ダミアさんは寄生したい
「昨日の昇級試験を拝見していました。いやいや、あのカシュを一方的とは正しく傑物でいらっしゃる」
「相性の問題でしょう。彼は対人戦に不慣れだった、魔物相手なら違う結果だったかもしれませんよ」
昨日の昇級試験には何人か見物人が居たが、こいつもその一人だったらしい。露骨なヨイショに対してバレッタとサリサは胡乱な顔になっている。まあ実際滅茶苦茶胡散臭いしな。
「ご謙遜を、他の節穴どもならともかくあたしの目はごまかせませんよ。旦那の動きは自分の体を良く解った動きだ、魔物相手にも十分通用するでしょう。第一、だから深層へ行けるって確信してらっしゃるんでしょう?」
やっちまったな。まさかこんなに直ぐに俺達に注意を払ってる奴がいるなんて想定してなかったから喋りすぎた。
「気持ちの問題です。志を大きく持たなくては人間小さくまとまってしまいますからね。深層まで潜れる様になりたいくらい考えていなければ中層にも行けないでしょう」
「仰る通りで。そしてロサイスのハンターにそれを理解しているのは殆ど居りません。その着眼点だけでも旦那が一角の人物と解るってもんです」
面倒臭いなコイツ。
「あの――」
「おい、アニキ!いい加減にしろよ!その人達困ってるだろうが!」
俺が拒絶の言葉を口にする前に、男が座っていたテーブルに座っていたもう一人がたまらずといった様子で声を上げた。見れば傷だらけの革鎧を着古した服の上から着込んだ少女が険しい表情でダミアと名乗った男を睨んでいる。
「カーマ、お前はちょっと黙ってろ」
「黙るかよ!パーティーの仲間が問題を起こせばそいつはパーティーの問題だ!」
どうやらこのカーマという少女とダミアはパーティーらしい。なら話は早いな。
「そちらのパーティーで話し合いが終わっていないみたいですね」
そう言って話を打ち切ろうとするが、ダミアは必死な表情で食い下がる。
「待て、待ってくれ!俺達はどうしても深層へ行かなきゃなんねぇんだ!」
「おいアニキ!」
土下座でもしそうな勢いで詰められ、思わず俺は気圧されてしまう。そしてバレッタが興味を引かれたのか口を挟んだ。
「理由ヲ聞いてモ?」
あ、これあかんやつだ。
「…深層にいるって話のユニコーンの角が必要なんだ」
「アニキ!」
ユニコーンの角は強力な浄化作用を持つ事で有名だ。これは一般的な回復系魔法の効果を上回っていて、病気に対する万能薬として珍重されている。特に開拓村や農村には浄化の魔法が使えるだけの術者が居ないことが多いから常備する所が多いと教会の本には書いてあった。国でもその辺りは認識しているらしく、ユニコーンの角はあまり高価になりすぎない様に供給されている筈なんだが。同じ事を考えたのかバレッタも不思議そうな表情だ。そんな俺達にダミアは理由を口にした。
「ここのところ、ユニコーンの角が急に値上がりしてるんだ。だってのに、村で病が流行っちまって」
最初は何とか購入していたそうだが病は一向に治まらず、更に値上がりで必要な分の確保すら難しくなったのだという。それでも何とか確保出来ないかという中で思いついたのが生産地で直接買い付ける事だったらしいが、世の中そんなに甘くは無い。ユニコーンの角の値上がりは消費の増加だけでなく、供給不足も関係していたからだ。
「稼ごうにもあたしらの腕じゃ日銭を稼ぐのが精一杯で、このままじゃ、村が…」
おい馬鹿止めろよ。
「誰かに頼んで取ってきて貰えば?」
「ハンターの規約上素材の勝手な受け渡しは禁止なんですよ」
まあ抜け道が無いわけじゃない。例えば非常に低額の物納依頼をギルドに出してそれを受けてもらうとか、こいつらみたいに素材を直接自分が採取して利用するとかだ。
「依頼の申請はしたけど、突っぱねられちゃったんだ。いくら何でも安すぎるって」
物納の依頼はギルドの販売価格より割高にするのが暗黙のルールらしい。まあそうしないとギルドから買わずに物納依頼で素材を買い取ろうとする奴が出てくるから仕方の無い事なのだが。
「理由ヲ説明しタんデスか?」
「したよ!でも例外は認められないって、このままじゃ…」
カーマと呼ばれた少女が涙ぐみながらそう口にする。いやほんと勘弁してくれません?
