打算と妥協
「さて、まいりましたね」
初日の探索を終えてダミア達と別れ、自分達の部屋に戻ると同時に俺はそう唸った。
「思ったより質が低い」
サリサが溜息交じりに同調する。今日は様子見と言うことでダンジョンの上層を探索したが、低ランクハンターが想像していたよりも遙かに弱かったのだ。開拓村にいた頃、彼等のようなダンジョン都市のハンターを開拓村のハンター達はモグラ呼ばわりしていた。俺はこれをダンジョン攻略に特化した結果対応能力が低下しているためにそう皮肉られているのだと解釈していたのだ。だが現実は非情である。
「索敵は適当、連携は一応しているという程度。ランク2以下が使いものにならないとは本当だったんですね」
これはダンジョンという限定的な空間と、そこにやってくるハンターの気質が悪魔的合体を起こした結果の産物と言えるだろう。ダンジョン上層は見通しが良く整地こそされていないが地面の凹凸も殆ど無い、その為森林などでは必須となる索敵能力がほぼ必要ないのだ。無論効率の良い狩りをしようと思えば相手の位置を把握することが重要なのだが、ダンジョンでは適当に歩いているだけでも日銭くらいは稼げてしまう。だからこの辺りで燻っている連中は大抵が索敵の重要性を理解出来ていない。いやいや、普通気付くだろうとか思うんだが、それは俺が転生者である事が大きいようだ。基本的にハンターになる様な奴とは戦闘系スキルがありながら英雄にも軍人にもなれなかった連中だ。そしてごく一部の特殊な例を除けば、大抵はガキの頃からスキルでやんちゃをしていたような奴ばかりだ。そして家を追い出される年齢まで真面に勉強もせずに居た結果、馬鹿がつるんでハンターとしてダンジョン都市に向かうのである。そうして脳みそが子供のまんまな低級ハンターが量産されるのだ。勿論そんな奴らが頭を下げて先輩に教えを請うなんて事をする訳がなく独学でダンジョンに挑むのだから推して知るべしというやつだ。
「当面ハ彼等の訓練デスか?」
「いえ、時間を取られたくありません。明日から早速強化してしまいましょう」
こんな状況をギルドが何故放置しているかといえば、言うだけ無駄だからの一言に尽きる。講習会なんかを開いてもそうした連中はろくに参加しないし、毎年大量にハンターは供給されるから見込みの無い奴に時間を使うより優秀な奴に目を掛けて投資する方が効率が良い。
こう考えるとティアナと過ごした時間が如何に破格の待遇だったか良く解る。幼少期に貴族と同じ指南を受けられるなんて、ハンターになる奴らと比べれば明らかに恵まれている。俺は一度コップの水で喉を湿らせて明日からの予定を口にする。
「とにかく先ずは頭です。馬鹿は危なっかしくて連れ回せません。クラスの適性は見る必要はないでしょう、彼等にあれ以外が出来るとは思えませんし」
ハンターになるだけあって二人とも戦闘系のスキルを持っていた。ダミアが“投擲”でカーマが“耐久向上”、戦闘スキルとしては正直微妙寄りのスキルである。二人ともスキルに合わせたクラスを選択していて一応それを生かした戦い方をしている。ならば賢さを上げれば自然と動きも良くなるから戦力化までの時間は短くて済むだろう。まあもう少し頭を使ってくれないとトラップなんかに引っかかってあっさり死にそうで怖いというのもあるのだが。
「仲間が賢くテ困るコトはありませんカラね」
俺が渡した種をポリポリと食べながらバレッタがそう同意する。因みにこうした方針を決める際にサリサにはあまり意見を求めない。というか原則俺の言うことに反対しないのだ。尤も自分の意見が無いわけでもなく、ちゃんと嫌なことは嫌だと言ってくれるからあまり問題視はしていない。暫く俺が生み出した種を全員が黙って食べるという微妙な時間が続く。
