サリサの初陣
「ひっひ、よぉアルス。久しぶりじゃねえか?」
「今は教会の世話んなってるらしいな?」
「てっきりハンターは引退してテンプル騎士団にでも入るかと思ったぜぇ?」
サリサを保護してから早くも二週間が経過した。俺はその間仕事に出ず、彼女の訓練に付き合っていたから先輩達と会うのも久しぶりだ。相変わらず話し方は世紀末だが、皆俺のことは気に掛けてくれていたらしい。良い先輩だ。
「ご心配頂いてありがとうございます先輩。ハンター続けますよ、要らないって言われるまではですけど」
そう返事をすると受付に座っているリンカさんが困った表情を浮かべる。ゴブリンのコロニー討伐に関する報告で、俺は一躍期待の新人という立ち位置を確保している。何せ中級魔法を複数回行使した上で、負傷していたとはいえホブゴブリンを単独で撃破したのだ。同じ事が出来るハンターは居ないわけではないが、年齢まで考慮すれば異例である。今のところハンターズギルドでは問題も起こすが手放すには惜しい人材として扱われているっぽい。コロニーの件でも臨時報酬が出たくらいだ。
「へへ、そうかよ。精々頑張るんだな!因みに今日のオススメは第二拠点だぜ!」
「ソードディアが群れで動いていやがる。オウルベアに気をつけるんだなぁ?」
ソードディアはその名の通り剣みたいな角を持った鹿の魔物だ。別名森荒し。目についた植物を見境なく食い荒らすため放置すると文字通り森が消える。加えてこいつはオウルベアを筆頭に大型の肉食性魔物の食料でもあるので、繁殖すると高確率でそれらを引き寄せてしまう。ゴブリンなんかと並んで魔物の尖兵的な立ち位置の奴だ。後草食の割には血の気が多く、人間を見ると角を振り回して襲ってくる。おかげで新人ハンターの廃業率のトップがコイツによる殺傷だったりする。そんなヤツを勧められるのは俺が認められているからと言うのは自惚れが過ぎるだろうか。
「んでよ、なんでシスターまで来てるんだ?しかもそんなナリでよ?」
そう言って先輩は俺の後ろに視線を送る。そこにはフードを目深に被ったサリサと戦闘用の修道服を身に纏ったバレッタが立っていた。
「ハイ♪ハンターに登録シにキマした!」
因みに装備はボウガンとメイスである。バレッタ曰くどちらも使い慣れているらしい。女性の過去を詮索するのはマナー違反と言うが、一度詳しく聞いておけと俺のゴーストが囁いているので、今夜こそ問いただそうと思う。大抵聞こうとすると搾り取られて有耶無耶にされてしまうのだが。
「は?」
「アルスとパーティー組みマす!サリサちゃんも一緒デスねーっ♪」
聖職者に就く人の多くは回復魔法を習得している都合上、他の業種においても需要は高い。特に負傷の絶えないハンターや軍なんかは特にその傾向が強く、回復魔法でも中級以上を習得していれば兼業が認められている。また教会でも社会奉仕の一環としてそうした人材の積極的な参加を奨励しているから、存外そういう人は多かったりするらしい。因みに神父様もそんな一人だ。絶対回復魔法より殴る方が得意だとか言ってはいけない。
「お、おう」
バレッタの笑顔に気圧されてか、先輩はそう素直に引き下がった。しかしその流れに意外な所から待ったが掛かる。
「あの、申し訳ありません。バレッタ様は問題ないのですが、サリサさんの登録はちょっと…」
