熊って重いんだね
ブリザードベアは冷気に強いことで知られる魔物だ。まあ名前や出現する場所を考えればさもありなんというやつであるが、その特性がダンジョンでは非常に厄介になる。何故ならダンジョン内で最も気兼ねなく使用出来る魔法が水・氷系魔法だからだ。何しろハンターは魔物の素材をダンジョンで入手して生計を立てているのである。焦げたり燃えたりしてしまう火や雷系は素材の売値を著しく下げてしまうし、比較的威力の低い風系は傷が多く入ってしまい同じく売値が下がる。後は土系だがこれは素材が土や石まみれになってしまうという問題があった。毛皮や爪・牙などならまだ良いのだが、魔物の肉は当然追加で処理が必要となれば売値に響いてしまう。なので水・氷系魔法の利きにくい魔物というのは忌避される傾向にあるのだ。ここにおまけでデカくて物理攻撃も利きにくいブリザードベアはダンジョンでも有数の嫌な魔物にランクインしている。尤もそのおかげで素材があまり出回らないから、こんな金策が出来るわけだが。
「残像です」
ふ、デカくなろうと所詮は獣の延長。風魔法の幻影に簡単に引っかかったぜ。地面に叩き付けられた腕を足場にブリザードベアへ飛び乗り首元に跨がると、俺は奴の脳天に剣を突き立てる。ふふふ、レベルアップの上限まで上げた力のおかげで分厚い頭骨も余裕で貫く。やはり腕力、腕力は全てをシンプルに解決してくれる。
「フリーズ!」
剣がしっかりと根元まで埋まった所で俺は氷系の初級魔法を魔力過多で唱える。この魔法は手で触っている物の温度を奪うという結構夏場に有り難い魔法なのだが、これを魔力を過剰供給して唱えるとどうなるか?急速に熱を奪われた剣の柄に霜がつき、刀身が突き刺さった相手からも奪い出す。防寒性に幾ら優れた毛皮を持とうと、魔物もあくまで生物の構造からは逃れられない。脳みそを内部から凍らされたブリザードベアが暴れる暇すらなく絶命した。…俺なんかいつも魔物の脳みそ狙ってる気がするな。いや、これはあれだ。相手が無駄にデカかったり異常に体力があったりするからそうなっているんだ。決して俺が別惑星までやってきてハントを楽しむ捕食者さんのように頭に執着しているわけではない。
「ブリザードベアも一発かよ…」
ふはは、凄かろう。とは言ってもこの剣が無ければ出来ない無茶だけどな。ロックドラゴンの角を混ぜて打たれたこの剣は強度を突き詰めた一品だ。折れず、曲がらず、そして欠けない。おかげで多少硬い程度の相手だったら骨ごとバッサリである。まあそのせいで日々のメンテナンスが自分では全く出来ないという問題もあるのだが。さておき問題はここからだ。
「想像していたよりも大きいですね」
魔物の特徴や大きさはギルドで簡単に調べられるので事前に調べてあったが、こうして見ると大分大きい。アグリーシュの部屋に置かれていた荷物が全て入ったらしいから多分大丈夫だと思うが、最悪幾らか諦める必要が出てくるかもしれない。
「おっと、急がないとですね」
ダンジョンの魔物は死んでから一定時間放置するとダンジョンに吸収されてしまう。おかげで幾ら殺しまくっても死体まみれになるなんて事は起きないのだが、素材を持ち帰りたい俺達からすると結構厄介だ。特に階層主は消えるまでの時間が短い、恐らく再配置の時間が速いせいだろう。
「これ、どうやって入れるんです?」
早速準備を始める俺にカーマが聞いてくる。バッグの口はどう見てもブリザードベアより小さいから当然の疑問だろう。だが安心せい。
「ちゃんと使い方も聞いてきてますよ。“飲み込め”」
ブリザードベアにバッグ口を当てて俺はそう唱える。すると麺類を啜るような音と共にブリザードベアがバッグの中へと吸い込まれていく。因みにこの世界では麺類を啜る音が大変不評なため、皆すげえ嫌な顔をしている。…ちっちゃい頃ラーメンモドキを作って勢い良く啜って母さんにすっげえ怒られたのを思い出した。
「とと!?」
そんな感じで油断していたら、持っていたバッグが急に重くなり俺は思わず取り落としてしまう。幸い手を離しても収納は続くらしく、程なくしてブリザードベアは無事バッグに収まった。
「「おおー」」
よしよし、第一関門はクリア、だが肝心なのはここからだ。
「あ、これは駄目ですね」
ここでちょっとした雑学を披露しよう。地球は北海道にお住まいの羆さんは体長が大体2mくらいで体重が120~400kgになるそうだ。雑に平均をとっても260kg、中々に重たい。それに対してブリザードベアは大体5m前後、つまり2.5倍の大きさである。ここで重要なのは大きさが2.5倍でも重さはそうではないということだ。大きくなると縦横高さが全て増えるから、重さは実に15倍を超える。控えめに見積もってもこの白熊4tになるのである。持ち上げようとした瞬間それを察した俺は即座に身体強化の魔法を発動。背負う事にも成功するが、正直肩にハーネスが食い込んで滅茶苦茶痛い。後すっげえ重いから間違いなく戦闘は無理だ。これは少し考えねばならんな。多分商人相手なら使い道は多いだろうけど、ダンジョンに潜るハンター相手にはこのままの販売は難しいだろう。
