異文化交流猫娘
「そレで教会ヲ頼ってキタ訳ですカ」
頬に手を当てながら苦笑するシスターバレッタに俺は溜息を吐きながら答える。
「正直甘く見過ぎていました」
王国内で獣人に遭うことは殆ど無い。筋金入りの差別国家だと獣人達に知られているから寄りつかないのだ。だから王国内で見るとすれば捕まえられてきた奴隷か、見世物小屋の見世物としてだ。当然どちらも人間らしい扱いはされていない。
「賢明な判断でしょうな」
まさか獣人の子を連れて帰ったら宿から追い出されるとは思ってもみなかった。何だよ部屋が穢れるって、誰が使ったって部屋は汚れるだろ。当然貸家も同じ調子であるためいきなり家なき子になってしまった俺は、一縷の望みに賭けて教会の扉を叩いた次第である。聖典に獣人を悪く言う記述を見たことが無かったし、何より国をまたいで広がっている組織だ。王国内でも比較的偏見が少ないのではないかと考えたのだ。
「デ、ソノ子がそうデスか?」
シスターがそう言って俺の後ろをのぞき込む。雨も降っていないのに頭からすっぽりとレインコートを纏っているその子は視線を感じたのか、肩を震わせて俺の服を握った。
「大丈夫ですよ。シスターは良い人です」
「……」
宥める様に声を掛けながらも俺は内心焦っていた。回復魔法で傷こそ治したものの、彼女の状態は極めて危険なままだからだ。
「ふむ、では我々が使っている家へどうぞ。教会の中では人目もありますし落ち着かないでしょう」
「ありがとうございます!」
お礼を言いながら勢いよく頭を下げる。すると神父様は笑いながら答えた。
「気になさらないで下さい、困窮する者を見捨てては聖職者など名乗れませんからな。さ、こちらへ」
促されるまま俺達は神父様達の家へ入れて貰う。そして部屋を貸して貰った俺は、早速準備を始めた。
「ちょっと待っててね」
着ていた外套を脱いで手元を覆うと、俺は直ぐに種を生成した。生み出された種を背嚢から取り出した乳鉢に入れて磨り潰し、同じく取り出した携帯食と混ぜて水で戻す。出来上がった粥状のナニカを彼女へ手渡した。困惑を在り在りと浮かべている彼女に俺は真剣な表情で告げる。
「ご自分でも解っていると思いますが、今の貴女はとても危険な状態です。それは症状を和らげる為の薬みたいなものになります。死にたくなければ食べてください」
自分で言っておきながら大概な台詞だと思いつつ彼女の様子を窺う。今の彼女は探査の魔法に殆ど引っかからないほど魔力が枯渇している。度重なる強制的な出産で魔力の根源である生命力まで消費してしまっているからだ。このままでは本来衰弱死しか無いのだが、運命の悪戯か、それを覆せるチート野郎が目の前に居た。つまり俺である。受け取った器に視線を落としながら彼女は静かに口を開いた。
「なんで?」
なんで、かあ。
「あそこで貴女は僕達に付いてきた。つまりそれって生きたいと言うことでしょう?そんな子に対して、貸せる手があるのに手を差しのばさないなんて方があり得ないでしょう」
衰弱していても、流石獣人といったところか。彼女は誰かの手を借りるでもなくここまで歩いて来ることが出来た。つまり自分の命を絶とうと思えば十分出来るだけの体力はあったわけだ。でもそうしなかったなら、つまりそれは生きたいと言う意思表示だと俺は解釈した。
「私、獣人」
知ってるよ。
「だから?」
「彼奴らに連れてこられて、ここの人でもない」
だろうね。
「だから?」
「助けても貴方に返せる物なんて何も持ってない」
「…だから?」
「私を助けても、貴方は何の得もしない。なのに助けるの?」
あのさぁ。
「こっちの都合なんてどうでも良いでしょう。重要なのは今貴女は死にそうで、それを食べて生き延びるか、諦めて死ぬかを選んでいるんですよ」
少し苛立ちながら彼女の目を見て言ってやる。
「悔しくありませんか?貴女以外の人はあのクソゴブリンに殺されました。僕達が戦いましたが、全部は殺せなかった、つまり連中はまだのうのうと生きているんですよ。貴女を散々に苦しめた奴らは、何処かの村を襲ってまた同じ事をするでしょう」
「…っ!」
「許せないと思いませんか?貴女の人生を滅茶苦茶にした奴らに報いを与えたいとは。貴女が助かったのは偶然かもしれません、けれどここから先は貴女が決められる事だ。奴らに復讐する機会が、その為の力が欲しいとは思いませんか?」
無気力にこちらを見返していた瞳に少しずつ力が宿る。同時にどす黒く濁ってきている気がするが気にしない。絶望の中で世を儚んで死ぬよりも、復讐心を糧に生きた方がずっと良い。
