力が欲しくばくれてやる(拒否権はありません)
剣が肉を断つ感触は一瞬だった。俺はわざと刃を立てて切り口を荒くする。オーガという魔物は攻撃力だけで見れば中層に出てくる魔物と大差ない。ではなぜコイツが一段上とされているかと言えば、その驚異的な再生能力とスタミナだ。それこそ綺麗に切断なんぞしたならば切った端から傷口がくっついてしまいそのまんま襲いかかってくる。これが骨までそうだというのだから厄介である。まあ、本来の俺達ならばそんなのを無視して討伐も余裕だが、今回はちゃんと手加減をしなければならない。俺達が殺してしまっては意味が無いからだ。
「よっと。はい、お待たせしました」
綺麗にお膳立てを済ませてカーマ達へそう告げる。返事がなかったのでそちらへ視線を送ると、そこには顔を青くした兄妹の姿があった。ふむ、ちょっと刺激が強かったか?
「どっちがやります?」
「は、はい!あたしがっ」
そう聞いたら思いっ切りビビリ散らかした声音でダミアが返事をする。俺は足下に転がるオーガを見て無理もないかと苦笑した。四肢を切り飛ばされた上にご丁寧に背中から剣を突き刺して地面に縫い止められているそれは、後は唯一再生が出来ない頭を潰すなり切り飛ばせば討伐完了である。そこまでの作業工程を見ていれば恐怖の一つも覚えて無理もない。俺だって無力な時分に顔色一つ変えずにオーガを達磨にするような奴が側に居れば同じような感情を覚えるだろう。尤も深層へ到達するのなら、彼等にも同じとまでは行かなくともオーガを単独で相手取れるくらいにはなって貰わねば困るのだが。
「ってぇいい!」
若干裏返ったかけ声と共にダミアがハンマーを振り下ろす。普段はスカウトらしくナイフを使っているが、オーガ相手には火力が足りないのでこうなった。因みにカーマは自前の剣でやる予定らしい。
「GUGYA!?」
「こ、このっ!このっ!このっ!?」
因みに唯一再生出来ない分オーガの頭は非常に硬い。こんなのを余裕で貫く矢を撃ち出せるバレッタのボウガンはちょっとおかしな威力をしている。ドラゴンキラーの名前は伊達ではないということか。そしてそれを普通のハンターがハンマーで再現するとこうなる訳である。振り下ろされる鉄塊、飛び散る血と肉片。うむ、実にスプラッターである。正直世界平和とか目指しちゃう系主人公としてはお茶の間にお見せ出来ない絵面であるが、そこは民家に押し入ってタンスや本棚を物色したり樽や壺を割り散らかさない事で相殺して頂きたい。
「はっ、はあ、はぁ…」
そんな現実逃避をしている間にオーガは動かなくなり、目の前でダミアがぼんやりと光った事でレベルが上がったのを確認する。うむ、取り敢えず一人目は無事終了だ。
「じゃ、戻りますか」
素早く討伐部位と角を切り取って皆にそう告げた。ダンジョンは辺境に比べると討伐報酬が低めに設定されている。これはダンジョンが魔物資源の採取地だからだ。討伐報酬が高いと素材となる部位を持ち帰らなくなってしまうからだろう。特に建材なんかに需要があるくせに安くかさばるジャンボスネールの殻なんかはこうでもしないと持ち帰る人なんて居なくなってしまうのだろう。俺だってやだ。
「え、あ、はい」
レベルアップして放心していたダミアがそう言うと慌ててついてくる。カーマの方は次は自分だからだろう、少し緊張しているようだ。
「大丈夫ですよ、僕達がいますから万一だってありません。それに今はこんなズルですけれど、直ぐに二人もちゃんと戦える様になります」
そう言いながら俺はバッグから携帯食を取り出しダミア達に渡す。
「復活まで時間がありますから少し休憩しましょう」
言いながら自分も取り出した携帯食を囓る。勿論こいつは俺が作った特製である。ダミアに渡したのはその中でも強化の種をマシマシにした贅沢な一品だ。普通に食ったら違和感だらけだが、レベルアップしたこのタイミングなら、そちらのおかげでゴリ押せる。
「……」
そんなダミアを見ながらカーマもモソモソと携帯食を口に運ぶ。こちらは至って健全なヤツなので能力の上昇はごく僅かだ。彼女の方は夕食の際お祝いとして食って貰おうと思っている。
「今日はカーマさんのレベルが上がったら中層へ下りてポータルを開放したら戻りましょう。中層の攻略は明日からです」
レベル上げの為に余計な物を持ち込んでいるし、何よりカーマの能力が上がっていない。更に言えばダミアの能力だって把握出来ていないのだ。中層の魔物に後れを取るとは思えないがここはダンジョンなのだ、唐突な理不尽が起きることはロメーヌのダンジョンで経験済みだ。ならば少なくとも不安がある状態では挑むべきじゃない。そんな事を考えている間に時間が来る。直ぐ隣の空間に大きな魔力反応が発生し、オーガが復活した事を確認する。
「にしても、毎回毎回同じ階層主なのはどうなんですかね?」
復活と表現したが厳密には違う。魔法なんて理不尽なものがある世界だが、死んだものを生き返らせる方法は無いからだ。転生なんて滅茶苦茶をやってる身からすれば実にご都合主義を感じてしまうがそうである以上仕方が無い。これは魔物にも言える事で、階層主も死んだ場合、同種の別個体が生産配置されるのだ。まあもし復活なんかしてたらどんどん学習して手に負えなくなってしまうから、この方式はある意味人類にとっても有り難い事ではあるのだが。
「ある種ノ制約と条件ガあるナンテ教会デハ言われテいマスね」
例えば階層主は下へ続く部屋から出られないし、必ず同じ魔物が選ばれる。そうした制約の代わりに本来階層に現れない強力な魔物が配置出来るのではないかとか云々。まあつまるところ階層主なんて呼ばれてはいるが、こいつらも魔族だか魔王だかに縛られた存在なんだろう。魔物の出自を聞いてしまった手前同情の気持ちもあるが、だからといってその為に今手の内にあるものを捨てられるほど俺は善人にはなれない。なので再びまみえたオーガを先程と同じく手早く達磨にすると地面に縫い止めてカーマに向かって言い放った。
「はい、お願いします」
それを聞いた彼女の表情については黙秘させて頂くとする。カーマのレベルが上がった!
