あれって実は凄いんです
「困りましたね」
ダンジョン中層の攻略開始から早くも三日が経過した。そして現在俺達は厄介な問題に直面している。
「下層での探索条件が、パーティー全員がランク3以上とは」
「すみません、あたしの調査不足で」
そう言ってダミアが項垂れる。因みに深層の探索はランク5を複数名と全員がランク3以上だそうな。因みにランク5まで来ると一流の冒険者である。この上にランクが設けられているが、こちらは少々特殊だったりする。俺もよく調べずに最高が10なんだー、じゃあ10目指すか!なんて思っていたのだが、実は普通のハンターが到達出来る最高ランクは7までだったりする。その上になる8~10は所謂英雄向けのランクで特に10となると英雄かつ何処かの王族なんて面倒な身分の人限定なのだ。まあ英雄と一般人では大きな隔たりがあるから理解出来るし、更に権力者の面子に関する厄介さも知っている身としては、まあそうですよねとしか言い様がない。
「能力的には問題ないんですけどね。実績かぁ」
昇級試験を受けるなら俺のように誰かに推薦して貰うか、そうでなければ討伐数などで実力を証明する必要がある。推薦してくれそうな人物になんて当然心当たりなぞあるはずもない俺達は解りやすい実力の証明が必要なのだが。
「あたしはランク2ですから、それなりの魔物を討伐すれば大丈夫でしょうが…」
ダミアはそう言いながらバレッタとカーマの方を見る。二人はハンターに登録したてな上にまだランク1だ、それこそレックスリザードの群れを単独討伐したなんていう愉快な実績でも無ければ3への昇級は難しい。どうしたもんかね?
「ね、ね。先生」
ここを突破しても目当ての深層にはランク5が必要になる事を思えば、ここは一回真面目に討伐に励むべきか。そんな事を考えながら皿の串焼きに手を伸ばすと隣からサリサが話しかけてきた。因みに串焼きはしっかり彼女が確保している。おのれ。
「実績が要るなら、またアレすればよくない?」
「あれ?」
「ほら、階層主をずっと討伐するの。あれって簡単にはできないんでしょ?」
成る程、その手があったか。
「…アニキ、確か中層の階層主って」
「ブリザードベアだな。通称一撃熊」
ブリザードベアは白熊によく似た魔物でその容姿はなかなかに愛くるしく、仄かに青みがかった白い毛皮はとても美しいだけでなく防御力にも優れておりとても人気が高い。問題は体長が5mを超えることだろう。その体躯から繰り出される膂力はすさまじく、人間など簡単に屠れてしまう。ベテランのハンターですら一撃を貰ったら終わりなので一撃熊なんて呼ばれている。
「良いですね。では明日はブリザードベアを狩りましょうか」
俺の言葉にダミアとカーマが深々と溜息を吐く。いいね、二人も随分こちら側になってきた。
「ブリザードベアにゃ魔法が殆ど利きませんよ?」
「毛皮も強靱で生半可な腕じゃ剣も通らないって。まあ生半可だったら剣が届く前に死ぬけどね」
大丈夫だ、問題ない。
「ブリザードベアを狩るナラ、全部持っテ帰れナイのハ残念デスね」
「あー、まあそうですねえ。ブリザードベアにゃ捨てる所がありませんし」
毛皮は言うまでもなく肉や内蔵は魔法薬の素材や高級食材になるし、骨や牙爪は武器防具の材料として珍重されているらしい。それこそ丸ごと持ち帰れれば一財産なのだそうだ。いいなそれ。金で全てが解決する訳では無いが、大抵の問題は解決出来る力を金は持っている。実際ダミア達だって十分な金があればダンジョンの深層に挑むなんて真似はしなくても良かっただろう。尤も現在ではユニコーンの角があまりにも品薄になってしまい国が販売制限を掛けているから、金で解決しようとすれば国家に喧嘩を売ることになってしまうから、素直に自分で取ってくるのが一番確実だ。
「その辺りも何とかしたいですね」
元日本人としてMOTTAINAIの精神は大切にしていきたい所存である。それにあれだろ?どうせ空間収納の魔法とか四次元的なバッグとかあるんだろ?俺は詳しいんだ。
「そしたらあたしらはちょっと武器屋に行ってきますかね」
「あー、そうだね。今のじゃ流石にブリザードベアは厳しいし」
そう言ってカーマは自分の服を摘まんでみせる。一応厚手の生地を使っているものの、彼女の服は一般的向けのものだし、その上から着けている革鎧も中古品だから結構草臥れている。確かに防具の性能は戦闘において重要だ。そこは武器だろってハンターも多いみたいだが、そういう奴らは大抵長生き出来ない。これはダンジョン都市の新人ハンターによく見られる悪癖なんだそうだ。というのも上層で戦う魔物は身を隠す知性なんて持ち合わせていないのが殆どで、唯一相応の知性を持っているのが階層主という隠れられない魔物だからだ。彼等にとって魔物とは先手を取って殴れるのが当たり前であり、だからこそ初撃で仕留められるよう武器を重視する。そして中層に下りた所で隠れて奇襲してくるゴブリンにあっさり全滅させられるのだ。ゴブリンを倒せるようになったら一人前とはこの辺りに由来する。
「それなら僕もご一緒してもいいですか?」
俺も盾を新調したいと思ってたんだ、ついでにコートなんかも見たい。今着ているのは開拓村で使うことを前提にしていたから少し動きにくいし、何より外側にポーチや金具がついていないからダンジョン内では結構使いにくいのだ。ついでに魔法のバッグとか買えたら最高だ。…なんて思っていた時期が俺にもありました。
「坊主、ここは普通の武器屋だぜ?アーティファクトなんて扱ってねえよ」
なん…だと!?