「村で流行っている病は?」
「死蝋病だ。…そろそろ薬が使えなくなって3ヶ月になる」
死蝋病は読んで字のごとく体が徐々に蝋化して死に至る病気だ。進行速度は遅いが、その分発見が遅れやすく一度流行するとその患者数は膨大になる。発病から病死するまでは凡そ1年から2年といわれているが、それは患者の体力次第なので何とも言えない。そして厄介な事にこの病気は中級の浄化魔法である“キュア”では治療出来ないのだ。治療には上級魔法の“リバイブ”を使う必要がある。ただでさえ回復魔法を使える人間は貴重で、それが上級魔法となれば下手な英雄候補よりも貴重な存在だ。だからこそ、その代替になるユニコーンの角は極めて重要な資源として国が安定供給に腐心している筈なんだが。
「パーティーが手に入れたものなら、持ち帰っても違反にならねえ。お願いだ旦那!俺達をパーティーに入れてくれ!」
本当に勘弁して欲しい。…俺、捨てられてる猫とか見捨てられないタイプなんだよ。
「本数は?」
「え?」
「ですから、ユニコーンの角です。必要な本数は幾つですか?」
「その、出来れば2本…」
その言葉を聞いて俺は盛大に溜息を吐く。
「2本ですね。それが集まるまでの臨時パーティーと言うならお受けします。ですが、貴方達にも働いて貰いますからね?」
俺がそう言った瞬間、ダミアがボロボロと涙をこぼして頭を下げる。
「ありがっ、ありがとう旦那ぁ!」
その横で同じように泣きながら頭を下げるカーマを見て俺は深々と溜息を吐いた。うん、馬鹿は死んでも治らないって本当だな。ソースは俺。
「取り敢えずご飯を食べましょう、それから今後の相談です」
そう言ってダミアを立ち上がらせて席に着かせる。冷めてしまったスープと硬いパンを強引に咀嚼して飲み込むと、向こうもいそいそと食事を掻き込みこちらのテーブルへ移動してきた。改めて二人を観察するが、あまり状態は良くないように見える。血色も良くないし、装備もあまり手入れされていない。正直このままダンジョンに潜らせたら上層でも危ないんじゃなかろうか。
「先ずは改めて、アルス・マフスです。ランクは3、一応このパーティーのリーダーをさせて貰っています」
「バレッタデス、ランクは1デスね」
「えっと、そちらさんは?」
サリサが自己紹介をするものだと待っていたダミアが不思議そうにそう聞いてくる。食器の色が違うことに気が付いていないようだ。うん、スカウトとしての能力もあまり期待出来そうにないな。
「サリサ、せんせ…アルスの奴隷」
サリサもそれを感じ取ったのか、小さく溜息を吐きながら自己紹介をする。ダミアは顔を引きつらせ、カーマはやらかした兄を見て苦い顔で額を押さえている。気持ちは解らんでも無いが切り替えていこう、時間が惜しい。
「で、そちらは?」
「は、はい。あたしはダミアです、ランクは2になります。こっちは妹のカーマです」
「カーマです、ランクは1です」
「見たところクラスはスカウトとファイターでしょうか?」
クラスなんて格好を付けているが、実のところハンターのそれは自称でしかない。じゃあなんでこんな名乗りをするかと言えば、パーティーを募集したり自分を売り込む際に解りやすいからだ。
「はい、と言っても他の連中に言わせればモドキってやつですが」
自己申告だから当然能力にはばらつきがある。おそらくここでは能力の低いハンターをそう呼んで馬鹿にしているのだろう。実力主義だし能力の足りていないメンバーはパーティーを危険に晒すから、それが絶対に間違っているとは言い難い。だが聞いていて気分が良くないのも確かだ。
「承知しました。ダミアさん、僕はパーティーならば誰かに寄りかかる関係は不健全だと思っています。だから貴方達にも相応の覚悟と働きを求めます。それでも僕達とパーティーを組む覚悟がありますね?」
「そ、それで深層まで行けるっていうなら」
俺の最終確認に、彼は震えながらもそう答える。ああ、くそ。ここで僅かでも日和ってくれれば見捨てられたのに。
「と言うことなので、彼等とパーティーを組みたいと思います。二人ともすみません」
「それデこそアルスデス♪」
「先生が決めたなら私はそれに従うよ」
前から思ってたけどウチのパーティーちょっと主体性が無いって言うか俺への信頼度高すぎません?海軍に対する陸軍とまでは行かなくても、もっと反対してくれていいのよ?
「となれば先ずは二人の装備ですね。ダミアさんはここのダンジョンに潜った経験は?」
「一応上層ならこの3ヶ月潜ってますが」
ふむ、それは重畳。
「では必要な物資なんかもご存じですよね。僕達の準備も含めて調達しましょう」
「えっと、旦那?」
「実力は実地で確認といきましょう。さあ、行きますよ」
こうして俺達は新たな仲間を迎える事になった。これも滅亡回避のための一手だと俺は自分に言い訳しつつ、道具屋へと急ぐのだった。
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