「では、ライセンスカードを…確認しました。アルス・マフス及びそのパーティーのポータル使用を認めます」
使用許可証を受け取った俺達は早速ポータルを使って外に出る。支払いはオーガの討伐報酬と大体同じだ。やはりポータルを使って稼ぐなら相応の数を狩らないといけない仕組みのようだ。まあ索敵能力持ちが二人居るこのパーティーなら、余程の異常事態以外は特に問題にはならないだろう。今日の討伐結果と素材をギルドで換金し早々に宿屋へと戻る。女将さんは俺達を見ると顔を綻ばせてご馳走を持ってきてくれた。ふふふ、仕込みは万全だぜ。
「あの、これは?」
運ばれてくる料理に驚いているダミアに向かって俺は笑顔で答える。
「取り敢えず今日はお疲れ様でした。明日からは中層になりますから、ここで一度鋭気を養っておこうかと」
「おおっ!」
「フフ、最後ニとっておキもありマスから食べ過ぎ注意デスよ?」
「その、いいんですか?」
歓声を上げるカーマに対してダミアはまだ釈然としないようだ。まあ昨日までが強行軍だったからな、無理もない。
「中層は難易度が上がりますし、何より二人がどの程度能力が上がったか把握出来ていません。場合によっては中層での狩りはもう少し見送ってオーガでもう一度レベルアップを狙う必要があるかもしれませんし、そうした諸々を把握するためにも今日は休憩と確認が必要でしょう」
そもそも本人達がちゃんと把握出来ていない筈だからな。ここはしっかりと確認しておくべきだ。
「命懸けで深層に挑むのは立派かもしれませんが同時に愚かでもあります。焦る気持ちは解らないではないですが、自分が失敗出来ない立場だということもよく覚えておいて下さい」
適当な理由を並べてダミアを言いくるめると俺達は食事に取りかかる。粗方出された料理が片付いた所で出てきたのは切り分けられたケーキだ。といっても普通に想像するような生クリームをふんだんに使った物ではなく、所謂ベイクドケーキというやつだが。
「うわぁ…」
カーマが嬉々としてフォークを突き刺してかぶりつく。くっくっく、存分に種入りケーキを食すが良い。すっかり食べ終わり幸せそうにとろけているカーマを見ながら俺は笑顔で告げる。
「休憩したら裏庭に集合でお願いします」
その言葉にカーマは神妙に、ダミアは少し憂鬱そうに無言で頷くと装備を持って立ち上がる。裏庭には何人か先客が居るらしく、近付くと打ち合う音が聞こえてきた。それを聞いてダミアは益々緊張に顔を強ばらせる。
「あ、あの、旦那。あたしはやっぱり…」
逃げ出したいか?だけど俺は聞いたぞ。お前がこの街に来るのを志願したって。一度逃げた場所に、追い出された場所に戻るのは並大抵の恐怖じゃなかったはずだ。それでもダミアは訓練場に足を運び俺を見つけた。それに比べたらさ、
「馬鹿にされる?結構じゃないですか。弱い者を笑う奴なんていうのは、ただ安心したいために他人を傷付ける臆病者です。そんな奴らの言葉ごときに、ダミアさんが負けるわけがないでしょう?」
そもそも鍛錬中に弱い奴を探してからかうとか鍛錬に集中出来ていない証拠だ。そんな程度の低い連中なんぞ、はっきり言って今の強化されたダミアなら楽勝で上回っている。後はそれを自覚させれば、彼はもっと強くなるだろう。というか強くする。
「では始めましょうか。カーマさんはサリサとお願いします」
「はい!」
言いながら俺も木剣を振るって握り具合を確かめる。対するダミアも短めの木剣を握っているが今一集中出来ていないようだ。しょうがねえな。
「ダミア、僕はそんな気持ちで戦えるほど弱く見えるか?」
言いながら少しだけ殺気を当てる。ダミアは驚いた顔をするが、直ぐに緊張感のある表情に変わる。良い顔つきになったことに頷き、俺は一歩踏み出した。
「行きますよ」
初手は解りやすい上段からの振り下ろし。小柄な俺とは相性が悪い攻撃だが、これはダミアに自分の力を自覚させるための訓練だから問題ない。実際甲高い音を立てて俺の剣はダミアに防がれる。即座に蹴りを放つがそちらも後ろに飛んで躱される。うん、ちゃんと動けているな。今度は俺が構えて打ち込んでくるように促すと、彼は低い姿勢から鋭い刺突を放ってきた。速度が攻撃に乗っている良い突きだ、これならゴブリンくらい余裕で倒せるだろう。俺は木剣でわざと正面から受け止める。次の瞬間弾けるような音を立てて木剣が見事にへし折れた。
「問題なさそうですね、明日からは頼りにさせてもらいます」
驚きの表情を浮かべるダミアに向かって俺は笑顔でそう言った。
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