やだ、私のチート弱すぎ?
リビングスタチュー、生きた石像。名前に多少の差異はあれど、RPGを遊んだことがあれば一度くらい目にしたことがある魔物だろう。全身が石でできた魔法生物、ゲームであればそこそこ硬いだけの雑魚だろうが、実際に相対するとそのやばさが解る。堅さという点で見れば実のところリビングスタチューはそれ程でもない。それこそロックドラゴンを筆頭に大抵のドラゴン種は石なんかより遙かに硬い鱗に覆われているし、キングトータスのような亀系の魔物や硬い毛皮と脂肪に覆われた大型の獣系魔物は同等の防御力を発揮するからだ。ではコイツの何がやばいかといえば、切った所で意味が無い事だ。生物系の魔物ならば切りつけて硬い外皮さえ突破すれば出血や傷による動きの制限が狙える。臓器もあるから上手くいけば致命傷だって与えることも可能だ。対してこいつは文字通り体の芯まで石なのだ。当然出血なんて望めないし、動きを制限したければ部位を破壊しない限り不可能だ。一応急所となる魔法生物固有の核が存在するが、体の奥深くにあるそれを一撃で損傷させるなど至難の業だ。
「畜生速え!?」
そして魔法生物は痛覚がなく更には疲労も感じない。知能という点においてはクソザコであるが、普通の生物に対する常識が一切通用しないのだ。そして、
「死ぬ!死んじまいます!?」
振り下ろされた拳をギリギリの所で避けながらダミアが喚く。派手な土埃と振動が伝わり、その一撃が正しく致命的な攻撃である事が解る。そりゃそうだ、なにせ相手は5mに達する石の塊なのだ。片腕だけでも優に100kgを超え、それが目に追えないような速度で振り回されるのだ。デカくて早くて力が強い、普通に強いというのが如何に厄介か痛感出来る魔物がリビングスタチューなのである。
「アイスバインド!」
俺の声に合わせて奴の足下が氷に覆われ動きが鈍る。しかしそれも一瞬の事で、あっという間に氷に亀裂が走り、奴は強引に抜け出してしまう。
「相手ガ悪いデス!」
鈍った一瞬を突いてバレッタと射手さんが矢を放ったが、どちらも体に突き立ちはすれど動きは全く止まらない。
「どうして追ってこれるのよ!?」
涙声で叫んだのはカーマだ。これだけ厄介な能力でありながら、実のところリビングスタチューはあまり危険な魔物と認識されていない。それはリビングスタチューが本来避けやすい魔物だからだ。魔法生物は捕食による回復が出来ないという特徴を持っている。それでいて動作の全てを魔力で補うから、行動時の消費が極めて大きい魔物だ。その為連中は予め設置されている魔力供給用の魔方陣から離れる事がない。強力な反面極めて活動範囲が狭く迂回など避けることが容易であり、仮に遭遇しても魔方陣から離れられない性質上追撃も殆どされることがないから速くても逃げ切れる相手なのだ。
だからこそこの階層主は明らかに異常だ。サイズも普通のやつよりも一回りは大きいし、何よりどこまでも追いかけてくる。常識からかけ離れた状況にカーマが恐慌状態に陥るのも無理はない。
「とにかく走れ!」
カシュが足を止める事なくそう指示を飛ばす。15階層の入り口は例外的にポータルが設置されているから、そこまで逃げればダンジョンから脱出出来るし、何より防御結界と軍の兵士も居る。最悪倒さねばならなくなっても今よりは手勢が充実するから、状況は遙かに良くなる筈だ。
「見えた!」
結界の光を見て誰かが声を上げた、それがいけなかったのだろう。
「あっ!?」
最後尾を走っていたカシュパーティーの戦士さんが足を縺れさせて転倒してしまう。おそらくもう少しで助かるという事実に気を緩めてしまったのだろう。気が付いた俺とカシュが振り返るが、既に手遅れだった。
「た、助けっ」
戻ろうとする俺達の前でリビングスタチューが跳躍すると戦士さんの上に両足で飛び降りる。多分彼は何が起きたか解らなかっただろう。
「畜生がぁ!!」
一瞬で床の染みになってしまった仲間を見て激昂したカシュが絶叫しながら槍を構える。しかし俺がその腕を掴んで強引に走らせた。
「白刃!?」
「貴方も死ぬ気ですか!」
物理攻撃を主体に戦う職業は奴との相性が最悪と言って良い。それは魔法職が一人しかおらず、15階層を突破出来ずに居た彼なら良く解るだろう。
「っ!」
彼は悔しそうに顔を歪めると再び走り出す。既に他の皆は結界の中に退避していて、残っているのは俺達だけだ。後ろから響く重い足音に振り返ることなく全力で走り、倒れるように結界の中へ飛び込む。直後硬質な音が響き、ゆっくりと後ろを向けば結界に阻まれたリビングスタチューが虚空を殴り付けていた。その姿を見ながら俺は自分が生き延びたことを実感して小さく息を吐き出した。
こうして俺達の15階層初探索は協力パーティーから2名の死者を出すという散々な結果で幕を閉じたのだった。
「どうしたものですかね」
宿屋の一階で出されたコーヒーを眺めながら俺は誰にでもなくそう言った。あの15階探索から早くも一週間が過ぎている。現状安全が確認されたといって中層までは開放されているが、下層へ下りるのは禁止されているし、あの異常な階層主が討伐されたという話も聞かない。おかげでブリザードベアを担いで6階まで戻るという素敵な探索をするはめにもなった。流石に気疲れしたため今日は半日だけ潜ってお休みである。
「今までが順調すぎましたから」
向かいに座ってダガーを手入れしていたダミアが苦笑しつつそう言ってくる。確かに出会ってから1週間で下層到達は破格の速度と言えるかもしれない。だが重要なのは彼等がユニコーンの角を入手出来るかだ。
「最悪別のダンジョンへの移動も考えるべきですね」
「えぇー?そうなったら私はどうしたらいいんだい!?転居は嫌だよ、面倒臭い!」
「そもそも貴女を受け入れてくれる宿があるとは思えませんが」
俺の言葉に隣のテーブルで作業をしていたアグリーシュが抗議の声を上げた。てかそっちは販売経路が確立しているし、素材だってギルドから購入出来るだろう?流石に利幅は下がるが儲けられない程じゃない筈だ。
「君がこの話に誘ってきたんだろー?ちゃんと最後まで面倒を見るのが筋だと思わないかね?だから私の面倒をちゃんと見たまえよ」
年下に扶養を要求すんじゃねえよ、プライドってもんがないのか!?
