だけを動かし周囲を確認する。そして躊躇無く俺の隣に座ると問いかけてきた。
「他の方は外出中?」
「鍛錬と買い出しですね。あの、シアさん?」
「さん付けなんて他人行儀で悲しいなぁ、シアでいいよ。そーれーとーもー、昔みたいにシアちゃんって呼んでくれる?」
今をときめく英雄候補様のとってもフランクな態度に見ている全員ドン引きである。
「戻りマシター!」
そんな空気をぶち壊すようにバレッタが元気よく帰ってくる。そして俺の隣に居るシアちゃんを見るなり荷物を放り投げると目を輝かせて彼女に抱きついた。
「シアちゃんデス!?久しぶりデスね!元気デシタか!?」
「はい、シスターバレッタもお元気そうですね」
まるで数年ぶりに飼い主に出会ったゴールデンレトリバーの様なスキンシップを取るバレッタを抱擁し返しながらシアちゃんも笑顔でそう応じる。それはやや過剰ではあるものの平凡な幼馴染みの再会に見える。だけどなんだろう、すごく、すごい嫌な感じがする。
「ん」
「旦那ー、訓練終わったよー。ってお客さ…うえぇぇっ!?」
その理由を特定出来ないうちに状況は変化していく。訓練を終えたサリサとカーマが戻って来るなり愉快な声を上げたからだ。まあ英雄候補って実在する戦隊ヒーローみたいなものだからな、カーマの反応もおかしくない。
「こんにちは、アルス君のパーティーの方だよね?シア・ハパルです。よろしくね」
そう言ってシアちゃんはその場にいる全員と握手を交わす。自分は宿の店主で関係ないと遠慮するカフィに対しても、俺がいつも世話になっているなら無関係じゃないと手を握る。カフィが緊張で顔を少し引きつらせていたが無理もないだろう、俺だって国民的アイドルにいきなり握手を求められたら緊張で変な声を出す自信がある。
「んー、シスターだけかな?」
「シアちゃんハどうしてココにイマスか?」
何か今聞き捨てならない事をシアちゃんが呟いた気がしたが、それを聞くより先にバレッタが問いかけた。けど大凡の見当はついている。なにせ彼女は極めて優秀な魔法使いの英雄候補なのだ。
「そうそう、先にそっちの雑用から片付けなきゃ」
そう言ってシアちゃんは咳払いをすると、真面目な表情で俺の方へ向き直り口を開く。
「ハンターズギルド所属パーティー白刃に対し、ロサイスダンジョン15層に発生中のイレギュラー討伐の協力要請を致します」
予想通りではあったが皆一様に表情を強ばらせた。まああんな化け物の討伐に付いてこいなんて言われて喜ぶ奴は普通居ないだろう。俺だって遠慮したいところだが、問題はギルドとの契約内容だ。今回のようにハンターの手に負えない事態の収拾に国が動くことは珍しくないが、その場合国からハンターへ出される要請は全て特別依頼扱いになる。つまりハンターには拒否権が無いのだ。まあ国としても国家の重要な戦力である軍や英雄候補の安全が破落戸の命で少しでも上がるなら安いものなのだろう。捨て石にされるこっちはたまったものではないが。
「“勇槍の兵団”の方が適任では?」
勇槍の兵団とはカシュ達のパーティーの事だ。王国や教会が“○○兵団”みたいな名前を付けるからそれを真似しているらしい。ぶっちゃけおかげで似たような名前のパーティーが山ほどいる。ともあれカシュのパーティーの方が特例の俺達より実績は上だしランクも高い、普通に声を掛けるなら向こうが優先されると思うのだが。
「勿論勇槍の兵団にも同行頂きます。ですが私達としては――」
「居た!勝手に動くンじゃねぇよ、シア!」
荒々しくドアが開かれ若い男の怒声が響いた。そちらを見ればシアちゃんと同じ服に身を包んだ目つきの悪い青年が立っていた。
「君ももう少し品性を身に着けるべきですよライナス、ですがその意見には同感です。同じパーティーなのですから一言くらい声を掛けて下さい、シアさん」
更にそんな彼の後ろからもう一人同じ格好の青年が現れる。黒髪紅眼と金髪碧眼で色合いも対照的だが、身に纏う雰囲気も片方は荒々しくもう一人は一見静かに見える。聞く限り彼等はシアちゃんと同じく派遣された英雄候補、つまりは彼女のパーティーメンバーなのだろう。
「ごめんなさい。ギルド職員の方から引き留めていないと聞いたものだから。移動されていたら困ると思ったの」
そんな二人に対してシアちゃんは変わらず笑顔で応じる。何だろう、今違和感を感じたような?
