慢心せずして何がチート主人公か
「ねえアルス、お話ってなに?」
教会での授業が終わり、俺とシアちゃんは急いで家に戻ってきた。母さんへの挨拶もそこそこにシアちゃんと部屋に入ると、彼女は落ち着かない様子でそう聞いてくる。
「シアちゃん。今から君の問題を解決したいと思います」
「出来ないよ、だって私は…」
そう言って俯く彼女に俺はしっかりと告げる。
「出来ます。でも、これはとても危険なんです。主に僕の身が」
「え?」
「だから約束してくれませんか?シアちゃんが助かったのは奇跡で、僕が助けたんじゃない。何で助かったのか、ずっと秘密にするって」
きっと永遠にこのチートを隠し通すなんて不可能だ。だからせめて一人でも生き延びられるくらいまではバレないようにしておきたい。
「そんな事で良いの?」
そんな事とか言ってくれるなよ、結構重要なんだぞ。俺が真剣な顔で返事を待っていると、彼女は良く解らないといった表情で頷く。子供同士の口約束だ、絶対なんて事は無いだろう。けど直ぐにばれるよりは時間が稼げるはずだ。俺はその返事に笑顔で頷き返すと、昨日と同じ様に手に魔力を集める。そして握りしめた手から僅かに光が漏れ出た後、確かな感触を感じて成功を確信した。しかも昨日のような疲労と睡魔は襲ってこない。案外魔力の増加量が良いのかもしれない。俺は調子に乗ってもう一粒種を生み出す。いきなり生み出された不可思議なものを食べるなんて抵抗があるだろうと思ったからだ。
「どうぞ、シアちゃん」
「なにこれ?」
手に生まれた種の片方を手渡すとシアちゃんは怪訝な表情でそれを見る。うむ、実に当然の反応である。
「シアちゃん、僕のスキルは種生産。あらゆる種を生み出せるスキルです」
「うん」
「そしてそれは魔力の種。食べると魔力が増えます」
俺の説明に彼女は一瞬呆けた後、表情を曇らせる。
「嘘、そんなの聞いたこと無い」
当然だ。だってそれは今までこの世界に存在していなかったんだから。でもこれからは違う。
「言ったでしょう?僕のスキルはあらゆる種を生み出せるって。今まで無かったなんて言うのは関係ありません」
そう言って見えるように手のひらに残っていたもう一粒を口に放り込む。そして数回咀嚼して飲み込んだ。それを見て彼女は迷いを浮かべる。うん、もうちょっとだな。
「この通り食べても問題ありません。シアちゃんよく考えて下さい。もし僕が嘘を吐いていても、無害な種を食べるだけ。本当ならシアちゃんは生きられる。何も問題は無いと思いませんか?」
そう言うと彼女は手に乗った種と俺を見比べ、そして意を決したように口へと放り込む。うむ、説得している身で彼女の素直さは有り難いのだが、これから悪い奴に騙されないか心配だ。ギュッと目を閉じたまま咀嚼する姿は小動物を連想させて中々に愛らしい。そして端から見ても解るリアクションで嚥下すると、シアちゃんは大きく息を吐き出した。
「…何も変わってないみたいなんだけど?」
「魔力の総量を増やす種なので、直ぐに実感は出来ないと思います。多分一晩寝れば変化が解ると思いますよ」
俺の言葉にシアちゃんは可愛く唸りながら何とか納得して家へと帰っていく。それを見送っていると、母さんが何とも言い難い表情で話しかけてきた。
「アルス、シアちゃんの事なのだけど」
迂遠な物言いだったが、ざっくりと要約すればシアちゃんがもうすぐ亡くなるからあまり関わるなという話だった。多分仲の良い友達を失って俺が悲しむのを避けるというのが半分、そしてもう半分はご両親との最後の時間を邪魔させないようにという配慮からだろう。だが残念、俺はもうシアちゃんを助けると決めてしまったのだ。魔力欠乏症の人は成長につれて症状が悪化する場合や、シアちゃんのようにずっと同じような状態が続く場合があるらしい。恐らく魔力量の増加には個人差があって、成長に追いつかなかったり辛うじて現状維持が出来ていたりするんだろう。逆に言えば最初から大量の魔力を持っていれば成長量が少なくても問題ないということだ。ふっふっふ、明日から毎日のように種を食わせて一生欠乏症なんかと無縁な体にしてやるぜ。
そんな野望はおくびにも出さないで俺は笑顔で母さんに言い返す。
「シアちゃんはとっても良い子です。シアちゃんが病気で死ぬなんてありえません。そんなの神様が絶対許さないですよ」
まあ許さないのは神ではなく俺なんだが。ともあれ現実にスキルという恩恵を神様から授かるこの世界は、地球に比べて段違いに信仰心が強い。だから大抵の都合の良い事は神様のせいにしておけばばれなかったりする。素晴らしいな宗教。
「そうね、でもあまり邪魔をしては駄目よ?」
「はい、母さん」
返事だけは一人前に、俺はシスターから借りてきた本を読むと言って部屋へ引きこもる。安静にしていた方が魔力の消費を抑えられるからだ。そして就寝間際に持っている魔力を全て使って魔力の種を生み出す。といっても作れたのは一粒だ。急速に重くなる瞼に抗いながら種を口に放り込むと、俺はさっさとベッドに潜り込むのだった。
そんな生活を暫く続けていると、色々と解ることも出てきた。先ず種の効果は個々のばらつきに加え個人差もありそうだと言うことだ。種を生み出せる量から、当初の十倍くらいには増えている俺に対して、シアちゃんは中々増えていかないようだった。ただ不足していた魔力が補われていくためか、日に日に彼女は調子が上向いているだけでなく、身体能力も強化されている。試しに腕相撲をしたら一瞬で敗北した、明日から生産する自分用の種に力の種を加えようと俺は密かに誓った。因みに現在生み出せる量は一日十粒。シアちゃんへ5粒ほど魔力の種を渡しつつ、俺は段々と別の種を試している。と言うのもそろそろシアちゃんの様子が周囲の大人達に怪しまれているからだ。シアちゃんのことは信じているがそれはそれ、成長型のチート主人公としては備えも怠らないのである。
「ンー、これで最後デスね。お手伝いアリガトーデスね、アルス君」
大きく上半身を反らして伸びをしながらシスターバレッタがそうお礼を言ってくる。安息日で天気も良かったから本の虫干しをしていたのだ。シアちゃんはと言えば、今日はご両親とゆっくり過ごすらしい、邪魔をしてはいけないので散歩をしていたら本を抱えて行ったり来たりしているシスターを見かけたので手伝いを申し出たのだ。
「僕も教会の本にはお世話になっていますから」
「アルス君はイイコデスねー!」
そんな明るい声と同時にシスターバレッタに抱きしめられる。日に焼けたような少しくすんだ癖のあるブロンドに人懐っこい笑みを浮かべる彼女はどこか甘えん坊なゴールデンレトリバーを想像させる。問題は彼女が大型犬などではなく、とても発育の良い少女と言うことだ。これで俺と8つしか違わないとか神様何考えてんの?
