幼なじみとの別離は必須イベント
子供の頃はやけに時間が長く感じるものだが、その感覚においてもあっという間に2年が過ぎた。魔力の方は完全に伸び悩んでしまい、一日二十粒くらいで止まっている。因みにシアちゃんの方は寧ろ逆で、最近どんどん伸びているらしい。多分種と個人の相性みたいなものもあるっぽい。なので最近はスタミナや賢さ、あと素早さなんかを中心に上げている。そんな毎日において思うのは、つくづく伝説の英雄なんかになる連中は出鱈目なんだなあと言うことである。魔力や生命力なんかは実感しにくいが力や素早さなんていうのは直ぐに影響が現れる。試しに力を入れたらリンゴを楽勝で握りつぶしたり、素早くなりすぎて周囲がゆっくり見えたりと感覚の調整に死ぬほど苦労した。こんなに変化するのに即座に対応して魔物と殺し合うとかやはり世界を救うレベルは普通じゃ無いのだなぁなどとしみじみ思ったものだ。
だが俺もチート主人公の端くれ、いつ何時世界を救う事になるかも解らぬ。なのでちゃんと種ドーピングと訓練は欠かさずに行っている。秘密にしているが最近は右足が沈む前に左足を着けば沈まないが出来るようになった。多分俺は物理関係のステータスと相性が良いのだろう。無論魔法も諦めないが。
「アルス?」
さて、そんな感じの毎日であったが、変化というものは唐突に訪れるものだ。浮かない表情で俺の前に座るシアちゃんを見る。魔力不足が解消されるにつれて、彼女はメキメキと才能を開花させた。正直に言って、あれ?実は主人公シアちゃんなんじゃね?俺序盤のお助けキャラ的なポジじゃね?とか不穏な予想が過る位には彼女の才能は傑出していた。まあ多分途中で賢さの種とかも渡していたせいに違いない。あくまでチート主人公は俺、間違いない。
「ごめんなさい、シアちゃん。こんなことになるとは思ってもいなくて」
そう、俺は調子に乗りすぎた。シアちゃんがどんどん凄くなるが、自分も種ドーピングのせいで割と常識の範囲から逸脱しているのを甘く見積もりすぎていたのだ。もっと他の子と交流を持つべきだったと反省したが後の祭りである。
「ううん。アルスは悪くないよ、だって君がいなかったら私は今頃死んでいたんだから」
そうだけどさぁ、加減はして然るべきだったと思うんだ。
「けれどそのせいで、シアちゃんは家族と離ればなれに…」
そうなのだ。5歳の頃は病弱な女の子だったシアちゃんは、6歳の時には神童と呼ばれ、7歳の現在では英雄候補に選ばれてしまったのだ。英雄候補と言うのは特に才覚に溢れた子供を国が集めて特別な教育を施すという制度だ。最終的には成績優秀者が国家認定英雄なる称号を得てその肩書きに相応しい任務に就くことになる。因みに肩書きに漏れたとしても国軍や貴族のお抱えと引く手数多なので庶民としてはもう完全な勝ち組コースに乗ったと言える。え、俺?そりゃ実力を隠してましたから?シアちゃんの腰巾着と言うのが基本評価ですよ。当然英雄候補なんか掠りもしませんでした。
そして今日はシアちゃんがこの街で暮らす最後の日だ。昼の間に色々な人に別れを告げていて、夕食を終えた頃合いに俺の所へ訪ねて来た。笑顔の両親に送られながらシアちゃんの家に行くと、これまた笑顔なおじさん達に歓迎されつつシアちゃんの部屋に通される。部屋には殆ど荷造りされていない物が残っていて、理由を聞いたら英雄候補は全寮制の上基本的に衣食住や教育に関わる全てが国から支給されるから私物を持って行く必要がないのだそうだ。
「ねえ、もしアルスが私に罪悪感を感じているなら、お願いがあるの」
俺の謝罪を遮るようにシアちゃんが口を開く。
「お願い、ですか?僕に出来ることなら何でも言って下さい」
これでも逸般人だからな、大抵のことは叶えてしんぜよう。そう安請け合いをしたら、シアちゃんは左手を差し出してきた。なんぞ?
「あのね、指を噛んで欲しいの」
「へ?」
予想外のお願いに思わずそう口にしてしまうが、シアちゃんは動じた風もなく言葉を続ける。
「跡が残る位の強さで強く噛んで欲しいの。大丈夫、洗ってあるから汚くないよ?」
「え?え?」
「ほら、ここ。薬指のここだよ」
差し出された指を口に含み、恐る恐る歯を立てる。跡が残る位の強さってどの位?てか今俺すっげえイケナイことしてません!?
「もっと、ちゃんと噛んで?」
言われるまま俺は顎に力を込める。シアちゃんの口から痛みを堪えるような声が漏れて、俺は慌てて口を離した。
「あは。有り難う、アルス」
くっきりとついた歯形を見ながらうっとりとした声音でそう礼を言ってくるシアちゃん。
「どう、いたしまして?」
そんなシアちゃんを見て心臓が早鐘を打つ。待て待て、相手は7歳児だぞ?子供だぞ?何ドキドキしてんだよ!?
