モンスターハンター
ハンターの朝は早い。まだ空が薄暗い内に起き出し朝食を胃袋に収める。ハンターは体が資本だから朝からかなりボリュームのある食事を取るのが一般的だ。大抵はギルドの酒場で提供される物を食べるが、中には自炊したり羽振りが良ければハウスキーパーさんなんかを雇ってその人に作って貰ったりするらしい。当然ながら駆け出しの俺にそんな余裕などある訳も無く、酒場で出された野菜のごった煮粥を食べる。
「ごちそうさまでした」
それが終われば装備の点検だ。と言っても前日に整備や準備は済ませているから、簡単な目視と不足が無いかを確認すれば終わる。武器と防具以外は大体山登りに行くような道具が多い。開拓村付近は狩り場が近いので日帰りが基本だが、それでも万一に備えて野営の道具や数日分の食料を用意する。俺みたいに魔法で水が出せると、水筒なんかが小さくて済むのでかなり楽が出来る。だからハンターの多くは魔法の才能が乏しくても水の初歩魔法だけは覚えていたり、最悪でもパーティーに必ず使える人間を複数用意するのが定番だ。
「おはようございます。お待たせしました」
「へへっ、時間通りだ。問題ねぇ」
「今日はたっぷりと教えてやるぜ、新人君よぉ」
相変わらず口調だけ世紀末な先輩方にそう挨拶をして合流する。ハンターとして生活を始めて1週間が経つが、こうして先輩達が毎日レクチャーをしてくれていた。効率的な森の歩き方といった基礎的なものから、大森海特有の注意点などローカルな話まで惜しげも無く教えてくれるから大変助かっている。何故そんなに教えてくれるのかと言えば、こうした辺境を活動拠点にするハンターの生存術らしい。ダンジョン都市なんかと違って兵士の巡回等による救助が見込めない分、ハンター同士が協力してセーフティーネットを構築していると言うのが主な理由だが、それ以外にも切実な理由がある。契約の際に記載があった通りハンターの死亡は基本的に自己責任であるが、ハンターズギルドとしてはその死因を調査する必要がある。すると特別依頼として別のハンターが調査に駆り出される訳だ。そうなれば事前情報が不足した状態で他のハンターが死ぬような場所へ赴かねばならない訳で、そんなのは皆ご免なのである。だからそうなりやすい新人が最低限使い物になるまでは先輩ハンターが面倒を見るのが常態化しているらしい。
「ハンターとして腕を磨くならやっぱ辺境よ」
「最初にモグラを選ばなかった時点でお前は見込み有りだぜ」
モグラと言うのはダンジョン都市を活動拠点にしているハンターへの蔑称だ。勿論優秀なハンターも在籍しているが、大多数はダンジョンに特化したハンターになってしまう。ここで問題なのが、その殆どが拠点を変えたりしないため、その都市のダンジョン以外に対応出来ないようなハンターになってしまう事だ。更にそうした連中は大抵浅い層で諦める。命あっての物種なのだからその選択が間違いとは言わない。しかし彼等は自分の生活を守るため、競争相手になる新人をいびるのだそうだ。そんな奴らを同じハンターと認めない、呼ばないと言う考えがモグラ呼びに繋がっているのである。
「じゃあ行くぜ」
全員が仕事の内容を理解しているのをもう一度確認し終えたら、リーダー格の先輩がそう宣言し移動が始まる。最初こそパーティーの真ん中でお客様扱いだった俺だが、探査の魔法が使えることと、先輩達の想定より遙かに体力があると認識された時点で前衛を賜った。尤ももう一人斥候の先輩がいる二人体制だが。
「右、斜め前方に居ますね」
俺の報告に合わせて斥候の先輩が弓を構える。少しだけ向きを彷徨わせるが、目標を見つけると即座に矢を放った。僅かに間を置いて茂みから何かが倒れる音がして、探査の魔法から気配が消える。
「仕留めましたね」
「アルスが居ると楽で仕方がねぇ。腕が鈍っちまうぜ」
これは褒められてるんか?音のした場所まで行ってみると、そこにはでっかい蜘蛛が落ちていた。うん、グロイ。
「ゴブリンイーターか」
そう言うと先輩は手早く牙を切り取って袋へ入れる。そして一番太い後ろ足を二本切り落とし、リーダーさんに手渡した。
「大きいですね」
「ああ、随分と食い貯めていたみてえだな。もしかしたら近くにコロニーでも出来てるかもしれねぇ」
リーダーさんの推測に皆が表情を引き締めた。この大蜘蛛はその名の通りゴブリンを良く襲って食べている。そいつが肥えていると言うことは、つまり餌が豊富にあると言うことだ。
「どうする?」
「アルスの探査があるから少し奥まで調べる。規模によっちゃ撤退だ」
ゴブリンはああ見えて結構知能が高く自分達が弱いことも、人間が脅威であることも良く知っている。だから人里を襲えるような数が十分に揃うまでは、こうして森の中で人に気付かれにくい虫や木の実などで生活している。
「食われて滅んだりしてくれてませんかね?」
「そりゃ無理だ、あいつらの増え方はハンパねぇからな」
「一匹見たら十匹はいるのがゴブリンよ。コロニーごと潰してもいつの間にか増えやがる」