「…取り敢えず一旦戻りませんか?このままじゃ次が出てきちまう」
「それなラ下りてしまっタ方が早いデスね」
ダミアの提案にバレッタがそう付け加えた。ランクが足りないから利用許可は下りないが、脱出のみならポータルが使える。一秒でも早くバッグを下ろしたい俺に異存などあるはずもなく、満場一致で俺達はダンジョンから抜け出した。
「あれ?アルスさん、珍しいですね」
「ええ、ちょっと」
声を掛けてきたのはリリカさんだった。ここのところは日が暮れるくらいまでダンジョンに潜っていたから、日の高い内に俺達が顔を出したのが珍しかったんだろう。丁度良いので彼女に相談を持ち掛ける。
「実は結構な大物を討伐しまして。素材を持ってきたんですけど」
「買い取りでしたらカウンターで承りますよ?」
はっはっは、ここで出したら大騒ぎになってしまうわ。
「ちょっと量が多いんですよ。出来れば倉庫で直接見て頂きたいんですけど」
「はぁ…、ではこちらにどうぞ」
どう見てもそんな大荷物を持っていない俺にそう言われ、リリカさんは首を傾げながらも倉庫へ案内してくれる。そこそこ広いが荷物があってブリザードベアを出したらぶつけてしまいそうだ。
「すみませんリリカさん。もうちょっと広い所がいいんですが」
「ええ?ちょっと待って下さいね」
そう言うと彼女は一度部屋から出て行き、見慣れないおっさんを連れてきた。身なりからして多分ギルドの偉い人なんだろう。
「君かね?倉庫を使いたいというのは。一体何を持ってきたのかね?」
んー、ここなら人もいないし言っちゃっていいか?
「実はブリザードベアを討伐しまして」
「なに!?」
ブリザードベアは強級に分類される魔物だ。勿論その中では弱い方になるが、それでもランク3のハンターが複数、出来れば4のハンターが二人以上のパーティーで挑むのが常識らしい。下層の探索条件もこの辺りに合わせられているのだ。まあつまりランク3に上りたての、他なんてランク1のパーティーが挑むなんてのは自殺行為に等しいのだ。普通なら。
「か、階層主を討伐したのか?君達が?」
おっさんの言葉に皆が曖昧な笑みを浮かべる。流石に俺が単独で倒したなんて事は言えないんだろう。言った所で信じて貰えるとも思えないが。
「そんなわけで少し欲張ってしまいまして。買い取って頂きたいんですけど大きさが大きさなものですから」
「…解った。こちらに来なさい」
そう言って別の倉庫に案内してくれるおっさん。どうでもいいが正直そろそろ肩がやばくなってきた、いい加減下ろしたい。
「ここならどうだ?」
「ありがとうございます。では、“吐き出せ”」
嬉々としてバッグを下ろすと開放感と共に俺は取り出し用の呪文を唱える。するとスゴ味が増すような音と共にバッグからブリザードベアが吐き出された。うん、特に傷なんかはついていないな。これなら買い取りも期待出来そうだ。なんて気楽にしていたら、偉そうなおっさんが目の前の光景に腰を抜かしてしまった。
「な…なっ!?」
「すみません、ちょっと欲張って全部持ってきてしまったんです。討伐部位もまだ切り取っていなくって」
よく見ると壁際に立っていたリリカさんも笑顔を引きつらせている。うむ、ちょっと刺激が強かったか。
「あの、大丈夫ですか?」
「…君、確かアルス君だったね?」
「はい」
「この成果は偶然かな?それとも君達はもう一度これが出来るかね?」
勿論答えは決まっている。
「出来ますよ。一度どころか何度でも」
俺の返事におっさんの顔つきが変わる。まあそうなるよな、ブリザードベアを討伐して丸ごと持って帰れるパーティーなんて他にはいないだろうからな。おっさんは立ち上がり深呼吸をするとこちらを見据えてこう言い放つ。
「特例として君のパーティー全員をランク3に認定する。条件は週に一度この状態のブリザードベアを納品する事だ」
成る程、下層に潜れれば稼ぎが良くなる。バレッタ達の昇格はかなりかかるから、これは非常に良い取引に思える。が、騙されんぞ?
「ブリザードベアは適正価格で買い取って頂けるのですよね?」
「…勿論、ただしこの状態ならだぞ?」
やっぱり交換条件の納品で踏み倒すつもりだったな?そうはいかんぞ。
「では今の内容を書面でお願いします。後で不幸な行き違いがあっては困りますから」
形容しがたい表情になるおっさんに向かって俺は笑顔でそう言った。
評価・感想お待ちしております。