「アルスにキズモノにされちゃった♡」
そんな俺に近寄って、耳元でそう囁くシアちゃん。何方か!何方かこの状況を説明して下さい!今俺は冷静さを失っています!?しかしシアちゃんの攻勢は止まらない。俺に抱きつきながら左手を嬉しそうに眺めつつ、彼女は更に言葉を紡ぐ。
「これで私が誰のモノか一目で解るね。ねえアルス。指、出して?」
「いや、僕の手は洗ってませんから…」
「綺麗好きなアルスの手が汚れてる訳ないよ。ほら、違う左手」
そう言って彼女は持ち上げた俺の左手の薬指を口に含む。ぬるりとした感触が指を這ったかと思うと鋭い痛みが走る。
「っつ!」
「ごめん、痛かった?でもこれでお揃い。離れていても二人は一緒だよ」
血の滲んだ俺の指を、シアちゃんがそう言いながら丁寧に舐める。7歳児のする事か、これが?何かを言おうとして、そしてシアちゃんの顔を見て俺は何も言えなくなってしまった。だって彼女は笑っていたけど、瞳にいっぱいの涙を湛えていたからだ。
「シアちゃん」
「行きたくないよ。ずっとお父さんと、お母さんと居たい。アルスと一緒に居たいよぉ…」
名前を呼んだのが切っ掛けになったのか、シアちゃんは俺に抱きついて震える声でそう本心を口にした。しっかりと回された手が、彼女の気持ちを伝えてくる。だから彼女の泣き顔を見ずに、俺はシアちゃんを優しく抱きしめた。静かな嗚咽が部屋に響き、俺達は何時までも抱きしめ合っていた。
「それじゃあ、行ってきます!」
時間というのは残酷なほど平等で、どんなに願っても夜は明ける。翌朝には迎えの馬車がシアちゃんの家の前に止まり、鎧に身を包んだ如何にも護衛ですというお兄さんが訪ねて来た。シアちゃんはお気に入りだと言っていた服を着て、小さな手提げ鞄一つを持つと、俺達に向かってそう言った。結局泣き疲れても離れなかったシアちゃんと同じベッドで寝た俺はハパスさん達と揃って見送る形になっている。大丈夫?これ幼なじみとはいえ他人が入り込んでいいイベントなの?そんな感じでソワソワしていると、シアちゃんが近付いてきて流し目と共に爆弾発言を投下する。
「昨日のこと、私忘れないからね?」
そう言って左手の薬指に巻かれた願い糸を見せる。願い糸はこの辺りでは一般的な風習で、大切な相手に身に付けられる飾り紐を編んで渡すというものだ。因みに身に着ける場所で相手との関係を表したりする。左手の薬指は、まあうん。察して下さい。英雄候補に何してんだてめえと言う空気と、良くある事なのかまたかよと言う空気を半々に纏ったお兄さん達に促され、シアちゃんは馬車に乗り込む。ハパスさん達とお兄さんが一言二言交わし、直ぐに馬車が動き出した。
「行ってきます!」
窓から身を乗り出してそう叫びながら手を振るシアちゃん。俺達は馬車が見えなくなるまで、何時までも手を振ってそれを見送った。
「ンー、シアちゃんが居ないと寂しいデスね?」
シアちゃんを見送った後、俺は教会に来ていた。最近は授業を受けると言うよりは年下相手にシスターのお手伝いだ。その代わりに教会の裏庭を借りて実験紛いの事をさせて貰っている。
「でもシアちゃんの方がもっと心細いと思います。だから寂しがっていられません」
模範的回答をしながら黒板に字を書き込んでいく。その間に写している子供達の相手をシスターがするという形だ。そうした手伝いをしているうちに知ったのだが、実はスキルを授与された段階で英雄候補は目を付けられているらしい。と言うのもレアなスキルや戦闘用のスキルを授かった子供は国に全て報告されていて、教会はその後も定期的に優秀そうな子について追加で連絡をしているらしい。代わりに国からは教会へ資金や物資が提供されていて、そのおかげもあって孤児院や救貧院などの関連施設が経営難を免れているそうだから文句も言いにくい。個人情報だとか人権が守られるのは豊かな国の常識であって、割と国家規模でサバイバルな世界では通用しないのだ。
「アルス君は強いコデスねー」
シスターは元々寂しがり屋な所があるけれど、シアちゃんと仲が良かったから余計寂しいのかもしれない。どうしたものだろう、シスターの雰囲気に釣られて他の子達も今一勉強に集中出来ていない。一旦休憩にでもして気分を入れ替えるべきだと思った俺がそう口を開くより先に、教室のドアが開かれて神父様が入ってきた。なんだろ、なんか疲れてるっぽい?
「シスターバレッタ、少し宜しいですか?」
「ハイ?ナンデしょう?」
そう返事をするシスターに向けて、神父様はどこか言いにくそうな表情で口を開く。
「実は貴女に来客が来ていまして」
「ワタシにデスか?」
そう言ってシスターは首を傾げる、心当たりが無いのだろう。神父様の様子からするとあまり良い予感がしない。なんて思っていると、神父様の後ろから苛立ちを含んだ甲高い声が響いた。
「もう、早くしてよ!」
「あっ、お待ちください!?」
制止の声を上げる神父様を押しのけて、一人の少女が教室に入ってきた。サラサラと流れるようなプラチナブロンドのロングヘアー、整った顔立ちは物憂げな表情でも浮かべていれば十人中九人は彼女を深窓の令嬢と評するだろう。だがそんな美少女は不機嫌そのものといった表情を浮かべ、格好もドレスなんかではなく乗馬用のズボン姿だ。見た感じ良いとこのお嬢様だろうから、親御さんとかが見たら気絶しちゃうんじゃなかろうか?
「ふーん?なんか普通ね?」
「エッと?」
そんなスゴイシツレイな事を口にしながら、お嬢さんがシスターの周りをぐるぐる回って観察する。困惑する俺達を置き去りにして、偉そうに腕を組んだお嬢様が鼻を鳴らしながら言い放つ。
「ま、いいわ。貴女、今日から私の家庭教師になりなさい。ほら、行くわよ」
は?なんですと!?
PV1万突破ありがとうございます投稿。
申し訳ありませんが次からペースダウンします。