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愚かな人間共

「あの、出て行けというのは?」


「そのままの意味だよ。あの亜人を連れて村を出て行って欲しい」


いや、え?何で?


「申し訳ありませんが、理由をお聞きしても?正直事態が飲み込めていないのですが」


「あ、あの亜人が居たからスタンピードがこの村に来たんだろう!?」


怯えた様子で彼の後ろに居た青年がそう俺に言ってくる。なんぞそれ、意味が解らん。


「あの亜人が魔物を呼び寄せたんじゃないのかい!?」


今度は恰幅の良いおばさんが睨み付けながらそう口にした。その途端周囲の村人も同意の声を上げる。いや、なんでだよ?


「落ち着いて下さい。僕もサリサも魔物と戦っています」


なんで態々自分で呼び寄せて命懸けで戦わねばならん?だが興奮した彼等にはそんな理屈は通じなかった。


「そんなの怪しまれないためだろう!?」


「そうだ!大体おかしいじゃないか!なんで魔物はコダの町じゃなくてこっちに来たんだ!?」


「あの亜人が呼び寄せたんだろう!?違うというなら証拠を見せろ!」


「そうだ!証拠だ!証拠を出せ!!」


無茶言いよる。何しろサリサは魔物を呼び寄せてなんていないのだ。ない事をないと証明する事は先ず無理だ。だってやっていないことの証拠なんてものはそもそも存在しないのに、証拠が出てこなければ認めないと言われているのだ。所謂悪魔の証明ってやつである。つまり俺達にはこの村を出て行く以外の選択肢は無いということだ。


「解りました」


俺は溜息を吐きながらそう応じる。ここで粘った所で村人の理解が得られるとは思えないし、結束の強い田舎の危うさは前世で経験済みだ。現代日本より遙かに倫理観が終わっているここに居ては最悪殺されかねない。


「ですが出て行くにも準備があります。せめて明日まで待って頂けませんか?」


「…解った。だが明日の朝までだ。朝には出て行って貰う」


そう一番前に居たおっさんが言い、村人達は教会から出て行く。最後の一人が出て扉が閉まると、神父様が苦々しい表情で口を開いた。


「アルス殿」


「とりあえずサリサに伝えないとですね。それからバレッタにも」


苦笑しつつ俺はそう口にする。さて、問題は山積みだ。先ず出て行くとして行き先はどうするか?一度実家に帰るという手もあるが、その場合サリサの扱いが怖い。故郷の人達が善良である事を疑ってはいないが、それが人間以外にまで適用されると無条件で信じられるほど俺は子供では無いのだ。かといってこのまま連合国ヘ潜り込んで万一国際問題になんかなったら目も当てられない。それからバレッタのこともだ。彼女はこの村へ応援に来たのだから、俺達に付いてくるのは難しいだろう。あんな関係になったというのに彼女を残していくのは心苦しいが、こちらの事情で連れ回すわけにもいかないだろう。…そう思っていたんだが。


「絶対付いテ行きマス!」


事情を説明したら若干切れ気味にそう宣言された。思わず神父様を見るが、彼も微笑みながら頷いている。


「応援は改めて他の方に来て貰いますよ。恋人の仲を引き裂くのは教会の本意ではありませんから」


一応教義に元気よく繁殖しなさいってのが入っているもんね。


「ありがとうございます。バレッタも。そうなると後は行き先ですか」


「それなんですが、宜しいかアルス殿」


俺がそう唸ると神父様が真面目な表情で口を開く。


「何でしょうか?」


「村を出てからですが、ダンジョン都市へ向かわれては如何でしょう」


「ダンジョン都市ですか?」


ハンターになる際に調べたので場所は把握しているが、何故勧められるのか解らず問い返す。すると神父様はその理由を話してくれた。


「サリサ殿を連れてハンターを続けるなら獣人の存在に慣れた場所が宜しいでしょう。開拓村は何処も似たようなものですからな」


王国の北は連合国が、西は帝国が存在していて既に国境が定まっている。まあその国境を巡って小競り合いはあるが、基本的に王国で開拓と言えば西の大森海だ。一応南も開拓されているが、あちらは殆どが海岸線まで到達していてハンターよりも海岸工事の人夫が求められている。海の魔物は大型のものが多く最初から軍隊案件と言うのも大きい。成る程、確かにハンターとしてやっていくならダンジョン都市以外は難しいかもしれない。運良く他の開拓村で受け入れてくれるかもしれないが、また同じ事が起きれば今回の二の舞になるだろう事は簡単に想像出来る。


「ダンジョン都市は獣人に慣れているのですか?」


「ダンジョン都市は非常に歪な場所ですが、それ故に普通とは異なった需要も多い場所なのです」


魔物の素材や魔石といった現代社会に必須の資源を供給しているダンジョン都市だが、同時に直ぐ側にダンジョンがあり、何時魔物の襲撃が発生するか解らないという危険を孕んでいる。この為町の住人の大半は軍人かハンターになるのだが、それだけでは都市としての機能を維持出来ない。そこで労働力として奴隷が使われているのだが、特に獣人の奴隷が多いのだそうだ。