「あの、旦那?エンチャントされている道具なんてお貴族様が持っているかって代物ですよ?」
「あれだろう?英雄譚なんかでも読んだんだな。そりゃ英雄様にゃ国から支給されたりするらしいが、普通のハンターなんかじゃ手が届かねえよ」
ぐぬぬ、抜かった。ティアナが普通に渡してくるものだからそこまで価値があるなんて思っていなかった。…あれ?つまり俺は結構どころじゃない高級品を平気な顔して貰ってたのか?貴族様相手に?
「旦那?どうしたんです?」
嫌な汗がダラダラと背中を伝う。これはすごく、すごくまずいです。なんていうか、すごいまずいとおもいます。
「なんかとんでもないことやらかしたって顔してるね」
「ダイジョーブデスよ、アルス。チャンと責任トレばナニも問題アリまセン!」
つまり結婚しろって事ですよね。いや、ちゃんとするつもりだよ?つもりなんだけど。
「おう、坊主。人生の先達として言わせて貰うぜ」
狼狽える俺に向かって武器屋のおっちゃんが不敵な笑みを浮かべながらそう言ってくる。おお、なんだ?今ならどんなアドバイスも好評受付中だぞ。
「女からの高価な贈り物は本気の証だ。しかも貴族様となりゃ、それは絶対逃がすつもりはねえって宣言も同じよ。だからもう手遅れだ、諦めろ」
アドバイスじゃなくて説得だこれ!?
「コートは普通の品だが、盾の方はしっかり硬質化の刻印が刻まれてっから、それより質の良い盾が欲しけりゃ王国武器工廠か教会の直売店かに行くしかねえな」
どっちも一見さんお断りじゃないですか、ヤダー。
「あのう」
そんな風に悶えていると何やら声を掛けられる。そちらを見るとなんて言うか実に怪しい人物が立っていた。
「アーティファクトをお探しですか?」
「ええ、まあ」
俺がそう答えるとその人は何やら嬉しそうにこちらへ歩いてくる。長い黒髪にこれまた真っ黒のコート、背は低めで体も細い。前髪で顔の半分が殆ど隠れている中で大きな金色の右目が印象的だ。
「失礼で無ければどのような?」
興味本位って訳ではなさそうだ。
「大量の荷物を運びたくてですね、そんなバッグか何かを探しているんですが」
「成る程空間拡張系ですね」
お、心当たりがあるんか?
「伝説級のアーティファクトですよ。店で買おうとか舐めてるんですか」
説教されたでござる。
「ですが貴方は運が良い。いえ、この場合悪いのでしょうか?まあともかく、それなら私に伝手があります。如何でしょう、良ければご紹介しますが」
わあ胡散臭い。けど多分大丈夫なんだよな、
「何?先生」
サリサに視線を送るが、彼女はぼーっと突っ立っている。つまりウチの危険察知システムが彼女に反応していない。ならばこれは良い出会いかもしれない、凄い胡散臭いけど!
「それは大変有り難いです。お願いしても?」
「ええ、では用事が済みましたらお声かけ下さい。外でお待ちしています」
そう言って店から出て行く彼女を見て俺は口を開く。
「ではちょっと行ってきますね、申し訳ないですがサリサは付いてきてくれますか?」
俺がそう言うと彼女は黙って頷く。それを確認した俺はバレッタに近付いて耳打ちをした。
「多分大丈夫ですけど、万一の時はお願いしますね」
「任されマシタ♪」
俺のお願いに彼女はとても良い笑顔で返事をしてくれる。その手はしっかりとドラゴンキラーに添えられていて、万一の場合はどうなるのかを容易に想像させてくれた。うむ、実に頼もしいぜ。そんな事を思いながら俺は声を掛けてきた女性を追って店を出た。
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