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昇格するそして奴隷は買い損ねる

「なっ!?」


カシュの驚愕した声が耳に届く。そりゃそうだ、何せ今し方離された距離を俺は一回の跳躍で詰めてみせたのだ。地面を這うようなそれは明らかに彼のそれよりも速く、彼に迎撃の時間を与えない。


「ごぇっ」


驚愕に歪むカシュを笑顔で見つめながら、彼の胸を木剣で思い切り殴り付ける。愉快な悲鳴を上げながらカシュはその場に崩れて悶絶した。そんな彼に俺は笑顔で問いかける。


「どうでしょう、これで認めて頂けますか?」


「…っ、……っ!?」


だがカシュは返事をしない。あっはっは、解る解る。胸を強打されると横隔膜が麻痺しちゃって声が出せなくなっちゃうんだよねー。


「うーん、これでも足りませんか」


しょうがないなぁ、なんて言いつつ俺は木剣を振り上げた。カシュはといえば痛みと俺の豹変に理解が追いつかないのか顔を恐怖に歪ませたまま動けずにいる。そんな彼に向かって俺は一切の躊躇を見せずに木剣を振り下ろした。


「待て!もういい!!」


振り下ろしきる寸前で立会人から待ったがかかる。それに応じて俺は速度を緩め、彼の肩を軽く叩く。想像とは異なる軽い衝撃に混乱しているカシュに木剣を当てたままの姿勢で俺は立会人の言葉を待った。


「アルス・マフスのランク3昇格を認める。双方武器を納めなさい」


「試験官からまだ認定を頂いていませんが?」


視線をカシュから離さずにそう告げれば彼は僅かに肩を震わせた。おいおい、随分と怯えちまってるじゃないか。さっきまでの威勢はどうしたんだい?


「昇格に十分な才覚を示したと立会人である私が保証する。だからもう止めなさい!」


流石にこれだけ言われれば後で無効にされることもないだろう。俺は木剣を引き酸欠で土気色になりかけているカシュへヒールを掛けてやる。


「ぐ、ごほっ!はあ、はぁ」


「すみません、少し大人げなかったですね」


咽せながら呼吸を繰り返す彼に笑顔でそう告げて手を差し出す。カシュは一瞬怯えた表情を見せるが俺の手を取ると立ち上がる。うん、特に問題はなさそうだな。けど一応聞いておくか。


「傷む所があれば言って下さい。もう一度ヒールを掛けますから」


「…魔法、使えるのか」


ああ、言ってなかったっけ。


「嗜む程度ですけどね」


俺の返事にカシュは顔を歪ませる。そして一人で立ち上がると背を向けて行ってしまった。おかしい、ここは主人公凄い!俺を弟子にしてくれ!とか俺とパーティーを組まねぇか!?とかこう、ポジティブなイベントが発生する場面じゃなかろうか?そんな事を考えつつ首を傾げていたら、立会人のおっちゃんが声を掛けてきた。


「試験終了だ、アルス・マフス。手続きを行うから受け付けで待つように」


そう言っておっちゃんもさっさと演習場から出て行ってしまう。その態度は何というか、厄介事に関わりたくないといった様子だ。なんで?釈然としないものを感じつつ、俺は手続きを済ませる。そちらも酷く淡泊なもので、ランク3で潜れるダンジョンの階層と新しいランクの認識票を手渡されて終了だ。何、これがダンジョン都市スタンダートなの?


「この後ハどうしマスか?」


「一度ダンジョンを見ておきたいですね。それから例の方も」


国家公認だけあってダンジョン都市のダンジョンは様々な情報が公開されている。だから事前に階層の特徴や出現するモンスターについてもかなり詳細に知ることが出来るのだが、やはり実際に潜ってみないことには解らないことも多い。ただダンジョンは潜る度に入場料が必要になる。それに俺達は今日この街に着いたばかりだ。上層の魔物は下級ばかりだというから俺達が負けることはないとは思うが、それが慢心でない保証は何処にもない。最低限情報収集と潜るための準備を整えてから行くべきだろう。となると残るのはもう一つ、“種生産”のスキルを持つ人材の確保だ。まあぶっちゃけこっちは異世界転生の定番、奴隷の購入である。


