スタンピード
「ひゅー!相変わらずすげえ成果だな」
「ひっひ、森から魔物が居なくなっちまわぁ」
「そいつはめでてぇ、でも俺らは飯の食い上げだな!」
バレッタ、サリサとパーティーを組む様になって1ヶ月が経過した。やっていることは相変わらずで森に入っては魔物を狩るの繰り返しだ。ただバレッタに隠す必要がなくなってサリサへの種投与が加速。ついでにバレッタへも種を使い始めた結果、俺達は急速に力を付けている。正直今の狩り場では物足りないのだが森の奥は殆どが未探索の状態だし、仮に探索して魔物を討伐してもそこまで開拓村が生活圏を広げられないからあまり意味が無い。レベルを上げるのも重要だが、ハンターとして名声を得て社会的な地位を確保するのも今の俺には同じくらい重要だ。
「凄いですね、このままならもうすぐランクアップですよ」
ハンター界隈も当然ながら階級が存在する。登録直後の1から最高ランクの10までだ。ランク3までは討伐数が、それ以降はギルドへの貢献度でランクが決まる。つまりちゃんと魔物を狩ってさえいればランク3までは大抵の人間が到達出来るのだ。逆に言えばランク3で止まっているのは普通のハンターで2なら経験は長くとも腕の悪いハンターだ。大抵は4以上になって初めて有望なハンター扱いになる。男爵家に雇われていたキースさん達がランク3で、確かダンジョン調査の際に雇われていたハンターさん達が4から5だったと記憶している。因みに俺は現在ランク2、一月以内の昇格だからかなり早い方だ。
「有り難うございます。それでリンカさん、例の情報はどうですか?」
「今のところありませんね。群れのボスが討伐されていますから、もしかしたら別の場所へ移動しているかもしれません」
「そうですか」
リンカさんの回答に短く応じる。俺が聞いたのはゴブリンのコロニーについてだ。サリサを助けた際にコロニーを潰した訳だが、あの時それなりの数のゴブリンが逃亡していた。サリサの本懐がゴブリンの抹殺であるし、何より連中は直接の仇でもある。だから何とか見つけたいと考えているのだが、中々尻尾を見せないのだ。報酬のギルド紙幣を受け取ると、何時ものように夕食の材料を買って教会へと戻る。一応宿屋が兼業で食堂もやっているのだが、サリサを連れて行くと良い顔をされないため自然と自炊するようになってしまった。
「探索の範囲をもう少し北にするべきでしょうか」
ベーコンと葉野菜のオムレツをつつきながら俺はそう口にする。元を辿れば連合国に近い場所から流れてきた筈だから、群れを増やし直す為に元の狩り場へ戻った可能性もあるのではないかと考えたのだ。
「それダと、チョット追跡ハ難シいデスねー」
カップに入ったスープをかき混ぜながらバレッタが唸る。その横で神父様もパンをちぎりながら頷きつつ理由を説明してくれる。
「大森海の中も一応各国の領地として切り分けられていますからな。ハンターとは言え好き勝手に動けば問題になりますし、最悪拘束される場合もあります」
「事前ニ連合国ヘ行って活動申請ヲすれバ問題ハ無いデスガ」
そこで視線が俺に集まる。
「えっと、すみません」
俺が謝罪を口にすると、神父様が苦笑しながら答えた。
「許嫁が国外に出れば貴族の方は気が気ではありますまい。仕方の無いことですな」
魔物という共通の脅威がいても、別々の国になる程度には人間同士も仲が悪い。お忍びの他国の貴族が出先で丁重にもてなされた結果、多額の謝礼金が払われるなんて事も結構あるそうだ。流石に俺の能力を神父様に教える訳にはいかないため、男爵家がそうした懸念を持っているということにしているのだ。問題は今のままだとサリサを故郷に帰してやれないし、目標であるゴブリンの討伐も遂げさせてやれないことだ。その申し訳なさから思わずサリサを見てしまうと、彼女は気まずそうに視線を逸らしてしまった。真面目な彼女の事だから、命を救われたことに恩義を感じていて俺に不平を言えないのだろう。なんとなく気まずい雰囲気になった夕食の場に闖入者が現れたのは正にその直後だった。
「失礼します!アルスさんはいらっしゃいますか!?」
宿舎の扉が叩かれてそんな切羽詰まった声が響く。何事かと神父様が開ければ、そこにはリンカさんが立っていた。
「リンカさん?どうしたんですか?」
唐突な訪問に声を掛けると彼女は上擦った声で叫んだ。
「き、緊急事態です!魔物の群れがこの村に迫ってきています!至急迎撃の準備をお願いします!」
殆ど悲鳴に近い連絡に俺達は顔を強ばらせる。一番最初に動けたのは神父様だった。
「村の住人の避難誘導を。アルス殿は直ぐに準備をなさい。シスターバレッタ、アルス殿と行きなさい」
「「は、はい!」」
神父様の指示のおかげで停止しかけた思考が戻ってきた。俺達は直ぐに自室へ戻り装備を身に着ける。
「大丈夫ですよ、サリサ」
緊張した面持ちのサリサを見て俺はそう声を掛けた。彼女にしてみれば住んでいる村を襲われるのは二度目になる。捕まったりもしたのだしトラウマを持っていても不思議ではない。