「私、は」
「力が欲しくありませんか?欲しければ差し上げます。理不尽な暴力で貴女の人生を奪った連中に抗える。いえ、連中をそれ以上の理不尽で殺し尽くせるだけの力を」
「ほ、しい。アーねえを、ミーちゃんを。エペを殺した奴らに、復讐、したい!皆が死んだのに、死んじゃったのに!あいつらが、あの魔物共が生き続けているなんて許せない!!」
宜しい、なら契約だ。
「ならば貴女のすべきことは解りますね?」
俺の言葉に彼女は頷くと、器の中身を掻き込むように飲み込んだ。それを見て俺は満足したように笑顔で口を開く。
「契約成立ですね」
そう言われて緊張の糸が切れてしまったのだろう。彼女は手にしていた器を手から落とし、ゆっくりと傾き出す。慌てて支えれば口元から静かな寝息が聞こえてきた。ひとまず生きることを選んでくれたことに感謝しつつ、俺はこの先どうするべきか彼女をベッドに運びながら頭を悩ませる事になるのだった。
「アルス君モ大概デスヨね」
教会の裏庭に練習用の案山子を突き立てていたら、シスターバレッタが呆れ混じりの声でそう話しかけてきた。因みに案山子はハンターズギルドから廃棄品を引き取って俺が手直しした物だ。
「不器用なものですから」
「ソンナ事言ってはぐらカすんデスカラ」
オネーサン悲しいデス。なんて大げさに溜息を吐くシスター。しょうがなかったんだよ、所謂緊急避難って奴だ。
「復讐を目的に生きるなんて健全じゃないとは思いますよ。でも、死んでしまうよりずっと良いと思うんです」
「それハ、ソウですケド」
教会の教義は割と現実主義的というか、頑張って生きる事を至上とする教えだったりする。現世で懸命に生き抜く事こそが命を与えた神に対する一番の恩返しだとするもので、悪事を働かない限りにおいて大抵のことは許容されるという割とフリーダムな教義だったりする。因みに本来復讐は割とアウトなのだが今回は魔物が相手だし、何より教会は魔物を神敵に認定しているからグレー気味ではあるが教会の教え的にはセーフだ。まあだからこそシスターも小言で済ませて居るわけだが。
「それに生きて楽しいことに触れれば、いずれ復讐以外の生き方だって見つかるかもしれません」
それこそ故郷に戻って家族や友人と話せば、平穏な日常に戻りたくなる可能性だって十分有り得るのだ。
「その為ニ故郷へ彼女ヲ連れてイクんデスか?」
「いずれはそうしたいと考えています。大分先になるとは思いますけど」
国を跨いでの旅となれば相応に蓄えが必要だし、何より彼女が全く育っていない状況では自殺行為だ。その位の分別は俺にもある。
「ナルホド、ヨーク解りマシタ」
そう言ってシスターは立ち上がって伸びをすると、笑顔でとんでもない事を口にする。
「多分ナウマンでしタよね?私モ行きマす」
は?いやいやいや。
「シスターはここでのお務めがあるでしょう?」
「直ぐジャないのデショ?ナラ問題無いデスね」
無いのかよ。フリーダム過ぎねえか?
「ダカラ私も訓練シマスね!任せてクダサイ、これでも故郷デハ弓ノ名手で有名ダッタんデすカラ!」
何それ初めて聞いた設定なんですけど。
「先生!準備出来ました!」
そんなじゃれ合いをしている俺達の所へフードを被った少女が近付いてくる。件の猫娘、サリサである。
「センセイ?」
「その、色々と協議の結果そう言う事になりまして」
因みに他の候補はご主人様か師匠でした。正直師匠にはちょっと心が揺れた。
「フーン?」
俺の返事にシスターは何故かとてもイイ事を思いついたと言う笑顔で寄ってくると、またしても爆弾発言をぶん投げて来る。
「ジャア、私モ教わリますカラ、アルス君は私ノセンセーですネ!」
そんな事を言いながらシスターが抱きついてくる。しかしすんでの所でサリサが間に入り、俺の代わりに彼女が抱きつかれる。
「アラ?」
「……」
耳を寝かせて何故か恨めしげにシスターを見るサリサ。え、何?いつの間にかフラグ立てた?ハーレム要員追加イベントですか!?
「訓練の邪魔をしないで下さい。私は一秒でも早く奴らをこの世から消し去りたいのです」
しかし現実は非情であった、俺は頭を掻きながら二人に告げる。
「仲良くやりましょうね?」
こうして俺はハンター生活を開始して一月も経たない内に弟子を二人も持つことになったのだった。
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