「でもそういう店って誰かの紹介とかが要るんですかね?」


流石にそんな店へ行った経験は無い。これは手詰まりかと思った矢先、俺達に声を掛けてくる人がいた。


「何かお困りですか?」


「はい、え?リンカさん!?」


見知った顔に思わず声を上げてしまう。そこには数日前に別れを告げた筈のリンカさんが変わらぬ笑顔で立っていたのだ。


「リンカ?ああ、姉のお知り合いなんですね。私はリンカの妹でリリカと申します」


そう言ってお辞儀をするリリカさん。特徴的な緑のロングヘアに少し野暮ったい眼鏡に加え、服装までギルド職員で同じだから正に瓜二つ過ぎてちょっと混乱する。だが挨拶は大事なので俺もしっかりと彼女へ返事をした。


「どうも、リリカさん。アルスと申します。お姉さんには開拓村でお世話になりました」


「成る程、そういったご関係でしたか。それでアルスさん、何かお困りのご様子でしたが」


口を開き掛けて一瞬悩む。初対面の女性にいきなり奴隷の買い方で悩んでましたとかちょっと世間体的にどうなのだろうか?


「実ハ奴隷の購入デ困ってマス!」


が、そんな俺の葛藤など知らぬとばかりにバレッタが元気よく質問に答える。おい、それで良いのか聖職者。


「ああ、そう言う事ですか。それでしたらギルドと提携しているお店をご紹介しますね。あ、けれどもうお住まいはお決まりですか?」


ん?住まい?家って事?


「まだ決まっていません。何処かの宿を取ろうと考えていますが」


「奴隷を購入しますとその管理がありますから借家がオススメですよ。宿によっては奴隷の入室を断っている所もありますし、何より余計なトラブルを招く恐れがあります」


幸いにして借家はギルドが運営しているものがあり、格安で借りられるらしい。あ、でもコレは聞いておかないとな。


「獣人の奴隷でも問題ありませんか?」


「ええ、特に問題はありませんけれど。亜人の奴隷を購入予定なのですか?」


俺の質問にリリカさんは首を傾げて不思議そうな顔をしつつも答えてくれる。


「色々とありまして」


具体的には懐具合だ。開拓村で多少稼いだけれど、気楽に散財出来るような額は持ち合わせていない。だから出来るだけ安く手に入れられる方法を考えた結果なのである。その辺りはリリカさんも察したのか苦笑しつつ店の場所を記したメモを渡してきた。そこには彼女のサインも入っている。


「それを奴隷商の方に見せて下さい。私の紹介だと告げれば問題ない筈です」


「ありがとうございます。早速行ってみます」


彼女に礼を言って俺達はギルド会館から出る。奴隷商は会館から少し離れた裏通りにあった。店構えはなんて言うか思ったより普通だ。


「いらっしゃいませ。どの様なご用件でしょうか?」


店に入ると直ぐに声が掛けられる。身なりのきちんとした痩躯の男性だ。


「ギルドから紹介されて来ました。奴隷を見たいのですが」


「ご購入ですか?」


「一応その予定なのですが、正直予算が。なので少しご提案があるのですけれど」


題して回復魔法で怪我した安い奴隷を買いたたいちゃうぜ作戦。柳の下の数十匹目の泥鰌だが気にしてはいけない。賢い先人の知恵は肖るべきなのだ。そんな打算を笑顔で隠しつつ告げたのだが、奴隷商人さんは微妙な顔で応じてきた。


「はあ、傷病奴隷を治す代わりに安く、ですか」


歯切れの悪い調子で彼は俺達を傷病棟へ連れて行く。傷病奴隷と言うのは奴隷の終点なんて言われる。何故なら奴隷の中でも大怪我や病にかかる様な仕事に従事させられるのは犯罪奴隷や獣人が一般的だからだ。借金や身売りで奴隷落ちしたような者もごく稀にいるが大抵は主人が治療して売られる事は無いそうだ。そして何故彼等が終点と言われるかと言えば、買われる先が闘技場や医療機関、あるいは魔法の研究機関だからである。つまり魔物の餌か人体実験の検体と死ぬことが前提の扱いなのだ。つまりここで治療して買い付ければ命を救った大恩人と言うわけである。しかし現実は全くと言って良い程甘くなかった。


