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良いゴブリンは死んだゴブリンだけだ

「いきます」


そう宣言すると俺は魔力を制御する。唱えるのは火の中級魔法である“フレイムランス”、俺が使える攻撃魔法の中で最も威力のある魔法だ。先輩達に提案した内容は極めてシンプルで、連中のコロニーを丸ごと魔法で焼き払うというものだ。言った瞬間先輩達が全員何言ってんだオメエって顔をしていたが、出来るのだからやらない手はない。まあコロニー全体をとなれば数発は撃ち込む必要があるし、当然呪文を唱えるインターバルもあるから文字通り全滅させるのは難しいかもしれない。そう伝えたらやっぱり変な顔をされた。


「アルス、オメエ…。いや、今は良い。吐いた唾は飲めねえぞ?出来るんだな?」


「勿論です」


威力も制御もシアちゃんには大分劣るが、ちゃんと狙い通りにぶっ放すくらいは朝飯前だ。


「フレイムランス!」


引き金となる呪文名が俺の口から飛び出した瞬間、膨大な熱を感じる炎の槍が頭上に輝く。生み出された5本の槍は一瞬だけ滞空すると俺の狙い通りにゴブリン共のコロニーに突き進んでいく、そして着弾と同時に周囲へ致死の熱をまき散らした。


「GUYAGAGYAAAA!?」


猿みたいだと称したようにゴブリンは毛むくじゃらだ。つまりどういう事かと言えば、とても良く燃える。


「フレイムランス!!」


連中は馬鹿では無いのでいきなり火の手が上がればそれが人間からの攻撃であると察せるし、二発目を撃てば敵がどこに居るか位は看破出来る。だが問題はその後だ。中途半端な賢さが災いし、連中は統制を容易く失う。敵を排除しようとこちらへ向かってくる個体も居るが、逃げようとする個体もかなりの数に上る。それらが秩序を持って動ければ多少はマシだが、混乱した連中にそれが望めるわけもない。


「種族は違ってもこういう所は同じなんですねえ」


三発目を唱えながら、俺はついそう口にしてしまう。一発目にぶち込んだのはコロニーのほぼ中央にあった一回り大きい掘っ立て小屋だった。先輩曰く、大体そこにリーダーが居るらしい。人間も街を造ると同じような配置になるし、偉い奴ほどデカい家に住みたがる。知恵を付けて権威や権力という概念が生まれるとそうなるのは必然なのかもしれない。


「フレイムランス!」


こちらへ向かってくる集団へ遠慮なく3発目を放つ。直撃を受けた先頭の数匹を一瞬で消し炭にしながら、まき散らされた余波が後続の連中を襲う。不幸にも即死を免れたゴブリンが絶叫を上げながら転げ回るが、程なくして動かなくなった。


「アルス!逃がすな!!」


「撃ちます!」


背を向けて逃げるゴブリンに向けて4発目を撃ち込んでやる。熱と衝撃で将棋倒しになりながら逃げていた一団が纏めて燃え上がった。


「よーし!行くぜ!」


塊になった連中は今の一撃で終わりと判断したリーダーさんがそう宣言して走り出す。実際探査の魔法に引っかかるのはコロニーだった場所には数える程であり、残りは森の中へバラバラに逃げていた。これを追いかけるのは難しいだろう。


「ウォーター」


水球を適宜生み出して索敵ついでに消火も行う。森の中で湿度も高いので森林火災の心配はないと思うが、念の為と言うヤツだ。炎や雷撃は殺傷能力に優れる反面、こういう副次的な部分が厄介だ。そんな事を考えつつコロニーの中央へ向かう。そこにはまだ何匹かの集団が残っているからだ。途中の個体は先輩達がサクサクと始末している。


「酷い臭いだ」


焼け焦げるゴブリンの臭いに血臭が混じって鼻が曲がりそうだ。そんな自分が生み出した惨状に俺は少し酔っ払っていたのかもしれない。いや違う、数が多かろうと所詮ゴブリンだという油断があったのだ。


「え?」


まだ燃えている掘っ立て小屋。その中には最後の集団が居る筈だった。だが俺達が近付くにつれ探査の魔法に映る反応が減って、代わりに一つだけ大きくなっていたのだ。


「待って下さい!様子がおかしいです!」


俺の言葉と同時に掘っ立て小屋がはじけ飛ぶ。火の付いた木片がまき散らされ、先輩達は咄嗟に身を庇う。そして次の瞬間、小屋のあった場所から鼓膜を震わせる咆吼がが響いた。


「GORUAAAA!!!!」


大柄の人間と比べても遜色ない体躯、毛は薄く浅黒い肌の色が見えている。そして頭はサイズに合わせて大きくなったゴブリンだった。


「ホブゴブリン!?」


「そう言う事か――アルス!?」


先輩達の驚きや忌々しげな声を置き去りにして俺はソイツに肉薄する。焼けただれて片眼が塞がりかけたソイツは俺に憎悪の籠もった視線を向けてくるが、そんな事は大したことではなかった。


「食いましたね?」


右手には棍棒を持っているがその反対側、左手にソイツが掴んでいたのは囓りかけの腕だった。勿論ゴブリンのものなんかじゃない。強化された視力が人間の、それも女性のものだと俺に教えてくる。理由は解らないがこの化け物は人間を掠って小屋の中に連れ込んでいたのだ、そして俺の攻撃による傷を治す為にその人達を食ったのだ。


