順調に暴走中
「僕はダンジョンの事を誤解していたのかもしれません」
攻略開始から三日目、受け取った報酬を分配しながら俺はそんな事を思う。
「ダンジョンって稼げるんですねぇ」
「いや、旦那達がおかしいだけだからね?」
報酬を受け取りつつカーマが顔を引きつらせながら言ってくる。昨日はオーガの所まで順調に到達したため、ならば今日は試しにオーガを討伐してみようと言う話になったのだが、ここでちょっとしたトラブルが起きる。先ず様子見ということでサリサが戦ったのだが、うっかり討伐してしまったのだ。そして一言、
「先生、コイツ大分弱いよ?」
いやいや、上層とはいえ階層主だよ?そんな訳で俺とバレッタも試してみる事にする。幸いというべきか階層主は優先して再配置されるらしく、大して待つ事も無く次のオーガが湧き出てきた。結論から言えば俺は唐竹割りにバッサリ、バレッタは頭へのダブルタップであっさりと仕留められてしまった。うん、コイツ弱いな。
「二人に仕留めて貰うときは少し考えないといけませんね」
安全かつ死なない程度に痛めつけるとなると結構残虐ファイトになりそうな気がするが致し方あるまい。あちらも俺達を殺す気で侵攻してきているんだ。そんな相手の殺し方を気に出来る程俺は慈愛に満ちた人間じゃない。
「あの、旦那。あたし達にその、あれをやれって言われても…」
ドン引きしているダミアがそんなことを言ってくるから笑って応じる。流石に普通の初級冒険者にそんな事をしろと言うほど世間ずれしていないつもりなんだけど。
「大丈夫ですよ、前に言ったとおり止めだけ刺して貰う予定です」
運ばれてきた果実水のコップに手を伸ばして喉を湿らせる。
「緊張する事は無いと思います。お二人も調子が良いじゃないですか、今の感じなら難しい話じゃありませんよ」
「う、まあ何というか少しコツが解ったというか?」
ダミアが疑問形でそう口ごもる。実際今日の二人は昨日に比べてスムーズに動けていたし、役職に見合った働きもちゃんと出来ていた。まあ昨日の携帯食に賢さの種をしっかりぶち込んだからな。本人達からすれば違和感があるくらい賢くなっているはずだ。
「そうなんだよ!何か急に武器の使い方とか、体の動きとかが解るようになったんだよ!」
「危険な環境だと実力以上の力を一瞬発揮出来るなんてことがあるみたいですから、そんな感じかもしれませんね。忘れないうちに練習しておくと良いですよ」
嘘です、でも練習が身になるのは本当なんで是非頑張って欲しい。
「これでレベルアップもすれば、私も旦那達みたいになれるかな!?」
カーマが目を輝かせながらそんな事を口にする。それに対して笑顔で応じたのはバレッタだ。
「エエ、研鑽ヲ詰めバ必ズ」
嘘は言ってないな。俺の種はあくまでその人の限界までしか効果を発揮しない。だから理論上は鍛錬を続ければいずれ辿り着けるとも言える。尤もそれは人生の全てを鍛錬につぎ込むとかいうような狂気の先にあるので現実的には不可能だ。けれどこれで鍛錬もしてくれれば他の種を使う隠れ蓑になる。バレッタナイス。
「そういうもんですかね?」
「寧ろ鍛錬の方が重要ですよ。確かにレベルアップは大きな成長が望めますが、何度も簡単にレベルアップ出来るわけではありませんから」
レベルは上がる毎に必要な経験値が膨大になっていくし、大量の経験値を内包している生物とはつまり強力な個体ということだ。どこぞの金属製スライムみたいな都合の良い存在が居ない以上、大量獲得を狙うのは相応の危険を伴う。だからこの種チートは短期間で強力な戦力を養成するのに非常に都合が良いのだ。何しろ種を食わせるだけだから死亡どころか怪我のリスクもない。
「そうだ、良ければ一緒に鍛錬もしてみますか?」
ギルド会館の訓練場や提携している宿屋の裏庭なんかはハンターが鍛錬を行えるように開放されている。しかしそう提案するとダミアは表情を曇らせて目をそらしてしまう。
「あたしは、ちょっと今日は遠慮します。すみませんお先に」
そう言うと食事もそこそこにダミアは荷物を掴んで部屋へと戻ってしまう。困惑していると申し訳なさそうにカーマが口を開いた。
「ごめんよ、旦那。その、アニキは訓練場で昔ちょっと…」
