さてはオメー先輩ハンターだな?
俺がキメ顔でそう注文すると、マスターはグラスを磨くのを止めて視線をこちらへ向ける。さあ来い!
「…そっちの姉さんは?」
「ア、ハイ。ワタシもミルク、グラスで」
シスターが答えるとマスターはカウンターの下に身をかがめ、ジョッキとグラスを取り出す。更にもう片方の手に握られていた大きな水差しからそれらへなみなみとミルクを注ぎ、俺達の前へ出す。あれ?ここはこう、ウチにはミルクなんてねえよ!家に帰ってママのでもしゃぶってな!的なリアクションがあるもんじゃないの?
「へへっ、見ろよ。また勘違い野郎が来たぜ?」
「みたいだなぁ?」
困惑する俺へ向かってこれ見よがしに嘲った口調で近くの席に座っていた二人組が声を上げる。視線をそちらへ向ければ、そこには時は正に世紀末な格好…などではなく割と真っ当な装備を身に着けた男達が笑っていた。更に片方が立ち上がりニヤニヤと笑いながらこちらへ声を掛けてくる。
「へっへ、坊主さてはオメー新人だな?居るんだよなぁ、毎年お前みたいな奴がよぉ?」
おお、今度こそアレだな?新人をいびる先輩ハンターって奴だな!?俺は努めて自然な態度で何時でも応戦出来る姿勢を取る。因みにシスターは美味そうにミルクを飲んでいた。この人肝が太いな?
「全く、この俺様が直々に教えてやるぜ、いいか?」
よしこい。
「なんでしょう?」
俺が笑顔で応じると、男は笑ったまま口を開いた。
「その人は酒場のマスターでハンターギルドの受付じゃねえよ、そりゃあっちの姉さんだ」
ん?
「それと話を聞くのに注文しなきゃなんねえみたいなルールはねえから無理に頼む必要はねえぞ。ま、ここのミルクは取れたて新鮮な奴をマスターが低温でじっくり丹精込めて処理してるから味は保証するがなぁ!」
ただの忠告だこれ!?
「どうせ今日来たばっかの新人だろ?ひっひっ、金もねえだろうに無理しやがってよぉ。ソイツは俺が奢ってやるからさっさと登録を済ませるんだな!」
更に奢り!?普通に良い人!?なんでそんな世紀末モヒカン風な話し方なの!?
「あ、いえそこまでして頂く訳には」
「はっ!新入りが生意気言うんじゃねぇ!どうしてもって言うなら次の新人が来たときにお前が奢ってやんな!」
男前か!そう言うと先輩ハンターさんは自分の席に戻ってジョッキを呷る。あ、あの人も飲んでるのミルクだ。と言うかよく見たら煙草吸ってる奴どころか酒飲んでる奴が一人も居ない。強烈な酒精は奥でグツグツ言っている壺からだし、煙はその壺を温めている竈からだ、時折魔法使いっぽい人が鍋に何やら草を放り込んでいて、煙草っぽい匂いはどうやらその乾燥した草が原因のようだ。
「アラ?ポーション作っテるんデスね?」
あれポーションなの!?
「ククク、ジールのポーションはキクぜえぇ?」
「魔法処理もしっかりしてるから一年は持つしなあ?」
「へっへ、止血効果だけじゃなく鎮痛効果もバッチリだぜ」
口々にジールさんとやらのポーションを褒める男達。販促かな?てか仲いいなアンタら。何とも言い難い気分になりながら教えられた受付へと足を向ける。遣り取りを見ていた緑色の髪をしたお姉さんがにこやかに対応してくれる。
「ハンターズギルドヘようこそ、ご登録ですか?」
至極真っ当な筈なんだけど、なんだろう、先程までの印象が強すぎて寧ろ普通な方が違和感を覚える。
「はい、お願いします」
「ではこちらの書類にサインをお願いします。字は読めますか?」
「大丈夫です」
俺がそう答えると、シスターがドヤ顔で頷く。俺に字を教えたのはシスターだから弟子の成長に喜んでいるんだろう。世に言う後方師匠面と言うヤツである。まあ本当に師匠なんだけども。受け取った用紙に視線を落とす。書かれているのは簡単に言えば入会に関する注意事項だ。ただ思ったよりも項目が少ない、こういった契約書とかはびっしりと文字が並んでいるもんだと勝手に想像していたんだけど。一度目を通して問題ないとサインを書こうとして手を止める。待てよ?これはギルドと俺との契約書だ。前世で詐欺に遭った先輩が言っていた、契約書には軽々しくサインするな、ちゃんと中身を確かめろと。
「随分項目が少ないんですね?」
書かれているのは何しろ5項目しかない。
「あまり多くすると面倒がって登録自体をしてくれなくなってしまうので」
解らない話じゃない。ギルドに参加すればメリットもあるが当然義務も発生する。そして別にギルドに所属しなければ魔物を狩れない訳じゃないし、素材なんかの買い取りだって商人に直接持ち込めば良い。それこそ血の気の多い農家さんや木こりさんが仕事中にぶっ殺した魔物を持ち込むなんて結構聞く話なのだ。
「討伐依頼はギルドから受ける。個人で魔物を狩った場合、種類と数、それから場所を申告する。つまりこれは個人で勝手に討伐依頼を受けるなと言う意味ですか?」