申し訳なさそうにリンカさんが告げてくる。どういう事かと問えば、その答えは実に不愉快なものだった。
「その、王国では亜人種の方は人として認められていませんから登録出来ないんです」
王国内に居ることが許されている亜人とは奴隷のみであり、奴隷は主人の所有物だから職に就くと言う考えがそもそもないらしい。
「狩りや戦闘に参加させること自体はあるのですが」
戦闘奴隷なんて言って狩りの手伝いや散兵として投入されるとのことだ。因みに獣人の奴隷は長持ちするから人気なのだとか。うん、気分悪いな。
「いいよ、先生」
どうにかならんものかと悩んでいたらサリサがそう口にする。
「別にお金が欲しい訳じゃないし、名誉なんかも興味ない。別にハンターにならなくても先生の奴隷なら奴らを殺せるんでしょ?ならそれでいいよ」
思わず振り返り彼女の顔を見る。しかしその表情から負の感情は感じられず、サリサが本心からそう思っている事が見受けられた。ゴブリンが殺せれば後は何も要らないとか、どこぞのスレイヤーさんかな?だが彼女がこうなったのは大体俺のせいだ、怒ったり嘆いたりする権利は俺にない。
「そうですか、ではバレッタだけ登録を。それが終わり次第出発しましょう」
形容しがたい表情の先輩達に見送られながら、俺達はギルドを後にした。
「結構下生えガ濃いデスね」
森に入って暫くしたところでバレッタが周囲を見ながらそう評した。俺はこことロメーヌの森くらいしか知らないからあまり気にしていなかったが、確かに子供の背丈程度の藪も随分生えている。
「すみません、あまり気にしていませんでした」
何せ常時探査の魔法を使っているから、索敵で視界の悪さはさして重要ではなかったのだ。
「アルスが居レバ問題無いデスけど、常にソウとハ限りませンカラ」
確かに。それに遠距離から仕留めるにはやはり目視が必要になるし、何より探査の魔法は相手が解らないという問題も抱えている。うん、ちょっとこれを過信し過ぎていたな。
「ありがとうございます、バレッタ。これからも気が付いたことはどんどん教えて下さい」
バレッタに礼を言っていると、その横でサリサが鼻をひくつかせつつ耳をしきりに動かし出した。何事かと思ったら真面目な表情で茂みの先を彼女は指さした。
「先生、あそこに何かいる」
言われた場所は確かに探査の魔法にも引っかかっている。俺の反応を見たバレッタがボウガンに矢を装填すると躊躇なく茂みへと撃ち込んだ。短い悲鳴のような鳴き声が聞こえて来て、探査の魔法から反応が消失する。
「…倒したみたいです」
今全然見えなかったんだけど、なんでこの人命中させられんの?
「アルミラージデスね」
確認してみると茂みの中に馬鹿でかい兎の死体が転がっていた。正確には兎型の魔物だ。角の生えたコイツはソードディアと同じ草食の魔物だが、ソードディアよりも遙かに危険なヤツである。縄張りに入った相手へ取り敢えず襲いかかってくるソードディアと違い、コイツは用心深く今みたいに茂みなどに隠れて奇襲をしてくるのだ。新人ハンターの廃業率トップはソードディアだが、殺害数なら確実にこちらが上とまで言われている。通称新人殺し。あれか、ファンタジー世界の兎は殺意が高くないといけない決まりでもあるんか?
