好事魔多し
「つまりこのままだと売れないって事かい?」
「少なくとも今の大きさでの需要は少ないと思います」
バッグを挟んでアグリーシュと向き合いつつ商品開発の相談を続ける。
「使い方を誤って失敗するのは自己責任、ではあるんですが利用者はそのまま広告でもあります。当然彼等は失敗したのは自分のせいだなんて言いません」
「利用者が失敗するほど商品としての価値が下がるって訳だね?」
その通り。
「だからそうですね、大きさとしては四分の一。入る量はアルミラージ二匹分くらいでしょうか?それでですね」
ついでなんでバッグそのものにも注文をつけておこう。
「ハーネスをもっと広くして、欲しいんですこんな感じに。で、製品版の方は他のバッグの上にくくれるようにしたいです」
背負う荷物の重心は高い方が何故か軽く感じるのだ。ついでにベルトを入れ替えることで身に着ける場所をある程度選べるようにする事を伝えてみる。
「随分と複雑になるねぇ。これだとバッグそのものは私が作れないよ?」
「カフィさんの知人に革職人さんとか居ませんかね?」
「それは居ますが」
「多少割高でも構いませんから作って貰えないか聞いてみてくれませんか?」
「構いませんが、良いのですか?その、ギルドの契約に反したりは…」
大丈夫だ、問題ない。
「別の街で仕入れた道具や薬なんかをハンター同士で取引しても咎められません。ならば原材料を職人から仕入れて加工したものを売りさばいてもなんら問題ないと言うことです。あ、ついでなんですけどカフィさん、商取引の資格をお持ちですよね?」
俺の言葉に巻き込まれる事を察したカフィが一歩後退るが、残念ながらもう遅い。商取引資格と言うのはそのまんま商いをして良いという資格だ。しかも税金さえちゃんと納めれば原則何をしてもいい。勿論禁制品を扱うとか法に触れる事は駄目だが、この資格さえあれば宿屋だろうが露天だろうがとにかく商売が出来るのだ。素晴らしきかな杜撰な法整備。
「折角なのでこちらのバッグも売りたいと思うんです」
「あの、駄目だと言ったばかりでは?」
「ハンター相手にはですね。例えば少しでも多く荷物を運びたい行商人の荷馬車なんてこれを置くのに最適だと思いませんか?」
「は、はあ」
正直に言えば俺のとっての本命はこっちだ。利に聡い商人達ならこのバッグ自体が大きな商品になる事にすぐ気が付くだろう、そしてこれを何処が最も必要としているかも。RPGの様にラスボスを倒してはい終わりとなるなら楽勝だが、世界の侵食だなんだととかいう話ならそうはなるまい。ならば軍隊にも力を付けて貰わなければならない。
「暫くは下層の攻略が中心になりますが、突破してしまえば素材の供給も安定すると思います」
「こう言ってはなんだけど君達滅茶苦茶だねぇ」
都市に来て一週間かからずに下層へ到達、無論そうしたパーティーが無かった訳ではないが、そうした連中は大抵が別のダンジョン都市で名が知られているベテランだとか、英雄候補が訓練のためにやって来るといったものである。少なくとも登録から一ヶ月もしていないパーティーの成果ではない。
「ふふふ、こう見えても僕達は選ばれた人間なんですよ。それこそ歴史に名を刻んでしまう的な?」
「大変だよカフィ、私達はとんでもない馬鹿と手を組んでしまったかもしれない」
「残念ながら手遅れでしょう。まあ馬鹿と何とかは使いようとも言いますから頑張りましょう」
ひでえ言い草である。まあ実際今の俺達は確かに凄いが異常と呼ばれる程ではない。何故ならこの世界にはもっとおかしい英雄という連中が居るからだ。
「そうなると暫くは私の手が空くねぇ。ああそうだ、それならその間に君達の装備を作ろうじゃないか!」
お?