「あまりオススメは致しませんよ?」


何せここまで落ちるどうしようも無い犯罪奴隷は治療した所で主人に感謝などしないし、獣人は元から強い恨みを抱いているから命を救った程度で懐いたりしない。寧ろ終わりを引き延ばした相手として恨まれる可能性すらあると衝撃の事実を奴隷商人さんは告げてくる。


「えぇ…」


この世界には幸か不幸か奴隷契約なんて都合の良い魔法が無い。ただ主人が魔力を流せば激痛を与えられる魔法具なんかがあって、それを奴隷に付けさせて反乱を防いでいる。そう、察しの良い奴なら解るだろうが、都合の良い契約魔法と違ってこの魔法具は主人に逆らった時だけ苦痛を与えるのでは無く、主人の裁量で苦痛を与えるのだ。当然理不尽な扱いをする主人も存在するだろう。


「失礼、そこの方が危なそうです」


俺の意図を察したのか奴隷商人さんは肩を竦めてそれを黙認する。俺は既に腐敗臭が漂っている獣人の男性に近付き浄化の魔法を掛ける。痛みと熱が多少治まったのか、薄汚れたシーツに寝かされていた男は僅かに目を開きこちらを見る。


「今回復魔法を掛けますから」


そう告げると彼は瞳に激しい憎悪を宿らせて口を開いた。


「殺せ、地獄へ落ちろ只人共」


無視して詠唱を続けていると、男は益々表情を険しくして口を開く。


「慈悲でもかけているつもりか?それが傲慢とも気付かぬか、貴様は己の都合で人の生死を歪めるのだぞ。それが魂の陵辱だと解らぬかっ」


「うっさい!」


中級魔法の中でも回復魔法は難易度が高い。威力が足りなければ傷が治りきらないし、無駄に魔力を込めてしまえば余計なものが生えてしまったりするからだ。だから詠唱の内容も非常に細かくて神経を使う。そんな最中にごちゃごちゃ横で言われると気が散って仕方ないのだ。


「死にたけりゃとっとと舌でも噛んで死ね!そうせずにいるのは生きたいからだろう!?だったらどんな手でも使って生き延びるくらいの気概を見せろ!」


言い切ると同時に詠唱が終わり回復魔法が発動する。肩から胸にかけて広がっていた裂傷や全身にあった擦り傷が消え、青ざめていた顔にも血色が戻る。見た限り欠損などは無いからこれで完治したと言っていいだろう。奴隷商人さんが感嘆の声を漏らし、寝ていた獣人の男は沈痛な面持ちで目を閉じる。このまま良さげな奴を見繕って購入を考えていたのだがこれは駄目だ、生死に関する考えが乖離し過ぎていて俺の考えているような関係になれる気がしない。


「勝手をしてすみません。今日はこれで失礼させていただきます」


奴隷商人さんにそう謝罪して俺は部屋から出ようとする。その時寝ていた男が口を開いた。


「只人。貴様、名は?」


「アルス、アルス・マフス」


「アルスか、貴様のことは忘れん」


俺は返事もせずに今度こそ部屋を出る。最低の気分に叫びたくなる衝動を必死で押さえながら。

評価・感想お待ちしております。

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― 新着の感想 ―
[一言] オリジナル小説って難しいね… 初期の頃に比べ目新しさが無いし、主人公の行動理由がいまいち分からない。
[気になる点] 以前ランクの上下を決めかねてたとか仰ってましたが、まだ混じってますねー。 結局1と10どちらが上なのか。 1が上の級か、1が下の段が単位としてついていれば混乱もしないのでしょうけども。…
[一言] 最近酷いことばかりでアルスのメンタルが心配。 こうもクソッタレな世界だとねえ・・・そうだ!魔王しよう!とかになっちゃうかも? やろうと思えばできなくもなさそうだから困る。
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