「今度は貴女を連れ去らせたりしません。ちゃんとここに皆で戻りましょう」
「…はい」
そう言って彼女はぎこちなく笑う。漸く準備を整えると、教会の入り口でバレッタと合流しギルド会館へと走る。一番栄えていると言っても開拓村だ、そこまでの広さはなく俺達は直ぐに辿り着く。会館の前には既に先輩ハンター達が緊張した面持ちで待機していた。
「キオノさん!」
「来たな、アルス」
一番馴染みの先輩ハンターへ声を掛ける。何せ魔物が来ると言われたがそれ以外の情報が一切無いのだ。
「状況は?」
「ディラッツのパーティーが第四から帰る途中で魔物の群れに襲われた。全員逃げ切ったが、かなりヤバイ」
話によれば、襲ってきた魔物は様々な種が混在していて、しかも逃げるパーティーを積極的に追ってこなかったと言う。
「スタンピードの兆候デスね」
横で聞いていたバレッタが渋い顔でそう口にする。スタンピード。普段は野生動物と大差の無い活動をしている魔物であるが、その数が一定数を超えると突然その動きを変える。捕食・被食関係にあった魔物達が突然その関係を止め、群れを作って人間を襲い出すのだ。魔物が魔族の尖兵とされる所以だ。
「第四、南ですか」
今居る開拓村自体が王国でも北寄りの場所で、かなり新しい部類だ。つまり南の方が開拓は進んでいて、その分ハンターの数も多い。当然討伐数も多くなるのでこちらでも一番警戒が薄い方面だった。
「真っ直ぐ西進すればコザの町ですね」
街や村の定義は結構曖昧だが、一つの指針として防衛設備の充実度がある。ちゃんとした城壁のある場所は街と呼ばれ、村なら簡単な木柵や逆茂木、ちょっと豪勢なら櫓なんかがある。町はその中間くらいではあるが、大きな違いとして町以上になれば貴族やその代官が赴任して治めていることだろう。彼等には町を守る義務があるから、大抵はちゃんと防衛用の戦力も用意している。
「上手く潰してくれればありがてえんだが」
スタンピードの名のごとく連中は動き出したら手当たり次第に襲いかかってくる。けれど知性が失われたわけでは無い。攻略が無理だと判断すれば逃げるし別の場所を襲う位の事は普通にする。加えて別働隊の組織や種族毎の分業なども行うから戦力としても危険度が飛躍的に増している。勿論それを連中も理解しているから、攻略に関する判断も多少甘くなるのだ。だからコザの町の攻略に拘泥してくれればくれるだけ他へ、つまり俺達の負担が減る。あまり褒められる考え方では無いが、現実的にスタンピードの戦力をこの村で正面から迎え撃つのは厳しいだろう。
「そうですね――」
キオノさんの言葉を肯定しようとしたその時、後ろで黙っていたサリサが突然南の方を向いてフードを取った。獣人特有の耳が露わになるが、幸いハンターにそれをとやかく言う奴は居ない。実力主義的な傾向が強い職業だから能力さえ示せば偏見は薄いようだ。まあ逆に言えば能力が無ければどんな人間も認めないということでもあるが。
「先生、来るよ!」
サリサの警告に対して真っ先に反応したのはバレッタだった。飛び上がってギルド会館の屋根へ登ると、そのまま上まで駆け上がり南を見て叫んだ。
「イッパイ居マス!?」
既に日も落ちて相手は森の中である、その状況で正確には数えるなんて不可能だ。だが今彼女は大量に居ると言った。つまり見える範囲で既に数え切れない程魔物が押し寄せていると言ったのだ。俺も即座に探査の魔法を唱えて愕然とする。彼女の言葉が本当に正しい事が直ぐに解ったからだ。
「敵襲!」
サリサやバレッタの能力はよく知らなくても俺の探査の魔法に先輩達は皆世話になっている。だから俺の叫びに全員が顔色を変え走り出した。
「バレッタはそこから狙撃を!サリサ、行きますよ!」
そう言って俺達も彼等に続いて走り出す。だが後ろからついて行くなんて悠長な事は言っていられない。足に力を込めて文字通り飛ぶような速度で走り、一気に先頭へ躍り出る。そして唱えていた魔法を解き放った。
「“フリージング”!」
ゴブリンのコロニー襲撃時の失敗を反省した俺は氷系の中級魔法を修得しておいた。まさか初披露がこんな切羽詰まった状況だとは想定していなかったが。強烈な冷気が静かに森の一角を支配し、一瞬で周囲の熱を奪い取る。音も無く訪れた致死の冷気に先頭を進んでいた魔物の一団が氷像へと変わり果てた。だがその程度で怯んでくれるほど楽な相手ではない。障害物となったそれらを次々に押し倒し、踏み潰しながら森の奥から魔物が続々と現れる。巫山戯やがって、連中一番近いコザの町を無視してこっちを先に狙いやがった!
「サリサ!柵まで後退です!」
再びフリージングを放ちながらサリサへ指示を出す。出来れば柵に取り付かれる前に殲滅してしまいたかったが、とてもそんな事が許される数じゃ無いのだ。
「これはちょっと、厳しいかもですね」
そんな強がりをを口にしつつ、サリサを追って俺も柵に向かって走るのだった。
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