「死になさい」


湧き上がる殺意に身を委ね、俺は手にした剣を振るう。奴は何とか反応して棍棒で受けようとするが甘い。俺は盾にされた棍棒を真っ二つに切り飛ばすと、そのままホブゴブリンの心臓を突く。だがそれで終わりではない。大型の動物は心臓を一撃された程度では即死しないのだ。だから俺は半ばまで埋まった剣を強引に振り上げて肩まで切り裂き、更に首から右脇にかけて全力で振り抜いた。ティアナ嬢が俺のために誂えてくれた剣は大した抵抗を感じさせる事すらなくそれらをやってのけた。だが名剣と呼びうる武器を振るった感激も、ホブゴブリンへのどす黒い感情で塗りつぶされてしまった。


「…孕み袋か」


「数が多かったのはそのせいだな」


異種族の牝を捕まえて孕ませる。魔力によるものなのか生物としての特性なのかは知らないが、ゴブリンは胎生ならどんな相手でもゴブリンを生ませることが出来るらしい。そして同族ならば母体の魔力枯渇を考慮して加減する繁殖も、捕まえて来た相手には気にせずに行う。正に子供を産むだけの存在として使い潰すのだ。先輩達が命懸けでこいつらを始末しようとした理由が良く解った。


「でも、どこから?」


開拓村にとって子供を産み育ててくれる女性は貴重な存在だ。何せ開拓村の生活は街に比べればずっと過酷だし娯楽も少ない。そんな所へ移り住むという男に付いてきてくれる女性は少ないし、まして自ら望んでやって来るのなんて物好きはそうそう居ない。だから開拓村では女性は大切に扱われる。まああくまで開拓村基準ではあるが、それでもよく居る嫁に頭が上がらない亭主という構図はそんな背景から来ていたりする。だからそんな女性が行方知れずになったなどとなれば、村総出の山狩りが行われてもおかしくないし、それが複数人となれば大騒ぎになっている筈なのだ。


「見ろ。この子ら、亜人だ」


木片を退けて確認していた先輩がそう口にする。見れば確かにその子は頭に猫耳が生えている。


「ナウマンの方で捕まえて、こっちまで流れてきたのか」


ナウマンとは王国の北にある国だ。王国よりも亜人種に対する偏見が緩く、多くの亜人が住んでいると聞いている。


「…う」


そんな検分をしている最中、小さなうめき声が聞こえた。見れば先輩が掘り出した猫耳の子が苦しげに呼吸をしている。まだ生きてる!


「おい、アルスどうするつもりだ?」


「どうするって、助けるんです!まだ息がある!」


「いや、亜人の子だぞ?」


俺がそう言うと先輩方は困惑した様子でそう聞いてきた。王国でよく聞かされる建国記において亜人は人ではないとされている。彼等は魔族によって堕落させられ獣と交わった人間のなれの果てとされていて、存在そのものが穢れだと見なされているからだ。正直それが真実なのかどうかは俺には解らない。なにせゴブリンみたいな魔物もいるのだ、人と交わって子を成せる魔物がいても不思議ではない。けれど今現在そうした魔物は報告されていないし、亜人と呼ばれる人々は俺達と同じコモン語で会話をし意思疎通も可能だ。そんな相手をたかだか耳の形が違うとか尻尾が生えている程度で人間じゃないと扱えるほど、俺はこの世界に馴染めていない。


「死なせてやるのも優しさだぜ」


リーダーさんがそんな事まで言ってくる。なんだよそれ。


「そうだぜアルス。助けても王国じゃ亜人は生きていけねえ。それにその子は孕み袋にされてたんだぜ?」


母体の生命なんて考えないで使われる。つまりそれは著しく命を削られていると言うことだし、そんな扱いをされれば心だって壊れているかもしれない。


「だからって、こんなのあんまりでしょう!」


回復呪文を掛けながら俺は思わず叫んでしまう。亜人と言うだけで普通の暮らしは出来なかったろう事は想像に難くない。そんな子の最後がゴブリンの慰み者で、挙げ句助かりそうな所を人間に見捨てられるなんて、見過ごせる訳がない。俺はな、ハッピーエンドが大好きで、同じくらいバッドエンドが大嫌いなんだよ!


「でもな…」


「僕が面倒を見ます。元気になるまで。そして絶対に家族の所へ送り届けます」


偽善?独善?知ったことか。不幸の一つや二つ蹴り飛ばせずにチート主人公は名乗れねぇんだよ!


「ったく。一端の口を利きやがる」


「ま、俺らもアルスに助けられた身だしな」


そう言うとリーダーさんは仲間に指示を出した。


「マヌスは他の小屋も確認しろ、他にも捕まってるのがいるかもしれねえ。残りは周辺の警戒、ねえとは思うが奴らが戻ってくるのに備える。アルス」


「はい」


回復魔法を繰り返し唱えながら俺は返事をする。するとリーダーさんは何故か楽しそうに言葉を続ける。


「そこまで言ったんだ。ぜってえ助けろよ?」


俺は黙って頷いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 急にテンプレート的な陳腐な流れに…
[一言] ワイもバッドエンドは嫌いです。存分にやってくれー 次の娘は猫耳かあ・・・なんて思うワイは心が穢れているに違いない。とてもいいシーンのはずなんですけどね。
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