旅立ち
「お祈りは済ませたの?トイレは?」
「大丈夫だよ母さん、もう子供じゃないんだから」
心配そうな顔でそう聞いてくる母さんに苦笑しながらそう返事をする。すると隣に立っていた父さんが笑いながらからかって来た。
「ははは、昨日は部屋の隅でガタガタ震えていたのに」
「あのね、ハルバートを持った貴族令嬢に追いかけられれば大抵の人はそうなると思うよ?」
出立前の最後の稽古だから。なんてしおらしい態度で言ってくるから受けてみれば、あの蛮族思いっ切り首を取りに来やがった。嘘みたいだろ、あれ許嫁なんだぜ?
「ティアナ様もお前が居なくなって寂しいんだろう」
そうかなぁ?
「何も思っていないような相手にそんな物を贈ってくれる訳がないだろう?」
そう言って父さんは俺の腰に差した剣を指さす。それはティアナが餞別として渡してきた剣だった。柄まで一体で打たれた剣は、全体が乳白色でご丁寧に男爵家の家紋が柄尻に彫られている。何でもロックドラゴンの角を混ぜて造った剣らしい。流石に伝説級なファンタジー金属には劣るものの、普通のハンターなら家宝にするくらいには貴重な一品だ。大変有り難いのは確かなんだが、これ駆け出しのハンターが持ってて大丈夫だろうか?余計なトラブルも引き寄せそうでちょっと怖い。
「まあ、最悪殴れば済むかな?」
一番想定されるのは他のハンターからのやっかみだ。でも新人の装備に難癖を付けるような連中と無理して友好関係を構築する必要は無いと思う。時間は有限なのだ、付き合うなら自分の為になる人の方が良い。
「じゃあ行ってきます」
微妙な表情で手を振る両親に別れを告げて俺は教会へと向かう。そこには俺と同じく旅装束に着替えたシスターバレッタが待っていた。
「キマシたねー?」
「はい、よろしくお願いします。シスター」
「ハイ、オネーさんにマカセてクダサーい♡」
胸を叩きながら笑顔で応じるシスターと連れ立って門へと向かう。目的地は王国の東、大森海と呼ばれる樹海に隣接した開拓村だ。最初ハンターになるために王都行きを計画していたのだが、そう話したら皆に変な顔をされた。言われてみれば当たり前のことで、王都周辺にはダンジョンなんて無いし魔物だって警備兵によって直ぐに処理されてしまう。そしてギルドが扱っている仕事は基本的に貴族からの討伐や捕獲の依頼で、内容も相応しく危険なものばかりだ。勿論実績の無い新人が受けられるものじゃない。王都からほど近いこの街も状況は似たようなものだ。成る程、確かに様子を見に行ったギルドはイメージしていたような荒くれ者で賑わう酒場みたいなのとはかけ離れていた。ではハンターの新人はどこに居るかと言えば、大抵はダンジョン都市と呼ばれる国に管理されているダンジョンを抱えた街か開拓村だ。特にダンジョン都市は色々と制限を受ける反面、比較的安全なので人気が高い。ただ、その制限が俺には都合が悪かった。
「ランクが上がるまで規定の階層までしか潜れないとか。その上ダンジョンに潜る度に利用料取られるとかやってられません」
ただその分受けられる恩恵も大きいのは確かだ。国が管理しているからダンジョン内を兵士が定期的に巡回してくれているし、地図だってある。階層の制限だってバカな新人が無茶をしないように設けられているのだ。だから駆け出しが安全に成長するには都合が良いし、才能の無い者でもその日暮らしが出来る程度には稼げるのだ。一方開拓村はサポートらしいサポートは殆ど無い。強いて上げれば拠点となる宿や小屋を格安で提供してくれるくらいだ。そのかわりどんな魔物を討伐しても正規の評価ポイントが付くし、素材の買い取りもしてくれる。危険な分実入りも大きいから、腕に自信がある奴は開拓村を選ぶらしい。
「頑張ルのはカマイませんガ、無理はダメデスよ?」
問題は俺がソロだということだった。新人のソロなんてのは最もトラブルに巻き込まれやすい。かと言って同じように開拓村に行く新人なんてこの街には居なかった。どーしたもんかと悩んでいた俺に声を掛けてきたのが教会の神父様だ。曰く開拓村の教会が人手不足で応援を送りたい。だが危険も多いので信頼出来る人間に護衛を頼みたいとの事だった。教会が身元引受人になってくれれば非常に心強い。各地に広まっている教会を好き好んで敵に回すバカは居ないからだ。まあ、向かうのがシスターバレッタだと聞かされた時にはびっくりしたが。
「大丈夫ですシスター。無理なんてしませんよ」
無理はね。
「ムー、アルス君ガそう言う顔ヲしてるトキは良くないコトを考えてマスね」
「そんな事はありませんよ」
流石シスター、長い付き合いだけあって俺のことを良く解っていらっしゃる。適当に笑って誤魔化しながら乗り合い馬車の停留所へ、目当ての馬車に乗り込むと、中は結構な人数だった。まあ途中いくつかの街や村を経由するから、開拓村まで行くのは少数だろう。
「ンー、チョット狭いデスね?」
「ちょ、ちょっ、シスター!?」
そんな事を口走ったかと思うと、シスターは俺を持ち上げて自分の膝の上に載せてしまう。ちょ、我12の男の子ぞ!?