「でも先生、賢くしただけじゃ多分足りないよ?」
サリサの言う通りだ。ダミアとカーマの身体能力は同じくらいのハンターと比べてもかなり低い。典型的なランク2で燻るタイプのハンターだ。だがそれに関しては俺に良い考えがある。
「ええ、なので早めに中層を目指します」
ランク3の俺が居れば、一応ダンジョン中層までの探索許可が下りる。だが大抵はそんなワンマンパーティーは中層まで降りる事が出来ない。何故ならダンジョンのお約束通り、それぞれの層を守っている階層主がいるからだ。上層を守っているのはこちらもファンタジーの定番オーガである。能力的には中層にいる魔物よりワンランク上といったところだそうだ。相性にもよるが、基本的にランク3のハンターが単独で倒せる相手ではなく、そのためパーティーの総合力が問われる事になる。まあぶっちゃけうちのパーティーは性能がバグっているので全員余裕で単独討伐出来るんだが。
「成る程、レベルアップデスね?」
そのとーり。
「階層主はオーガ単独だと解っています。これを二人にそれぞれ倒して頂きましょう」
この世界におけるレベルアップは、止めを刺した奴が経験値を総取りするシステムだ。つまり瀕死まで俺達が追い詰めたオーガに最後の一撃さえ入れればレベルは上げられるのである。うーん、実にパワーレベリング。そしてレベルが上がれば才能も僅かだが上昇する。ここで重要なのはその上がり幅に個人差があることだ。レベルが上がった際にそれを言い訳に種を大量摂取させ、一気に強化してしまおうと言うのが俺の作戦である。
「二人にも契約の種を飲ませちゃえば?」
「恐ろしいことを言いますね、サリサさん」
彼女の提案に苦笑しつつ答える。
「これでも契約の種は信用出来る相手にしか飲んで貰ってないんですよ。まあ、飲んだ貴女達からすればあんなものを飲ませておいてどの口がと思うかもしれませんが」
そもそもあれ変な紋様が定着するだけのピーナッツだからな。
「正直に言えばそれ程ダミアさん達を信頼出来ないんですよね。なんて言うか注意力が足りないというか、ばらすつもりがなくても迂闊に喋ってしまいそうで。流石にそれで殺してしまっては僕も寝覚めが悪いです」
「そんなの本人達の責任だと思うけど?」
そうかもしれんけどね。
「その辺りは本格的に強化する時に考えましょう。取り敢えず現状は教えないと言うことで」
俺がそう結論づけその日は就寝となった。翌日二人にその計画を話すと案の定顔を青くする。しかし俺にも都合がある、手助けに時間を掛けて世界が滅びましたでは笑い話にもならんのだ。だから二人に対して無茶を言う。
「お忘れかもしれませんが、このパーティーはユニコーンの角2本を貴方達が手に入れるまでの臨時のものなのですよ?そしてもしまた必要になったときに僕達が貴方達を助けるとは限りません。その時貴方達はまた誰かの善意を期待するのですか?」
勿論それでも良いだろう。なんだかんだ言って手助けしてくれる奴が現れるかもしれない。
「けれど仲間を募るのと護衛を求めるのでは話が全く違います」
俺の無茶苦茶な物言いにカーマは目を見開いて覚悟を決めた表情になる。おい、この娘大丈夫か?悪い奴に速攻で騙されそうなんだが。勿論現在進行形で騙している俺はそれを指摘することなく話を続ける。
「理想的なのは二人だけでもユニコーンの角を取れる様になる事、それが無理でも深層まで足手まといにならない実力を身に付ければ入手の難易度は大幅に下がります。偶然の善意を期待するよりずっと良いと思いませんか?」
「だ、旦那。あたし達の事をそこまで考えて…」
おっとアニキの方も大分チョロいですよ?あの出会ったときの胡散臭い悪知恵働く小物臭は何処へ行った?無論こちらも指摘するような無粋なことはしない。計画通りに進むならその方が都合が良いのだから。