「はっ、びびって逃げ出すような雑魚なんざいねえ方がマシだろ」
「口が過ぎますよライナス。誰もが僕達と同じ様に戦えるわけではないのですから」
挑発的に嘲る黒髪に眉を顰めながらそう注意する金髪。なんだろうね、言葉の端々にハンターを蔑んでる空気が漏れまくってるんだけど。まあ実際彼等は選ばれたエリートで、ハンターは半端物ではあるのだが、面と向かって言っちゃう辺りに思考の幼稚さを覚えてしまう。
「それで、腰抜けの兵団は散々ごねていたみたいだったが、そっちのナマクラだかはどうすんだ?」
ニヤニヤと笑いながら俺達を見てそう聞いてくるライナス君。貶めた物言いだが、ちゃんと相手のパーティー名を覚えてそれを態々言い換えるという行動に俺は微笑ましさすら感じてしまった。案外此奴良い子かもしれん。
「勿論承りますよ、特別依頼ですから。でも二つお願いがあります」
「何かしら?」
「一つ目は参加する人員です。ダンジョンへご一緒するのは僕だけにして下さい」
「理由次第ですね」
そう金髪が言うので俺はその意図を口にした。
「このパーティーで攻撃魔法を扱えるのが僕だけだからです。正直僕自身もお役に立てるかは怪しいのですが」
「索敵の為には人員が多い方が良い、それだけでは認められません」
「15階層は気配が淀んでいて感覚的な察知が困難です。更に例の魔物は周辺の地形に擬態している間探査の魔法にも引っかかりませんでした。つまり戦闘になる場合必ず奇襲を受ける事になります」
あの襲撃を回避出来るのは多分俺とサリサだけだ。そしてサリサは攻撃手段が物理攻撃しかないから戦闘では役に立たない。ならば余計なリスクは回避させるべきだ。
「いいぜ」
「ライナスっ」
「ゴチャゴチャうるせえよフォビオ。戦えねえ奴を連れてっても意味ねえだろうが」
実際には全く無意味ではない。奇襲を受けたときに彼等が狙われれば初撃を他の者は安全に躱せるからだ。だがそれは自分達の安全のために犠牲になれと言っているのと同義である。人々の守護者である英雄がして良い選択ではない。これが軍の指揮官とかならば必要な犠牲と割り切れたかもしれないが。
「もう一つの条件は何かな?」
険悪な雰囲気を出す男二人を放置してシアちゃんがそう聞いてくる。ああ、もう一つは割と簡単だよ。
「報酬を指定させて下さい。ユニコーンの角を2本頂きたい」
「いいよ、その代わり元々用意していた報酬金はあげられないから額は少なくなっちゃうよ?」
「ええ、構いません。それでお願いします」
「じゃあ決まりだね!ライナス君、フォビオ君。私はちょっと彼と話したい事があるから先に戻っていてくれるかな?」
「あ、何だよそれ?」
「偶然幼馴染みと再会したんだよ?少しくらいいいでしょ?」
「なんだよお前ら幼馴染みかよ。いいぜ、先に戻るわ」
そう言ってこちらを見るシアちゃんにライナスは笑いながら応じる。一方のフォビオは苦い表情で黙って頷き二人は宿を出て行った。その途端皆が大きく息を吐く。
「あはは、なんていうか、二人がごめんね?」
「構いませんよ、実際になにかされた訳でもありませんし」
「アルス君は相変わらずだね。それじゃちょっと話そうよ」
言いながら席を立つシアちゃんを見て首を傾げていると、彼女は頬を染めて恥ずかしげに理由を述べる。
「流石に皆さんの前だと恥ずかしい話もあるよ。だから出来ればアルス君の部屋で二人っきりが良いなあ」
問い一。久しぶりに会った可愛い幼馴染みが二人きりで話がしたいと言ってきました。どうするべきか?答え。断る奴は雄じゃありません。
「解りました」
冷静になれば解ることだったが、俺はこの時完全に油断していた。久しぶりに会った彼女が昔のままの明るい彼女だったから、本当にただ幼馴染みとの再会に喜んでいるのだと考えてしまった。
「どうぞ」
「お邪魔しまーす」
だから普通に借りている部屋へと案内し一緒に中に入ってしまった。
「シアちゃん?」
入って直ぐに彼女は足を止め、後ろ手で部屋の鍵を閉める。カチャリという音がやけに大きく聞こえ、それが開始の合図だった。次の瞬間防音と障壁の魔法が展開されて部屋を包み込む。そうして皆と分断された俺に対し、彼女は変わらない口調で聞いてきた。
「ねえ、アルス君。なんでアルス君とシスターから同じ匂いがするのかな?」
彼女は笑顔のままだったが、俺は恐怖を感じずにはいられなかった。
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