「プライドではお腹が膨れない。家賃も払えないからカフィの機嫌も悪くなる。役に立たない物に拘泥するのは愚かな行為だと思わないかね?」
開明的な物言いをしても要求してる内容は割と最低だからな?俺は溜息を吐きつつ理由を口にする。
「僕達はユニコーンの角がどうしても必要なんです」
「ふぅん?」
アーティファクトを作っているだけあって魔物の素材には詳しいのだろう。俺の言葉を聞いてアグリーシュはなんとなく察した表情になる。
「まあそれなら仕方ないかな?別のダンジョン都市へ行くのなら、私はここに残らせてもらうよ」
それが妥当だろうね。そう言おうとしたら、
「え?」
横で聞いていたカフィが凄く嫌そうな声を上げた。
「えっ?」
つられて同じ疑問符を驚いた表情でカフィに向けるアグリーシュ。コントかな?何やら言い合いを始めた二人を放置して俺はダミアへ向き直ると口を開いた。
「流石にこのまま放置とはならないでしょう。王国としても下層より下の素材が入手出来ないのは痛手ですから早期に解決を図るとは思います」
「それにあたしらのランクはあくまでロサイスの特例ですからね。他でも通用するとは限りません。となるともう暫くは様子見ですかねぇ」
視線をダガーに落としながら磨く手を止めずにそう答えるダミア。
「いっそアルスさんがその階層主とやらを討伐してしまえばどうでしょうか」
いつの間にかこちらを聞いていたカフィがそんなとんでもない事を言ってくる。まあ大概な事をしてきたからそう期待されるのは無理もないかもしれんが。
「流石に無理ですよ」
魔法による支援や攻撃を行っているから誤解されているようだが、本質的に俺は前衛向きの能力なのだ。レベルが上がった事で上級魔法をブーストなしでも使えるようにはなったが、あくまでそれは唱えられるの域でしかない。多分アレが普通の階層主ならそれでも十分だったのだろうけど。
「つまり上級魔法を使って戦える戦力が必要って事かい?そんなのはもう英雄案件じゃないか」
アグリーシュが呆れた声音でそう評した。彼女の言う通り最早あの魔物を倒せるのは英雄、それも魔法に長けた人物でなければ厳しいだろう。そしてそんな人材が暇をしている訳がないのだ。
「でも悲観する事はないでしょう。前線も大事ですが資源地帯を押さえられてはそれこそ戦い続けるなんて不可能です。となれば優先して戦力も投入されるでしょう」
その辺りについては王国の貴族は信用出来る。年中魔物相手に戦争をしているのと、あっさり爵位が剥奪される都合上兵站の重要性が理解出来ないお馬鹿さんは貴族を続けられないからだ。
「失礼します、こちらにパーティー“白刃”が宿泊していると伺ったのですが」
そう説明しようとした矢先、宿の入り口からそんな声が掛けられた。カフィが無言で俺を見たので仕方なく振り返る。そして訪ねて来た人物を見て目を見開いた。
「ハンターパーティー“白刃”のリーダー、アルス・マフスさんですね?」
亜麻色の髪を揺らしながら、入り口に立った少女が首を傾けつつそう誰何してくる。身に着けているのは白を基調とした戦闘服で、胸元には解りやすく王国の紋章が刺繍されていた。王国でこの服を知らない人はおらず、それを纏える者がどんな人間なのかを知らない奴はいない。王立英雄候補養成機関、通称ユーリシア王立学園の野外活動服。英雄候補でも抜きん出て優秀な生徒が在学中に魔物討伐に駆り出される際に身に着ける服だ。
そんなとんでもない服に袖を通した幼馴染みが笑顔で再び口を開いた。
「久しぶりだね、アルス君♪」
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