「コラ、暴レちゃ駄目デスよ?」
「いやいやシスター!?これはちょっとマズイと言うか!?」
年齢差もあるが、元々シスターは長身なので俺はすっぽりと抱えられてしまう。そして暴れた拍子に後頭部とか尻とか太股に大変けしからん感触が伝わってきて、いよいよ俺は追い詰められる。
「はっは、こりゃ可愛らしいハンターさんだな」
向かいに座った商人風のおっちゃんが微笑ましげにそんな感想を述べてくれる。うっせえそれどころじゃねえんだよ。俺の中の獰猛なチワワが目覚めちまう!?
「フフ、そんなに暴レて、私の胸を味わいタイですカ?」
耳元でシスターにそんな事を囁かれ俺は体を硬くする。このシスター自覚的にやっていやがる、聖職者じゃなくてサキュバスなんじゃねえの!?
「ハイ、そうデす。大人しくシテまショう♪」
何故かご機嫌にそんな事を宣うシスターの膝の上で、俺は借りてきた猫のように大人しくしているしかないことを悟る。やべえ、開拓村に辿り着くまでに精神力が尽きてしまうかもしれん。
「着きマシたー♪」
牧歌的な風景に似合わぬテンションでシスターバレッタが宣言する。ゴザ開拓村、大森海の近くにある幾つかの開拓村の一つだ。この辺りの開拓村を纏める顔役的な立場の村でもあり、設備なんかもそれなりに整っているらしい。
「思ったよりずっとしっかりしてますね」
早速教会へ挨拶に向かったのだが、そこには随分としっかりした建物が建っていた。敷地はしっかりとした柵で覆われていて、建物自体も単純な木造ではなく土壁を併用したものだ。
「教会は最後ノ拠り所デスからネ」
俺の感想にシスターがそう教えてくれる。精神的な話かと思ったらそんな事はなく、普通に最後の防衛拠点的な意味だった。そら堅牢に造るわ。
「やあ、よく来て下さいました」
そう言って出迎えてくれたのは毛のない熊、もとい筋骨隆々とした神父様だった。笑顔で対応してくれているのだが、禿頭と筋肉の圧が強すぎて威圧感が凄い。と言うか本当に神父様?聖書よりバトルアックスとかの方がぜってぇ似合いそうなんですけど。
「はっはっは、田舎で信頼されるには先ず頼りになる事が必要ですからな」
至言だね。確かに魔物に襲われる開拓村では物理的に頼りになる事ほど信頼出来ることはあるまい。そう考えると正しい人選なのかもしれん、やるな教会。
「メーゼル殿よりお話は聞いております。アルス殿は年若くも不世出の傑物とか。頼りにしておりますぞ」
「頑張ります。けどあまり期待はしないでくださいね」
「いやいや、その歳でその様な一品を身に着けておられるのです。大いに期待させて頂きますとも」
目聡く俺の剣について指摘してくる神父様。見た目通りの脳筋ではないらしい。ここで変に腹を探り合って機嫌を損ねるのは得策ではないと判断した俺は苦笑して濁してみせる。
「努力はしてみます。それで、身元引受人の事なのですが」
そう俺が切り出すと、神父様は笑顔で頷きながら口を開く。
「ええ、ええ。勿論教会で引き受けさせて頂きます。ただこちらからもお願いがあるのですが」
「お願いですか?」
神父様は一度頷くと、視線を俺ではなくシスターバレッタに向けながら言ってきた。
「教会では薬草の採取などで森へ入る事があるのですが、その際に護衛をお願いしたいのです」
なんだ、そんな事か。
「構いません。他にも何か頼りたい事があれば言って下さい。僕に出来る事なら協力させて頂きます。まあ力仕事くらいでしょうけど」
「ええ、よろしくお願いしますぞ」
そうして神父様との邂逅は恙なく終わり、俺はシスターと共に今度はハンターギルドの出張所へと向かう。
「取り敢えず今日は登録と拠点を紹介してもらいましょうか」
既に昼を過ぎているし今から森に入るのは無謀も良い所だ。探査の魔法があれば大体の奇襲なんかは避けられると言っても、地形すら把握していない森は遭難などのリスクもある。
「そうしタラ、今日は解散デスカね?」
そんな世間話をしながら俺達は神父様に教えられた建物へ辿り着く。こちらは木材だけで建てられているようだがそれなりに大きく、馬小屋なんかも併設されている。おお、如何にもギルドって感じだ。そんな内心の興奮を抑えながら、俺は扉に手を掛ける。そしてゆっくりと開けた瞬間、強烈な酒精が鼻を襲った。
「んぷっ!?」
「「ああ?」」
煙草を吸っている奴も居るのか、建物の中は薄く煙っていて匂いも酷い。だが俺はそんな雰囲気にすら気分を上げる。いやあどう見てもうらぶれたギルドって感じじゃないか!無遠慮な視線を嬉々として浴びながら俺はシスターとカウンターへ向かう。そして無愛想な表情でグラスを磨いているマスターっぽい人に笑顔で言ってやった。
「ミルク、ジョッキで」
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