「サリサも、良く解りましたね」
「音と臭いで大体解るよ。でも前より良く解るようになったかも?」
不思議そうに首を傾げながら彼女はそう言った。多分種による強化の影響だな。どうもこの世界の住人は視力や聴覚なんかにも魔力による補正があるようなのだ。まあ視覚や聴覚を強化するスキルが存在している時点でなんとなく察してはいたし、俺自身肉体の強化に伴い感覚が鋭敏になっている。だがどうやら獣人のサリサは元が俺達より優れていて、さらに強化で磨きが掛かった結果探査の魔法に負けない索敵能力を獲得したようだ。最強かよ獣人。なんで迫害とかされてんの?普通に天下取れるだろ。
「その、獣人には発情期があって、只人よりずっと数が少ない。それと感覚が鋭い分大きな音や光、温度なんかも苦手なの。だから良い道具は他の種族から買わないといけない」
更に獣人と一括りにされているが実は非常に多種多様で、しかも只人ほどどんな所にでも住めるような適応力はないらしい。ついでに別種の獣人同士では子供が作れないため、どんな獣人とも交われる上に年中発情している只人に繁殖力で劣るのだそうだ。獣人の方が身体能力に優れると言っても軍隊同士となればやはり物量が物を言うため勝負にならないらしい。
「連合国はソノ辺りヲ上手くヤッテマスね。急成長シタのも納得デす」
確か獣人を積極的に受け入れて開拓村を作らせてるんだっけか?確かに良い手だと思う。まあ多種族国家の常と言うべきか種族の格差が軋轢を起こしてしまい、国家としては纏まりのない国になってしまっているらしいが。
「寧ろ民全員が国民だと理解している王国の方が異常に思えますけどね。…居ました」
サリサの言葉で全員が口を閉ざす。拠点から少し分け入った森の中、ソードディアの群れが森を食い荒らしている。しかし実際に見るとすげえな、若芽や葉を食べるとかならまだしも普通に生えてる樹木にかじりついてバリバリ樹皮まで食っている。確かにこんなのが増えたらあっという間に森が更地にされてしまうだろう。
「バレッタはここから狙撃、サリサはバレッタの護衛を。僕が前衛を務めます」
言いながら盾の具合を確かめつつ詠唱を開始する。使うのは氷系の初級魔法だ。殺傷能力は劣るものの、森の中でも躊躇なく撃てるのが有り難い。バレッタへ視線を送れば彼女も準備を終えていてこちらへ頷き返してくる。よし。
「“アイスバレット”!」
一番近くに居たソードディアに対して魔法を放つ。鋭利な氷塊が直撃し魔物の皮膚を切り裂くが致命傷には至らない。対してバレッタが放った矢は見事に頭部を撃ち抜き即死させていた。素早く次弾をつがえたバレッタが別の魔物を照準、重い弦音が連続して響き、その度に魔物が屠られていく。なにこれ凄い。
「再装填デス!」
だがそれだけで話が終わるほど甘くはないようだ。都合6発を撃った所でバレッタがそう宣言する。ソードディアは数を半分近くまで減らしていたものの、残った連中は奇声を上げつつこちらへ突っ込んでくる。目を血走らせながら頭を振り回しつつ突撃してくる様はちょっとしたホラーである。尤もロックドラゴンの威圧感に比べれば屁でもないが。
「はっ!」
先頭で突っ込んできたヤツにタイミングを合わせてシールドを叩き付ける。下からすくい上げるように殴り付けたそれは良い角度で顎に直撃し、相手の動きを止めた。
「オマケです」
そのまま勢いを殺さずに体を捻り回し蹴りの要領でそいつを思い切り蹴り飛ばす。腕力と同じく強化された脚力は魔物の骨を砕きながら、龍玉的格闘漫画もかくやという勢いで魔物を吹き飛ばす。そしてその先にいたお仲間の振り回していた頭に直撃し、仲良く揃って絶命させた。
「死ね」
そんな声が耳に届き、次の瞬間には俺の横をサリサが駆け抜ける。そしてそのままの速度でソードディアに突っ込んだかと思った次の瞬間には、魔物の頭が宙を舞っていた。だがそんな成果には目もくれずサリサは次の獲物へと飛びかかる。強化しといてアレなんすけど、サリサさん強すぎません?
「スゴイデスねー」
暢気な感想を述べつつ、バレッタも装填を終えてソードディアの眉間を撃ち抜く。繰り返すがソードディアは頭を振り回しながら突っ込んできている。この人何でほいほいクリティカルを量産してんですか?俺が剣でもう一匹を仕留めた頃には二人も更に一匹ずつ倒していて、ソードディアの群れは呆気なく討伐されたのだった。
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