「獣人の奴隷は安いですからな」


一般的な労働力以外にもハンターが使用人として奴隷を買い付ける事も多く、その際に安い方が好まれるらしい。加えて獣人は最初から犯罪奴隷と同じ扱いなので万一死なせてしまっても責任を問われ無いので、奴隷初心者に良く勧められるのだそうだ。


「つまりハンターが獣人を連れていても違和感が無い、ですか」


そう言いつつ俺はサリサを見る。こっちは良くても彼女がどう思うかだ。正直同族が奴隷として扱われている所なんて見たくないだろう。そう考えたのだが彼女の反応は極めてドライなものだった。


「私はいいよ?」


「国境までお送りして、そこから連合国ヘ戻るという方法もありますよ?」


その場合最後まで俺が面倒を見られないから正直心苦しいが、それでも家族の元に戻った方が幸せかもしれない。けれど彼女の答えは変わらなかった。


「…故郷へ戻るのは、まだ良いかな」


「決まリデスね」


バレッタがそう宣言して俺達は一度解散する事になった。何せ明日には出て行かねばならないが、この村からダンジョン都市までは馬車も何も無いのだ。移動のための準備も居るし、ギルドへの連絡もあるから手分けをして用意をする事になったのだ。


「荷造りハ任せテくだサイ」


「では旅用の食料や道具は私が手配しましょう」


バレッタと神父様がそう言ってくれたので、厚意に甘えて俺はギルドへ向かう事になった。扉を開けて俺が会館の中に入ると先輩達は気まずい表情でこちらを見てくる。どうやら俺が村を出る事は既に伝わっているらしい。


「アルスさん、その…」


「一身上の都合で村から離れなければならなくなりました。リンカさん、移動に際して手続きとかはありますでしょうか?」


何かを言われる前に俺はそう問いかける。一瞬リンカさんは眉を寄せるが、淡々とした口調で答えてくれる。


「5級未満のハンターに関してはギルドでは移動に制限を設けておりません。今後も活動はお続けになるのですよね?」


「そのつもりです。ダンジョン都市へ拠点を移そうと考えています」


俺の返事に周囲が少しざわつくが、リンカさんは小さく頷くと一枚の書類を取り出し手早くサインを書き込むとこちらへ差し出してきた。


「これは?」


「ランクアップの推薦状です。レックスリザードの群れを単独討伐出来る様な技量をお持ちならランク4は確実なのですが、私からは3への推薦が精一杯です。申し訳ありません」


そう言って彼女は頭を下げる。そして更にもう一枚書類を取り出す。


「それとこれは今回のスタンピードへの参加証明です。集計が出次第報酬が支払われますが、こちらをお持ち頂ければ何処のギルド支部でも受け取りが可能です」


「解りました、ありがとうございます」


俺は礼を言いつつ書類をバッグへしまう。さて、後は世話になった先輩達に挨拶をと考えていたら、キオノさんが近付いてきた。


「アルス、すまねえ!」


「キオノさん?」


突然の謝罪に驚いていると、キオノさんが更に口を開く。


「あん時お前らが踏ん張ってくれなきゃ、俺らは今頃トカゲの腹の中だった。村の連中もだ。なのに、こんな事になっちまって…」


どうやら俺を追い出す事に罪悪感を感じているらしい。普段の口調は世紀末なのに根はいい人ばっかりだからな。


「その上で、その上で厚かましい願いをすることを許してくれ。アルス、どうか村の連中を恨まないでやってほしい」


言いながら音がしそうな勢いで頭を下げるキオノさん。だから俺は笑って応じる。


「大丈夫ですよ、彼等のことも理解しているつもりです」


開拓村での生活は文字通り命懸けである。なにしろ大半の人間は魔物相手に戦えないのだ。だから少しでも身の安全を確保するために、疑わしきは全て排除する。戦えない人間が採る当然の生存戦略と言えるだろう。


「短い間でしたけれど、お世話になりました」


そう言って俺は頭を下げる。キオノさんは安堵した表情でお前も達者でな、なんて声を掛けてくれた。だから俺は誤解を解かないまま会館を後にする。確かに俺は彼等の事を理解している。けれどそれと許すかは別問題だ。再びスタンピードに襲われたとして、俺は態々助けに戻ったりはしないだろう。感謝される為に戦っている訳ではないが、疎まれてまで助けたいほどこの村に思い入れは無い。ああ、けれど。


「僕も先輩達の武運長久を願っていますよ」


良くしてくれた先輩達の事はそう祈っておく。彼等は村を離れることが出来ないのだから。

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[一言] 村人アホなん?最大戦力を追い出すだけじゃなくで怒りも買った…… カルマがマイナスの主人公ならアイス村になってるぞ…
[一言] >良くしてくれた先輩達の事「は」そう思っておく。 この一文が主人公の心境を物語ってますね。 どうせ主人公達が居なくなって被害が出たら証拠も無しに「あいつらが出ていく時に手引きした」とか言…
[一言] 苦い、苦すぎる。ビターであることですな。 レブレサック並みだよー。
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