「装備を作るといいますと、エンチャントをしてくれるということですか?」
俺の質問にアグリーシュは笑顔で頷く。
「装備の制作を条件にパーティーに居るわけだしねぇ、請け負わせて貰うとも。とは言え本職ではないから簡単なものに限るけどね」
武器や防具に掛けるエンチャントにも他の魔法同様にランクがあるらしい。道具に掛ける永続型のものは殆どが教会や王国の工廠が秘匿しているから俺も知らなかった。因みに俺の剣は中級以上らしい。ティアナマジで外堀埋めていやがる。俺がそんなに逃げると思ったのか?…まあ思うか、別にお互い恋愛感情で結婚だなんて言ってるわけじゃないしな。
「私がエンチャント持ちとか…、信じらんない」
そう言って溜息を吐いたのはカーマだ。まあ確かにこの数日は彼女にとって急展開だろうな。一足飛びにランクも上がれば装備も更新、何より種のおかげで能力も順調に上昇中だ。今の彼女ならオーガも一刀の下に切り伏せられるだろう。
「呆けている暇はありませんよ、僕達はまだ目的地にすら届いていないんですから」
現状最優先すべきはユニコーンの角の確保だ。幸いと言うべきか死蝋病の進行速度は死病の中では遅い方だが、対処は早い方がいい。
「デハ今日モ頑張っテいきマショウ!」
バレッタがそう言って元気に立ち上がった。続いて全員が頷き席を立つとカフィの宿から外に出る。そうしてダンジョンの入り口まで向かった所で、俺達は思わぬ人物から声を掛けられた。
「よう、白刃」
「…なんでしょうか?」
声のした方を向けば、そこにはカシュ・ナーツが立っていた。試験以来何度かギルド会館で顔を合わせたこともあったが話掛けられた事など無かったから思わず警戒心の籠もった声音で応じてしまう。すると彼は苦笑しつつ口を開いた。
「そう警戒しないでくれ、つっても無理な話か」
彼の言葉に俺は無言で頷く。開拓村のハンターと違ってダンジョン都市のハンターは横の繋がりが希薄である、むしろ険悪と言っても良いくらいだ。彼等にとって同業者とはダンジョンで獲物を奪い合うライバルであり、助け合う間柄では無いのだ。だから同業者に助けを求めるときは報酬を用意するのが当然で、割に合わなければ拒絶するのが普通なのだ。ダミア達とパーティーを組む旨をギルドに伝えたら、受け付けのおっさんことチャドスさんが忠告してくれた。大概の物事は暴力で解決出来る自信がある俺だが、だからといって騙されるのが好きなわけでも平気でもない。ならば相応に因縁のある相手を警戒するのは当然と言えた。
「まあでも聞いてくれよ、お前らにとっても悪い話じゃ無い筈だ」
言いながら彼は親指で移動を促す。ダンジョンの入り口で話し込めば邪魔だし、何より誰に聞かれるか解らない。口ぶりからすれば儲け話の類いをしようというのだろうから、その行動自体は自然なものに思える。
「素直に付いていくと?」
「思ってるぜ。お前なら一人でここに居る全員を相手に出来るだろ?」
カシュはそう言うと歩き出してしまった。俺は振り返って皆の反応を見る。バレッタは笑顔で頷きついて行くことに肯定的、サリサは我関せずとグローブの調子を確かめている。ダミアとカーマは曖昧な表情だ。一応パーティーではあるが期間限定と言うこともあるし、基本的に俺が方針を決定してきたから今回も黙って従うつもりなんだろう。俺は小さく息を吐くとカシュ達の後を追う。俺達にとっても悪い話じゃないという言葉が気になったのと、カシュが言う通り最悪の場合でも十分対処出来ると踏んだからだ。
「15階層でヘルハウンドを見たって話が流れてる」
表通りから少し離れた路地裏でカシュはそう口を開いた。15層とは下層の最深部、階層主がいる階である、問題はその後に続いた魔物の名前だ。
「ヘルハウンドですか?」
ヘルハウンドは黒くてデカい犬の魔物だ。前世で言う所のピットブルみたいな姿なのだが、サイズが2m近い上に口から火を噴くという嫌な魔物である。扱いとしては単体で中級の一番上なのだが、こいつの問題は大抵群れで行動していることだ。加えてブリザードベア程ではないものの魔法に対して耐性があるから中々に強敵だったりする。そしてここが最も重要な事なのだが、このロサイスのダンジョンではヘルハウンドは深層にしか出現しない。
「ああ、他にも深層の魔物を見たって話が出てる。そこで相談なんだが、俺達と組んで15階層を探索しねえか?」
その誘いに俺は疑問を覚える。
「魅力的なご提案ですが、一つ質問しても良いでしょうか?」
「なんだ?」
「貴方達の利益はなんですか?」
特例で下層に潜っている俺達にとって、深層の魔物を狩れるチャンスは非常に大きい。だが試験の時カシュは自身をランク4だと言っていた。ならば彼等は階層主を討伐出来れば深層に潜る事も十分可能だろう。そんな彼等が態々他のパーティーに協力を持ち掛けてまで不確かな情報の魔物を狩ろうとする利点が俺には思い浮かばないのだ。
「…俺達は下層に潜ってそろそろ半年になる」
おっと、何か語り出したぞ?
「けど正直現状で頭打ちになっちまってるんだ、階層主の討伐も目処が立たねえ」
レベルアップしても能力の上昇には鍛錬が必要だ。だが生活があるのでハンターで十分に鍛えられるのは余程ストイックに生きている奴か、ある程度経済状態に余裕がある人間だけだ。恐らく彼等はそのどちらでも無いのだろう。そしてそうした連中が現状を打破する手段として選ぶのがレベルアップによる僅かな上昇だ。しかしこれにも問題がある。レベルが上がれば上がるだけ必要な経験値が膨大な量になっていくのだ。そして一度に大量の経験値を得ようとすれば、それは大量の経験値を蓄えている強力な魔物を狩る事になる。
「お前らユニコーンの角を探してるんだろ?ユニコーンが出たらお前らに譲る、勿論俺達が討伐してもだ。どうだ?悪くない話だと思うんだが」
下層の階層主は確かリビングスタチュー、その名の通り生きた石像だ。物理に対して極めて高い防御力を誇り、魔法も利きにくい。ついでに言えば魔法生物なのでこれまでみたいに脳味噌を抉って一撃なんて真似も難しい。そもそも討伐出来たとしても二度目の特例が許される保証もない。
「僕達が深層への到達資格を得るまでの協力関係なら呑ませて頂きます」
俺の言葉にカシュのパーティーメンバーが一瞬顔を歪めるが、カシュは安堵した表情で手を差し出して口を開く。
「交渉成立だ。宜しく頼むぜ、白刃の」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
俺はその手を握り返しつつ、そう笑顔で返事をした。
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