狩猟の報告は解る。種族や個体数の情報を集めて魔物の分布などを把握しておきたいのだろう。
「ギルドを通さない依頼が原因で過去にトラブルがありまして」
報酬の踏み倒しや、違法な魔物の狩猟への協力といった事が横行したらしい。それらからハンターを守るのと同時に犯罪行為の抑止を兼ねているのだそうだ。納得。
「素材の買い取りもギルドにのみですか?」
どうやらこちらも価格の交渉などでトラブルがあったそうだ。中には刃傷沙汰にまで発展し、一時商人ギルドと険悪になってしまったらしい。
「で、脱退の時は身分証の返還」
これはまあ解る。勝手にギルドハンターを名乗って貰っちゃ困るってのは当然だろう。ところでさ。
「ギルドへの参加費に関する項目が無いみたいですけど」
故事曰く、ただより高い物は無い。そもそもギルドは互助組織であるが、職員や施設などを維持する必要がある以上どうしても費用は発生する。男爵様がダンジョン調査の際に依頼したから、そうした所で報酬を得るだけでは収入が不安定すぎる。となれば普通は会費と言うのが定番だと思うのだが、それに関する記載がない。
「…会費については納めて頂きました素材の販売価格から一部を割り当てさせて頂いています」
ほほーん?
「何割ですか?」
「……」
黙るなや。
「へっへっへ。おう新人、あんまりリンカさんを虐めるんじゃぁねえぜ」
俺が笑顔で受付さんを眺めていたら、先程の先輩ハンターさんがやって来てそう口を挟む。
「確か買い取り価格の3割だろ?高いなんて思うなよ?こいつには領主に納める俺達の税も含まれてるからなぁ」
それは随分と良心的な値段だ。納税の代行までしていてこちらの方が取り分が多いというのは中々に好待遇である。なんせ普通に暮らしてる農家や町人は4割だったはずだから、多分実質的な納税額は2割くらいだろう。随分と安く感じるかもしれないが、ここを高くするとハンターが他国へ流出してしまうから上げられないのだ。報酬の1割を多いと見るかは人によるだろうが、事前に情報が得られることを考慮すれば、俺的には十分許容範囲だ。
「ご説明ありがとうございます」
俺は素直に先輩へ頭を下げると、改めてペンを取りサインを記入する。すると何故か受付嬢さんと先輩が驚いた顔で俺を見てくる。え、俺何かしちゃいました?
「ええと、最後の項目についてご説明がまだだったと思うのですが?」
最後の項目?ああ、これね。
「依頼中の事故及び死亡についてギルドは責任を負わない。また申告の無い状態の遺品に関してはギルドが回収するですよね。了解しました」
そう返事をすると二人は益々微妙な表情になる。なんぞ?ああ、そうか。
「あの、これって例えばギルドからの断れない依頼でもそうなのですか?」
所謂緊急クエストってやつだな。
「いえっ!特別依頼に関してはギルドが責任を持って対応いたします!万一の場合も事前に報酬をどうするかを提示頂き、ご希望通りにお支払いします」
「ひひ。おう、俺達も何度か見てるから間違いねえぜ」
うむ、ならば何も問題あるまい。ハンターはギルドに所属するが、別に雇われている訳じゃない。だから普段の依頼に関してはあくまで斡旋されているだけだから、そこで起きる問題は自己責任と言うべきだろう。そしてギルドからの依頼についてはちゃんと責任を取ると言っているのだから何も問題ない。俺は笑顔のままサインした書類を差し出すと、受付嬢さんがそれを受け取り、代わりに一枚のプレートを差し出してきた。サイズはクレジットカードくらいで厚さも似たようなものだ。材質は金属っぽいが、軽くて明らかに鉄とかではない。
「こちらがギルドカードになります。こちらに触れて頂けますか?」
言われるままに取り出された水晶に手を置く。そして反対の手にカードを握ると、カードへ魔力が流れて俺の名前が刻まれる。おお、これミスリルか!?更に受付嬢さんが別の水晶を取り出し、その内容に偽りは無いかシスターに問いかける。勿論嘘など吐いていないから問題なくこの質問は終わる。すると笑顔で受付嬢さんがこちらへ向かって口を開いた。
「はい、登録完了しました。カードは貴重ですから決して無くさないで下さいね。再発行には手数料が必要になりますから」
このサイズのミスリルとか結構なお値段だろう。絶対無くさないようにしなければ。
「では改めまして、ハンターズギルドへようこそ、アルスさん。今日から貴方もハンターです」
なんか相当な借金とかしたら強化されてしまいそうな歓迎の言葉と共に、俺のハンター人生はこうしてスタートしたのだった。
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