カーマが言うには、才能に恵まれなかったダミアは以前鍛錬と称した先輩ハンターによるいびりを受けた事があるらしい。うだつが上がらない三流ハンターなんかが憂さ晴らしによくやるのだそうだ。腐ってんな。
「アニキはさ、それでハンターが嫌になって戻って来たんだ。なのに村があんなになっちまって、自分がハンターの資格を持ってるからって」
後半は鼻声になりながらそう語るカーマ。本当に止めて?俺ダメなんだよそういう人情話。
「イイお兄さんなんデスね」
慈愛に満ちた表情でバレッタが肩に触れれば、カーマは荒く顔をこすりながら何度も頷く。あー駄目です。いけませんそういうの。
「大丈夫、ダミアさんは報われますよ」
俺は思わずそう言ってしまう。普通なら滅茶苦茶無責任な言葉だが俺に関しては違う。なぜなら彼が報われるだけの力を与えられるからだ。まだ秘密を打ち明ける気にはならないが、それとは別に彼がちょっとした幸運を掴むくらいは罰が当たらないと俺は思った。
「その為には先ず深層への到達です。明日は忙しくなりますよ」
俺の言葉を合図にその日は解散となる。部屋に戻った俺は早速種の生産を始めると、バレッタとサリサが興味深そうに見つめてきた。
「ねえ先生、この種を作るのって失敗するの?」
「ええ、しますね。残念ですが何でも創れる訳じゃありません」
「失敗スルんデスか?」
ああ、そういや話してなかったか。
「例えば全ての能力を上げる種、なんてのを創ろうとしても失敗します。こんな風…に?」
いつも通りに想像し魔力を手に集中する。そして大量の魔力が抜ける感覚と共に手の中にピーナッツが…生まれないぞ?なんだこの種?
「これが失敗シタ種デスか?」
「あ、いえ。いつもと違いますね?おかしいな?」
同じようにもう一度行うが、やはりピーナッツでは無く見慣れない種が生まれてきた。あうるぇー?
「これは何の種なの?先生」
「ええと、全強化の種、ですかね?」
サリサが手に取って眺めながら聞くのでそう答えたら、あろうことか彼女はその種を飲み込んでしまう。
「ちょ!?」
なにしてんのこの子!?
「おおっ、おお?」
感嘆の声を上げたかと思うと、サリサはしきりに自分の体を確認する。そして一頻り不思議なダンスを披露した後、俺に向かって不満そうに口を開いた。
「先生、この種効果が低いよ?」
「そんな事より何かおかしな事はありませんか!?吐き気や目眩、体に違和感は!?」
よくわからんものを躊躇無く食べるんじゃないよ!
「無いよ先生。それに先生が作った種でしょ?なら平気」
なわけあるかい!?
「いつもと違うと言ったでしょう!?どんな効果なのか解らないんですよ!?もし毒とかだったらどうするんですか!?」
「落ち着いテ下さいアルス。今マデは失敗スルとどうなっテいたンデスか?」
「…失敗すると、魔力が大量に消えてこの種が生まれるんです」
そう言って俺はバッグから包みを取り出し、その中に入っているピーナッツをとり出してみせる。それを受け取ったバレッタは難しい顔でそれを観察していたが、彼女もそれを口に含んで咀嚼する。
「普通のナッツデスね」
「……」
いやそうなんだけど、君ら俺への信頼度高すぎません?怪しい種とかほいほい食べるなよ、腹壊してもしらんぞ?そんな俺の思いなどつゆ知らず、バレッタは再び難しい表情になると質問をしてくる。
「確認しマス。種生産に失敗スルと魔力が消費サレてこの種ガ出来るンデスね?」
俺が頷くと、バレッタは益々難しい顔になって口を開く。
「アルス、ソレは多分失敗シテまセン」
「へ?」
「起動型のスキルは発動に失敗しタラ、何も起きズ、魔力モ消費されマセン」
つまり俺の場合なら、ピーナッツは生まれず魔力も消費しないって事か。ならこれは何だ?
「ダカラ、多分アルスのスキルは失敗してマセン。多分魔力が足りナクテ、不完全ニ発動シテいるんジャナイでショウカ?」
ええと、つまり今まで失敗だと思っていたのは魔力が足りなかっただけで、生産自体は成功していたって事?え、じゃあ無限にスキルを増やしたりそれこそ目からビームぶっ放したり出来る様になるって事!?
「まじかー」
思わず敬語を忘れてそう呟いてしまう。ふふふ、危うく勘違いしてしまう所だった。やはり俺はチート主人公!それも無双系だったようだな!
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