「く、苦しいです、シスター」
シスターのそれはとても豊満であった。率直に言って思う様堪能したい所であるが、これでも近所では良い子で通っている身である。思春期を迎えていればまだしも今の俺には少しばかり時期尚早だ。
「アラ、ゴメンデスね?」
微塵も悪びれずに謝罪を口にしながらシスターが離れる。顔に感じていた豊かな感触の主を思わず目で追ってしまうと、シスターバレッタがそれを両手で隠しながら意地の悪い笑みで口を開く。
「エッチ♡」
雄の本能だよ!俺は悪くねぇ!!そんな反論などもちろん出来るはずもなく、顔を赤くして俯く俺。いやね、だってあれもう凶器ですよ。男性特効でダメ1000%とかついてますって、あるいは即死とか完全魅了。
「ちょっとイジワルでシタね。ゴメンナサイ」
そうしているとシスターが苦笑しながら頭を撫でてきた。再び眼前に現れる圧倒的質量に惑わされる前にシスターの顔に視線を移す。ちっくしょう何処をどう見ても美少女なんだよなぁ!
「僕もすみませんでした」
「ふふ、オアイコデスね?」
そう言って笑うシスターバレッタ。その後は恙なく作業を終えて家に帰ってきたのだが。
「エッチなのはいけないと思うの」
問題が起きたのは夕食のちょっと前、今日生み出した種をシアちゃんに渡そうと出向いたところ、部屋に引っ張り込まれたかと思ったらそう説教された。どうやら体調も宜しいということでご家族で買い物に出た際に偶然教会の前を通りかかり、俺達の遣り取りを目撃したらしい。
「ちゃうねん」
「ちゃうくありません」
栗鼠のように頬を膨らませるシアちゃんはとっても微笑ましいが、そんな事を言えば火に油を注ぐ事になるのは確定的に明らかである。
「アルスもおっぱいが大きい方が良いの?」
そういう悪魔の問題を提示するの止めてくれませんかね?
「いえ、特別そうだということは…」
「じゃあなんでシスターバレッタのおっぱいをあんなに見てたの?」
ダメだ、正解が存在しない。
「ごめんなさい」
「…私だって成長すれば」
俺は所謂鈍感系主人公では無いので突発性難聴なんて煩っていない。故に俺が謝罪した際にシアちゃんの発した呟きもばっちり聞こえた。だが同時に連中の耳が突然聞こえなくなる意味を痛いほど良く理解した。いや、この状況でこんな爆弾発言されてどーせいと言うのだ。
「えと、これ今日の分です」
故に俺もまた聞こえなかったフリをして種を差し出す。シアちゃんは黙ってそれを受け取ると、俺をグイグイと押して部屋から追い出した。追い出された先ではハパルご夫婦が実に温かい目で俺を眺めていらっしゃった。俺がお辞儀をするとおじさんが口を開く。
「アルス君、君が何をしているかは知らない。シアにも内緒だと言われている。けれどこれだけは言わせて欲しい。シアを救ってくれてありがとう」
俺は驚きつつも、おじさんが最高に格好良く見えた。普通の子より体の弱いシアちゃんを育てるのは凄く大変な筈だ。でも俺はおじさんが辛そうにしている所なんて一度も見たことが無い。そして今だ。確かにシアちゃんは良くなっているとはいえ大事な娘に得体の知れない事をしている、それも5歳の子供に礼を述べて頭を下げるなんて中々出来ないだろう。それを平然と行えてしまうおじさんは素直に凄いと思うし、そんなに愛されているシアちゃんを救えた事はやはり正しかったんだと実感させてくれた。けど俺はチート主人公。この場はクールに去らせてもらうぜ。
「僕はお見舞いをしているだけですよ。シアちゃんが助かったのは…、そうですね、ハパルさん達の愛が神様にも届いたんじゃないでしょうか?」
まあ偶然とは言え隣に俺がいたことで彼女は助かって、俺がここに居るのは神様の采配なんだからあながち間違ってはいまい。そう言って俺はお辞儀をすると家へと帰る。今日の夕食は普段より美味しい気がした。
大体この位の文字数で投稿出来たらなと思っています。