シスター、それ弓ちゃう、ボウガンや
「風穴アケまース♪」
ノリノリな声音で物騒なことを叫びながらシスターバレッタが引き金を引く。彼女の陽気さとは裏腹に物騒な音が教会の裏庭に響き、続いて訓練用の丸太を矢が貫いて後ろの盛り土に突き刺さる。何そのえげつねえ貫通力?
「しぃいねぇ!!」
そんな叫び声に視線を移せば、こちらでは練習の案山子に飛びついたサリサが脳天部分に対して逆手に持ったナイフを執拗に突き刺している。元気になったのは確かなのだがあれでいいのだろうか?と言うかこれは元気になった判定で良いんだよな?なんか資源惑星にご在住の怖いお姉さんから強化し過ぎたか…、とか言われそうなんだが。あ、今度は腰だめに構えて体ごと体当たり、殺意高ぇなオイ。
「はっはっは、元気が良くて大変結構」
裏庭に響く騒音をその一言で片付ける神父様。初日からサリサがどこぞの二の太刀要らずな猿叫を上げたもんだから慌てて大丈夫か確認したら、
「この程度で揺らぐような安い信頼関係ではありませんぞ」
と言われて見直したのもつかの間。
「それに普段から私が朝稽古をしていますからな!騒音はいつもの事ですよ!」
そう言って裏庭に生えた荒縄を巻き付けた大木を稽古と称して豪快に殴り付ける神父様の背中には鬼神が宿っていた。神父とは?
「再装填シまース!」
宣言と共に慣れた手つきでマガジンを交換するシスターバレッタ。ヤバイ、俺の中で教会への不信ゲージが急上昇していやがる。
「流石シスターバレッタですな、ドラゴンキラーの扱いにも慣れている」
あ、あのボウガンそんな名前なんですね。
「ドラゴンキラー?」
「ええ、テンプル騎士団が用いている武具ですな」
テンプル騎士団は教会の総本山が抱えている独自の武装集団だ。神敵、つまり魔物と戦う事を目的に編成された彼等は、主に英雄や国防能力に不安のある小国に派遣されて戦ったり、各国からの支援要請に基づいて災害級の魔物討伐に投入されたりしている。地球的な常識からすれば、宗教組織が独自に強力な軍事力を持つなんて事は為政者が断固として止める所だが、この世界ではお助けヒーロー的な立ち位置で受け入れられている。人類共通の脅威である魔物の存在は大きな影響を与えているのだ。ドラゴンキラーなるあの武器もそんなテンプル騎士団で開発運用されている装備らしい。因みに開発した対魔物用の武器は各国へ販売していて、その代金は新たな装備開発や生産に充てられているとのこと。おかげで教会は人類最大の兵器工廠でもあったりする。
「付与魔法と刻印魔法を併用した最新の型ですよ。名前通りの威力があるのも実証済みです」
尤も有効なのは亜龍までですがな!なんて木を殴りながら笑顔で話す神父様。ここって神の家なんかじゃなくて軍事施設なんじゃねえの?軍事施設だったわ。
亜龍と言うのは所謂ドラゴンに似たトカゲっぽい奴らの総称である。俺がダンジョンで遭遇したロックドラゴンなんかもこれに該当する。殆どが災害級の極めて危険な魔物として扱われるが、こいつらはまだ十分対処出来る範囲の魔物だったりする。何せ本物のドラゴンは英雄が束になって挑んで勝てるか怪しい存在であり、もし討伐すれば伝説として語り継がれる程度には理不尽な化け物なのだ。因みに亜龍でもドラゴン扱いなので巷にはそれなりの数のドラゴン殺しが居たりする。というか英雄になる奴らはほぼ確実に持っている称号だ。
「ふむ、それにしても」
一度稽古の手を止めて、神父様は顎をさすりながらサリサの方へ視線を向ける。相変わらず彼女は猫獣人のイメージにぴったりとあったしなやかな動きで、ヤクザの鉄砲玉みたいな攻撃を繰り出している。
「訪ねて来た時はもう駄目かと思っていましたが。いやはや、獣人の生命力は素晴らしいですな?」
「彼女の生きたいと願う思いが神様に届いたのでしょう。ここは教会ですし」
説明出来ない面倒事は全て神様のせいにする。とは言ってもシアちゃんの時にも考えたが、俺というチート野郎がここに居るのは半分くらい神様のせいなので、広義的には間違っていないと思う次第である。
「ふむ、アルス殿は随分と敬虔な心をお持ちだ。どうです?ハンターも良い職業ですが、テンプル騎士団の門を叩かれては」
おっとそう来るか。
「残念ですが神様に仕えられる程私心を捨てられないのです」
そう言って俺は腰の剣を叩いてみせる。その柄尻にはゴルプ男爵家の家紋が彫られている。流石に何処の家かまでは解らなくても既に俺が売約済みである位は察せるだろう。
「ふむ、それは残念」
執着を感じさせない声音で神父様はそう言うと木への殴打を再開する。さて、俺も自分の役目を果たさなければ。
「サリサさん。そんなでは連中を駆逐するなんて夢のまた夢ですよ!」
彼女に武器の使い方を教えるべく、俺は声を掛けるのだった。
「魔族に誑かされた人々、ですか」
自分のベッドで幸せそうな寝息を立てているサリサを見ながら俺は呟いた。強化の為に彼女には今朝から種を与えているのだが、見た限り良く馴染んでいる。
「彼女が特別なのか、あるいは獣人がそうなのか」
疑問点はそこになる。被検体は3人だけだがそれでも種への適性は個人差があった。そのため何が向いているかを確認しようと全部の種を食わせてみたのだが。
「全部と馴染んでいる?」
厳密に言えば伸びの悪い項目が存在していない、その代わりに伸びが良い項目も無いみたいではあるが。
「後は伸び代ですが…」
こればかりは複数回与えてからでないと解らない。だが適性が似通っていたティアナと俺を比較した場合、同じレベルならばほぼ同等の値になるのは確認済みだ。となれば、
「全ての能力がカンストする可能性がある?」
もしそうだとしたら王国の亜人差別もなんとなく解る気がする。歴史書の年代が本当なら、王国はこの世界において最古に分類される国家だ。西の帝国や北の連合国は王国から旅立った民が建てた国とされているし、それについて他国も認めている。つまり王国の成立時に有能な亜人種に権力を掌握されるのを恐れて排斥したんじゃなかろうか?