「面倒な癖に金にならねぇ、肉も臭くて硬くて食えねえときたもんだ。嫌な奴らだよ」
すげえ嫌われぶりだなゴブリン。まあ俺も別に好きな訳ではないからどうでも良いが。
「じゃあ、探査継続ですね」
今回のパーティーの目的は俺の新人研修だ。森の中にある拠点の一つへ向かい状態を確認。途中採取と見かければ魔物を狩って帰るという行程の予定だった。
「嫌な感じだぜ」
斥候さんが思わずと言った様子でそう呟く。そちらに視線を向けると彼はその理由を丁寧に口にしてくれた。
「ここから目的の拠点まではそんなに距離がねえ。とは言え村から拠点までの間ってのは結構安全なんだよ。人の通りが多いからな」
そして魔物も馬鹿ではないのでそうした場所にはあまり寄りつかないのだという。なのにそんな所で魔物を餌にする魔物に出会ったのだ、警戒するのは当然のことだろう。そして程なくして斥候さんの危惧は現実になる。
「オイオイ、マジかよ」
「こいつはやべえな」
拠点と呼んではいるものの、別に何かがあるわけではない。木を伐採して適度な空白地帯を森の中に作っているだけなのだが、今はそこに所狭しと雑多な小屋のようなものが建っている。
「前にここを使ったのは?」
「ライネス達だな。確かアルスが来る2日前だ」
「そりゃツイてたな。いや、俺達は運が悪いわけだが」
茂みに身を潜めながらそんな事を囁き合う。目の前の拠点はゴブリンによって完全に占拠されていた。ギャイギャイと実に騒がしく闊歩している連中はどう見ても10や20では済まない数だ。
「ゴブリンってこんなに簡単に増えるんですか?」
だとしたらゴキブリ並の繁殖力だ、嫌すぎる。
「いや、いくらなんでもそれはねえ。それに一週間やそこらで増えたにしてはガキが少なすぎる」
多産とはいえそんなに簡単には増えないし、何より成体になるまでは半年近くかかるのだとか。それを考えれば明らかにこの場所に居着いてから増えた群れでは無いだろうとのことだった。
「どうする?」
パーティーの人数は俺も含めて5人、対してゴブリンは100近い。ベテランのハンターなら一人で4~5匹を相手にするくらいは出来るらしいが、どう考えても4倍は相手にしなければならない計算だ。普通に考えれば逃げるしかない所なのだが。
「…アルス、お前来た道は覚えてるな?」
覚悟を決めた表情でリーダーさんがそう問いかけてくる。勿論覚えているが、それがどうした?
「お前は今から村に戻ってこの事を報告しろ。森の第3拠点って言えば解る筈だ」
「どういう事ですか?」
リーダーさん達の決断を察しながらも、俺はそう聞いてしまう。だってよ、こんな時にそんな台詞は、
「俺達は連中の足止めをする。あの感じからして数日以内に村を襲撃するだろう。だが多少削れば暫く時間を稼げる」
ゴブリンは襲撃の際数を重視する。だから間引きさえ出来れば襲撃を遅らせることは可能だ。可能だが。
「ひひ、そんなツラすんなよ」
「別に命を懸けようなんて殊勝な事は言ってねえ。やばくなったら俺らだってずらかるさ」
他のメンバーがおどけてみせるが、それが嘘だと解らない程俺は馬鹿じゃない。第一俺は以前ダンジョンで連中と交戦した経験があるのだ。奴らの機動力は非常に高く、その容姿に相応しく立体的な動きも機敏だ。障害物や高所の足場がないダンジョン内ですらあれだったのだ、森の中で連中から逃げるのは困難と、いや不可能と言わざるをえない。そもそも逃げ切れる自信があれば、俺へ先に逃げろなんて言わないだろう。
「どうしてですか?」
活動拠点にしているとしても、ハンターにとって開拓村はあくまで選択肢の一つに過ぎない。命を懸けてまで守ると決心出来る理由を俺は思わず尋ねてしまった。すると先輩達は一瞬不思議そうな顔をした後に、笑いながら答えやがった。
「そりゃおめえ、あの村にゃ良くして貰っているし、ダチも居る。けどよ大事なのはここよ」
そう言ってリーダーさんは自分の胸を拳で叩く。
「俺達はモンスターハンターだぜ?そこから逃げちまったらもう何も残らねえ、そういう馬鹿共の集まりだ。だからよ、ここで尻尾を巻くわけにはいかねえんだ」
戦闘系のスキルを持ちながら、英雄にも兵士にもなれなかった。かといって武器を手放すという選択も出来なかった連中の行き着く先がモンスターハンターだ。世間で持て囃される僅かな成功者の陰には、数えるのも馬鹿らしいくらいの敗者が存在する。だから彼等は胸を張るのだ。例え敗者と嘲られようと、自らがそれを受け入れてしまわない為に。なんだよ畜生、格好付けやがって。
「解りました、でも僕の話を聞いて下さい」
こちとら一週間も面倒を見て貰った恩があるんだよ。ここで命まで救われたなんて返しきれない恩を背負うのはご免こうむる。
「全員で生き延びる方法があります。ここで奴らを倒してしまいましょう」
俺はそう言って不敵に笑う。さあ、狩りの時間だ。
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