「尤も先ずはその階層主に辿り着く所からですけどね。それじゃあ行きましょうか」
上層と呼ばれる範囲は5階までで、6階に下りる階段がオーガの守る部屋の奥にある。そして各階層には国が設置したポータルが存在し、一度突破すれば以後はポータルから移動出来る仕組みだ。使用には階層突破証明と使用料が必要になる。昔証明を偽造して中層に挑んだ馬鹿が居たらしく、それ以来相応に高額な使用料を課す事で再犯を防いでいるらしい。
「取り敢えず今日の内にオーガの所まで行きましょう」
ダンジョンに向かいながら予定を伝えると再び二人は顔を青くする。昨日は二人の能力を見るために限界まで二人だけにやらせたからな。仕方あるまい。
「大丈夫ですよ、今日は僕達もちゃんと戦いますから」
上層各階の情報も入手している。そして昨日潜った感触では地下による制限は殆ど無い感じだった。なんなら火系の魔法だって使える広さが確保されている。どうやって酸素を確保しているのか皆目見当がつかないが、そもそも魔法がある世界なのだ。ダンジョンの中は魔法で良い感じにされているのだろう。何せあれは魔族の前哨基地らしいしな。
「前衛は僕とカーマさん。ダミアさんは直ぐ後ろでバレッタをフォローして下さい。サリサは後方の警戒を」
潜って直ぐに探査の魔法を発動しつつ指示を出す。三人で動く際の配置に二人を混ぜ込んだ状態だ。本来ならスカウトのダミアが最前列になるべきなのだが、俺の探査魔法の方が優れているから仕方ない。
「1・2階は美味しくありませんから一気に抜けてしまいましょう」
両方とも遭遇する魔物の殆どがジャンボスネールだ。素材がかさばる上に買い取り価格も低く、取れる魔石も小さい。ただ動きが単調で鈍いから初心者には相手にしやすい魔物である。ただコイツに気を取られてばかりいると少数ながら徘徊しているダンジョンワーカーに捕まる危険があるからはっきり言って割に合わない階層と言える。これが上層でも3階まで下りれば魔法薬の素材になるポイズンキャタピラーや肉も毛皮も需要があるアルミアージ等が主体になる。稼ぐなら最低限この階層からだろう。
「しかしダンジョン内でこいつらどうやって生きてるんでしょうね?」
遭遇してしまった魔物を切り捨てつつ俺は疑問を口にする。森なんかにいた魔物は普通に草を食べたり別の魔物や動物を襲っていたがダンジョン内にはそれらしい草は生えていないし、食われている魔物の残骸なんかも目にしない。
「ドウなんデショウ?ダンジョンハ私達の世界とハ異なル場所デすカラ」
そもそも魔物本来の生態が解らないのだから考えても仕方が無いのかもしれない。けどそうなると俺達は良く解らんものの肉を食っているんだな。思わず今倒したアルミラージに目をやってしまう。…これって本当に食って平気なんかな?
「アルスさんって、結構潔癖?サリサさんとか連れてるから違うと思ってた」
俺の様子に驚いた表情でそう口にしたのはカーマだった。なんでそうなるって思ったけれど、どうやら王国で獣人を連れ回すって事は魔物の穢れとかそういうものに無頓着な人間だと認識されるみたいである。獣人に関する伝承を信じていない俺からすれば全く別の話になるんだが。
「ロサイスで出回っている肉の殆どはダンジョン産ですからねぇ。食わないとなると明日から食うもんがなくなっちまいますね」
そんな俺を見てダミアも苦笑する。ううむ、実にカルチャーギャップを感じる。
「まあ魔物を食って魔物になったなんて話は聞かないし、平気なんじゃないかな?」
なんとなく腑に落ちない軽口を言い合いながら、俺達はダンジョンを進むのだった。
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