「汚いな、流石人間汚い」
そんな事を妄想していると扉がノックされた。魔法の道具があるおかげでこの世界は比較的夜も人が活動している。と言ってもそれは道具を手に入れられる富裕層に限られるが、教会はその数少ない例外だ。なにせそうした魔法の道具を供給している最大手が教会だからだ。
「はい」
俺が返事をして鍵を開ける。するとそこには神妙な表情をしたシスターバレッタが立っていた。はて?
「どうしましたシスター?」
「チョット良いデスカー?」
一体何だろう?俺は疑問符を浮かべつつもシスターを部屋に招き入れた。元々この部屋は修道士さん達が使う相部屋を間借りしている。俺は部屋を見回しているシスターを横目に据え付けられていた椅子を用意した。
「何かあったんですか?」
「ハイ、チョット」
何やら覚悟を決めたシスターがそう言って俺に近付いてくる。
「えっと、シスター?」
ただならぬ空気を感じて、俺はそう声を掛けつつ腰を浮かせる。しかしシスターはそれに構うことなく俺の側まで来ると、正面から俺に抱きつきそのままベッドまで俺を運んだ。え、え?マジでなんなの!?
「ンフフー♪相変ワラずアルス君はイイコデスねー」
そのまま俺ごとベッドに倒れ込んだシスターはそんな事を言いながら俺の頭に顔を埋めつつ、後頭部を優しく撫でてくる。因みに俺の顔にはシスターの豊かさの証が思いっ切り当たっている。甘酸っぱい香りが鼻孔一杯に広がって正直辛抱たまらん。
「し、シスターバレッタ!ちょっと離れて!?」
これは流石にマズイ!教会は別に姦淫を否定したりはしていないが、俺は許嫁が居る身だし彼女は聖職者だ。彼女にそんな気が無くて、じゃれているだけだとしても確実に問題になる。だが現実は俺に更なる難題を突きつける。
「駄目デス。離れマセン」
そう言ってシスターは俺を強く抱きしめた。それで察せないほど俺も鈍くない。鈍くはないけど意味が解らん。
「相手ガシアちゃんダッタラ諦めマシタ。ケドティアナちゃんなら遠慮シマセン」
うん、俺この世界を甘く見てたわ。だってそうだろう。俺は八つも年下のガキだ、俺がシスターに恋慕する事はあっても、シスターの恋愛対象に自分がなるなんて微塵も考えていなかった。
「今かラアルスヲイタダキまス。ホントに嫌なラ抵抗シテ下サい」
そうだ、抵抗すれば良い。丸太だって余裕で振り回せるだけの膂力があるんだ、シスターの体なんて簡単に撥ね除けられる。られるのに、俺は動くことが出来なかった。
だってさ、シスターは凄く真剣な目でこっちを見てるんだ。ここで彼女を拒絶すると言うのがどういう結果に繋がるかなんて馬鹿でも解る。
「優しいデスねー、アルス。デモそんなダカラ、ライバルがドンドン増えちゃいマス。モウ待てまセン」
そう言うとバレッタは唇を重ねてくる。触れたと思った次の瞬間には情熱的に吸いたてられて、半開きになった途端口内に彼女の舌が侵入してきた。情熱的なんて言葉をすっとばして、もう完全に貪られている感覚だ。
「ソレジャア、イタダキマス」
頬を上気させた彼女が、舌なめずりをしながらそう言い放ち再び唇を重ねてくる。そして俺はこの日、もう一つの意味で大人になった。
因みに翌日、激しく求められた結果疲労した状態で朝稽古に向かおうとしたところ、部屋を出る前に後ろから裾を掴まれた。後ろを見れば顔を真っ赤にしたサリサがそっぽを向きながら口を開く。
「その、先生。するなとは言いませんから、もう少し声を抑えて下さい」
「…ハイ、スミマセン」
耳を寝かせてそう苦情を言ってくる彼女に、俺は謝る以外の選択肢を持たなかった。
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